49 王都到着
起きたのは日がすっかり上がってからで、寝ているダイオンを起こさないように静かに馬車から出ると、眠そうな騎士から出発は昼と教えられる。
朝食の準備も進んでなさそうだったのでシャーレと一緒に手伝うことにする。
感覚的に九時過ぎに起きてきたダイオンとフーイン様が検死結果や岩辺りの様子を話す。
死体の健康状態は良く、鍛錬した形跡もあり、盗賊ではないと判断できたそうだ。この場にいる者で顔を知っている者はおらず、王族に近い騎士や使用人の可能性はほぼない。身元を示すような持ち物はなく、遺族などを探し出すのは苦労しそうだ。
岩辺りには血の跡はあったけど、死体はなかった。だが国内の詳細な地図の切れ端が見つかったらしい。国が作ったと示す印もあり、これを手に入れられるのは地位の高い者ではないと無理ということで、貴族の誰かが動いた可能性が高くなったとフーイン様たちは判断したそうだ。
「宮殿に三人を連れていくのは止めておこうと思う。邪魔してくる貴族が罠を張ってたら大変だ。俺の紹介でいい宿を取れるようにするから、そこでひとまず待機してほしい。さくっと陛下に報告して動きやすくなるようにするから」
「わかりました」
「こちらから頼む立場なのに不自由させてすまんな」
「自分たちの安全のためですから仕方ないですよ」
頷いたフーイン様は騎士たちに指示を出し、荷物をまとめさせる。
早めの昼食の準備もさせて、昼食をとり出発になる。
予定通りの二日後の夕暮れ前に俺たちはアッツェンの王都に到着した。この二日に襲撃はなく、魔物との戦闘もなく平穏に移動することができた。
遠目にもわかる大きな町で、パッと見ただけでもフェルス様の治める町以上の規模だとわかる。住人の多くはニール種だけど、ヒューマ種とリアー種の姿もちらほらと見える。
宮殿は町に入る前の小高い場所から見えていた。白い壁青い屋根の大きな建物で、三階建てくらいだろう。多分コの字型の建物じゃないかな。
フーイン様と騎士のほとんどは宮殿に向かい、俺たちとファニは宿に向かう。できれば案内役はファニじゃなくて騎士の方がよかった。ローズリットが使えないままだ。
「ここに泊まってもらうわ。他国からの使者も使う宿なのよ」
ファニが示す宿は、ホテルといった雰囲気の立派な建物だ。馬車を置く場所もあり、専用の世話役もいる。
馬車を置いて、必要な荷物を下ろして、ファニと一緒に屋内に入る。
ロビーも丁寧に掃除された綺麗なところだった。白く光沢のある床に、同じく白い壁。隅のソファに座って話している者たちも小綺麗で品が感じられるような気がする。
ファニがカウンターに近づいて、そこにいた受付嬢にフーイン様からの手紙を渡す。
中身を確認した受付嬢は、丁寧に手紙を畳んで、近くにあった銀のベルを鳴らす。チリリンと涼やかな音が響いて、ポーターがすぐにやってきた。
「こちらのお客様を三階のB1号室へ」
ポーターは頷いて、俺たちの荷物を受け取り、先導する。
受付はファニから受け取った手紙を持ってどこかに向かっていった。
部屋に案内して荷物をベッド側に置いたポーターはなにかあれば呼んでくださいと言ってから部屋を出ていく。
「では私もフーイン様のところに戻ります。明日の朝にまた来ますので、それまでごゆるりと寛いでください」
一礼してファニも部屋を出ていった。
掃除の行き届いた部屋の中を見渡す。ここはリビングのようで、寝室などに繋がるらしい扉がいくつかある。
ここは家族旅行で使ったホテルより豪華だな。
「これまで泊まった宿とはまったく違うね」
「国で有数の高級宿だろうしね」
答えながらダイオンは鎧を外していく。
俺は好奇心の方が強く、旅装を解く前に部屋に中を見て回る。興味があるといった表情のシャーレも一緒についてきた。
リビングの棚にはカップなどがしまわれていて、茶菓子や酒瓶も見える。風呂とトイレがあり、寝室は二人部屋が二つ。ベランダも広く、日当たりがよさそうで日光浴を楽しめそうだ。
