41 半覚醒
「またか。掲示板になにかあるのか?」
気持ち悪さを我慢して全体を見てみるけど特別おかしなところはない。同じく俺の受ける講義に休講はない。
ん? 今同じくって思った? なにに対して同じくって思ったんだ……わからない。でも明らかにおかしい考え方をした。
その場に立ち止まって考えこんだが、わからない。でもこのことは覚えておこう。
そう思いつつ二時限目の教室に入る。やってきた友人にさぼりかと聞かれ気分が悪かったと答えたりして話しているうちに教授がやってくる。そして教授の話す内容を聞いて既視感を得る。
これが本当に既視感というものなのか、講義内容を先にノートに書いてみたりして確認していく。
「ずいぶん熱心だったな?」
「ん、まあな」
真剣にノートをとっていたことを友人に指摘され、曖昧に返す。
ノートの内容は教授が話しホワイトボードに書き込んだことと相違ないものだった。さすがに一言一句同じとはいわない、でもこれは既視感と呼ぶにしてもおかしい。ここまで正確に書けるものじゃない。なにかがある。そのなにかが、なんなのかはさっぱりだが。
ノートと筆記用具をリュックにしまい、昼に誘ってくる友人に謝る。
「すまん今日はもう帰る。また気分が悪くなった」
「あー、よく見ると顔色がなんだか悪いな。無理すんなよ?」
「ありがとう」
予感があった。次の講義も同じように既視感を得るという予感が。
いつもより早めに家に帰る。母さんに心配されたが、病院に行くほどでもないと返し、自室に戻る。
バイト先に今日は休む連絡を入れて、ベッドに寝転ぶ。現状気持ち悪さはないし、既視感もない。
「既視感を明確に得たのは天気予報、掲示板、講義。それ以外は小さく違和感を感じたり、なにも感じなかったり」
寝転んだままそれらの共通点を考えていく。二十分ほど思考にふけり、共通点などいつもの日常ということくらいしかなかった。
「なにかヒントが欲しい。なんでもいいから」
ごろんと体の向きを変えて、目に入ったのはスマートフォン。
手を伸ばして、ネットに繋げて、デジャビュと入力し検索する。
検索結果にすでに知っている知識や専門的な知識がずらずらと並ぶ。いつもなら見ないそれらにヒントを求めてアクセスして、出てきたものに固まる。正確には出てこなかったものだ。
アクセスした先は真っ白だった。目次やタイトルどころか一文字もない真っ白な画面。
「なにかエラーがでた?」
一つ前のページに戻ってみると検索結果がずらずらと並ぶ。またアクセスしてみたが、真っ白だった。
ほかのサイトはどうかと別のところにアクセスしても同じく真っ白だった。
「ほかのところはどうだ?」
デジャビュという単語とは関係ない、いつも俺が見ているニュースサイトに行ってみる。そこは真っ白などではなくいろいろな情報であふれていた。
「デジャビュっていう項目だけ消えてる? なんらかのバグ? それならどこかにお知らせとか出てるはず」
検索エンジンを使って探ってみると、そういったニュースはでていなかった。しかしデジャビュという項目のように真っ白なサイトがあった。それらは普段俺が見ないようなところばかりだった。
数時間かけていろいろとサイトを巡った結果がこれだ。
「……いつも見るところは無事。見ないところは全滅」
ちらっと見たことのあるところは少しだけ情報が載っていたが、詳細となると載っていなかった。
「まるで俺が知らないことは書かれていないみたいだ。いやまるでじゃなくて事実そうなのか?」
これはネットだけなのかと、本棚から教科書を取る。今年の講義で使う教科書で、流しでも見ていない部分がある。つまり俺が知らない部分がある。
少し緊張して教科書をめくっていく。四月から今月にかけて習った内容がずらずらと並び、そしてまだ習っていないページをめくる。
「……真っ白か」
教科書は習っていないところ以降は真っ白なページが続いていた。中途半端な落丁という可能性も考えて、ほかの教科書も手に取る。それも同じように習った部分はきちんと書かれていて、習っていない部分は真っ白だった。さらに手にとった別の教科書も同じだ。
「強烈な既視感と未知の情報の欠如。なにを意味する?」
ベッドに座り得たヒントをもとに考えていく。
