50 接触
高級宿に泊まった翌日、朝食を食堂で食べて部屋に戻ると従業員が来客を知らせる。
容姿と服装を伝えてきて、その人物がロビーで待っていると言って従業員は去っていく。
「客ってファニさんだよね? 部屋に来るって言ってたし。なんでロビーで待ってるんだろう」
「急用で別の人が来たのでしょうか?」
小説とかだと反体制派の人間がファニよりも早くにここに来て、俺たちをほかの場所に連れ出そうとするよな。
「反体制派の人間の可能性もあるな」
「あ、ダイオンもそう思ったんだ」
「まあ、シャーレの言うように代理の可能性もあるんだけどね」
部屋から出てロビーに移動する。
ロビーの隅にあるソファに従業員から教えてもらった狸のニール種の男がいた。
嫌な感じしかしないなー。小声でそれを二人に伝える。
近づくと男は向かいのソファを勧めてきた。近くだと男そのものもだけど、男のポケットの中にあるなにかが一番嫌な感じがする。
俺たちが座ると早速話し始める。
「私はランド二スタという者だ。今日は君たちを勧誘に来た。王族から私たちに鞍替えしないかね」
「……」
思わず無言でランド二スタを見る。隠すことなく、どストレートに勧誘に来たな。驚いた。堂々と顔をさらしての勧誘ということは、変装でもしているのかもな。
「王族と一緒に国内の安定に努めるのでは駄目なんですか?」
「それでいいのなら勧誘には来ていないだろう?」
「ですよね。返答はノーで」
ダイオンに確認するまでもなく返答は一緒だろう。
ランド二スタは首を傾げた。
「ふむ、なぜかね? 第三王子との付き合いはそれほど長いものではないだろう? 乗り換えたところで心情的にどうとも思わないはずだが。まさか第三王子の国を思う言葉に心打たれたとでも? 他国の者なのだからアッツェンの行く末にそこまで関心はないはずだろう。そうでもなく高額の報酬が約束されているのならば、こちらはそれ以上を出すと確約してもいいが」
「そうですね、付き合いはそれほどでもないです。この国の行く末も関心が高いとは言えません。ですが勘が言うのです。あなたについて行くのは駄目だと」
「勘かね。そのようなあやふやなもので決めるのは少々考えたらずだと思うが」
「勘には多少の自信がありまして、以前はその勘を信じずえらい目にあいました。そういった理由で返事は変わらずノーです」
「そちらの男も返事は彼と同じかね?」
「同じだ」
そうかと言いランド二スタは立ち上がる。シャーレに聞かないのは奴隷の印を見たからか。
「残念だよ。しかし勘が良いというのはあながち間違いでもなさそうだ。ずっと私のポケットに注意していたようだしね」
「あなた自身よりも、そっちの方が気になるくらいですからね」
「本当に勘の良いことだ。また会おう」
ランド二スタは歩いて去っていく。ちょうどファニが宿に入ってきて、ランド二スタとすれ違う。ファニは彼の顔を知らないのか気にすることなく歩を進める。そして俺たちがロビーにいるのを見て、少し驚き近づいてくる。
「おはようございます。部屋にいないで、なにをしているんです?」
「おそらく反体制派と思われる人から勧誘を受けていた」
「は?」
「ちなみに入口辺りですれ違った男ですよ、勧誘してきたのは」
ファニは勢いよく振り返ったが、ランド二スタはすでに宿から出ていた。
顔をこちらに戻し、ファニは真剣な表情で尋ねてくる。
「なにを話したかなど詳しいことを聞かせてください」
隠すようなことじゃないし、会話内容を全部話した。
断ったということにファニはほっとした雰囲気を醸し出す。
「こんなに早く接触してくるなんて」
「夜襲が失敗した時点で、ああいった連中がいるのはこっちにばれている。ならば真正面から来てもおかしくはないだろうさ。一応誠意を示したってところかな」
ダイオンが言い、ファニは誠意という部分に首を傾げる。
「やっていることはこっちの邪魔なのに誠意というのはどうなんでしょう」
