53 アッツェンの神獣
宮殿の片隅、雑談の場として使われる一室に狸と狐とオウムのニールがいる。その身を包んでいるものは高官だと示すものだ。
そして部屋隅に目深にフードを被った正体不明の人物がいる。
「いよいよ出発か。結局、魔法を使う場所は突き止めることができなかったな」
狸のニールがちらりと視線を窓に向けて言う。
「重要な計画だ。そうそうばらすようなことはしないだろう」
「だからしかけどころは二ヶ所。ここと神守の森。森にはずいぶん前にあれらが向かったんだろう? やりすぎやしないか? 神獣様の怒りを買うような真似はしてもらいたくないんだが」
「あれらも馬鹿じゃない。そこまではしないさ。神守の森で騎士団がほどほどの失態を犯してくれれば、そこを批判の材料にできる」
「しかしあれらと手を組むとは」
狸のニールが少しだけ不満そうに言う。
「手を組んだのではない。互いに利用し合っているだけと思え。必要なくなれば始末すればよい」
「そう簡単に行くか?」
「トップがすでに死亡した崩壊目前の組織など、我らの邪魔にもならんよ。どうとでもなる。そのような奴らよりも我らの目的が上手くいくことを重視しろ」
狸のニールはそうだなと頷く。
「神守の森での騒動が上手くいかない場合は、ここの治安を乱し、現政府の対応を問題とする。宮殿にもしかけをほどこした」
そこで狸のニールが首を傾げた。
「宮殿にしかけ? あれ、なぜだ。そしてなにをだ?」
「どうした。なにを不思議がっている。これまでの話し合いで、宮殿に種を使うのは皆同意しただろう」
「そうだった……いや?」
狸のニールがさらに首を傾げたところで、静かだったフードの人物が動く。フードの向こうで口が小さく動き、なにかしらの魔法が使われると、三人のポケットにあるものが弱く光る。
「……ああ、そうだった。同意したのだったな」
狸のニールはあっさりと意見を翻した。それを狸のニール自身もほかの二人もまったくおかしなものと思わない。
「宮殿だけではなく、町にも使えたらよかったのだが、さすがに足りないらしいからな。トップが潰れてくれれば、混乱は必至。そこで我らがしっかりと手綱を握るのだ」
「そうなれば皆が我らを認めることだろう」
「そのためにも種の件はばれないようにしなければな」
三人はほかにも細々としてことを話して、部屋から出ていく。
三人ともフードの人物を気にかけることはなかった。その人物がいたことすら気づいた様子はなかった。隠れていたわけでもないのにだ。
フードの人物も部屋を出ていき、誰もいなくなった部屋の壁の一部に開いていた小さな穴が閉じた。
穴が開いていたことに三人は気付いていなかったし、フードの人物も気づいていなかった。
亮二たちが出発し、ロンジーが宮殿の執務室に戻り、しばらくして一人の文官が執務室に入ってきた。その手には封筒に入った書類がある。
「ネズミの件、ご報告を」
「うむ」
ロンジーは言葉短く封筒を受け取る。
文官はそれを置いてすぐに執務室を出ていった。
ロンジーは封を開けて中身に目を通す。
中には狸と狐とオウムのニールが集まっていたこと。もう一人フードをかぶった誰かがいたこと。話の内容はあまり聞き取れなかったが、残党と関わりがありそうなこと、神獣様に関わりそうなこと、狸のニールの言動がややおかしかったことが書かれている。
「やはり、あの三人か」
ロンジーは読み終わった書類をキーンに渡す。
前から怪しいと思っていた人物が集まり、このようなことを話していた。これは反体制派のトップかそれに近い立ち位置の可能性がかなり高いとロンジーは判断した。
書類を読み終わったキーンが顔を上げる。
「すぐにでも捕えますか?」
「そうしたいが、残党のように捕えきれなかった三人の部下たちが好き勝手に動かれるのも困る。あの三人を見張り、決定的な証拠を集め、いっきに関係者を捕まえられるようにしたい」