既視感というのは病気を疑われることがあるという。病気ではないと思いたい。大きな怪我は当然として、特別な病気にかかったこともない。病気ならなんらかの予兆があるはずで、もしかすると現状予兆を感じている状態といえるのだろうか。
でもそこに待ったをかけるのが未知の情報の欠如だ。記憶が欠如しているなら病気と高確率で言える。でも本の情報が欠如しているのは病気という以前の問題だろう。突然文字が読めなくなったのではなく、本に文字が書かれていないとか俺に問題があるんじゃなく、俺以外のなにかに問題があるとしか思えない。
「その問題は俺の周囲だけだろうか? 母さんたちや友人たちは普段通りで違和感を感じている様子はなかった。ではもっと遠くの人は? 俺が見知らぬ人は違和感を感じていないだろうか。いやそもそも俺が会ったことない人は存在する?」
存在はしているな。テレビに出てくるような人は会ったことはない。会ったことのない人が存在しないなら、テレビに人は誰一人として映らないはず。
「でもテレビを通してとはいえ、これまでいろいろな人を見てはいる。それは簡単にとはいえ知っているということにならないか?」
先ほどのネットでの検索だって、ちらりと見た情報は載っていた。それと同じで少し知っているからテレビに映っている可能性もある。
だとするとどうしたら未知が存在するかしないかを確認できる?
「……実際に足を運んでみるか」
普段行かない場所、それも少しでも見知った場所ではなく、これまでの人生で一度も行ったことのない場所に行ってみるか。
電車いや新幹線を使って九州か北海道にでも。バイトで貯めたお金でどちらも行ける。
だけど行って誰もおらず、なにもなかったらどうしよう。何事もなければ勘違いか病気の予兆だったですむ。誰かに笑い話として話して終わりにできる。でも本当に俺じゃなくて世界とかがおかしければ、どうしたらいいんだ?
俺は一般人だぞ? 霊能力とか超能力とかはない。ただの大学生だ。世界の異常を知ってなにもできない。だったら知らないままでもいいんじゃないか?
本当に世界に異常があったらと怯えが生じる。確かめる気が急速になくなっていく。
「俺がおかしく思う以外は平和そのもの。確かめてしまえば平和が壊れるかもしれない。だったら動く必要はあるのか?」
このまま寝てしまって起きた頃には忘れているのを期待してもいいと思えた。
でもその一方で心のどこかでうずくものもある。確かめなければならない。このままでは駄目だと。小さなものだが、無視もできない。
「……どうするべきか……そういえば」
ふと思い出したことがある。それはなにかの小説の一文。
『迷うということは、それをやりたいということ』
その一文が正しいのなら、行きたいと俺は思っているということになる。
意味の分からない現状、自身の心のままに動いてみるのもありかな。思考しても答えがでないなら、直感で答えを選びとる。
「行ってみるか」
そう口に出すと心は決まる。
財布とスマートフォンを手に部屋を出る。玄関で靴を履いていると母さんが近づいて声をかけてくる。
「でかけるの?」
「ちょっと調べたいことがあって。出かけた先で泊まるかもしれないから、夕飯はいらない」
「そう。気分が悪そうだったから今日は出かけない方がいいと思うんだけど、止めても無駄っぽいし気をつけて」
「うん、いってきます」
「いってらっしゃい」
少し心配そうな母さんに見送られて家を出る。
近くのコンビニでお金を下ろして、バスに乗って新幹線も通る駅に向かう。そこまでの道のりは何度も通っていてよく知っている。だからか人が消えるといったことはない。駅もいつものように人であふれていた。
北海道行の新幹線の切符を買い、待ち時間で飲み物と食べ物を買って、ホームに向かう。そこも人がいて、電光掲示板も発車時間を記していた。
ホームに入ってきた新幹線の自由席に座り、発車を待つ。
新幹線で福島県までは行ったことがあるから、その先がどうなっているか。
新幹線は進む。窓から見える風景は以前見たものと同じ。そうして福島県に入り、俺が知っている駅の先へと新幹線が進み始める。
窓の外には建物や畑が広がる。たまにトンネルに入り、また同じように建物や畑が見えて、またトンネルへ。
(真っ白になったりしないで風景が見える。やっぱり俺の勘違いだった?)
