48 夜襲
「今日中にこの村を出発したいのだけど大丈夫かい」
フーイン様に聞かれ、少し考えてシャーレとダイオンを見る。
「マプルイの様子は大丈夫だったよね?」
そう聞くと二人から頷きが返ってくる。
「マプルイとは?」
「馬車をひいてくれる魔物です」
「馬車を持っていたんだな。こっちも馬車だから移動が早くなりそうで助かる」
「出発にあたって物資が心許ないんだけど、ここで補給はちょっと無理なんですよね」
スライムの襲撃で壊れた家などの修理や家をなくした人へと食料を分けなければいけないだろうから、俺たちが補給できる余裕はないだろう。
物資に関してはフーイン様たちも補給したいようで、ここではない近くの村に向かうらしい。俺たちもそこで補給だな。
フーイン様が出発の準備を始めるということで、説明のため騎士の一人を借りて宿に戻る。
宿にはホプランがおらず、ラジィさん一人で書類を見ていた。
「おや、おかえり」
「ただいまです」
「そちらの方は? 国の紋章を刻んだ鎧を着ているということは国仕えの人なのだろうけど」
「騎士団所属の者です。こちらの方々に助力願いたく、それに関しての事情を説明にきました」
騎士は一礼し、以前あった事件についておおまかに説明し、国内を落ち着かせるのに何人もの加護持ちの力が必要ということ、ラジィさんと別行動になることを話す。
「加護持ちだったのか。そして別行動か。それに関してはわかったよ。生まれ育った国を落ち着かせるのに必要というなら反対などしない」
「途中で離れることになって申し訳ないです」
「いやいやこの場合は仕方ない。こっちはあとは帰るだけだったしなんとでもなるさ」
「このあとは仕入れだって言ってませんでした?」
この村に来るまでにそう聞いたと思うんだけど。
「ロローさんをうちに連れて帰ることになったんだ。だから寄り道せずまっすぐに帰る」
「どうしてそんなことに?」
「ロローさんが落ち着くために環境を変えた方がいいだろうと向こうの親と話してね。あとはロローさんのように生き残った人が、死んだ人の家族を刺激するかもしれない」
どうしてうちの家族は死んで、そっちが生きているのかって感じる人がいるかもってことか。それは互いに良くなさそうだ。
「そうでしたか。ロローさんはどんな感じなんです?」
「さすがに丸のみされて平気とはいえないようだよ。家族のフォローでなんとか落ち着いている。息子も少しは役立っているしね」
ホプランがやらかしてなくてよかったよ。
すぐに出発することを告げると、荷運びなどの報酬を持ってくるからと部屋に戻っていった。
俺たちも宿を引き払うため荷物をとってくることにする。俺の分はシャーレがやるということで、俺はラジィさんを待つためその場で待機となった。
騎士にここからどこに向かうのか聞きながら待っていると、ラジィさんが戻ってきた。
報酬をもらい、旅の安全を祈られたりしていると、シャーレたちが戻ってきた。
ラジィさんに別れを告げて、騎士と一緒に馬車に向かう。
フーイン様たちが出発準備を整えていて、俺たちもマプルイの様子を確かめて、馬車に繋ぐ。
「今日もよろしく頼むな」
そう言い首を撫でるとマプルイは小さく啼いて返事を返す。
シャーレとダイオンもマプルイを撫でて、馬車に乗る。今日最初に御者をやるのは俺だ。御者台に座り、いつでも出られるとフーイン様たちに手を振る。
向こうも馬車に乗ったり、魔物に乗ったりして出発する。こちらもそのあとを追って移動を始める。
魔物の警戒は騎士たちがやってくれて楽をさせてもらう。楽すぎて少しだけうとうとしてしまった。やばいやばい、事故ったら大変だ。
休憩で止まり、御者を交代する。次の御者はダイオンで、俺とシャーレはジョギングで体力づくりだ。ファニが近くにいる間は、魔法の鍛錬は控えて体力づくりや戦闘訓練をメインにやっていくことにしたのだ。
フーイン様たちと親交を深めつつ、旅は大きなトラブルなく進む。野営で風呂を作ったことで呆れられたりしたが問題はなかった。
ラジィさんたちと別れて三日目の昼前に、スライムに壊滅させられた村に到着し、そこで後処理していた騎士団と合流する。
フーイン様は留守中の報告を受けて、彼らに周辺調査を命じて、自身は俺たちと王都へと向かう。
