39 再会
馬車の旅は順調に続く。辺境伯の町を出て、二十日ほどの時間が流れている。
日中は夏ほどではないけど暑い、でも朝なんかは空気がひんやりとしていて夏も終わったのだなと思わされる。
馬車を得て野営が楽になったのは嬉しい。地面に寝るよりも屋根のあるところで布団を敷いて眠れる方がずっと快適なのだ。夜の見張りをして日中に眠気があっても、移動中に眠れるのもいい。シャーレもダイオンも喜んでいる。
それに加えて風呂に入れるし、料理も美味いとあって他の旅人が羨む環境だとダイオンが言っていた。
馬車の動かし方もダイオンから習い、俺とシャーレも普通に走らせることはできるようになった。おかげでダイオンも車内で休むことができるようになっているのだ。
ずっと馬車に乗りっぱなしは歩きで旅していたときよりも体力が落ちそうだとジョギング程度に馬車の横を走ることもある。
馬車を得る前と得た後で旅の様子ががらりと変わった。
道中の小さな町で、荷物運びの仕事を受けたりして弧を描くように南下し、目指すのはラジィさんたちがいる町だ。たしかカラックットって名前の町だったか。
ここまでも町はあったけど、長く滞在することはなかった。特に出会いもアクシデントもなかったのだ。それはそれでのんびりとした旅で良いものだった。
「町が見えてきたね」
御者をしながら隣に座るシャーレに話しかける。見張りが二番目で中途半端な睡眠だったダイオンが寝ているので、邪魔しないよう隣にいるのだ。
「そろそろカラックットでしょうか」
「そうだといいけど、違ってもあそこで場所を聞けるでしょ」
町の外にある馬車を預かってくれるところに向かい、馬車を止めてシャーレと協力してマプルイを馬車から放す。
駐車料金などを店員に払うついでにこの町の名前を聞く。ここはララーンという町で、カラックットはもう少し東らしい。馬車で二日もかからない距離だそうだ。
支払いなど終えて町に入るだけになったので、ダイオンを起こす。
「んお? 着いたのか」
「うん。町に入ろう」
ダイオンは外していた武具を身に着けて馬車から降りる。
宿を取り、消耗品を買って、カラックットへの荷物運びの仕事を探してみる。この町での信用がないので重要なものは運べないが、ほかの人たちと一緒に日用品などを運ぶことはできる。そういった依頼があるか聞いてみるとあるということなので、代表者を教えてもらい、その人に会っていつ出発かどれだけ運ぶのかなどを聞く。明日出発ということで、特に不都合はないので出発時間を聞いて、旅で使う食料を買って宿に戻る。
翌朝、三台の馬車が集まっているところに馬車を移動させる。
「おはようございます」
「おはよう。荷物はそこにある木箱だ。六箱積んでくれるか」
「わかりました。ちなみに中身は割れ物ですか?」
「いや違うぞ」
荷物は俺とダイオンで運び、シャーレにはぶつけないか確認してもらった。車内は一人が眠れるくらいのスペースになる。
すべての荷物が積み込まれ、代表者の乗った馬車が先頭で動き出す。荷物は割れ物ではないためペースは普通だ。
魔物や盗賊に遭遇することなく、野営予定地に到着し、各々野営の準備を始める。
食事の準備をシャーレが行い、マプルイの世話を俺がやり、ダイオンには見張りの話し合いをお願いした。
桶に魔法で水を出して飲める位置に置き、マプルイの体の汚れを落としながら怪我などないか調べていく。ここまでの旅の間で、俺たちにすっかり慣れて、べたべたと触っても動じない。シャーレはたまに洗って乾かしたあとのマプルイに抱き着いて毛触りを楽しんでいたりする。
「夜の見張りは二番目になったよ」
「おかえり。四組いるし、そこまで大変そうじゃないね」
だいたい二時間から二時間半くらい見張ればいいかな。
「シャーレは寝かせたままでいいと思う?」
ダイオンに聞いたけど、シャーレが先に答える。
「私もやります」
「でもこれだけ人がいれば弱い魔物は近寄ってこないだろうし、二人で十分じゃない?」
「私もやります」
ああこれは言っても聞かないな。まあ少し睡眠時間減るくらいなら大丈夫か。
頷くとシャーレは満足したように調理に戻る。
「俺はシャーレに甘いかな?」
ふと思いダイオンに聞く。
「甘いだろうなぁ。でも奴隷に対する態度は主の自由だから駄目とは言わんし、甘すぎるわけでもない。さっきのは子供はしっかりと寝て成長してほしいと考えていたんだろう?」
「そうだね。自分自身がそういった感じで育てられたから、シャーレにもそうしようって考える」
「俺も似たような感じだ。シャーレ自身が自制できているし、このままでも大丈夫だと思う。歪み始めたら接する態度を見直せばいいと思うよ」
「そうしよう」