「王たちと俺たちとをわけて考えているんじゃないか。王たちの邪魔はしても、俺たちとは協力したいとかそういったふうに。だから強硬手段をとらずに、真正面から話を持ってきた。夜襲のときも結果的かもしれないが、俺たち三人への攻撃はなかった。敵対の意思はないと示していたのかもしれない」
はー、そんなことを考えていたのかあいつら。
俺とシャーレがダイオンの考えに感心しているのをみて、ダイオンはかもしれないと再度言う。
「今後接触してくると思いますか?」
ファニの問いかけにダイオンは頷いた。
また会おうって言ってたし、来るだろうな。それが穏便にか過激にかはわからないけど。
「あとはポケットの中身に関してなんですが」
「いや聞かれてもわからないとしか言いようがない。なにかやばいものを持っているってことしか感じなかったし」
「どうやばいと感じたかわかりません?」
少しでもヒントがほしいといった感じでファニが聞いてくる。
でも本当に嫌な感じしかしなかったんだ。
「んー……感覚としては魔獣教団に関連していたメイドがいたときと似てるかな?」
狼人間に変身したファポア。あれと似てるような違うような。感覚的なものだからそうだとは断定できないんだよな。
「あのときと同じなら人から魔物へと変身するんだろうけど、絶対そうだとは断定しない。別の手段を持っていた可能性もある。だからなにかしらの被害を生じさせるものを持っていたとだけ言うよ」
「魔獣教団ですか。このことを殿下に知らせないと、って用事済ませてからじゃないと駄目ね」
一瞬だけ帰ろうとしたファニは、思いとどまり一度深呼吸して懐からメモとペンを取り出す。
「なにか不便を感じたり、ほしいものはあったりしませんか。手配できるように陛下から許可を得ています」
俺たちは顔を見合わせる。不便と言われてもここに着いて一日も経過していないから特にそういったものは思いつかない。シャーレとダイオンも不平不満が表情に表れてはいなかった。
「今のところは特に? なにかおとぎ話とか名所名産の書かれている本があれば嬉しいかなってとこ」
ファニから離れている状態だから魔法の勉強はローズリットを使えるし、錬金術は所有している本に載っているものを完全には身に着けてはいないから、まだほかの本を読もうと思わない。となると読んでみたいのは小説とかそういった方面だ。
ちなみに昨晩ローズリットを使って出てきた攻撃魔法がとんでもだったりして、使うことはないなと思っている。そう思っていたのだけど、この先この王都で使うことになろうとは、今の俺には想像もできなかった。
「楽師を呼んで演奏を聞くこともできますよ」
「そんなこともできるのか」
「反体制派の動きとかが原因でしばらく宿に閉じ込める形になりますから、退屈を晴らすためにそういったことの許可も出ています」
「俺は呼ばなくていいと思ってるけど、二人はどう?」
二人も特に興味はなさそうだ。
「音楽が聞きたくなったらシャーレに歌ってもらおうかな」
「主様が聞きたいというなら、がんばりますっ」
両手を胸の辺りで握ってふんすと気合を見せる。今日もうちのメイドは可愛いね。
「そのときを楽しみにしてるよー。こんな感じで今のところは本くらいですかね」
「わかりました、ではまた夕方にきますね」
一礼しファニは急いで宿から出ていった。
俺たちは部屋に帰る前に、鍛錬に使える場所があるか従業員に聞いておく。金持ちなどの護衛が使える場所があるということで、そこで鍛錬を行うことにする。走り回れるほどの広さはないようなので、体力づくりではなく技術の習熟を中心にやっていくことになった。ほかには移動の間は控えめだった魔法の勉強をやったり、本やゲームといった娯楽を楽しむつもりだ。
部屋に戻り、鎧などを着込みながらランド二スタについて話す。