そうして出発して七日目の夜。今日も野営で、明るいうちに狩った獲物を使ってアッツェン流バーベキューを楽しんだあと、風呂に入りさっぱりとする。
「ふー、さっぱりした」
風呂上りのフーイン様がタオルで髪をふきながら隣に座る。かわりに隣に座っていたシャーレがファニと一緒に風呂に向かう。ダイオンはすこし離れたところで、騎士たちとポーカーをやっていた。
「最初風呂を作ったときは、そこまでするかと思ったが、なれると快適だな」
「そりゃよかった」
「俺たちニール種だと火と土の素養がないから、水のシャワーくらいしかできないのが残念だ」
「こっちは年中あったかいみたいだし、それでも十分だよね。特に暑いときの訓練後なんかは汗を流せてさっぱりする」
「だな。だがシャワーだけだと取れない疲れが取れるのを知ると、風呂にも入れるようにしたいな」
「ヒューマ種かリアー種の魔法使いを雇えばいい」
「お前さんたちがいてくれれば一番なんだが」
こうした勧誘は旅の間に何度かあった。フリーの加護持ちということで取り込みたいのだろうとダイオンが言っていた。
返事はいつも決まっている。断っているのだ。どこかに腰を落ち着ける気はまだない。旅を続けてあちこちを見てみたいという気持ちが強い。それに管理者からの指示であちこちに行くには旅人でいる方が都合がいい。
「まだまだ気楽な旅人でいたいので」
「また駄目だったかー」
「話を変えますけど、王都まであと二日でしたっけ」
「そうだ」
「王都と呼ばれるところに行くのは初めてなんですよね」
「パーレの王都には行ったことがないのか?」
「ないですね。ぶらぶらとしてましたけど、そちらに足を向ける機会がなかったですね」
日本にいたときも首都である東京に行ったことはない。京都なら中学の修学旅行であるんだけどな。
「どういった感じなんです? 特徴的な建物とかありますか?」
「一番の特徴は王宮だな。城というより宮殿でな。王族が住むだけではなく、各種族から派遣された族長代理が詰める執務部屋もある広い建物だ」
宮殿といって一番に思いつくのはヴェルサイユ宮殿だ。あんな感じに派手というか豪華なのかな。もしそうなら見ごたえがありそうだ。
「ほかには闘技場もあるな。各地から集まった強者が毎日戦って腕を磨いている。年に二回大きな大会が開かれ、小さな大会も月に一度開かれている」
「大きな大会は戦帝大会くらいしか知らないな」
「あれは世界規模の大会だからな。あれの賑わいにはさすがに負けるが、他国からも見物や参加者が来るくらいには賑やかだぞ」
「一度くらい見物に行くか」
どんな感じなんだろうな。プロレスのようにエンターテイメントを意識しているのか、ガチの勝負なのか。血みどろなのは勘弁だ。
「参加はしないのか?」
「そっちは興味ないです。ダイオンは参加するかもしれない。一度大会に出ようかとかちらっと言ってた気がする」
魔物や賊に対応するため、ローズリットを便利にするため。それらの理由で鍛えているけど、大会に出て成果を確かめようとは思わない。
「そういった荒っぽいもの以外にほかに見どころはあります?」
「昔の職人が作った家具やらが展示されている博物館とかだな。使われた技術を残すためにも展示されている」
「へー、技術はわからないだろうけど、見るだけでも楽しめそうだ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
自国の文化や技術を楽しみだと言われてフーイン様は微笑む。
ほかに職人や闘技場の参加者などの話を聞いているうちにシャーレたちが風呂から上がり、のんびりとした時間を過ごして寝る時間になる。
夜の見張りも警戒と同じように騎士たちがやってくれるので、俺たちはゆっくりと眠ることができている。
寝入っていくらか時間が流れ、ダイオンが俺たちを起こす。
「んー、どうしたの?」
「外が騒がしい」
言われて馬車の外を意識してみると、なにか人が動いている物音がする。
「魔物かもしれない。俺たちもすぐに動けるよう準備しておこう」
「わかった」
シャーレも頷き、旅用のメイド服を着込む。
俺とダイオンは鎧のみを身に着け、武器を片手に外に出る。かすかに血の匂いが漂ってる?
