30 再会と依頼
そろそろ夕方という時間で、シャーレはメイド教育を終えた頃だろう。本を読みながらシャーレとダイオンの帰りを待つ。
「おかえり」
帰ってきた二人を出向かえるとただいまと返してくる。シャーレの返事に元気が少しないように思われた。
「シャーレは少し疲れてるかな」
「どうやらメイド長に気に入られたらしい。時間がそう多くとれないこともあって、しごかれているようだぞ」
それはそれは。物覚えのいい子だし、教えがいがあると判断されたんだろう。
「疲れたらきちんと言うんだぞ」
「はい。倒れて時間を無駄にできませんから」
「無理をするなよって言いたいんだけどな。まあ、休む気はありそうだしいいか」
「主様は今日一日なにをしていたんですか」
コーダーのところで穴を掘ったこと。東の林に行くかもしれず、そこについて調べたことをさくっと話す。
「一人で行くのか? 危ないと思うが」
「話を聞くと、戦闘を避ければ一人で大丈夫らしいからね。枝をとってさっさと帰ってくるつもり。下調べもしたし、実際に行って無理だと思ったらダイオンに来てもらおうと思ってる。そのときはよろしく」
「うん、それが俺の仕事だからね。優先する契約があるといえば教官はいつでも休める」
翌日、再び屋敷へと向かう二人を見送って、俺もコーダーの家に向かう。
枝を取ってくると伝えると挿し木が上手くいくかわからないから、若い枝を三本ほど取ってきてくれと頼まれた。
町から林へと狩り目的の傭兵を届ける馬車があるそうなので、それに乗ろうと町の外に出る。すると見た顔があった。昨日の三人組だ。向こうも気づいて近づいてくる。
「おはようございます」
「おはよう」
ここにいるってことは三人も林に向かうのかな。
聞いてみると三人の目的地はその先の断崖地帯とのこと。そこまで運んでくれる馬車はないため、林まで届けてくれる馬車に乗り、林からは徒歩だそうだ。
途中までは一緒ということで、簡単に自己紹介して雑談をしながら馬車を待つ。
逆立てた短髪の男はコードル。剣と盾を持っている。肩までの髪を後ろで縛った男はシバニア。両手持ちのロングソードを背負っている。雪のような白く長い髪を持った女はフロス。青い杖を持っている。
「リョウジ君は狩りかい?」
「いえ、依頼でファルカミネという木の枝を取ってくることが目的ですね。そちらは狩りですか?」
「俺たちも採取だ。騎乗用の魔物が病気になってね。その治療薬に必要な苔が断崖地帯にあるそうなんだよ」
「へー、大切にしているんですね」
「これまで旅を支えてくれた子だし、これからも世話になりたい。だから元気になってほしいんだ」
その魔物は良い主に会えたんだな。飼育員に聞いたような乱暴に扱う人じゃなくてよかった。
話していると馬車が来たので一緒に乗る。
何事もなく林の近くに到着し、降りると滞在して狩りを行っている者が張ったテントがいくつか見える。
それを見つつ歩き出そうとすると強い風が吹く。舞い上がった木の葉や砂から目を守るため、腕を目の位置にもっていく。
『ああ、やっぱりあなただったのね』
聞き覚えのある声がして、腕を下ろすと風の大精霊がいた。
近くにいるコードルたちや周囲の人々は間近で見る精霊に驚きの視線を向けている。
「いつぞやの風の大精霊。なんでここに?」
『私はここら一帯がどうなったか様子を見に来たの。元に戻ったのなら彼に知らせようと思って。そしたら加護を与えたあなたの気配があったから声をかけようと思ったの』
なるほど。挨拶はいいけど、人のいないところでやってほしかったな。すごく注目されてるよ今。
「たぶんもう戻れるんじゃない?」
