31 断崖地帯
「明日帰ってこないから」
夕食をシャーレとダイオンと一緒に食べながら、明日の予定を話す。
「どうしてですか?」
シャーレの目に不安そうな感情が表れた。捨てられるとでも思ったのだろうか。そんなことするつもりはないという意味を込めて一度シャーレの頭をなでる。目を細めて笑みをこぼし不安そうな雰囲気が消えた。
「依頼で林の先の断崖地帯に行くことになったんだよ。一日で帰ってこれる距離じゃないからさ」
「一人で行くのか?」
「いんや、依頼者の三人と一緒。断崖らへんが毒で近づけなくなってるらしくて、俺なら対処できるらしい」
「対処できるとは誰が言ったんだい」
「以前会った風の大精霊。こっちの様子を見に来ていたらしくてね、挨拶だって言って姿を見せたんだ」
「精霊が姿を見せたらちょっとした騒ぎになっただろうな」
「それ以上のことがあったから、精霊のことはあまり騒ぎにならなかったようだよ」
「なにがあったんだ」
大精霊が二つの加護持ちだとばらしたことを話す。
そのときのことを想像できたらしいダイオンから同情の視線を向けられる。
「二つの大精霊の加護持ちがいるとかなったら、そりゃ騒ぎになるわな。勧誘とかすごかっただろう?」
「うん、断り続けても諦めなくてねー。傭兵として動くつもりはないから誘われてもね」
「リョウジは楽しく旅ができればいいからな。積極的に荒事に関わる傭兵はやる気がでないだろう」
「事情があるなら荒事に首を突っ込むけど、常日頃から荒事に関わる気はしないね。シャーレを巻き込むことにもなるだろうし」
どこにだってついてくるのはわかっているけど、子供のうちからあまり切った張ったは見せたくはない。もう遅いだって? それでもだ。
「今後も勧誘がしつこいなら俺に言ってくれ、この町にいる間なら辺境伯の力も借りられるからな」
「そのときは遠慮なく頼むことにする」
頷いたダイオンは断崖の様子を聞いてくる。大精霊から聞いたことをそのまま伝えると、フェルス様たちに伝えていいか聞かれたんで頷いた。隠すようなことでもないし、フェルス様たちの領地内のことだから知るべきだろう。
朝になりダイオンとシャーレは屋敷へ向かうのを遅らせる。コードルたちを一目見たいということらしかった。
嫌な感じはしないと伝えておいたから、一応安心はしているらしいけど、自分の目でも確かめておきたいと言っていた。
昨日ダイオンたちが宿を出た時間から三十分ほど時間が流れて、コードルたちがやってくる。
「おはよう。リョウジの仲間でダイオンと言う。仲間に依頼をするということで、どういった人物なのか確認しておきたかった」
「主様の奴隷、シャーレと言います。ダイオンさんと同じ理由です」
奴隷ということで俺に三人の視線が刺さる。その程度の視線なら慣れたもんだ。慣れることが良いことなのかはわからぬ。
「リョウジはあまり戦闘は得意ではない。守ることも契約に入っているなら、やりとげてほしい」
「わかりました。必ずお守りします」
「頼んだ」
短いやりとりだったが納得できたのだろう、ダイオンはシャーレと一緒に屋敷へと向かっていった。
「迫力ある人だったな」
「ああ、だん……ムフォジさんと同じくらい威厳があった」
「かなり場慣れした人よね。ところで奴隷って」
フロスに加えて、コードルとシバニアも聞きたそうに視線を向けてくる。
霊熱病で霊水のお金を払うためと簡単に事情を話しながら馬車乗り場へと歩き出す。
「あの二人は別行動なのかしら」
「ダイオンは一ヶ月くらいの仕事を受けてて、シャーレは勉強で別行動。二人がそんな感じでやることがあるから、俺も一人でできる仕事をやってるんだ」
「一ヶ月くらいの仕事か。それくらいで祭りがあるっていうし、それまで稼ぐつもりでその仕事を選んだのか?」
シバニアの質問に頷きを返す。
