表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
4/224

4 魔法習得

 翌朝、朝食を食べて洗濯物を宿の従業員に渡して、宿を出る。洗濯は自分でやるより頼んだ方が綺麗に汚れが落ちるだろうし、今後も頼むだろうな。

 仕事に向かう人たちに混ざり奉納殿へと向かう。奉納殿では数人の子供と大人一人が掃除をしていた。一番上の子供で十歳くらいか、下は六歳くらいだろう。


「おはようございます。ファーネンさんと会う約束があるんですが」

「ああ、話は聞いていますよ」


 話しかけた大人が頷いて、子供のリーダーっぽい子に声をかけて、箒を壁に立てかけて案内してくれる。

 あの金髪のリーダーっぽい子、顔色が悪かったな。それだけじゃなくても気になる。この感覚は大精霊に会ったときと同じ。良い縁があるみたいだ。


「あの女の子、顔色が悪かったけど大丈夫なんです?」

「ああ、あの子はちょっと事情があっていつも体調がよくないんです。体力仕事は得意ではないから、ああして監督役を任せているんですよ」

「持病かなにか?」

「はい、特殊な病気で。でもここにいれば少しは緩和されて、ああして掃除にも参加できるんですよ」


 奉納殿では魔法的な特殊ななにかが発せられているんだろうか。


「ここにいないともっと体調が悪くなりそうな感じですね」

「そうだと思います」


 これ以上聞く前にファーネンさんがいるところに着く。中庭で別の人たちと洗濯していた。掃除の時間みたいだし、もう少し遅れた方がよかったのかな。

 案内してくれた人が声をかけると、こちらに気づき手をふいて近づいてくる。


「おはようございます、リョウジさん」


 おはようございますと返す。

 そのままファーネンさんに客室へと案内される。机の上に紐閉じされた五冊の本がある。


「こちらが魔法を説明した本です。水の魔法使いは昼頃来ることになっていますから、まずはこれで学習をお願いします。魔法書を用意できれば一番早いんですけどね」

「あれは高いって聞いてますから提供されても使用に躊躇しますよ」


 魔法書は、使うと魔法を一つ習得することができる。練習を必要とせず、その魔法に関して基本的な知識とある程度の習熟が得られる。

 技書というものもあり、同じ効果が得られるそうだ。

 これらは錬金術の産物であり、製作に必要とする技量が高いため、その分買うときの値段も高くなっている。

 今回はそれらは必要ないかもしれない。大精霊の加護のおかげで習得が容易になっているだろうから、わざわざ魔法書を準備せずとも楽にいくかもと思うのだ。

 加護があるからと言うと、ファーネンさんも頷いた。


「私は仕事に戻ります。なにか用事があれば言ってください」

「わかりました」


 ファーネンさんが出て行って、椅子に座り本を広げる。日本で当たり前に触れていた本とは質感が違う。教科書のようにつるつるではなく、少しざらついていて和紙に近い感触か。それでいて文字は手書きのように乱れはなく、均一な並びだ。もしかすると印刷の道具か魔法でもあるのかな。

 読み手としては、読みやすいから助かる。

 目次はなく、最初の数ページに大雑把に内容の紹介が書かれている。水の魔法のみだけではなく、ほかの属性の魔法に関しても書かれているらしい。まずは水魔法だけど、今後のためにも全部読んだ方がいいな。

 この本に書かれている水魔法は三つ。水流操作、水を除ける、水上歩行だ。系統としては生活魔法だ。この本の著者は攻撃的なものは書かず、補助的なものばかり紹介しているらしい。

 それら三つの使用場面、使用した感想、魔法を発動する際のイメージ、消費する魔力が書かれている。

 水流操作は湖をボートで移動する際、漕ぐときの補助として使ったようだ。凪いだ状態の湖を一時間ほど進んで、魔法を使用しなかったときとの移動距離の差は三割ほどだったようだ。ボートより大きな船の移動補助に使うと消費魔力は増え、移動距離も二割増しになればいい方だろうと推測が書かれている。

