32 ロックワーム
二十分くらい進んだ頃だろうか、小さく地面が揺れた気がした。地震?
「ストップ」
そう言ったシバニアが足を止めて、壁に耳をつける。
「なにかくるぞ!」
揺れを地震ではなく、なにかが起こしたものと判断したらしいシバニアが警戒を促してくる。
三秒ほどでガリガリという音とともに頭上の壁からなにかがでてきた。
「ミミズ?」
成人男性の腕くらいの太さのミミズが一匹、道に落ちてきたと思うとそのまま道に穴を開けて潜っていった。え? 石をかじっていったぞ。
「ロックワームね」
「そんな名前の魔物なのか。詳細はわかる?」
あの魔物を知っているらしいフロスに聞く。
「石や岩を食べる魔物で、見た目は大きなミミズ。採掘場では嫌がられる魔物だけど、それだけで積極的に人を襲ったりはしないの。普段は暗い洞窟や地中で過ごして、こうした日の当たる場所には姿を見せない、のだけど」
「すぐに隠れたけど、出てきたね」
「そうなのよね、おかしいわ」
「考えるのはあとにしよう。あれ一匹だけとはかぎらない。ここは餌が豊富な場所だし、駆除されてもいないから、もっといてもおかしくない。ああして何匹も出てこられると足場が壊れてしまう可能性もある」
シバニアが言い、フロスが頷く。
三人は警戒を高めて 若干ペースを上げて進む。それに合わせ俺もペースを上げたが、三人が危ないところを警告してくれるおかげで転ぶようなこともなく進むことができる。
はしごを上がって、広いスペースに到着する。石を取っていたメインの場所の一つなのだろう。
そこの壁や地面にいくつかの穴が開いている。
「ここでもロックワームが出てきているのね」
地面に開いた穴を調べるフロス。コードルとシバニアは目的の苔がないか探してる。
「ロックワームがどれくらいいそうとかわかる?」
「正確なところはわからないわね。穴の大きさからすると三匹以上は確実。ここ以外にもいるのは確実でしょうから、どれだけいるのやら」
ロックワームが積極的に人を襲うような魔物じゃなくてよかった。地面や壁といった奇襲になるところから、しょっちゅう襲われたらたまったもんじゃない。岩石を砕く口でかじられたら骨ごともっていかれそうだ。
「リョウジ、フロス。移動しよう。ここから見えるかぎりだと苔はない。岩陰とか調べたい」
「わかった」
ここの岩陰やひびの中を調べていくが、目的の苔はない。違う苔はあったので、苔が生息できない土地ではなさそうだ。
もっと上に行ってみようということになり、移動を再開する。
道や壁にぽつぽつと穴が見える。ロックワームが元気に移動しているらしい。
「元気なのはロックワームだけで、ほかの魔物の姿はないね。ここは危ないと避難したのかな」
「そうだろうな。人のテリトリーの外をこれだけ移動して一度も姿を見ないのは珍しい」
シバニアがあちこちを見ながら答える。
「話は変わるが、リョウジは魔力の減りはどんなものなんだ? 二時間以上維持していてきつそうには見えないが、我慢しているだけなら一度引き返した方がいいと思うが」
「特に問題はないよ。以前似たようなことはしているし、そのときより楽だし」
氾濫のときは、押し寄せてくる水の勢いに負けないよう常に押し返さないといけなかったけど、今回は風を動かすという初歩の魔法を維持しているだけ。たまに水分の交換をしていても余裕はまだある。一人でいて周囲の警戒もしなければならないとなるときつかったけど、その部分は三人任せだしね。
「俺は魔法は専門外だが、こんなに維持できるものなのか?」
「できないわ。私だとここに来るまでの時間で精一杯。加護持ちは魔法の効果の大きさだけじゃなく、魔法の維持にも優れているから羨ましいわ」
縁の能力はいい仕事したってことだな。いやまあ面倒ごとにも巻き込まれてるけど。
話しながらさらに一時間ほど移動して、三つ目の広場に到着する。これまでで一番広く、穴の数も多く、そして穴の大きさも一番だった。直径二メートルくらいだろうか? これだけ太いとなると長さのほどはどれくらいだ。
鉢合わせしたくないなと言いながら、苔を探す。