「わかりました」
「あと正体不明のフードが何者か気になるな。残党と関わりがあるのが確実ならば、あやつらと残党を繋ぐ者かもしれん」
「狸の氏族がおかしな言動だったのはどう見ますか」
「そこに関してはさっぱりだな。その場を見ておらんからなんともいえん」
見張っているときに、また三人が集まって話し合えば、狸のニールの様子も詳細がわかるだろうと今は置いておくことにする。
慎重に動くというこの判断が間違っていたとロンジーたちが知るのはそう遠くない未来のことだ。
◇
王都を出発し野営が続く。
道中村はあったが、この人数を収容できる宿はなかったのだ。
食事の準備などは大変だったみたいだけど、夜番などは人数がそろっているので大変そうではなかった。
俺たちはそれらが免除されているので、出発前に思ったように楽なものだった。
これまでの旅と同じように風呂を作ったりもした。全員が入れるようなものを作れないかとフーイン様に聞かれたけど、加護を持っていない土魔法だとそれは難しい。なのでいつもより広めに作り、俺たちと加護持ち組とフーインが毎日入り、残りの騎士と兵は一日交代で入ることになる。風呂に入れない騎士と兵はシャワーのような魔法を自分たちで使うといった感じだった。
雨がたまに降るくらいで魔物との戦いもなく旅は進んで、五日目に森のない荒野で馬車が止まる。
「ここでいいの? 近くに森がないんだけど」
馬車の外に見えるのは大小様々な岩が転がり、ぽつぽつと木が生える荒地だ。地面がむき出しの丘陵が周囲に広がる。
東の方に嫌な感じがする。だけどすぐ近くというわけでもない。強い魔物でもそこにいるんだろうか?
東から視線を外して周囲を見る。アッツェンに入って当たり前のように近くにあった森が、ここらにはない。遠目に見えるくらいだ。
周辺の巡回のため、空を飛べる人が四方に飛び上がっていった。あの人たちが嫌な感じの正体を見つけてくれるといいんだけど。
「神獣様の力で隠されているらしいぞ。神獣様を呼ぶために祭壇を作って、儀式を行うと森が現れるそうだ。ほらさっそく資材が運ばれている」
ダイオンが指差す方向に、野営準備をしている騎士たちとは別に、石材などを運んでいる十人の騎士と兵がいる。
彼らは設計図を見ながら運んだものを組み立てている。その様子を眺めていると、二つの大きな燭台に挟まれた石の台が完成した。
その完成を知らせるため兵が走り、残った騎士と兵は祭壇の位置の微調整などをやっている。
そこにフーイン様と聖印を首にかけた神官っぽい女がやってきた。
フーイン様がなにかしらの指示を出すと、燭台に薪が入れられ火がつけられる。
神官っぽい女は祭壇を布で覆い、小さな木箱から水晶でできた牙のようなものを取り出し、祭壇に置いた。
それでひとまず準備は整ったのか、フーイン様と神官っぽい女が頷き、その場を離れる。その場には二人の兵が見張りと火番のためか残っている。
「俺も風呂のために穴を広げとこうかな」
野営の準備しているってことは、今日はこのままここに滞在するんだろう。
馬車を降りると、シャーレとダイオンも一緒に降りる。
陣の外れに風呂を作り、壁も作って、完成だ。お湯は夜に入れればいい、と思っていたんだけど風呂作りに気づいたフーイン様が騎士にお湯を入れてくれと伝言で頼んできた。神獣様に会う前に体を綺麗にするんだそうだ。
「お湯ありがとうな。いつもは水でやっているんだけど、風呂が使えるならその方がいい」
お湯を張った風呂にやってきたフーイン様が礼を言ってくる。
「いつもって?」
「三年に一度、こうして神獣様に挨拶するんだよ。そのときは桶に水を入れて、体をふいて儀式に臨んでいるんだ」
「へー。今から入るってことは挨拶は一時間後くらいに行われるってことですか」
