5 霊熱病
翌日、魔法の練習を行うため昼食を買ってから村の外に出る。村を出るときに人が多く集まっている場所があった。あそこに対策所が作られるのだろう。
彼らに見られない場所まで移動して、水以外の基本的な魔法を使う。使えるという感覚は間違っておらず、どれも問題なく発動した。
四属性を使えることは珍しいだろうし、今後人前では加護を受けた水属性を中心に使って、ほかの三属性はこっそりと使うとしようか。
基本的な魔法の練習を終えて、氾濫で使いそうな魔法の練習を行う。それに熱中していたせいか、隙だらけに見えたようで魔物が襲い掛かってきた。
「あ、あっぶな!?」
背後でなにかがさりと音がしたと思ったら、ワニみたいな魔物が大口を開けて迫っていた。
接近にばれたことで、失敗したと判断してどこかに行ってくれないだろうか。そんなことを思ってワニの魔物を見ていたけど、その気はないようで引き続き口を開けて迫ってくる。
動作がそこまで素早くないこともあって、余裕で避けることができる。
「さてどうしようか。逃げるのは簡単。でも村まで追ってくる可能性もあるんだよな……初めての狩りかな?」
狩るとしてどうしよう。手持ちのナイフで切りかかるのはなし。硬そうな外皮に刃が通るかわからない。これが下級クラスの魔物なら蹴る殴るで倒せるかもしれないけど、判断つきかねるから接近すらしたくない。今は噛みつきをしてくるだけ、でも別の接近用攻撃手段を持っているかもしれない。
ここは昨日教わった氷の槍かな。運の良いことに弱点をさらしてるし、口の中めがけて飛ばせばなんとかなるはず。
「距離を保って、口を開けたら魔法」
やることを口に出して、構える。やる気を見せたことでワニの魔物も警戒したのか、じっとこちらを見てくるが、すぐに動いた。堪え性がない。それが命とりだ。
開いた口へと指差し、魔法を発動する。
「スー。氷なる槍飛べ!」
昨日のものよりも威力を抑えたイメージで、氷の槍を飛ばす。
距離が近いこともあって、氷の槍は外れることなく、ワニの魔物の口から奥へと突き刺さる。
ワニの魔物の口から血が流れだし、暴れていたがやがて動かなくなった。
死んだのかの判断がつかず、ゴルフボールほどの石を拾って投げつける。当たったことで少し反応があったが、それは弱々しいものだった。
近づくと尾が動いたが、ゆっくりとしたものだった。すぐに動かなくなり、揺さぶってみても反応がなく、死んだと判断する。
「ふー」
何事もなく倒せたことに大きく溜息を吐く。
「これどうしようか。狩ったものは売れるらしいけど、血抜きとか処理の仕方なんかわからん。このまま持っていっていいのか。とりあえず狩ったものは冷やした方がいいとは聞いたことがあるからそうしよう」
魔法で冷やして、尾を持って血の滴る口を下にして運ぶ。
村に帰り、門番に声をかける。
「すいません、これを狩ったんですけど、どこに行けば売れますかね?」
「ん? おー、クロコーダを狩ったのか。売れる場所はいくつかあるな。自分で解体できるなら市場で売れるが」
「無理ですね」
「だったら肉屋に持っていくのがいいだろう」
そうさせてもらおう。場所を聞き、そちらに向かう。
肉屋の店員に解体のみか、一部分引き渡しか、全部売るかと聞かれて、全部売ることにした。皮がそれなりの防具として使えるので、皮だけ引き取る人がいるそうだ。
査定に十五分ほど時間がかかるということで、店内で待たせてもらう。待合室には俺のほかに三人の狩人らしき人たちがいた。
今日の昼はなにを食べようかなどと考えているとすぐに時間が過ぎて呼ばれる。
金額は銀板一枚と銅板一枚、280デルだった。四日分の宿賃か、初めての狩りだしこれが高いのか安いのかさっぱりだな。いや一匹で四日分の宿賃なら安いことはないか。
あれが最下級の魔物ってことはないだろうし、最下級の魔物を中心に狩る狩人は大変そうだ。
肉屋を出て、今日も屋台で昼食をとり、食休みをしながら昼からの予定を考える。
また外で魔法の練習でもいいけど、違うこともしたいな。