「シャーレ、明かりを頼む」
「はい」
ダイオンに頼まれて、シャーレは野営の上空に火球を浮かばせた。
それに照らされて、騎士たちと黒装束の何者かが戦っているところがはっきり見える。騎士一人が倒れていて、ファニが薬を使っていた。
「助かる!」
黒装束と戦っていた騎士の誰かがそう言い、武器を振るう。
「加勢する?」
「ほかに隠れている可能性もあるから、俺たちは周囲の警戒だ。黒い連中が隙を見せたら魔法を叩きこむよう指示を出す」
「りょーかい」
ダイオンが加勢に行かないのは、俺とシャーレが隠れている奴らに奇襲されないためだろう。
幸い、明かりが騎士たちの助けとなったのか戦いは優勢に見える。あれなら加勢はなくても大丈夫だと思えた。
いつでも武器を振るえるように警戒し、三人で周囲を見渡す。
「リョウジ、向こうの岩辺りに大きな魔法を頼めるかい。おそらく黒い奴らの仲間がいる」
「巻き込まれないように隠れている旅人とかじゃないの?」
「殺気や敵意があったからただの旅人じゃないな」
「魔法の規模は?」
「いつか見た竜巻でいい」
頷いて、ダイオンの視線の先にある約三十メートル先の岩へと手を向ける。
「ヴィント! 吹き荒れて斬り刻めっ刃の竜巻!」
明かりがかすかに届いている岩辺りにすべてを切り刻む竜巻が発生し消えていった。
俺は誰かを攻撃した感覚はないけど、ダイオンとシャーレはなにか感知できたのか?
「攻撃は成功したかな」
「敵意はなくなったな。倒れたか、逃げたかしたんだろう。残るはここにいる奴らだ」
黒装束たちも仲間の撤退を察したか、次々と退いていく。それを騎士たちは深追いしない程度に追撃し、二人の黒装束を確保した。
何者かの襲撃が終わり、騎士たちは怪我の治療をしつつ警戒を続けている。
「加勢助かった」
剣を鞘に納めながらフーイン様が言う。鎧や肌に血がついているが、返り血のようで怪我はないみたいだ。本当は槍を使うらしいけど、近くにあったのが剣だったのかな。
「盗賊かなにかだったんですか?」
「ただの盗賊というには腕が立つし、連携もとれていた。あと武器に毒らしきものが塗られていた」
「盗賊というには物騒だ。捕まえた奴らからなにかしらの情報を得られたらいいが」
ダイオンがそう言う。そこに騎士が近づいてきて、捕まえた二人の黒装束が死んだことをフーイン様に報告する。
「傷が原因で死んだのか?」
「いえ、口の中に仕込んでいた毒で自殺したようです」
「盗賊ではないな。ただの盗賊がそこまでせんだろう。となると……」
フーイン様は考え込む。心当たりがあるんだろうか。
俺たちが見ていることに気づき、フーイン様は頭をかきながら話し出す。
「ただの腕の立つ盗賊ならそれが一番いいな。ここで撃退して話が終わる。あとはここらを治めている奴に連絡を取ればいいだけだから」
「でもその可能性は低いのでしょう?」
ダイオンが言い、フーイン様は頷いた。
「考えられるのは二つだ。先の問題の関係者がトップの仇討ちとして動いた可能性。できるならこっちであってほしいな。もう終わった問題のあとかたづけだからな」
「もう一つは?」
「現体制に不満を持つ反体制派の氏族が動いた場合だな。うちの国の政治のやり方は知っているか?」
知らない。連邦って言ってたから、おそらく各地に統治者がいて、その上に王がいるって感じだろうか。
思ったことをそのまま口に出すと頷きが返ってくる。
「そんな感じだ。王は数年ごとに各氏族の長が交代で就任するんだが、優れた統治だったり交代の必要性を感じなければ続投する。んで現状交代の必要性を感じない。というか先の問題が片付くまでは続投した方が都合がいい。でもそれを不満とする奴らもいる。だから手柄を邪魔しようとした」
手柄ってなんだ。
そんな不思議そうな俺の顔を見て、フーイン様は俺たちを指差す。
「現状必要とされている風精霊の加護持ちを連れて帰るのは大手柄だぞ。きっと騎士たちに向こう側の人間がいたんだろう。そいつから連絡を受けた奴が、急いで計画を考えて動いた。現体制に不満を持つ奴が動いたとしたら、面倒なことに王都に帰っても気が抜けない」
もしこの襲撃が成功してても、俺たちを王都に連れていったら誰がさらったのかなんて即バレだと思う。そこはどうにかする策があったんだろう。
「たしかに盗賊のやったことってのが一番話が楽ですね」
「そうであってほしいんだけどなぁ。国の安定のために動いているのに邪魔するとかやめてくれって話だよ」
溜息を吐くフーイン様を騎士が呼ぶ。検死を行うようだ。
見るかと聞かれたけど、俺は断った。シャーレにも見させるつもりはない。ダイオンは気になるようでフーイン様についていった。
「寝直そう」
「そうですね」
夜明けまでまだ時間が四時間くらいあるはず。フーイン様たちはまだ起きているだろうし、今日の出発は遅れるだろうな。
馬車に入り、それぞれ防具を脱いで床に就く。
感想と誤字指摘ありがとうございます




