46 救出
「なにをのんびり話している」
「隊長っ。待っていてくださいと言ったではないですか」
隊長と呼ばれたのは二十代前半の男だ。おそらく虎のニールだろう。彼の近くにはウサギ耳の女もいた。そちらも似たような年齢だ。
良い感じと悪い感じがしていたのはスライムではなく、隊長の方だ。なにかトラブルを抱えているかもしれないし要注意だな。
「危険ではないように見えたからな。そんなことよりも捕らわれている者たちを助ける方が先だろう。そっちは火の魔法は使えるだろうか? あのスライムは水と風に強く、火に弱くてな。こちらは種族柄、火の魔法が使えなくて困っていた」
「どんなふうに火の魔法を使えばいいんですか?」
俺の問いに隊長は、完全にニールを取り込んでいるスライムをまず焼き尽くしてほしいと言ってくる。
「中にいる人たちにも被害がいきません?」
「残念ながら完全に取り込まれたものたちは窒息死しているんだ」
ああ、やっぱり死んでしまっているのか。
「顔が出ている人はまだ生きていると思っても?」
「なんとかな」
シャーレの肩を叩いて頼むと告げる。
俺はシャーレの出した炎に風を送り込んで火力を上げる手伝いだ。
頷いたシャーレと一緒に木陰から出る。スライムたちは俺たちに気づき、うぞうぞと移動してくる。それに向かってシャーレが炎を放つ。
風が送り込まれた勢いを増した炎がスライムの一匹を包み込んだ。炎が消えるとスライムの大きさは明らかに縮小していた。
シャーレは次々と魔法を使っていき、ニールを完全に取り込んでいたスライムたちは、ニールを残して消え去った。その際に焼かれたのか地面に放り出されたニールたちは煤けていた。
シャーレが攻撃している間、スライムたちはおとなしくしていたわけではない。攻撃されているのだから反撃しようとしたが、隊長のそばにいた女や騎士の一人が風の魔法で攻撃してシャーレに近づけさせなかったのだ。そして逃がすこともさせなかった。
残るのはニールを完全には取り込んではいないスライム三匹だ。
「ご苦労。あとはあの三匹の表面を軽くあぶってほしい」
「生きている人たちも焼きますけど」
いいのだろうかとシャーレは疑問を声に出す。
「火傷させてしまうが、もう少し小さくしなければ助けにくい。治療に関してはなんとかなる」
こちらを見てきたシャーレに頷く。
シャーレは三匹へと炎を飛ばし、それは三匹をさっと通り抜けていった。
その攻撃に合わせて隊長たちはスライムに近づいて、スライムに手を突っ込んでニールたちを引っ張り出した。
餌を奪われたスライムたちは取り返そうと動いたが、ウサギ耳の女が何度も放った電撃によって煙を上げながらその身を水のごとく変えて散っていった。
スライムが片付き、騎士たちが急いで穴を掘る。
隊長は助け出したニールたちの全身を水の魔法で洗っている。ウサギ耳の女が隣で手伝いつつ、なにかを小声で話している。
生き残ったのは五十歳くらいの男一人に、二十歳くらいの女と三十歳くらいの女だ。意識はないけど、胸が上下に動いていて生きていることはわかる。だけど溶かされた部分が体のあちこちにあり、とても痛々しくそう簡単には治らなさそうだ。
「なんで穴を? 死んだ人の墓を作ってるんですか」
隊長に聞いてみると、首を横に振られる。
「治療に必要なんだ」
「じゃあ手伝おう」
風呂を作るときのように土の魔法で穴を広げていく。
どれくらいの穴か指示を受けつつ生き残った三人が寝転べるくらいの広さの穴を作り、そこに騎士たちが魔法で水を出して、すぐに水でいっぱいになる。泥で汚れていたけど、それも騎士が魔法で綺麗にする。そこにポーションと思われる薬が注がれた。
助けられた三人のニールが首から下を水につけられて、顔が水に沈まないよう騎士たちが見ている。
それを見届けて隊長がこちらを見てくる。
「協力感謝する。改めて自己紹介をしよう。俺はフーイン。すまないが、この者たちの村まで案内を頼めないだろうか。事情を説明しないといかないのでな」
こっちも名乗るだけの簡単な自己紹介を返す。
「案内は治療がすんでですか?」
「そうだな。一時間ほど治療を続けたあとに頼む」