どんな感じで歪むんだろうか。調子にのるとか、ほかの奴隷に対して上から目線で見るとか……そういったシャーレは現状想像しにくい。俺のことを優先しすぎる、世話を強行するといった方向かな。今のところはそういった兆候も見られない。
もしそうなったらどこかの家に監禁されて、身動きもとれず、ひたすらシャーレに世話をされるというのが行きつく先かな。ヤンデレってのはそういう感じだったか? 美人のメイドがやるなら、ほんの少しだけ体験してみたいと思ってしまった。
そんなことを考えつつじっとシャーレを見ていたら、視線に気づかれ不思議そうに首を傾げられた。
シャーレの料理を食べて、片付けを手伝い、馬車の中で体をふいて、そのまま眠らずに本を読んだりして交代まで起きていた。
馬車を叩かれて、交代を知らされて外に出る。
俺とシャーレで南を、ダイオンが北を見張る。シャーレと小声でなんでもないことを話しているうちに交代の時間になる。一人じゃないと暇じゃなくていい。
交代し、眠そうなシャーレを馬車の中に入れて、俺とダイオンは外で眠ろうとしたけど、シャーレが外で寝ると言い出した。主を外で寝かせるわけにはいかないと主張するが、俺としてはシャーレにしっかりと寝てほしいんだけど。
説得する前にダイオンが馬車のそばに寝床を作りながら案を出す。
「リョウジとシャーレが二人で眠ればいい。狭いだろうけど眠れないってことはない」
「そうしましょう。ダイオンさんお休みなさい」
「うん、おやすみ」
ダイオンの提案にさっさとシャーレが頷いて俺の手を引っ張り馬車に入る。
寝間着に着替えたシャーレが布団に座り、早く早くと布団を叩く。中学生くらいの年齢なんだし、もうちょっと恥じらいをもたないか。
少しだけ楽しみといった感じのシャーレの期待を損なうのもあれだしと鎧を外し、そのまま布団に寝転ぶとシャーレも横になる。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
明かりを消すと俺の腕に抱き着く形でシャーレは眠る。シャーレがもっと成長したときにこうして寝れたら役得って感じられたのかなぁ。今は役得ってよりも微笑ましさがある。それを嫌とは言わないけど。
朝になり寝覚めはすっきりとしたものだった。シャーレも同じ様子で、外で寝ていたダイオンは少し疲れが抜けていない様子だった。
「町に着くまでダイオンは中で休んでいて、御者は俺とシャーレがやっとくから」
「そうさせてもらうよ」
朝食後にそう言うと、ダイオンは嬉しそうに頷いた。
野営の片付けが終わり出発時間となって、ダイオンは馬車の中に入り布団に寝転ぶ。それを見て後部ドアを閉めて二人で御者台に乗る。
カラックットには昼前くらいに到着予定らしい。それまでに一度休憩を入れるという行程だそうだ。
シャーレに周囲の警戒をしてもらって、俺は御者に集中する。
魔物の襲撃などなく順調に進み、予定通りの時刻にカラックットに到着した。辺境伯の町よりも小さな町だ。
外壁そばに馬車を止めて、起きていたダイオンと一緒に荷物を下ろし、報酬をもらって、馬車を預かってくれるところまで移動する。
馬車を預けて、町の入口に移動する。そこで木箱を台車に載せているラジィさんとホプランさんを見つけた。そういやなにかお土産を持っていこうと思ってたけど忘れてたな。
「知り合いかい?」
二人を見て反応した俺とシャーレにダイオンが聞いてくる。
「あの人たちがラジィさんとホプランだよ」
「ああ、そうなのか」
近づいて声をかけると二人は少し驚いたあと、笑顔で挨拶をしてくれた。
「久しぶりだね。こっちに来たのかい」
「はい。別れたあと北に行って、辺境伯主催の祭りを見てから南下してきました」
「ああ、あの祭りか。一度家族で見に行ったことがあるよ。賑わいがすごかったよね」
ホプランが台車に荷物を詰め込み終わったので、運ぶのを手伝う。
「ありがとう。そちらは新しい同行者かな」
「ダイオンです。傭兵として雇われています」
「君のように強そうな傭兵が一緒なら二人も安心だろう」
「二人も魔法が使えるので、俺としても頼りになる仲間と思っていますよ」
「そうだった。十分に戦えるのだったね」
ラジィさんたちと移動しているときも魔物との戦闘はあったから、一応戦えることは知っているんだよな。
話しながら移動し、ラジィさんの家に到着する。
家族に紹介しようということになり、木箱を運ぶのを手伝い屋内に入る。倉庫代わりの部屋に木箱を運んで、リビングに通される。
ラジィさんが声をかけると、ラジィさんと同じ猫のニール種の女性が二人姿を見せる。ラジィさんと似た年齢の女性と十五歳くらいの少女だ。
ラジィさんが俺たちを紹介すると、話に聞いていたようで納得したように二人は頷いた。
「本当に小さなメイドさんを連れているのね」
うん、話すとなるとそこは外せないよね。
思わず苦笑し、すぐに表情を戻して改めて自己紹介し、シャーレとダイオンも続く。