「そのくらいだな」
フーイン様たち儀式に臨む者たちが風呂に入り、着替えて祭壇の近くに集まる。ある程度までなら近くで見ていいということなので、皆二十メートルほど離れた位置から儀式を見物する。俺たちもそれに混ざって見る。
ちなみに巡回から戻ってきた人たちからは、これといった情報は出なかった。魔物はいたがこちらに近づく様子はないらしい。でもいまだに嫌な感じはするんだよな。ちょっとフーイン様に言っておこう。まだ儀式は始まらないだろうから、話すなら今のうちだろう。
「ダイオンついてきて。フーイン様に伝えておいた方がいいことがある」
「なにを伝えるんだい」
「東の方に嫌な感じがあるんだよ。巡回に出た人はなにもなかったと言ってたみたいだけど、一応警戒はしておいた方がいいと思うんだ」
頷いたダイオンとシャーレも当然のようについてくる。
俺たちに気づいたフーイン様がこっちを見る。
「どうした、リョウジ」
「東の方を警戒するべきです」
「東? 報告ではなにか問題はあるとは言っていなかったが」
「勘でしかないんですけど、東になにかあります」
勘ということにフーイン様は戸惑っている。俺をフォローするようにダイオンがこれまで俺が勘を働かせた場面などを話す。
「よく当たる勘か……神獣様との儀式になにかあるのも問題だな。騎士たちに東を警戒するよう隊列を組ませよう」
「ありがとうございます」
「よく言ってくれた。その勘が外れてくれるのが一番だが、なにかあれば困るですむ問題じゃないからな」
フーイン様が騎士を呼び、指示を出す。それに騎士は頷いて、ほかの騎士と兵を動かす。
分隊が五つ横に並ぶ横隊が完成して、それを見たフーイン様が儀式の開始を告げる。
場がいっきに静かになり、正装に着替えて神官そのものの出で立ちとなった女は燭台になにかの粉末を入れる。勢いのよい炎は朱色から緑に変わる。
そして祭壇に置いていた牙を両手で捧げ持つ。
「大いなる神獣よ。我が声を聞き届けたまえ。お姿拝見願いたく申し上げます。どうかどうか聞き届けたまえ」
牙から『イイイイインーン』という澄んだ高音が聞こえだし、それが治まると一陣の強風が吹く。燭台の炎はその風にすべてさらわれて、空へと消えていき、同時に大きな森が俺たちの目の前に現れた。
森の奥から強い圧が感じられ、皆それに気圧され一言も発せずに、圧の発生源を見る。
すぐにずしんずしんと音が聞こえて、大きな虎が木々の向こうから姿を見せた。象の倍以上大きな虎からは、絶対的な上位者と感じ取れるなにかがあった。
ニールたちからは神獣様へと敬意のようなものが発せられているのも感じられた。
神獣様は祭壇の前に伏せて、視線を俺たちに向けてくる。
『何用だ? 挨拶の時期には早すぎるが』
神官は祭壇からゆっくり下がり、かわりに前に出たフーイン様が神獣様を見ながら口を開く。
「お呼びたてして申し訳ありません。本日は伝えておかなければならないことがあり、こうして挨拶に参りました」
『伝えておかなければならないこととは?』
「はい。少し前に我が国は荒れました。その後始末で、国内に風を巡らせる魔法を使おうと思っています。それは国を荒し神獣様を邪魔するものではないと宣言します」
『詳しく話せ』
「はいっ」
「東に集団が出現!」
フーイン様が説明を始めようとした瞬間、騎士が警告の声を発し、同時にどこからか矢が飛んでくる。それは神獣様めがけて放たれたもので、神獣様に当たる前に風に弾かれて地面に落ちた。
俺たちが無言の驚愕でもってその矢を見つめていると、さらなる矢が次々と神獣様めがけて飛んできた。
それは誰かが誤って飛ばしたものではなく、明確な敵意を持って神獣様を狙ったものだと俺たちにも理解できた。
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