 ほかの二つを読んで、本を置いたタイミングで、扉がノックされる。

 どうぞと返事をすると、先ほどの少女がトレイを持って入ってきた。


「お水をもってきました」


 言いながらコップと水差しをテーブルに置く。


「ありがとう」

「なにかお困りのことはありますかとファーネンママが言ってました」

「今のところはないよ。ファーネンさんの娘さんだったんだね」


 あまり似ていない親子だけど、まあそんな親子もいるよね。


「いえ、その……ここは孤児院も兼ねていて、ママと呼んでもいいって」

「あ、そうだったのか。だとすると掃除していた子たちはよその家の子が手伝いに来ていたわけじゃないんだ」


 日本にいた頃は孤児と接することなんてなかったんで、どう接すればいいのかわからん。加えてこの子は持病持ち、そこにもあまり触れられたくないだろうし、会話を広げない方が無難なのかな?


「ともかく水ありがとう」


 礼を言うと、少女は頭を下げる。腰に届くくらいの金髪が動きに連動してさらりと揺れた。

 少女が部屋を出ていき、次の本を手に取る。

 昼前まで本を読むことに集中していると、あの少女がやってきて昼食はどうするかと尋ねてきた。


「部屋の中でじっとしていたし、散歩がてら外で食べてくるとしよう。君はどこかおすすめの食堂を知ってるかな」


 聞くとふるふると首を振られた。持病のせいであまり出歩くこともしないのかもな。


「そっか。じゃあ屋台でよさげなものを探すかな」


 少女と一緒に部屋を出て、廊下を歩いていると少女がふらりとよろける。

 咄嗟に支え、触れた肌の温度が高い気がした。


「大丈夫?」

「はい、ありがとうございます」


 放しても大丈夫か? ちょっと不安だけど知らない男に触られ続けるのも嫌だろうし、少女から離れる。

 深呼吸を繰り返した少女はよろけるようなことはなく、再び一緒に歩き、玄関前で別れる。

 あの子のことはまだ気になるけど、美味しく昼食を食べるためにも一時的に忘れることにした。

 沢蟹の唐揚げ、魔物肉のカツサンド、よく冷やしたブドウを買ってベンチに座って食べる。沢蟹は向こうで食べたものと変わらなかった。カツサンドは鳥の魔物の肉を使っていて、チキンカツサンドとして出されても気づかなかっただろう。ブドウは旬には少し早いらしいけど、十分に甘かった。


「腹いっぱいだ。少しのんびりしてから奉納殿に戻るかー」


 魔法で指先から水を出し、指を口に含んで水を飲む。霊水らしいけど、味は特別美味いというわけではない。水に含まれる魔力かなにかが精霊にとっては美味だったんだろう。

 腹を満たし、喉も潤し、木陰のベンチで人々の行き来をのんびりと見る。俺と同じように食後にのんびりとしている人はいて、タバコを吸ったり、知り合いと雑談に興じてりたりする。

 ぼんやりと眺めて氾濫が終わったらなにしようかとなんとはなしに考えて、旅以外の考えがでず、そろそろ戻ろうとゴミをゴミ箱に入れて奉納殿へと足を向ける。

 昼食後に庭で子供たちの相手をしていたファーネンさんに魔法使いは来ているか尋ねるとまだということで、本を読んで待つことにして客室に戻る。

 本を読み始めて一時間ほど時間が流れ、扉がノックされる。

 ファーネンさんが呼んでいると言う子供と一緒に部屋を出る。

 あの子は大丈夫だろうか、聞いてみよう。


「十歳くらいの顔色の悪い女の子は元気にしている? 昼食前にふらついていたんだよ」

「……あ、シャーレ姉ちゃんのこと? 茶のサロペットスカートの」

「そう、その子」

「調子が悪くなったからベッドに入れられたよ」

「そっか。よくあることなの?」

「うん。なんでも霊熱病って病気らしくて、いつも熱で辛そうにしてるんだ」

「大変だな」


 霊熱病がどのようなものか知識にはない。珍しい病気なんだろう。奉納殿ではいくぶんか楽になると聞いたけど、楽になってそれというのだから普通の暮らしも難しいんじゃなかろうか。