「わかりました」
一時間で墓でも作った方がいいだろうかと思っていると、フーインが続けて話しかけてくる。
「この者たちがさらわれたときの状況など知っていたら教えてほしいのだが」
「俺たちがこの人の村に到着したのは今日の昼過ぎで、そのときにはすでにさらわれたあとでした。村人の話によるとスライムたちの襲撃は夜明け前にあったのだとか」
「そうか。もう少し早く行動できていれば救出も早かったのだがな」
フーインは溜息を吐く。
「向こうの指示をなにもかも放り出してくるわけにもいかなかったでしょう」
「そうなのだけどな」
ウサギ耳の女の言葉に、納得いかないという様子を見せる。
なんとなくフーインはこの集団の長というだけじゃなく、もっと上の人間っぽい感じするな。
そんな人間がこんなところに自ら部下を率いて来ていることに疑問なんだけど、突っ込んだら聞かなくてもいい事情を聞きそうだから黙っておこう。
「そっちは金持ちの旅行とかだったりするのか?」
「いやただの旅人だけど。この子の服は、この子自身の趣味だから」
勘違いした理由を察して、説明する。
「趣味か。所作がメイドそのものに見えたのだが、そこまで徹底しているのだな」
フーインは少しだけ苦笑した。
「服は趣味だけど、メイドの勉強も短期間とはいえやってはいるから」
「それはもうメイドじゃないのか?」
「旅人に仕えるメイドとかいないでしょ」
「聞いたことはないな」
そんなことを話していると、遠くから誰かが近づいてくる。そして「王子ー!」と呼ぶ声がした。
それを聞いてフーインは顔を顰める。
王子? もしかしてフーインたちの中にアッツェンの王子がいるのか?
ダチョウのような生き物が引く馬車に乗った男が近づいてきた。
「そこにいたんですか。終わったのなら教えてください、一人は不安なんです……あ……もしかして俺、やっちゃいましたか?」
男は俺たちの方を見て、フーインに視線を戻す。
騎士たちがあちゃーという顔で首を横に振っている。
「お前はうっかりしているところあるから直せと何度も言っているだろう」
「申し訳ありません」
フーインは溜息を吐いて項垂れた男からこちらに顔を向ける。
「仕方ないから自己紹介をやり直そう。俺はアッツェン連邦国第三王子フーイン・ビゼルトだ」
「秘密にしたままでよかったんですよ?」
王族なら良い感じと嫌な感じがして当然だな。伝手ができればいろいろと動きやすくなるだろうけど、王族がらみのトラブルに巻き込まれたら厄介といったレベルじゃない。
「これくらいなら絶対隠さないといけないというものでもないからな」
「そうなのかな。お偉いさんがどうしてこんなところに少人数でとか疑問が湧く、いや答えなくていいけど」
聞きたくない情報を聞かされるかもしれないし。
「聞きたいなら聞かせたんだが、かわりに頼みをしやすかったし」
「頼み? 遠慮する」
「仲間に相談なく断ったな」
「だって王族からの頼みなんて旅人の許容範囲を超えてそうだし」
「旅人への頼みというより加護持ちへの頼みだ」
驚いた。なんでばれたんだ。かまかけと言うには確信した様子だ。
「なんで加護持ちってわかったんです?」
ダイオンは魔法を使っていないし、シャーレは加護持ちじゃない。俺は強力な魔法を使っていない。ばれる可能性は低いと思うのだけど。
「うちの部下、このウサギのニールだな。名前はファニというんだが、こいつも水精霊の加護持ちでな。精霊の力自体は弱い方なんだが、ファニの一族をずっと見守ってくれている精霊でコミュニケーションがとりやすい。その精霊から加護持ちが二人いると教えてもらったそうだ」
精霊なら加護持ちかどうかわかるかもしれないか。
助けたニールを洗っていたとき小声で話していたけど、あのときに俺たちについて報告したのかな。
驚いた様子はないから、大精霊の加護二つとまではわからなかったっぽいね。あとローズリットについてもばれてないかな。念のためファニが近くにいたらローズリットを使わないでおこう。
「俺とダイオンが風の精霊の加護持ちだよ」
「二人とも風か! 運がいい。これはぜひとも依頼を受けてもらいたい」