『ええ、そうね。特別おかしな感じはしないし、そう伝えるつもり。ところで仲間が変わってない?』
「変わってないよ。シャーレとダイオンは町にいる。この人たちは行き先が似てる同行者」
『そうだったの。ちなみに行き先は断崖地帯かしら』
「俺は違うよ。そこの林に用事があるだけだし、こっちの三人は断崖地帯に用事があるんだけど、なにかあったりする?」
『あなたが行かないなら問題ないわね。断崖地帯はちょっと毒を含んだ風が吹いているから危ないのよ』
そりゃ確かに危ない。
「少しいいだろうか。どれくらい危ない毒なのか、どういった毒なのか聞きたいんだ」
コードルが聞く。用事がある場所なのだから、そりゃ聞きたいわな。
『ええとたしか動きを鈍らせるものじゃないかしら。蓄積するタイプで、長時間吸い込むと動けなくなるし内臓も動きを止めると思う』
やべえ、ちょっとじゃない。心臓も動きを止めるってことじゃないか。死の危険がある断崖とか行きたくねえ。
コードルたちも顔が引きつっている。
「痺れ毒に対する薬を購入してこないと駄目か?」
シバニアが言い、フロスが首を横に振る。
「どういった種類の毒なのかきちんと把握しないと、効果がきちんとでずに動けなくなる可能性もあるわ。でも風に含まれている毒とかどうやってサンプルを入手すればいいのか」
なぜそんな毒が生じているのかコードルが大精霊に尋ねる。
『少し前に断崖の上部で崖崩れが起きたみたいでね。毒を含んだ層がむき出しになって、その層の欠片とか砂塵が周辺に広がったの』
「サンプルを手に入れるには崖上部に行くしかないということですか?」
フロスが聞き、大精霊は頷いた。
上部に行くまでに痺れて動けなくなるんじゃないか、それ。
『半年くらいで落ち着くとは思うわ。雨風で砂塵とか流れるだろうし、行きたいならそれくらいが安全よ。あとはむき出しになった毒の層周辺が危険なだけで』
「半年かぁ。それまで持つだろうか?」
件の魔物が半年病気に耐えきれるかどうかわからないのだろう。コードルたちは表情を暗くする。
『すぐに行きたいならこの子がいれば大丈夫だけどね?』
大精霊が俺を指差す。え? いきなりなんだ。俺は解毒の魔法とか持ってないんだけど。
コードルたちも疑問に思ったのか理由を聞く。
『水の魔法で周囲に水蒸気を撒いて、それを風の魔法で自分たちの周囲に壁として展開して進めば何とかなるわ。たまに壁は交換しないと、毒を含んだ水が自分たちの回りに展開することになるから注意が必要よ。水と風の大精霊の加護持ちなら、それくらいはできるでしょ』
なんでこいつは隠したいことを話すかな!? 霊人のことは隠してるから大丈夫って感じなのか? 精霊からすれば隠すまでもない情報ってこともあるんだろうけど。
周囲の人たちからの視線が痛いくらいに集まってきた。
「大精霊の加護持ちだけでも珍しいのに、二つも持ってるとか初めて聞いたぞ」
「なんやかんやあって、その機会を得たって感じですかねー」
隠しても仕方ないんで正直に認める。棒読みぎみだけど、それは流してほしい。
「一緒に来てもらいたいんだが」
「俺は泊まり込みとか予定してないんで、帰らないと仲間に心配かけるんですけど」
「私たちも一度帰って、やれるだけの毒対策はしておきたいから町に一度帰るわ」
「あと疑問なんだけど、苔が毒に侵されて使いものにならない可能性は?」
そう聞くと三人は「あ」と声をそろえた。
『霊水で洗ってしまえば大丈夫でしょ。それでだめなら穴の中とか、毒の付着しにくいところの苔を採取すればいいんじゃないかしらね』
それだと納得した様子で三人はほっと息を吐いた。いや大丈夫なの? 霊水って解毒効果あんの? もしかして大精霊が言ってるから大丈夫って思ってない?