「つらいと思う。普通の熱さましのお薬じゃ効果がないらしくて、時間をかけて熱が下がるのを待つしかないんだ」


 普通の薬じゃ効果ないのか、高い薬が必要だと孤児院の経営的にも厳しいのかもしれない。

 孤児院にいる理由も親が薬代を稼げなくなってとかかな。

 そんなことを考えているうちに、ファーネンさんの自室に到着し、子供は去っていった。

 ノックをして返事を聞きドアを開ける。

 ファーネンさんのほかに三十歳後半の男性がいた。頭部にウサギの耳がある。飾りじゃないならニールなんだろう。ニールは水と風の属性を得意とするらしいから、指導者として紹介されてもおかしくないか。

 ファーネンさんの隣の席を勧められ、そこに座る。


「先ほど話した大精霊様の加護を受けた方です。リョウジさんという名前です」


 紹介されたので頭を下げる。


「こちらは水の魔法を得意とする傭兵でダッチさん」

「魔法指導を依頼された。よろしく頼む」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「早速だが、使える魔法を聞いてもいいかな」

「基本的なものですね。水を出す。綺麗にする。冷やす。この三つです。午前中に本を読んでいくつか知識として知りましたが、使ってはいません」

「そうか、普通に暮らすならそれで充分だしな。加護があるから、習得するだけならたやすいはずだ。手本を見せるから川に行こう」


 ダッチさんが席を立ち、ついていくため俺も立つ。

 ファーネンさんに行ってきますと告げて奉納殿を出る。川までの道すがら、思ったことを聞く。


「ダッチさんは氾濫のことは聞いているんですか?」

「ああ、そのときのため依頼もされている。俺の所属する傭兵団はここが拠点だから、依頼されなくても動いたけどな」

「水の魔法でどれくらい被害を減らすことができるんでしょう?」

「んー……難しい質問だな。氾濫に関わるのは俺も初めてなんだ。だから予想になるが、魔法を使うのと使わないのとではかなり違ってくるはずだ。過去の記録では大人の腰近くまで水であふれたこともあるらしい。子供だと流れに耐え切れず流されるだろう。建物にもかなりの被害がでる。魔法を使うと、確実に水位を下げられる。人的被害は減らせて、建物への被害もましになる。こんな感じだろう」


 そういやテレビで冠水の様子を見たことがあった。汚れた水で建物が水浸しになって掃除が大変そうだったな。


「ここは川に近いから氾濫対策はとってありそうなんですけど。そっちにも期待できるのかな」

「大精霊様から警告があったということは、その対策を超えてくるんだと思うぞ」

「あ、そっか。事前の対策でどうにかなるなら警告しないか」


 少し考えればわかることだったな。

 川が見えてきた。ここらへんは大精霊のいたところのように河原はなくて、川の側はいきなり深くなっている。

 昨日よりも船の数が減っている気がする。被害が出ないように移動させたのだろうか。下流の村に連絡しにいった船もあるはずだな。

 俺が川の様子を眺めていると、ダッチさんは人のいないところへと歩を進める。それについていき船や人がいないところで止まった。


「ここなら魔法を使っても被害はでない。まずは水流操作の魔法を使ってみせよう。変化をわかりやすくするため、そこらへんの葉っぱかなにかを魔法を使ったあと投げ入れてくれ」

「はい」


 返事をして地面に落ちている草や葉を拾う。


「ヴァス。水の流れを意のままに」


 少し水流が変化したかな? 葉っぱを入れてみよう。

 手に持っていたものを川へと投げ入れる。水面に落ちて流れだしたそれらは右へ左へと明らかにおかしく大きく移動しながら流れていった。


「わかったかな。ああいったふうに水の流れを操作できるんだ。ボートの周りだけ流れを逆にして上流にすいすい進むこともできるようになる。船にはこの魔法を使える魔法使いが一人は必ず乗っている」

「船の移動以外に使えますか?」

「水中の魔物の動きを抑制もできるな。ただし精霊のいる場所で好き勝手動かすと怒られることがある。ボートの周りの水を操作するくらいなら問題ないが、湖全体をかき回すような使い方は怒る」