あ、そうだ。霊熱病のことを調べようって思ってたんだ。そういった調べものをする場所はあるかな。
周辺を見ても図書館らしきものはない。
そういった場所か、もしくは情報屋でもいればいいんだけど……酒場も兼ねてる宿の人間ならなにか知ってるかもしれない。宿に戻ろう。
宿に戻ると、主人がテーブルでノートを広げていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「おう? いいぜ」
答えながらノートを閉じて、顔をこっちに向けてくれる。
「調べものをしたいんですけど、図書館とかこの村にあります?」
「ないな。そういったものはもっと大きな町にしかない」
「だとしたら情報屋か物知りな人に聞くしかないか。そういった人はどこにいるんでしょう?」
「調べものってのは人間や失せものを探すのか? それとも知識を得るって方向なのか?」
「知識の方ですね」
「じゃあ市だな。そこで錬金術師にいくらか金を払えば知識を披露してくれるだろうさ」
「なるほど、早速行ってみます」
「ちょっと待て、注意点があってだな。その知識が正しいとはかぎらない。間違って覚えている可能性もあるから、金に余裕があるなら複数の人間に聞いた方がいい」
あー、間違って覚えるってのは俺自身も経験ある。日本ほどなにかを調べるのは簡単じゃないだろうし、間違いの確認は複数人に聞くってのが一般的なんだろうな。
宿の主人に礼を言い、チップもテーブルに置いて、宿を出る。
市をやっている広場に入り、忙しくなさそうな錬金術師らしき人を探す。与えられた知識には薬を売っている人がそうだとなっている。錬金術師は作る物の関係上薬師も兼ねていることが多いようだ。
三人ほど薬を売っている人がいて、俺より少し年下の男のところが一番客がいない。
「ちょっと時間いいかな」
「いらっしゃい。なにがご入用ですか?」
客と思ったのか嬉しそうな笑顔で聞いてくる。
「必要なのは知識なんだ。知りたいことがあって。もちろんお金は払う」
「ああ、うん。わかった」
薬を買いに来たわけじゃないから少し落ち込んで見える。期待させてすまん。
「どういったことが聞きたいんだ? 錬金術のレシピとかだと答えられないものもあるし、高くなる」
「それには興味ないから大丈夫。とりあえず聞きたいことは二つ。霊熱病とクロコーダのこと」
「俺に聞くようなこと?」
「図書館とかあればそこに行くんだけどね。ここにはないようだから、知識を蓄えていそうな奴ってことで錬金術師を勧められたんだ」
「そうなのか。まずは霊熱病に関してだが、どんなことが知りたい?」
「なにもわからないから一通り」
あいよと錬金術師は返事して、考え込む様子を見せる。三分ほどで考えがまとまったのか口を開いた。
「霊熱病とは属性が関連した病のことだ。似たものに霊冷病、霊眩病、霊怠病というのがある。順に、火属性、水属性、風属性、地属性が絡んでいる。これらは長時間体力が低下していると、まれに体内の属性バランスが崩れて得意属性が暴走することで発病する」
ここまではいいかと聞かれ頷きを返す。
「すぐに死ぬような病気ではないんだけど、明確な治療方法が見つかってもいない病気でもある。徐々に体力が削られて発病後だいたい十年で死亡するんだ」
あの子が最近発病したとしても二十歳くらいで死んでしまうのか。
「治ることはあんの?」
「長く生きた霊獣に助けてもらったという話や人の立ち入ったことない森の中で治ったという話がある。でもそれを試して治らなかった人もいる」
「そうなんだ。じゃあ死亡を遅らせることは可能なのかな」
「そっちは処置方法が見つかっている。病気に対応する加護持ちに魔法を使ってもらえれば楽になるし、死亡時期をすごく延ばせる。霊熱病なら、水属性の加護持ちから魔法で出した水を毎日飲ませてもらえれば、かなり楽になるだろうさ」
