43 説明
どうしようか。俺が異世界から転生したって言って信じられるだろうか? 俺が日本にいたとき、そんなことを言う人がいたらまず正気を疑っただろう。
言うだけ言ってみようかな。信じるかどうかは二人に任せよう。誤魔化す事情があると納得してくれるかもしれないし。
「俺は前世というのかな。そんな記憶を持っている。そしてそれは異世界のもの。その記憶は放浪書獣の見たことのないもので、契約してまで見たがったものなんだ」
二人はきょとんとしている。まあ、そうだよな。すぐに納得する様子を見せたら、こっちが驚く。
「主様、イセカイってなんですか?」
「あ、そこから? この世界とはまた別の世界。ここではないどこかで、普通は行き来できるような場所じゃない。こことは違う生き物がいて、技術があって、文化がある世界」
「わかるようなわからないような」
むーっと眉を曲げて困惑した表情でシャーレが首を傾げた。
「わからないことは、そういうものだとひとまずおいとけばいい。俺たちにはない知識を持っていると思えばいい。それを放浪書獣が欲したんだろう?」
ダイオンもわからなかったらしいが、そこは大事ではないと理解を放棄したようだ。
「そうだね。そんな感じでいいよ」
「その知識は契約しないと見れないものなのか? 俺たちとそれとは力が違いすぎる。契約なんぞしなくても、無理矢理記憶を見れそうだが」
「できなかったそうだ。だからこその契約だった」
「できなかった?」
「たぶんだけど霊人ってことが関係してるんじゃないかな」
あとはこの体は管理者によって作られているから、精神方面のセキュリティが充実していた可能性もある。
「霊人に関して詳しく知らないから何とも言えないが、ないとも言い切れないな。あと聞きたいことはそれがリョウジをのっとって暴走しないかくらいか?」
「知りたいことを知れるまではおとなしくしてそうだけど。知ったあとは契約が切れて、どこかへ行くとか言ってたよ」
「なんか不安があるんだが。本当に大丈夫なんだろうか。契約が切れるまでどれくらい時間があるかもわからないし」
「聞いてみようか。呼べば応えると言ってた」
とりあえず本の表紙に手を置いて、ローズリットと名前を呼ぶ。
すると表紙から少し浮いたところに十センチほどの大きさの透けたローズリットが現れた。
興味深く見ているのはシャーレで、驚いているのはダイオンだ。
浮かんだローズリットは俺を見て口を開く。
「呼んだか?」
「聞きたいことがある。契約切れるまでだいたいどれくらいかかるかわかる?」
「急いで五年といったところだ。契約を結び繋がったことであなたの記憶を見ることができた。だがその記憶を理解することができなかった。あちらとこちらの技術や文化が違いすぎる。だからあなたが生まれた頃から記憶を見ている」
「なんで小さい頃からなんだ?」
「赤子は世界を理解していない。いろいろと見て学び理解していく。赤子が理解できるものなら、私も理解できるだろうと考えた。赤子の成長に合わせて、私も理解していくつもりだ。ただし学習に関係ない記憶は飛ばすからあなたがこれまで生きてきた年数と同じだけの時間は必要ない。また急げばと言ったが現状急ぐ理由などないため、五年という短期間で契約が切れることはないだろう」
「なるほど」
俺が忘れているような小さい頃の記憶も見ているのかな。少しばかり恥ずかしいけど、止めろと言って聞くような奴じゃないしな。
「ほかに聞きたいことは?」
「ほかは……ああそういえばお前の知識を俺も知ることができるらしいけど、どうやれば?」
「なにを知りたいか考えて表紙に触れて、本を開けばいい」
「そんな簡単なんだな」
いろいろと読んでみようと思っていると、ローズリットが「ただし」と続けた。
「私とあなたで力の差があるから、現状私を使いこなすことはできない」
「具体的にはどんなことができて、どんなことができないんだ?」
「例をあげるなら、単体に効果を及ぼす強力な攻撃の水魔法を知りたいとする。私を使いこなした場合は、その条件の魔法がいくつか文字や絵として表示される」
それはさっき話を聞いて、想像したとおりの結果だ。そして使いこなせないということはそのとおりにならないってこと。
「現状は水の魔法が一つ表示されるだけ。それは強力ではないかもしれないし、複数に効果を及ぼすものかもしれないし、補助といった攻撃ではない効果かもしれない」
「それは不便だな」
想像以上に使いこなせないんだなー。でも使うたびにデメリットがないだけましかもしれない。
「あなたが私との力量差を埋めれば大雑把から正確な検索になる」
「わりと無茶言ってるってわかってる? 魔獣と呼ばれてたんだぞお前。それと力量差を縮めたらって」
強くなること自体そこまで熱心じゃないのに。ランダム検索を何度もやって望む知識が得られるまで頑張るしかないのかな。
「可能性はある。常人ならば困難だけれども、霊人ならば可能性はある」
「霊人って魔獣に匹敵するくらい強くなんの?」