「喜んでいるところ悪いけど、内容次第じゃ断りますよ」
「危険なことや厄介すぎることに巻き込もうと言うわけじゃない。とある強力な魔法を使うにあたって加護持ちが複数いると助かるんだ」
「魔法を使った代償が大きいとかは?」
「ないはずだ。魔力を使い果たして、疲れるくらいだろう」
どうするとダイオンを見る。
「ひとまず話しだけでも聞いてみよう。それでできないと判断したら断る」
「それでいこう」
「断られると困るのだが、まあ安全を求める気持ちはわかる。だが話す前に助けた者たちを村に運んでしまおう。事情を話すのは落ち着いてからだ」
そう言うとフーイン様は馬車から追加の薬を出してもらい、水に注いでいく。
「それってどういった薬なんですか? ポーションっぽいとはわかるんですけど」
「ポーションに一工夫といったところだ。俺がいるから渡された特別製のポーションって認識でいいいぞ」
「王族用に準備されたものなのに、村人に使ってますけどいいんです?」
「民を助けるためだ。問題はないだろう。それに消費期限が近づいていたし、無駄にしてしまうより断然いい」
使う量を増やしたことで、治療時間が短くなったのか一時間もせずに意識のない三人を水溜まりから上げて、よく体をふいて布を体に巻き付けて馬車に寝かせる。溶けていた皮膚は元通りになっていた。でも捕まったニールたちを慎重に扱ってたし、完全回復というわけではなさそうだ。
治療時間の間に、俺は頼まれて墓用の穴を魔法で作っていた。死者全員を馬車に乗せるのは無理で、放置もできないし、ここに騎士の誰かを残すのもどうかということで、髪だけを切り取り、埋葬することにしたのだ。
死者を埋めて、フーイン様が祈りを捧げる。管理者とアッツェン担当の神獣様に対して死んだ者の安寧を願うものだった。
出発準備が整うと俺たちが先導し、村へと戻る。その途中で日は落ちて森の中は暗くなる。あちこちから魔物や獣が動く気配がする。けれど人数が多いせいか、近づいてくる様子はないとダイオンが言っていた。
大人数で戻ってきた俺たちを村人は何事かという目で見ている。あ、ラジィさんたちもいる。
注目が集まるなか、フーイン様が一歩踏み出し、口を開く。
「俺たちはアッツェン騎士団のものだ。彼らと協力し、スライムに襲われた生存者を助け出し連れてきた。死者は運ぶことができず、髪のみを持ってきた。どうか許してほしい。この村の村長はどこに? 遺髪をお返ししたい」
死者がいたということで村人たちには泣き出す者もいる。無事でいるとは思っていなかっただろうけど、それでもやはりはっきりと死んだと告げられては悲しくなってしまうんだろう。
「私がこの村の長です。このたびは村人の救出をありがとうございます」
「これが遺髪と持ち主の特徴を書いた書類だ」
「はい、たしかに」
村長はしっかりとそれらを受け取り、俺たちの方を見る。
「あなたがたもありがとうございます」
「今回の件について話したい。あなたの家に邪魔したいがよろしいか」
「はい」
「リョウジたちも来てほしい」
「それは三人で? 一人でいいならダイオンに頼みたいんだけど。俺とシャーレは依頼人に報告したいです」
「それで大丈夫だ」
ダイオンを見ると頷きが返ってきて、フーインたちと村長の家に向かっていった。
俺とシャーレは話を聞きたそうなホプランの方へと向かう。
そのホプランがなにか言う前に、ラジィさんが口を開いた。
「依頼の完遂、ありがとう。疲れたろう」
「そこまで疲れる依頼ではなかったですよ。あちらとの共同作業でしたので」
「そんなことより! ロローはどうなったんだ!?」
ホプランの横っ面をラジィさんが平手で叩いた。いい音がしたな。シャーレは目を丸くして驚いている。
「私たちの依頼で危ない場所に向かった人を労うことをせず、そんなこと呼ばわりは失礼だろう。すまないね、ロローさんのことが心配なあまり暴走してしまって」
「暴走しているのはわかりますので気にしていませんよ。村に来るまでのホプランと様子が違いすぎますからね」
歩き出したラジィさんについていき、宿に戻る。
食堂で夕食を頼み、そのまま報告を始める。