「あったぞ! シバニアとフロスも確認してくれ」
ひびに手を突っ込んで苔を取り出したコードルが二人に見せる。
「暗めの橙色。形も聞いたとおり。これで間違いないでしょ。あとは量だけど」
「まだ生えている。それを持っていけば足りるはずだ」
目的を達したことで三人はほっとしたように笑みを浮かべた。
それでなんらかのフラグが立ったとでもいうのだろうか。これまでで一番の振動が起こり、なんだなんだと思っている間に広場の中心が盛り上がって、岩があちこちに弾け飛ぶ。
「うわぁ、でたよ」
モンゴリアンデスワームだっけ。そんな感じのロックワームがうねうねとしている。体全体がでているわけではなく、下半身はまだ地中だ。上半身をたまに地面に打ちつけて明らかに正気とは思えない。
「あれは苦しんでいるのかしら」
「そんな感じだな」
フロスの言葉にコードルが同意する。
「なぜかしら、悪いものでも食べた? あ、大精霊が言ってた毒が地中にも広がっていたら、それを食べて苦しんでいる?」
「のんきに観察している暇はないぞ。俺たちが帰るにはあいつのそばを通らないといけない。あと運が悪いと向こうの道がこの振動で崩れ落ちる」
シバニアの指摘に二人は「あ」と呟いてどうしようかという話し合いに移る。
「どうすればいいと思う?」
「戦うのは無理?」
俺の問いに三人は頷いた。
「普通の状況ならおそらく倒せないことはないんだ。あの巨体だからしっかりと相対しないといけない。でも周囲の毒のせいで動ける範囲が狭い。こんな状況でいつもどおりの力を出すのは難しい」
「弱点をついていっきに倒すとかは無理かな」
「これといった弱点はないと思う。少なくとも私は聞いたことないわね」
コードルとシバニアも同意だと頷いた。
どうしようかこれ。あれは落ち着く様子はないし、このまま待っていると帰り道がなくなるかも。
ん? 頭上からぱらぱらと小石が。そんなことを思っているとコードルが俺の腕を引いてその場から動かす。
すぐに俺たちのいたところに一メートル以上の岩が落下してきた。
「あっぶな!?」
あんなもんが当たったら下手すりゃ死んでたぞ!?
上を見ると、まだまだ小さいのや大きいのが落ちてきそうだった。
「驚かせて追い払うくらしか思いつかないんだが、その驚かす方法がない」
「大規模な魔法を使ったら驚いてくれないかな?」
俺の提案をコードルがフロスにどうかと尋ねる。
「私の持つ最大魔法って静かなものだし驚くかしら? 吹雪を発生させて相手の体温を奪うんだけど。もう一段上の魔法を習得していればいけたとは思う」
巨大な氷の塊を頭上から落とすものらしく、それならばたしかにいけたかもしれない。
ただしこの場が氷が落下したときの衝撃に耐えられるかどうかとも付け加えられた。
「習得してないから言っても意味はないわね。リョウジはいけそうなのないの?」
「刃の竜巻ってのがあるけど、それで驚くかどうかわからないし、今使っている魔法を維持しながらは無理」
追い払っても毒で痺れて動けませんは駄目だろう。
「毒はたしか吸い込んだら駄目なやつだったよな?」
コードルが思いついたように言う。
大精霊の説明だとそんな感じだった。シバニアとフロスもうんうんと頷く。
「だったらリョウジが魔法を使ったときは息を止めていれば大丈夫じゃないか?」
首を傾げたのはフロスだ。
「どうなんでしょうね。肌に触れても駄目な毒はあるし。この毒は主に吸い込んで効果がでるものかもしれない。でも触れても効果がでる可能性もあるわけだし」
「少し試してみる」
そう言うとコードルは息を止めて俺の魔法の範囲外に出た。わあ、止める間もなかったよ。シバニアとフロスも少し呆気にとられて、すぐに慌てだす。
コードルは十秒くらい範囲外に出て戻ってくる。
「特に痺れはないな」
「馬鹿な真似するな! 動けなくなったらお荷物のお前を背負って移動するんだぞ!」
コードルの頭を叩こうとしたシバニアは寸前で止めて言葉だけ叩きつける。たぶん付着した毒が魔法の内側で広がらないようにって止まったんだろうな。