ベッドメイクや部屋の掃除具合に、シャーレが感心した表情を浮かべていた。仕事ぶりが辺境伯の屋敷と負けず劣らずらしい。
リビングに戻ると、ダイオンが椅子に座って テーブルに置かれていたパンフレットのようなものを見ていた。俺たちと違って、好奇心とか微塵もないし、こういった場所には慣れてるみたいだ。
「どんなことが載っているんだ?」
「宿の中の設備とか、食事の時間。町の案内図とかだね。ほかに町中を馬車で移動したい人のために小型馬車の貸し出しもやっているそうだよ」
いたれりつくせりってやつか。
旅装を解きながら、宿の設備を聞いていく。脱いだ鎧はシャーレが受け取って、ダイオンが置いている横に持っていった。
夕食までもう少し時間があるし、のんびりとしようかね。
シャーレが部屋に置かれていた茶葉を使って、お茶を入れてくれている。安物の葉じゃないだろうし、きっと美味しいだろう。楽しみだ。
◇
騎士たちに報告書の作成と馬車の手入れや荷下ろしを命じて、俺は旅の間に作った報告書を持って父上の執務室に向かう。
廊下を歩くと騎士や兵や使用人から無事の帰還を喜ばれる。それに答えながら歩き、執務室に到着する。
護衛に立っている騎士に声をかけて、入っていいか確認する。許可をもらえたので、扉を開けて中に入る。
部屋の中には父上と一番の上の兄キーンと執事のパリューがいた。
「フーイン、ただいま帰りました」
「おお、帰ってきたか」
「おかえり」
「おかえりなさいませ」
それぞれの出迎えの言葉を受けながら、父上の机の前まで移動する。
「これが今回の報告書です」
「うむ。なにか特別に報告することはあるか?」
ぱらぱらと報告書をめくりながら聞かれる。
「三つあります。まずは村を壊滅させたスライムですが、あいつらの生み出したもので間違いありませんでした」
「そうか。殲滅はできたか?」
「いくつか逃がしてしまいました。地中を移動できるように変異していましたね」
「地中をか、厄介な」
「そのせいで村一つに被害が生じましたが、そこは壊滅まではいきませんでした」
「それは朗報だ。だがほかのところにも現れるかもしれんな」
「現地に騎士を残して、周辺調査を命じました」
父上だけではなく、兄上も頷いている。間違った判断ではないということだろう。
「次に風精霊の加護持ちを二人見つけ、協力を仰ぐことができました。今はグラニウスアチーに宿泊してもらっています」
スライムの件で顰められていた表情がいっきに喜びへと変わる。
「おおっ! 二人もか。これで魔法を使う前提条件が整ったことになるな」
父上たちだけではなく執事も喜び、表情を綻ばせる。
名前はなにかと聞かれ、リョウジとダイオンの名を口に出す。
「ダイオン? 十年くらい前に戦帝大会で準優勝した者と同じ名前だな」
俺もそう思ったけど、強さが準優勝できるほどとは思えなかったから人違いと考えた。
種族や年齢や顔つきを聞かれ答える。
「覚えている範囲で合致するな」
「しかしあの実力では大会出場が関の山かと」
「そうなのか? そっくりな人物なのだろうか」
父上は首を傾げた。
兄上が、ダイオンと会ったときに聞いてみればわかることでしょうと言い、別に聞きたいことがあるようで続ける。
「宮殿ではなく、どうしてグラニウスアチーなんだ? こちらの方がもてなすのに適していると思うが」
「兄上、それは三つ目の報告に関係します」
「良い報告じゃなさそうだな」
「はい。加護持ちたちと一緒に王都へと帰ってくる途中で夜襲を受けました。盗賊の仕業だと話が簡単に終わって助かるのですが、どうも違うようでして。あいつらの報復か反体制派の仕業と見ています」
これに父上は頭が痛そうに眉間を揉む。
「報復に関してはあるだろうと見ていたから、お前を外に出して囮にしたわけだが。あいつらの関係者と示すものはなかったのか?」
「ありませんでした。かわりに貴族でないと手に入れることが難しい詳細な地図の切れ端が見つかりました。それゆえに反体制派の可能性もあると判断しました」