「そんな感じ。最初は祭りがあるって知らなかったんだ。ここには馬車とシャーレの防具購入目的で来たし。祭りがあるならそれを見てから旅に戻ろうってことになってるよ」
「ちなみに旅の目的はあるのかい」
「ないよ。楽しく旅をできればいい。最終的に終の棲家を見つけられればいいかなってとこ」
さすがに死ぬまで旅の空というつもりはない。いつかどこかに住み心地の良い土地を見つけられればと思っている。しばらくは旅続きだろうけどね。まだまだ行ってない土地はあるから、そこに行くのが楽しみなのだ。その旅の間にシャーレも結婚相手を見つけるだろうか。いつまでも隣にいそうな気もするんだよな。
この町の次はどこに行こうか。西に行けば海に出る。そこで海の幸を食べるのものいいし、東に行ってラジィさんたちの顔を見て、隣国に行ってみるのもいいかも。町を出るまでまだ時間はあるし、そのときまでに考えておこう。決まらなければ、棒を倒して決めればいい。
隣国に行くなら、一度ファーネンさんに会いに行くのもありかな。隣国に行ったらしばらくそこを中心に巡るだろう。年単位でパーレには戻ってこないかもしれないし。
三人と馬車に乗って、東の林に向かう。
昨日のことでまた勧誘の声はあったけど、それを断り林に入る。そのまま林を突っ切って平原に出て、遠目に見える断崖へと進み、夕方頃には断崖地帯の近くに到着する。
「まだ体に変調はないけど、そろそろ魔法を使った方がいいかな?」
聞くとコードルが首を傾げながら口を開く。
「んー、俺も毒らしきものは感じてない。お前たちもだろう?」
確認にシバニアとフロスが頷く。
「もう少し進んで毒を感じられたら、引き返して安全なところで野営でどう?」
そろそろ日が落ちる頃合いだしと言うフロスの提案に俺たちは頷き、さらに進む。
三十分ほどで空気が痛いというんだろうか、ちりちりとしたものを感じるようになった。明らかに普通ではなく、三人も同意見だ。
急いで引き返して全員で体の調子を確認する。俺はうっすらとひりひりした感じだけだったが、三人は動作がほんの少し鈍っていると言っていた。
「毒があるのは確かだな。無策で突っ込むとやばそうだ」
コードルの言うとおり、そのまま突入はまずそうだ。でも一時的にだけどここら一帯は魔物が減っていそうだ。魔物もここに滞在し続けるほど馬鹿ではないだろう。
「じゃあここらで野営準備をするとしよう。リョウジは料理できるか?」
「できないです。シャーレが上手いのでまかせっきり」
「そうか、食事の準備はこっちでやろう。見張りといったできることを頼む」
「了解です」
シバニアが料理を担当しているようで、荷物から調理器具を取り出して手早く準備を整えていく。
見張りをしながら、調理する様子を見る。凍らせたひき肉や豆や香辛料が鍋に入れられ煮込まれていく。見た目はチリコンカンに似ている。
「あれは俺たちの地元の料理だ。こっちじゃ馴染みがないかもしれないが、不味いってことはないぞ」
「楽しみです」
「リョウジの地元じゃどういったものが食べられていたの?」
「海が近かったんで魚料理が多かったですね。シンプルに焼き魚、煮魚、揚げるもよし、生でもいけるくらいに新鮮でした」
「生は食べたことないけど、大丈夫なのかしら」
「毒があったり寄生虫がいるような魚は避けてますからね。意外と安全だったりします。かといって素人が自分でさばくと危なかったりもしますが。素人は加熱して食べた方が安全ですねー」
貝汁や酒蒸しも美味かったな。こっちには味噌あるのかな。あったらいいな。なかったら作ると言いたいけど作り方を知らないし無理だろう。大豆を潰して塩を混ぜるんだっけ? 麹ってのも必要だったか。こんな感じじゃ作るのはやっぱり無理だ。麹がどんなものかわからないしな。
醤油の方は魚醬を探せばワンチャンあるかもしれない。
