37 祭りの終わり
次のレースが始まる前に十五分の休憩が取られ、ちょうどよいので資料を買いに席を立つ。ついでに飲み物も買おうかと思いつつ移動し、買ってきて席に戻る通路で先代辺境伯様と出会った。名前はたしかパローン様だったかな。
「君はリョウジ君だったね」
「はい。ご無沙汰しております」
これであってるかな? しばらく顔を合わせてないけどご無沙汰っていうほどだろうか。
パローン様は特に気にした様子なく頷く。
「楽しめているかね?」
「いやー正直、観客ほどのめり込めてはないです。なのでもうちょっと各チームのことを知ろうと資料を買ってきました。背景がわかれば応援にも力が入ると思います。ちなみにパローン様おすすめのチームとかはありますか」
「そうだな……古くから頑張っておるチームには思わず応援の熱が入るが、新人が頑張っているのを見るのも楽しい」
楽しみ方は人それぞれってことかなー。
「具体的なチーム名を答えてはいないが、納得してくれたようでなによりだ。それはそうと先日はうちの客がそちらに迷惑をかけたらしいな」
「迷惑ですか?」
覚えがないな。貴族とかお偉いさんに絡まれたか? あ、もしかしてシャーレが誘いを受けたことか。
「うちのメイド兼奴隷が誘いを受けたことでしょうか」
「それだ」
「フェルス様が上手く断ってくれたようで、あのあと何事もなかったので気にしていないのですが」
「そうだったか。ならばよかった。気に入っている存在を取り上げられようとしたのだから、不快に感じたと思ったのだよ」
「無理矢理連れていかれようとしたら不快に感じますけど、聞いた感じではそこまではしなかったらしいので不快には思いませんでした」
「実は何度か交渉してきたらしい。よほどその子が気に入ったのだろうな」
うちの子可愛いし優秀だから気に入るのは同然だな! いくら褒めても渡す気は皆無だけど。
「そうだったんですね。フェルス様には感謝していたとお伝えください」
「わかった。ふむ、そろそろ競技が再開しそうだ。ここらで話を終えるとしよう。またいつか会おう」
パローン様は去っていき、俺も自分の席に戻る。
実況の声が響くなか、コースを見るとこれから出番のダイオンが乗ったチャリオットがいた。見えてるかなと手を振ってみたら、たぶん見えていたようで振り返してくれた。
『次に三番手、クラミアス。皆さんご存じ毎年出場のチームです。しかしリーダーのボロルム氏が今年で年齢制限いっぱいになり来年からは出場停止が決定しています。今年最後の雄姿をどうぞご覧ください。補助騎手は怪我をした相棒に代わり傭兵のダイオン。この方の名前を憶えている方もいるかもしれません。なんと十年ほど前に戦帝大会準優勝経験を持つ人なのです。しばらく名前を聞いていませんでしたが、ここで聞くことになるとは私は予想もしていませんでした』
ダイオンが戦帝大会準優勝と紹介されて会場がどよめく。そのどよめきの中、馬の紹介と工房の紹介に続いていく。
戦帝大会というのはすごいものらしい。もらった知識には強者の集う規模の大きな大会ってなってる。この会場のほとんどの人が知るくらいには有名な大会なんだろう。そこで準優勝かー、すごいことなんだろう。強さを取り戻したらまた挑戦するのかな? あとで聞いてみよう。というか土精霊の呪いを受けた状態で準優勝したってことか、すごいな。
参加者の紹介が終わり、レースが始まる。
ボロルムさんが真剣な表情で手綱を握り、ダイオンが周囲の様子を伝えている。その情報をもとにボロルムさんが細やかな手綱さばきを見せる。
最終コーナーまで二番手につけていたクラミアスはそこでいっきに加速する。ほかのチームも同じく加速するが、走りやすい地面を選んだクラミアスの加速力には一歩及ばず、一位には届かなかった。
「おめでとーっ」