「今後接触してくるとして荒っぽい方法で来るのかな? だとしたら警戒する必要があるんだろうけど」
「向こうが反体制派で確定なら、荒っぽいやり方は最後じゃないか? 政権を取りたいのであって、国内を荒したいわけじゃない。安定には俺たち加護持ちが必要なんだから、拒否される荒っぽい手段は取りづらいと思う。これは絶対じゃないぞ? 脅せばどうにかなると考える奴もいるだろうしな。人質をとったり、罪をでっちあげて手配書を発行したりな」
今回の場合人質は……シャーレかな。見た目で狙われやすいだろうし。俺も強そうには見えないだろうし捕らわれて、ダイオンに対しての人質になりそうだ。この国にいる間はずっと三人で行動した方がよさげだな。
手配書に関しては、王がこっち側だし難しいと思うけど、俺たちの想定を超えた手段で実現させるかもしれない。権力はあるだろうし、無茶を通せばやれそうだ。
「穏便な方法はどんなものがあるんだろう?」
「今回のように利を示す。王たちに愛想を尽かすよう誘導するとかかな」
後者はイメージ戦略という感じかな。
「町で騒ぎを起こして、それに対する王の動きを批判するよう民を扇動という感じ? その様子を俺たちに見せて王よりも反体制派の方がいいと思わせる」
「だなぁ。そこらへんは王たちの仕事だから俺たちが気にしてもどうしようもない。俺たちは宿でおとなしくするのが仕事だ」
三人とも準備が整い、部屋を出て、鍛錬ができる場所に向かう。
昼前まで鍛錬を行い、汗をふいて昼食に向かう。食後、少しのんびりしてダイオンはまた鍛錬に出て、俺とシャーレは魔法の勉強だ。夕方前まで勉強を行って、それ以降は自由時間で好きに過ごす。
夕食後にダイオンは棚にあった酒を取り出して、少しずつ飲みながら本を読んでいる。
俺とシャーレは朝に歌について少し話してことがきっかけで、知っている歌について話していた。
「私が知っているのは子守歌と水の大精霊様に捧げるものくらいです。あとは祭りで少し聞いたものも」
「小さい子たちを寝かせるために歌ってたのか」
「はい。大声で歌わないでいいなら、私でもできる仕事だったから」
「なるほどなー。俺も子守歌は一つかな」
しかも最初の方しか知らない。有名だから出だしを知っている人は多いだろうけど、最後まで知っている人はどれだけいるんだろう。
「子供向けの歌とかは何曲も教わったよ」
試しに大きな栗の木の下でを歌ってみる。
「こんな感じのものとかね。シャーレが知っているのはどういったものか聞かせてくれない?」
頷いたシャーレが歌い始める。歌詞としては特別なものではないと思う。『今日はもう寝なさい、また明日も楽しい日ですよ』といった感じの単純なものだ。
拍手するとシャーレははにかんだ。
「何曲も教わったということだけど、リョウジの親は楽師だったのかい?」
本から顔を上げてダイオンが聞いてくる。
「いんや、親は商店の従業員だったよ。教えてくれたのはそういったことを専門にしている人。計算とか文字の読み書きとか国の地理や歴史とか教えてくれた。その中に音楽の授業もあったんだ」
「王都とかの大都市にある学院のようなところに行っていたということかな」
「そうだね。たくさんの子供たちが通っていて、俺もその中の一人だった」
今の俺は大学中退ってことになんのかな、いや人生途中退場? 学生時代は異世界で過ごすことになるとか想像してなかったなー。想像できるわけがないんだけど。
学生時代を懐かしむのをやめて、シャーレに意識を戻す。
「いくつか知っている曲を教えるから、覚えてみる?」
「はい」
アイアイやおもちゃのチャチャチャなどを歌ってみせて、一緒に歌っていく。
最初は気合の入った感じで覚えることを優先している様子のシャーレだったが、次第に楽しそうな様子になったので良い時間だったんだろう。
簡単な楽器の調達もファニに頼んでみるのもよさそうだと思った。小型の木琴とかなら楽譜を覚えているものあるし。