「少なくとも過去に存在した霊人は単体で魔獣と戦って生き延びる程度の実力は有していた」
それはその霊人がすっごい努力したからじゃなかろうか。というかなにか知りたくなったら本に表示しなくてもこうして聞けばいいんじゃないか? 思いついたことを聞いてみる。
するとローズリットは首を横に振る。
「文字や図にした方がわかりやすいことはある。なにもかも口頭で正確に伝えることは難しい」
「あー、なんとなく言いたいことはわかる」
何度か見る機会があった魔法陣とか口頭で伝えられても理解はできないだろうし。
「もう少し強くなれば、今よりは便利になるんだよね?」
「肯定だ。先ほどの例で言うと、今は水の魔法一つだけだが、水の魔法が三つほど表示されるようになる」
「ランダムってところは変わらないけど、出てくる数が増えるのは探す回数が減って便利、なのかなー? 一段階上げるにはどれくらい強くなればいいんだ」
「強さの目安は、中級の魔物を一人で倒せるようになること。もう一段階上だと魔法を使わず中級の魔物を倒せるようになること」
肉体のスペック的には下級の魔物は蹴散らせるって管理者が言ってたよな。そんな無茶な目標じゃないのか。逆に言うと表示が変化すると、中級の魔物を一人で倒せるようになったって考えていいんだよな。どれくらい強くなったのか知れて便利。
そんなことを考えていたら、ローズリットがもう聞きたいことはないのか聞いてきた。
俺がなにか言う前にダイオンが質問する。
「放浪書獣が人の姿をとったとか聞いたことないんだが、これまでも人の姿で追手から逃れたことはあるのか?」
「所有者以外の質問に答える必要はない」
ダイオンを見ることもせずに回答を拒否した。
ダイオンがなんかイラっとしてるって見てわかる。
「じゃ、じゃあ俺から聞こう。これまで人の姿をとったことってあんの?」
「ない。その必要を感じなかった。今こうして作成者の姿を模しているのは、こうした方が会話がスムーズにいくと判断したため」
「だってさ」
「……ありがとう」
「今のことで疑問が沸いたよ。もしかしてなにか調べたいときにお前を使えるのは俺だけなのか?」
「そのとおり。ただしそこの少女はあなたと繋がっているから、表示されたものを見ることはできる。その男は文字を読むこともできない」
奴隷としての繋がりが、こうして活きるとは思ってなかったな。もう一つ湧いた疑問があるんで聞くとしよう。
「俺の実力を上げたら、誰かにお前を使わせることは可能なんだろうか」
「不可能。そうしたい場合は正式な所有者になる必要がある」
「……あの契約は正式な所有者になるってものじゃなかったのか」
「あれは私を所有してもいいというもの。私が所有されたいと望んで契約を結んだとき、正式な所有者となる」
その話は夢の中で聞いてなかったものだな。やっぱり聞かないと答えないってものはあったんだ。
「そろそろ魔力がなくなるからあなたの中に戻る」
「魔力って俺の? お前の?」
「あなたの魔力。私の魔力も使っているけど、あなたの魔力がそろそろなくなる」
呼んだことで魔力消費してたんだな。使っている状態だから当然といえば当然か。それにしても放浪書獣とか言われているだけあって消費がでかいみたいだ。狩りとかする日は検索を控えた方がよさそうだな。今知れてよかった。
そんなことを考えていると用事はすんだと判断したらしく、ローズリットの姿は消えていった。
「放浪書獣と旅をすることになるとは思わなかったよ」
座っている椅子の背もたれに体重をかけながら、ダイオンはしみじみと言う。
「これを持つことで、俺から離れることはないと思ってたけど、持ち続けることを認めるんだね。捨てろと言われると思ってたよ」
「捨てることが可能ならそうしてもらうんだけどな。魔獣と交わした契約なんぞ自力で切れないだろう?」
「力の差がすごそうだしね。俺じゃ無理」
「それなら下手に干渉するよりも放置の方がいいと思った。契約が切れるまで数年って話だから、その間になんとかする方法をみつければいいとも考えているよ……見つかればいいなぁ」
ふんだんに願望が込められた言葉に、少し申し訳なさを感じる。
「放浪書獣を所有していることは当然誰かに話しては駄目ですよね?」
シャーレの確認にダイオンは頷く。
「トラブルしか起きないからな。気が早い者がリョウジを殺してしまえば放浪書獣も滅びると考えて実行すると、知識の収集を邪魔された放浪書獣が怒りかねない。危険人物に指定されて手配書が出回ることもありえる。不都合しかないから黙っておくべきだね」
「でしたら今後彼女はなんと呼べば?」
「俺はローズリットって呼んでるよ。放浪書獣って呼ぶのはまずいってわかったし」
了承は得ていないけど、そう呼びかけて返事があったし問題ないはず。
「では私もそう呼ぶことにします」
「俺もだな。それにしても起きたばかりなのに疲れた。このまま昼までのんびりしたいね」
俺とシャーレはそうでもないけど、ダイオンはどれだけ危険なことか理解できるから疲れたんだろうな。