ほっとしたものを感じながら、買った弁当に手をつける。
食べながら病院に行った方がいいんだろうかと思う。かかるとしたら精神の方かな、脳になにかしらの異常が出ていたら嫌だな。
そんなことを思っているうちに弁当を食べ終えて、ペットボトルのお茶を飲み、ぼんやりと窓の外を見る。またトンネルに入り、そして抜けて、これまでと同じような風景が見えた。
(かわりばえしないなー……あの家はさっきも似たようなのがあったな……待て。かわりばえ? 違うっ変わってないんじゃないか?)
真剣に外を見て、風景を覚える。そしてトンネルに入り、次の風景を待つ。見えた風景は同じものだった。
(あの家はさっきも見た。あの倉庫だって、あの建物もだ!)
風景が繰り返されている。自分じゃなくて周囲がおかしい。そう確信を持つとどこかからピシリと小さくひびの入る音が聞こえてきた。それは小さな音のまま途切れることなく続く。
なんの音か確認するため周囲を見ると、乗客の動きが止まっていた。静かにしているのではなく微動だにしていない。
音は止まらず続き、視界の中に黒い線も見え始めた。それは少しずつ広がっている。まるで今見えているものがひび割れようとしているみたいだ。
俺はそれを見ていることしかできない。やがてひびは視界全体に広がって、耐え切れないとばかりにいっきに砕け散って小さな破片となって消えていった。
同時に思い出す。異世界にいるということを。俺は日本で死んで、疑似的な蘇生をしてもらい、仲間と旅をしていたということを。そして10月5日を十回以上繰り返していたことも。
そりゃ連続して同じ夢を見せられれば違和感も抱く。
俺の周囲には新幹線の光景はなく、白い空間だけだ、そんななか無数の人が浮いている。知らない顔ばかりだけど、すぐ近くにシャーレとダイオンをみつけた。
「シャーレ! ダイオン!」
近づき触れながら声をかける。反応はない。こんこんと眠り続けている。
それでも起こそうと声をかけたがやはり反応はない。いっそのこと殴ってみようかとダイオンに拳を振りかぶろうとしたとき声がかけられた。
「そんなことをしても無駄。あなたとは違って完全に私の魔法に捕らえられているもの」
「誰だ!?」
声のした方向を見ると、胸辺りまでの黒髪をひとまとめして体の前に垂らしている無表情の女がいた。年齢は俺より少し上くらいか? 二十歳前半だろう。灰色のローブを着た、飾りけのない人だ。美人だとは思うけど、目に光がなく気配も妙だ。なんて言ったらいいのか、見た目はヒューマ種なのに違う、かといってリアー種やニール種でもない。人だと思わせない気配を放っている。知っているものだと精霊に近い、のかな?
「何者だ?」
警戒心を隠さず改めて問う。警戒心はもっているけど嫌な予感はない。むしろ逆だ。引き寄せられるものを感じる。もっともこんな状況だから縁の能力がまともに働いていない可能性があるけど。
「私は錬金術師ローズリットによって作られた記録を目的とした魔法書。そして壊れた魔法書であり、疑似精霊をへて疑似魔獣になったもの。人は私を『放浪書獣』と呼ぶと聞いている」
放浪書獣と聞いて、脳内に情報が浮かび上がる。
魔獣の中で長く多くの被害を生み出している有名なものが何体かいる。放浪書獣とはその中の一つだ。
外見は真紅色をした古い本であり、運ぶ荷物の中にいつのまにか入り込んでいるそうだ。それが村や町に入ると、夜に自動的に魔法が使われて、目覚めることのない眠りに住民を誘う。
住民が死ぬまで睡眠は続き、死ぬと本はいずこかへと消える。起こそうとしても起きず、特殊な気配を発していないこの本をどうにか見つけ出して攻撃しても無駄らしい。
異変が放浪書獣のせいだとわかっても、死者が出るまで見ているしかできないというたちの悪さだ。
小さな村ならば丸々覆える魔法の範囲で、被害者は最大で千人を超えたのだとか。
どうして眠らせるのか、その理由がわかれば対策のヒントになるかもと考えられたが、理由は現在でも判明していない。
感想と誤字指摘ありがとうございます
精霊ではなく魔獣に属するものの仕業でした
当たらずとも遠からずなので、花京院の魂は半分もらっていきます