届かないだろうけど、拍手と祝いの言葉を送る。
ダイオンの応援は終わったし、あとはもう帰ってもいいけど、帰ったところでやることはないし、このまま見ていくか。
チャリオット競技が終わり、昼食を屋台ですませて、競馬も見ていき夕方の少し前に会場を出る。
宿に戻ると、食堂にシャーレとダイオンがいた。ダイオンは人に囲まれていて、シャーレはレイレーンとなにかを話している。二人とも楽しそうだし邪魔しないでおこうかな。俺に気づいた二人に、軽く手を振って部屋に戻る。
コーダーに借りた本で役立つと思われる情報を書き写しているとシャーレが夕食だと呼びに来た。
レイレーンが席をとってくれたおかげで座ることができて、落ち着いて夕食を食べることができる。
「今日は楽しかったか?」
「はい。いろいろと見てきました」
「シャーレがもててたよ。男友達が頬を赤らめて話しかけてた」
「ほー。まあ当然だな。こんだけ可愛いんだからモテなきゃ嘘ってもんだ」
数年後は誰もが振り向く美人だなー。
シャーレは照れながら、俺は楽しかったかと聞いてくる。
「それなりにってとこだった。事前に参加チームとか調べておけばもっと楽しめんだろう。良い席だったのにもったいないことをした」
情報はいろいろと仕入れたし、明日はもっと楽しめるだろうさ。
シャーレとレイレーンがどこでなにを見たのか聞きながら食事を進めていく。
食堂で一番の盛り上がりは、ダイオンたちのところだ。酒も入り、戦帝大会や今回のレースに関しての話が耳に入ってきた。
俺たちが食べ終わったあとも続いてたから、ダイオンはしばらく抜けられないだろうな。明日のレースに差し支えるからって酒を無理に勧められないのは助かるだろう。
翌日はレイレーンが宿の仕事に戻り、俺はシャーレを連れてダイオンの応援に行く。
祭り三日目は午前にチャリオット競技と競馬の準決勝をやり、午後から決勝というさらに馬のスタミナが試される流れになっている。ポーションや魔法があるといえ、二日で三試合は馬にとってハードすぎる気がする。
スタンド席に入る前に昨日と同じようにいろいろと買い込む。
席は昨日と同じで、そこに座りレース開始をシャーレと一緒に買ったものをつまみながら待つ。ふとなにかを感じた。
「ん?」
「どうしました?」
「いや、なにか」
そう言いながら周囲を見ていると貴族用の席からこっちを見ている少年がいた。その視線は強い。
「あんな視線で見られる覚えはないんだけどな」
俺の視線の方を見たシャーレが「あ」と小さく漏らす。
シャーレに心当たりがありそうだ。貴族で心当たりのある相手というと、見初めたっていう子か。
なんか立ち上がってどこかに行こうとしたけど、フェルス様に声をかけられて渋々元の席に戻った。少年は悔しそうな顔になっている。こっちに来ようとしてフェルス様が止めたって感じなんだろうか。
フェルス様がこっちを見て手を振ってくる。立ち上がり頭を下げると頷きが返ってきて視線をそらされた。
「フェルス様が止めてくれてるようだけど、一応注意しておいた方がいいね。俺のそばから離れないように」
「はい。離れません」
シャーレが笑顔で頷いてくる。ずっとそばにいるというのはシャーレにとって願ったり叶ったりなんだろう。
シャーレの頭を軽くなでて、いまだ注がれる少年からの視線を無視してレース開始を待つ。
レースが始まり、クラミアスは準決勝を勝ち上がる。競馬の準決勝も行われて、各チームが決勝への切符を手にしようと馬を操る。決勝に進めて勝利に腕を掲げるもの、進めず敗北に項垂れるもの、両者の表情は対照的でどれだけこのレースに熱意をかけていたのかわかる。その両者に客は歓声を送った。
ああいった本気の表情とかを見ると、こっちも思わず感じるものがある。俺もシャーレも客と一緒に自然と拍手を送っていた。