「そうか。加護持ちをここに連れてこなかったのは貴族の反応が不明だったからだな?」
「はい。せっかく協力してもらえることになったのに、反体制派の貴族が馬鹿をしたせいで、自国へ帰るとか言われると困りますから」
「その二名は他国の者なのか?」
「ヒューマ種の旅人です。パーレが出身とは言っていませんでしたが、聞けた話のほとんどがパーレのものでしたので、少なくともアッツェン出身ではないでしょう」
ダイオンは探りに気づいていたようだが、リョウジは気付いていなかった。そのうえで出てきた話はパーレのものばかりだった。リョウジの出身はパーレだろう。
「加護持ちの旅人が二人もこの国を訪れていたんだな。タイミングが違えば、どちらかはいなくて協力を願えなかったのか」
兄上は勘違いしているようだ。まあ、仕方ないよな。加護持ちが一緒に旅をしているなんて想像しづらい。
「彼らは一緒に旅をしているようですよ。もう一人火の魔法が得意な奴隷のメイドがいますね」
「加護持ちが一緒にとか、旅人にメイドが同行とか、そもそも加護持ちでどうして旅人なのとか、聞きたいことがいろいろあるな」
「そこらへんの事情までは聞けませんでしたが、少なくとも悪人ではないと言えます。あと勧誘は断られました」
「フリーなら勧誘したいと思ったが、断られたか。残念だ」
加護持ちなら勧誘は何度か受けているだろう。それで旅人を続けているのだから、権力関連のなにかでトラブルを経験して飽き飽きしているのかもしれない。
そう言うと父上たちは頷いた。無理な勧誘は控えようと意見が一致する。あまり無理な勧誘をすると循環の魔法を使うことすら断られる可能性もあるしな。
「グラニウスアチーの警備はしっかりとしているが、国からも警備を派遣するとしよう」
「それがいいかと。そういえば先に協力を得られた加護持ちの三人には宮殿にいる貴族から接触などあったのですか?」
反体制派が小細工をするなら、すでに接触があってもおかしくはないだろう。
宮殿で過ごしている三人に接触する貴族はいるようだけど、三人の警護で一緒に話を聞いていた兵によると特別おかしな話はなかったそうだ。
「これから魔法を使う準備を始める。これを貴族などに広く知らせて反応を伺うぞ。グラウニスアチーの彼らにはしばし窮屈な思いをさせるだろうから、フォローしないとな」
「明日の朝、ファニが会いに行く予定なので、そのときになにか希望があるか聞いてもらいます」
「うむ。芸人を呼ぶくらいは拒む必要がない。ただし芸人の経歴などはしっかり調べるようにな」
「はい」
「これで報告は終わりだな? あとは報告書を読むだけで伝えたいことは全部ということでいいな?」
父上の確認に少し考え込む。なにか伝え忘れたことはあっただろうか。ああ、一応言っておくか。
「ファニからの報告ですが、加護持ちの一人はリョウジという二十歳くらいの男でして、そいつから感じられる力が大きいそうです。強い精霊から加護を受けていそうだと言っていました」
「なるほど。まあ、力が強いのなら問題はないな。一応魔法準備をする者たちにそのことも伝えておこう」
あとはシャーレの扱いに関しても報告する。
「十歳くらいの奴隷の少女をメイドとして扱い可愛がっている、と。女の好みがそれくらいなのか?」
各氏族からそれくらいの少女を集めればもしかしてと父上が呟く。
勘違いを正そう。リョウジもダイオンも、シャーレをそういった対象としては見ていない。一緒に移動している間、そういった態度は欠片も見せていない。
「可愛がっているといっても性処理といった方面ではありません。奴隷という扱いではなく、仲間としてとても大事にしているのです」
「ああ、そっちか。そういった扱いならぞんざいに扱えば不快になるか」
報告を終えて執務室から出る。
このまま自分の部屋に戻って、各地で行った物質補給の支払いやスライムに被害を受けた者の生活を保障する書類を作らなければ。
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