ん? 俺が加護を持ってるってファーネンさん知ってるよな。なのに霊水のことを話さなかった、なんでだ。いやなにか話そうとして止めたときがあった。あのとき話そうとしたのか? でも結局は話さなかった。なにかしらの事情があるんかな。
「考え事は終わったか? 続けるぞ。加護持ちから魔法を使ってもらうといっても、加護の強さによって効果が違うらしい。より強い加護を持った奴に頼った方が効果は大きいらしい。霊熱病に関してはこれくらいだ」
「ありがとう、参考になった」
「じゃあ、次はクロコーダについて。これに関しても一通りでいいか?」
頷くと彼は続ける。
「クロコーダは川に生息する魔物で、陸地にも上がってくる。基本的に水の中にいるんだ。でもそこが危ないとわかると陸地に上がってくることもある」
あれも氾濫のことを察してたんだな。
「魔物としての強さは真ん中より少し下か? 詳しいことはちょっとわからん。駆け出しの狩人や傭兵には厳しい相手ってことは間違いない。ただしそれは水中にいるときに相手したらで、陸地で相手するともう少し脅威度は下がる。動きが水中ほどじゃないらしい。油断すれば食いちぎられるけどな。外皮は硬く、斬ろうとするよりも叩いたり突くといった攻撃が有効だそうだ。魔法の場合は雷属性が一番だ。これといって特徴的な弱点はないと聞いている。基本的なものはこんな感じだ。卵を産む時期とかも知っているが聞くか?」
それはいいと首を横に振る。
「皮を防具として使う場合、どれくらいの質のものになるんだ?」
「一人前に認められた傭兵とかが使うくらいだと思う。それ以上の実力者が使うには物足りなくなると思うぞ」
「なるほど。うん、十分だ。その二つの情報でいくらになる?」
「そうだな……そこまで特殊な情報ってわけでもなかったから20デルくらいか」
20デルね……銅貨が二十枚ないな。銅板一枚渡すか、ついでにもう少し情報を聞いてお釣りはなしってことにしよう。
そう言い渡すと彼は嬉しそうに財布にしまう。
「んで、なにを聞きたいんだ」
「そうだな……どんな薬を売っているんだ? とりあえずこの場にあるものを一通り説明頼む」
「わかった」
彼は薬を一つずつ指差し説明を始める。
一般的な薬がほとんどだ。熱さまし、腹痛、頭痛といった日常で使う丸薬や塗り薬。
錬金術特有のものは、ポーションと痺れ毒耐性薬だった。
ポーションはまだ低品質のものしか作れないらしい。それでも数針縫うような怪我を治せると与えられた知識は言っている。ただしこれは日持ちせず、二週間ほどで効果がなくなると彼は言う。もう少し品質を上げれば、日持ちもするようになるんだと、少し悔しそうだ。
ちなみに中品質だと骨折を即座に治せて、高品質だと千切れた手足をくっつけることができるらしい。
「ここらあたりで採取できるものだと、どれくらいのポーションが最高なんだ?」
「中の中ってところじゃないかな。俺が見たことあるのはそれだ。大精霊様のおかげで水が良いからそれくらいの品ができるんだろう。水が普通だと中の下くらいになると思う」
「じゃあ次は毒耐性薬の方というか毒に関して。痺れ毒のほかにどんな毒がある?」
「痛みを発するもの、意識を奪うもの、意識を混濁させて同士討ちを狙うようなもの、五感の一つを一時的に奪うもの。こんな感じだな」
「それらは薬さえ事前に飲んでたら完全に防ぐことができるんだろうか」
それはないと首を横に振られた。
「相手の毒の強さに左右される。たとえば俺の薬だと強い毒を受けたとき、痺れを緩和することしかできない」
うん、知れてよかった。与えられた知識だと、そこらへんはフォローされていなかったからな。
「これで最後の質問だけどいい?」
「いいぞ」
「痺れ毒耐性の薬を売ってるけど、ここらへんにそんな毒を持っている魔物がでるのか?」
「聞いたことはないな。この薬はここらでとれる材料で作れるから出しているだけだ。でも下流の村では毒を持った蟹がいて需要があるみたいで、たまに売れるんだ」
こっちにはいないのだろう、安心だ。魔法の練習をしているときに痺れ毒を受けたら大変だしな。
十分な収穫を得て、彼に礼を言い、露店から離れる。