そしてチャリオット競技の決勝が行われて、クラミアスは二位だった。原因はダイオンでも馬でもなく、ボロルムさんだ。最後ということで意気込みが強すぎたのだ。しかけどころを間違えて一位になったチームに直線で追い抜かされた。
ボロルムさんは悔しそうだったが、大きく溜息を吐いて、チャリオットを専用の置き場へと向かわせる。
すべてのレースが終わり、優勝者がコースの中央に集まる。そこでフェルス様が各々に賞金と優勝を示すメダルを渡している。
優勝者だけではなく参加者全員の健闘を褒めて、祭りの終わりを宣言した。歓声を上げている客たちは後夜祭といった感じで夜まで騒ぐのだろう。
宣言を聞いて俺とシャーレは会場から出る。このまま残っていたらあの少年が突撃してきそうだと思ったのだ。
騒ぐ人々の間をシャーレと手を繋いで歩く。すぐにあそこから離れたおかげか少年やその関係者に追われるようなこともなかった。賑やかな町をシャーレとぶらぶらして宿に戻る。
昨日は夜更けまでどこも騒がしかった。祭りのために仕入れたものをすべて消費してしまおうとばかりに店側も奮発し、客も財布の紐を緩めてバカ騒ぎだった。そのためか朝の食堂には二日酔いっぽい客がちらほらといた。
朝食をとり、今日の予定を三人で話す。
「馬車を受け取ってから出発に向けての準備でいいよね?」
「問題ないぞ」
シャーレも頷く。
「店に行って馬車がどうなっているか聞いて、それから世話になった人に挨拶。ダイオンとシャーレで屋敷行くだろうし、報酬をもらってきて」
「主様は行かないのですか?」
「俺も行った方がいいのかな? 屋敷の人たちとの付き合いは二人の方が多かっただろ。俺が挨拶って感じでもないと思う」
「うーん、一応来てくれるか。報酬は三人に与えられたものだし、受け取るときは三人一緒の方がいいと思う」
「わかった」
部屋に戻って身支度を整えて、屋敷へと向かう。
屋敷前まで来たとき門から馬車が出てくるところだった。
その馬車が隣を通り、少し進んだところで止まり、扉が開いてあの少年が降りてきた。
「そこのお前! 彼女の主だな! 俺に寄越せ!」
いきなりだな。寄越せというのは物扱いで感心しない。呆れを感じつつシャーレを背後に隠す。なぜか不思議と嫌な感じはしないんだよな。良い感じもしないけど。
馬車からは三十歳を過ぎた女も降りてきた。
「こうして会えたのもなにかの縁なのでしょう。交渉させていただきましょうか。私はフルックフット伯爵の妻メリジェーヌと申します」
「ご丁寧にどうも。旅人リョウジと申します」
「私たちもあまり時間がありません。手早く交渉させていただきます。リョウジ、いくらならばシャーレという奴隷を譲りますか」
「そうですね……百億デルでいかかでしょうか」
交渉を受ける雰囲気を出したときシャーレが服をギュッと掴んできた。不安からそうしたのだろうが、交渉する気は皆無なんで安心してほしい。
メリジェーヌ様は俺が示した大金に驚きはしても、不快さや不機嫌さを表に出すことはなかった。
「ひゃくおく? それはまた法外な値段を付けましたね。そこまでの価値はないでしょう。吹っ掛けるのもたいがいになさい」
落ち着いた声音で言ってくる。この人からは絶対欲しいという感じがしない。
「価値など人それぞれ。俺にとってはそれでも安い。受け入れられなかったので交渉決裂ですね」
「貴族からの要望を断るとは肝が据わっていますね」
「いえいえ肝の据わり具合でいえばあなたの方が上かと」
「私が?」
「この話はフェルス様が仲裁し決定がでたことです。それを蒸し返して、シャーレを渡すとなると決定を覆すことになってフェルス様の顔に泥を塗るのではないでしょうか」
貴族とヤクザはメンツを大事にすると聞いたことがある。
メリジェーヌ様の顔が少しだけ引きつって、溜息を吐く。
感想と誤字指摘ありがとうございます