「シャーレはそこまで疲れたように見えないね? 俺は夢の中で驚いたりしたから起きてからは疲れなかったけど」
「私は今回の件で細かなことは理解できていませんし、主様が慌てていないから大丈夫だろうと思いました」
信頼されてるなぁ。
ありがとうとシャーレを撫でると微笑みを返してきた。
シャーレが入れてくれたお茶を飲みながら、ゲームをやったりして昼まで過ごす。
昼食は宿が準備できないということで、外の食堂で食べることにする。
栄養を求めるようにがっつりとしたものを食べて、ラジィさんたちの無事を確かめるためそちらへ足を向ける。
「こんにちはー」
「はーい。あ、先日の」
出てきた奥さんにどうもと頭を下げる。奥さんも下げ返してきた。
「あの騒動でラジィさんたちは無事だったのかなと会いにきたんですが」
「うちは眠っただけでしたね。幸い泥棒に入られることもなく。警備さんたちがしっかりと見回りをしてくれたおかげです」
「泥棒に入られたところがあるんですか」
「そうらしいです。商店の応接室に置かれていた高価な大皿がなくなっていたそうで」
「大変な状況だったのに、そういったことをやる人はいるもんですねぇ」
「ええ」
奥さんと話していると客だと思ったのかラジィさんも出てきた。
「おや、リョウジ君たちだったのか」
「こんにちは。こちらはなにか被害が出たりしていないかと顔を出しに来ました」
「うちは大丈夫だったよ。ついでだし、隣国へ荷を運ぶ件について話そうか。中に入って」
リビングに通されて、荷運びについて話す。
今回の騒動で少し日程に調整が必要だけど、大きくずれることはないらしい。出発予定は十日後ということだ。
騒動の被害範囲に関しても話が聞けた。町の三分の一が眠っていたようで、外の牧場は無事だったようだ。寝た人は千人を超すらしい。さすが魔獣、動いたときの影響がすごい。
このあとマプルイの様子を見に行こうとしていたんだけど、牧場が無事なら世話してもらえてるだろうし安心した。馬車の点検も終わってそうだ。
ラジィさんたちに別れを告げて、三人で牧場に向かう。柵の中でのんびりとしていたマプルイは俺たちに気づくと近づいてくる。
「元気そうでよかった」
安心したようにシャーレがマプルイの胴を撫でる。
「馬車の話を聞いてくるからシャーレはマプルイの様子を見てて」
「わかりました」
俺とダイオンも一度マプルイを撫でてから、牧場の職員に会いに行く。
俺たちが寝ている間に馬車の点検は無事終わったらしく、結果の書かれた書類をもらうことができた。
それによると軸などの多少の摩耗はあったが、修理が必要ということもなく、このまま一ヶ月は問題なく使えると書かれていた。
買ったばかりだし、乱暴に扱ってもいないから、そうだろうなと結果に納得する。
書類を馬車の棚にしまい、シャーレたちのところに戻る。
シャーレは牧場から道具を借りて、マプルイの毛をといていた。それを手伝ったあと、町に戻らず平原に出る。そこで夕方まで鍛錬をして、宿に戻る。
鍛錬はこれまでの回避を重視したものに加えて、武器を使っての攻撃も考慮したものを行うとダイオンと話し合った。ローズリットをもう少し便利にしたいし、本格的な戦闘訓練の開始だ。ダイオンとしても護衛対象が動けるようになるのは歓迎だということだった。ローズリットを所有したことで、なんらかのアクシデントが起きないともかぎらないから、ダイオンからも訓練の本格化を提案しようと思っていたらしい。
扱う武器は金属製の棒を選んだ。杖術や棒術として使うには短く、一メートルくらい。戦闘のメインは魔法なので、剣術を習うつもりはなく。とりあえず振り回せば大丈夫なそれがとっつきやすいだろうとダイオンも頷いていた。
五日間は戦闘訓練に費やし、その後五日は鍛錬のついでにお金を稼げる狩りをメインとして過ごす。
加護のような補助がないため棒の扱いが劇的に上手くなることはなかったが、普通はこんなもんだとダイオンから言われているので焦ることもない。センスが普通というのは最初からわかってたしな。むしろ身体能力が優れているので、良いスタートをきれた状態と言ってもいい。
ほかにこの十日でやったのは、夕食後にローズリットで魔法を探すことだ。自分用とシャーレ用とダイオン用の魔法を探し、表示されたものはなにかの役に立つだろうとひとまず習得を目指している。
運が悪いのか強力な魔法はでてこなかったけど、便利そうな魔法は手に入った。
水中の生物がどこにいるかわかるものや、火の形状を変えて固定するもの、耐雷防御魔法といったものなどだ。
特に火の形状変化はシャーレが喜んだ。どのような使い道があるかと首を傾げたシャーレに、日本の暮らしをもとにしたアイデアを言ってみたのだ。コンロのように火を扱えるようになり、調理の際の火加減が格段に楽になったのだった。
ついでにどのような料理やお菓子があったかなど聞かれて、作り方はわからないと前置きして話していく。そんな話でも良い刺激になったらしい。
感想と誤字指摘ありがとうございます