 納得できる話だ。住んでる場所をぐちゃぐちゃにされたら、誰だって怒るよな。


「氾濫のときには陸地に押し寄せてこようとする水を川に戻すように使うはずだ。全部を戻すのはきっと無理だが、やれば被害は減らせるだろう」


 魔法使う際のイメージなどをダッチさんは話して、実際に使ってみることになる。

 ダッチさんは水の中に長い紐をイメージして動かすような感じらしい。強く動かすときは本数を増やすということだ。

 俺もそれでいってみよう。


「えっと、ヴァス。水の流れを意のままに」


 魔力は減った感じがあるし、成功か? 動かしてみよう。とりあえず右にちょいっと。

 瞬間川がうねりを上げて荒れる。上がった飛沫が俺たちを濡らす。


「ちょっ!?」

「魔法止めて止めて!」


 ああそうだ。止めたらいいんだ。魔法を解除すると、川は次第に落ち着いていった。


「焦った」

「俺も大精霊の加護をなめてたな。一発習得はまだ予想できてたけど、効果範囲が広すぎだ。今後水の魔法を使うときはイメージをしっかりしないと、思った以上の結果になるだろうから注意するように」

「気をつけます」


 思い出してみると、初めて水を生み出す魔法を使ったときも、予想よりも大量の水をだしたっけ。水を出して飲んだときは、出る量をしっかりイメージしてたから大量にでることはなかったし、イメージは大切だな。


「ヴァス。水の流れを意のままに」


 今後は動かす量なんかをしっかりとイメージしつつ動かす。川の端に小さな渦を作る感じで動かす。


「よし!」


 大きな渦とはならず、小さな渦が生じて、魔法を止めると消えていった。


「水流操作は習得したな。少し前に言ったが練習が必要だから、ここにきて練習するといい」

「はい」

「じゃあ次の魔法だ」


 水上歩行、波起こしといったもののほかに、水魔法の派生である氷魔法も見せてもらえる。一つくらいは攻撃の魔法を覚えておいた方がいいだろうという判断らしい。氾濫で川の魔物が水の流れにのって襲い掛かってくる可能性もあるらしいのだ。

 教えてもらったのは氷の槍。百五十センチくらいの氷の槍を生み出し飛ばすというものだが、飛ばさずにそれを握って振り回すこともできる。特別頑丈というわけでもないため武器として扱うには心もとないが、近づかれたときの牽制には使えるそうだ。


「でも加護持ちが魔法を使うと強化されると聞く。だから氷の槍も十分に武器として使えるかもしれないな」

「試してみましょう。強くなれと思いながら魔法を使えばいいですかね?」

「それでいいと思うよ」

「では」


 かっちんかっちんの氷製のランスを想像し、教えてもらった魔法を使う。


「スー。氷なる槍現れろ」


 強くと思って使ったせいかごっそりと魔力を持っていかれた。

 魔力を多くもっていっただけあって、ダッチさんが使ったときはとがった氷の丸太みたいだったけど、現れたのは想像したままの氷の馬上槍。

 掴もうとしたけど素手では危ない冷気が発せられており止めた。


「これ川に放り込んだら、ここら一帯が凍り付いたりしませんよね?」

「どうだろうか。やめておいた方がいいと思う。でもそれが可能なら氾濫のときに全部凍らせて解決、いや増えた水が凍っただけで処分に困りそうだな。寒さで体調を崩す人も出てくるかもしれない」


 ダッチさんに水の塊を出してもらい、それに氷の槍を突っ込む。水が凍るようなことはなく、冷やすだけだった。

 次にそこらの岩へとこれを投げつける。氷の槍は砕けることなく、岩に突き刺さった。戻ってくるかと引き寄せる感じで念を送ってみたが、さすがにそこまで自由はきかないようでピクリとも動かなかった。最初から自在に操ることのできる氷のチャクラムなんかをイメージして魔法を使えば、考えたことが実現しそうだ。

 氷の槍を消して、今日の練習は終わりになる。

 ダッチさんと一緒に奉納殿に戻り、ファーネンさんに習得を報告して、氾濫当日について話し合い、解散となった。

 氾濫前日から対策所を作り、俺もそこで待機することになる。村のすぐそばに作られる避難所もかねたそこは、土の魔法使いによって土を盛り上げて、水の被害を避けられる場所だ。明日から作ることになっているらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 宿は3食付いてるはずなのに、何故よそで食事をするんでしょう。 宿の食事を食べたら激マズだったとかの描写がない限り、よそで食べる意味が分かりません。 それとも、宿に食事が付かない設定に変えたの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