まあ、こっちの調味料も美味いから絶対探そうという感じでもないんだけど。口に合わなかったら、探したかもしれない。
体はこっちのものだし、味覚もこっちに合わせたものになってる可能性がある。だから和食を積極的に探そうとしないのかな。
そんなことを考えているとご飯だと声をかけられる。
木の器に仮称チリコンカンを入れて渡され、一緒にスライスしたバゲットももらう。匂いからするとチリコンカンよりおとなしめな味かもしれない。
木のスプーンでとろりとしたスープをすくって口に入れる。以前食べたチリコンカンとは少し違った味わいだ。でも美味い。スパイスが主張しすぎないで、こっちの方が好みかもしれない。シバニアにこくこく頷くと、嬉しそうに笑った。
火であぶって溶かしたチーズと仮称チリコンカンをバゲットに載せて食べてもありだった。
食後の食器洗いを手伝いながら、見張りの順番を決める。フロスは寝起きが弱いということで最初の見張りを希望し、反対意見がでなかったのでそれに決まる。いつも最初に見張りをするけど、俺がいるので一応希望を口に出したんだろう。
俺は最後の見張りになる。明日の要は俺なので、中途半端に寝起きして不調になってほしくないということだった。
風向きで毒がここまで届くといったこともなく、時間が流れていき夜が明ける。
朝になり野営を片付けて出発する。
昨日空気がおかしくなり始めたところに足を踏み入れる前に魔法を使う。水蒸気を振りまいて、それを巻き込んで自分たちを囲むように風を動かす。
大精霊が言ったとおりの魔法を使ったけど、本当に大丈夫なんだろうか。少しばかり不安に感じていたわけだけど、それは俺だけだったようで三人の歩調に怯えはなかった。
「大丈夫っぽいね」
昨日空気がおかしくなった場所を通り過ぎて一分ほどたったけど体に不調はでていない。
俺よりも感覚が鋭い三人に確認するように視線を向けると、三人は頷きを返してきた。
「このまま魔法を頼む」
「わかった。そっちも護衛をお願いね」
任せておけとコードルが言い、ずんずんと進む。
彼らは周囲を警戒した様子で歩き、崖にできた道を見つけてそこに向かう。
その道は柵などのない細い道だ。ところどころに階段のような段差があったり、はしごが岩壁に打ち付けられていた。注意して歩かないとこけたら大惨事だ。
「人の手が入ってるけど、ここに人が来る用事でもあるのかな」
俺の発した疑問の答えを知っているのかコードルが周囲を見ながら教えてくれる。
「今は狩人くらいしかこないらしいが、昔はここで石材をとっていたようだぞ。滞在している町の石畳なんかはここの石が材料だと聞いた。町や村に石材が行き渡って、石材の需要が減ったら、ここも来る人が減ったということだ」
石畳とかが壊れたら替えが必要だろうし、需要が減ることはないんじゃ。あ、魔法があったな。割れた石畳をくっつける魔法とかありそうだ。それなら一度行き渡ってしまえば需要はなくなりそうだ。
「今から上がっていくが、こけないように気を付けるんだぞ。リョウジは魔法を維持しているから注意散漫になりそうだしな」
「わかったよ」
上がる前に一度止まってもらい、水分を地面に捨てて、再度水蒸気を風に含ませる。
「異常でもあったか?」
「いやなにも感じてないよ。余裕のあるうちに水蒸気を交換しておこうと思って」
上がり始めたら余裕がなくなるかもしれない。
三人は納得したようで、上がり始める。先頭はシバニア、最後尾にコードルという並びだ。
一応人の行き来があったから道として使えるけど、整備はされていない。小石がそこらに転がって居たり、ひびが入って隙間ができている。いつ壊れてもおかしくないとまでは言わないが、気軽に進めるところじゃない。
先頭を行くシバニアは剣を使って、ひびの入った道を叩いたりして確認しながら進む。
感想と誤字指摘ありがとうございます