出されたお茶を飲みながら、北の様子はどうだったかなど聞かれて答えていく。
谷が無事通れるようになったことを聞いて行商のルートを戻せるとラジィさんたちは喜び、なにか北で不足している物資はあったかなど聞かれる。ラジィさんからも、あのときの会話をヒントにした商談が上手くいきそうだと聞けた。
「いい話をありがとう。君たちはこの後にすぐに出発するのかな?」
どうするのかとシャーレとダイオンが顔が向けてくる。
ここからは特にどこに行こうとも思っていないんだよな。さらに南下するか、隣国に行ってみるか。隣国に行くなら一度ファーネンさんに会いに行こうという感じだ。それを伝える。
「どちらにしろ、明日すぐに出発ということはないですね。ここらで馬車の点検を頼むのもありでしょうし」
「馬車を買ったのか」
「はい。大きく稼ぐ機会があったので。おかげで旅が楽になりました」
「そうか。都合がつけばでいいのだが依頼をいいかな? 荷を隣国に運びたい。そのときに一緒に運んでくれないかな」
隣国に行くならファーネンさんに挨拶をって思ったけど、会いに行く時間はとれなさそうだから、受けた場合はそのまま隣国を旅せずに一度戻ってくることになるかな。
「似たようなことはすでにやっているんで問題ないんですけど、点検で修理しないといけないところがでると時間が合わない可能性がありますよ」
「そこは安心してほしい。すぐに運ぶというわけじゃない。十日以上先の話だよ」
俺は受けてもいいかなと思う。縁の感覚は特に反応していない。シャーレとダイオンはどうだろうと聞くと、俺が受けるならと頷かれた。
「受ける方向でいこうと思います。ただ馬車に荷物が乗り切らなかったりしたら、そのときは申し訳ありませんが」
「わかった。ひとまず受けてくれるということで感謝する。馬車の確認をさせてもらいたいんだが、ホプランに見せてもらっていいかな」
いいですよと答えて、さっそく馬車を預けているところに向かう。
町を出て、すぐそばの馬車の預り所で、馬車を見てもらう。
これなら大丈夫だろうとホプランが言い、点検も一緒に頼みに行く。明日一日使って点検し、夕方には結果ができるということだった。
それを聞いてホプランは家に帰っていった。
俺たちは昼食と宿探しだ。昼食後すぐに問題のなさそうな宿が見つかり、そこに部屋を取る。
シャーレに洗濯ものを頼んで、俺とダイオンは仕事を探しに向かう。仕事はこれまでの村や町で見たものと似たようなものが並んでいた。
俺とシャーレ用に町中でできるものを探し、ほかにはダイオンから狩りに誘われた。実戦経験を積むついでに大物狩りをやろうということだった。大物と言っても騎士団派遣案件の魔物ではないということで頷く。
狩りの対象はオレッドリザードという名前だ。ここからだいたい徒歩一日の距離にある岩山を住処としているトカゲで、岩よりも硬い皮を持ち、ワニよりも大きいらしい。可食部はないが、皮や骨が防具や合金の媒介になるんだとか。強めの魔法があれば比較的容易に狩れるらしいが、今回はそのトカゲを回避の訓練に使って、最後に魔法で狩る予定ということだった。売値も良いそうなので、戦ってよし狩ってよしの相手だと言っていた。
俺にとっては純粋に回避の訓練だが、シャーレには殺気に慣れてもらう訓練だともダイオンは言う。これまでシャーレが魔物の殺気にさらされていないわけではないが、もう少し慣れてもらいたいらしい。
もとから反対ではなかったけど、シャーレのためになるのなら異論はない。いざってときがいつくるかわからないし、この狩りはそのときのためになるのだから。
オレッドリザードに関しての情報を調べて宿に戻る。
洗濯を済ませて錬金術の本を読んでいたシャーレに狩りのことを伝えると、技量を磨くことができるならと頷きが返ってくる。
早速明日から行こうということになり、消耗品の補充のため宿を出る。
準備をすませて夕食のため宿の食堂に入る少し前、良い方の縁を感じた。なにに反応したのかと食堂に入りながら周囲を見てみる。
「どうしました主様?」
「……二人に感じたものに近い良い感じがしたんだ。でもなにに反応したのかさっぱり」
「同行者が増えるのかな」
「どうなんだろう。少なくとも食堂にはいないね」
方向でいえば食堂の壁。そこに誰もいないから、宿の外なんだろう。
「探しに行くかい?」
「同行することになるなら探しにいかなくとも会えると思うし、夕食を優先で」
夕食をすませ、寝る前にシャーレたちと遊んでベッドに入る。
良い感じは少し移動したがまだ感じられる。
だけど起きてから理解することになる。この感覚は自身にとって『良いもの』であって、他者にとっても『良いもの』というわけではないということを。
感想と誤字指摘ありがとうございます