風の大精霊はもう行くと言って姿を消す。言いたいことだけ言って去ったなぁ。風は自由ってイメージがあるけど、あの大精霊もそんな感じだ。
「とりあえず俺は俺の用事をすませるんで」
今にも話しかけてきそうな人たちから逃げるように林へと早足で向かう。後ろから追ってくる足音が聞こえてきたから走る。
そのまま林の中に入っても足音が聞こえるから振り返るとコードルたちがついてきていた。ほかの人たちは最初からついてきてなかったのか、それとも途中で諦めたのか。最初の方は足音多かったから諦めたの方かな。
「なんでついてきたんです?」
「いや、同行の返事を聞いてなかったし」
「あー」
どうしようか。条件をつけて受け入れられるなら一緒に行こうか。魔物を見捨てるのも気分が悪いし。
「いくつか条件を呑んでください」
「あまり無茶な条件は勘弁してほしいのだが」
「無茶を言うつもりはないですよ。報酬と守護と秘密の三つです。依頼という形で報酬をください。俺はそこまで強くないんで魔物から守ってください。俺のことを誰かに言いふらすことはしないでください。無茶ではないと思いますけど?」
コードルたちはほっとしたように頷く。こちらとしても最初から弱味に付け込むつもりはないのだ。
「たしかに無茶ではないね。守ると誓う」
「俺もだ」
「私もよ」
「契約成立ということで。先に帰っていいですよ。俺は依頼をこなして帰るんで」
「いやここまできたらついでだ。付き合うよ」
そんな難しい依頼じゃないし、ついてきてもらっても特に不都合はないか。
向かう先を話して歩き出す。蛇の魔物が嫌う匂い袋の口を開く。それはなにかと尋ねられたので、傭兵から聞いた魔物避けだと言うと知らなかったようで匂い袋に注目が集まった。彼らもここら一帯のことは調べたらしいが、倒せるかどうかを基準に調べたため、避ける手段のことは知らなかったらしい。
おそらく日頃から鍛えてあるんだろう。だからまずは戦って対処するって考えが先に立つのかな。俺は狩り以外だと安全に進むことを優先しているから、魔物を避ける手段の方を求める。どっちが良い考えってのはないんだろう。その時々で変わってくるはずだ。
そんなことを考えつつ三人と一緒に林の東へ進み、コーダーから聞いた特徴を持つ木を見つける。周囲に何本もあるから群生地で間違いないはずだ。
「ちょっと枝をとってくるから」
木登りなんて久しぶりだ。小さい頃は近所の木に登って、危ないからと怒られていた。小さい頃とは比べものにならない身体能力でするすると木を登り、若そうな枝を三本ほどもらう。
木から降りるとシバニアが枝を見ながら聞いてくる。
「それはなにかの薬とかになるのだろうか?」
「そういったことは聞いてないですね。これは墓に挿し木するんですよ。故人がこの木の花を好んでいたそうなので」
「なるほどなぁ。うちの国だと出にくい発想だ」
「そうなんです?」
「俺たちの出身は北のシートビ。ここのように温暖ではないから、木は暖をとるため伐採されることが多いんだ」
シートビ国っていうと寒冷地帯だったか。よほど寒いのかな、魔法だけでは寒さに耐えきれないほどに。
「寒いところ出身なら今の時期は暑くて大変でしょ」
「そうだな。フロスにたびたび周囲の空気を冷やしてもらっている」
この国は日本と同じ程度の暑さだけど、湿度が低いから俺にはまだまだましに思える。よその国だともっと暑いところはありそうだし、フロスさんから空気を冷やす魔法を教わりたい。
これくらいだろうかと授業料を渡し頼むと快く頷いてもらえた。
「こんな感じかな」
早速使うとひんやりとした空気が周囲に漂う。
「さすが加護持ち習得が早いわ」
習ってすぐに発動させた俺をフロスが呆れ半分感心半分といった表情で見てくる。
習得の早さはそこまで難しい魔法じゃなかったからでもあるね。しかも水蒸気を周囲にまき散らす魔法と感覚が似てるからなおさら習得が早かった。
魔力消費を確かめるためそのまま林を移動し、林を出る。
俺が戻ってくるのを待ち受けていた傭兵たちに勧誘を受けたけど、すでに仲間がいるからと断りながら帰りの馬車を待つことになった。傭兵としての仕事は積極的にやるつもりないんで、誘われても困るのだ。
しつこく勧誘する人もいたけど、コードルたちが対処してくれて助かった。
馬車に乗って町に帰り、明日宿に迎えにくるということで宿の名前を教えて三人と別れる。
コーダーにとってきた枝を渡して依頼を終えて、宿に帰る。
誤字指摘ありがとうございます