「なにも考えずに外にでたわけじゃないさ。吸い込む以外にも効果が出るなら、あのとき大精霊が話してたはずだろう?」
「それでもよ。大精霊自身に吸い込む以外で効果がでないだけで、ヒューマには触れるだけでも駄目かもしれないじゃないの。それで痺れはでないまま?」
「おう。なんともない。いや少し目がしょぼしょぼする」
「……粘膜に付着することで効果が出る感じかしらね」
目を洗っておきなさいとフロスが水の塊を出して、コードルは顔を洗う。
それでほんの少しましになったらしい。
「おそらく息を止めて目を閉じれば、短時間大丈夫なんだろうと思う。で、リョウジがやるかどうかなんだけど」
「あのロックワームがよそに行く気配ないしやってみるよ」
こうして話している間もあれはびたんびたんと暴れているだけだった。こっちを気にする気配もなければ、どこかに行く様子もない。
「せーので魔法を止めるから息止めてね。あと風の勢いがすごいから伏せておいた方がいいかもしれない」
一度試しに使ったときは町中では使えない魔法だと、シャーレたちと感想が一致した。そして使いやすいように劣化したものを開発練習したのだ。
三人が頷き、俺は目を閉じる。
「せーーの!」
思いっきり息を吸い込み、使っている魔法を止める。そして目を開けて今使える風の一番強い魔法を使う。
「ヴィント! 吹き荒れて斬り刻めっ刃の竜巻!」
一瞬後にロックワーム辺りにごうっと強風が吹く。結果を見ずにまた目を閉じて息を止めてしゃがむ。魔法は維持したままだ。
そのまま三十秒ほど魔法を維持して、強風が俺たちを叩き、そろそろいいだろうかと魔法を解除する。また水蒸気を周囲に放ち、風の魔法で囲む。
「立っていいよ」
俺がそう言うと三人は立ち上がる。
俺も目を開けて立ち上がり、どうなったか確かめた。
ロックワームの姿はなく、穴だけがあった。地面には魔法が残した切り傷もある。
「粉々になったのか?」
コードルが周辺を見ながら言い、シバニアが首を横に振る。
「血や体液の跡が少ないし、穴からかすかになにかを擦る音が聞こえていた。ここは危ないと判断して逃げたんだろう」
「今のうちに帰りましょ。苔は回収できてるわよね?」
これだけあれば大丈夫かとコードルが懐から苔を入れた袋を取り出し、開いて中身を見せる。
それをフロスとシバニアが確認し頷いた。
「帰り着くまでが依頼だ、気を抜かずにいこう」
家に帰るまでが遠足って感じでコードルが言い、俺は小さく笑う。なんだとコードルが不思議そうに聞いてきて、なんでもないと首を振った。
帰り道では、あのロックワームの影響か少し崩れている部分があったが、通れないほどではなく慎重に進むことでトラブルなく地上に到着した。
断崖地帯から離れて魔法を解き、大きく息を吐く。
「お疲れさん。本当に助かった。あとは町までしっかり護衛するからのんびりとしていてくれ」
「りょーかいです。やっぱり長時間維持は疲れるな」
「以前も経験あったと言っていたが、なにをしたんだ?」
「氾濫があって、そのときに押し寄せようとする水を川に戻す手伝いをしたんだよ。あのときは四人で交代しながら半日魔法を使い続けてた」
「半日か、そりゃ長い」
コードルはそれだけの時間魔法を維持し続けることを想像したのかげんなりとした表情になる。
周囲の警戒をしつつ話を聞いていたシバニアが話に加わる。
「雪崩も防げるのだろうか? 俺たちの故郷はたまに雪崩被害があってね」
「やったことないんでわからない。水の流れを制御しても意味はないだろうし、氷に干渉する魔法を使わないと駄目なのかな」
「並みの水魔法使いだと雪崩を押さえきれないわ。でもあなたのような加護持ちなら可能かもしれないわね。または今回のような竜巻で押し寄せる雪を散らすとか」
力技でどうにかするのか。それやるとまた別の雪崩を起こさないかな?
雪崩対策を話し、そこからほかの話題に移っていき、林に入る。
町に帰り着いたのは日が落ちたあとで、門が閉じて町に入ることができず、門のすぐ近くにある宿に泊まる。報酬の一部ということで宿賃はコードルたちが出してくれた。
感想と誤字指摘ありがとうございます




