3 加護
建物入り口にファーネンさんと鎧姿の三人の男女がいる。一人は四十歳くらいで、残る二人は十代の半ばくらいか。
ファーネンさんが俺に気づき、手招きしてくる。
「遅れましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらは護衛をしてくれる傭兵です」
どうもと頭を下げると、向こうも頷いてくる。
年長の男の傭兵が身に着けている鎧には小さな傷がついていて、使い込んでいるのがわかる。それでいてぼろさはなく、よく手入れされていた。強さを見抜くってことは俺にはできないけど、以前見た有段者の格闘技経験者よりも頼もしい雰囲気があると思う。
残る二人は年齢からみてまだ駆け出しだろうか。
「出発しましょう。急がないと夜更けに帰ってくることになるわ」
皆頷いて早速村を出る。
ファーネンさんがナビを担当し、先頭を年長の傭兵が進み、後方を男女の傭兵が歩く。俺とファーネンさんは彼らに挟まれる形だ。
傭兵たちはさすがに慣れているようで、警戒しながら歩く姿も様になっている。少しでも異変があれば俺たちを止めて、注意深く確認する姿は安全第一で仕事をしているとわかる。
今後俺は旅をする予定だし、彼らの警戒の仕方から学べるものは学ぼうと三人の働きを観察する。
大精霊のいた場所まで、二度ほど魔物との戦闘があったが、傭兵二人で片付けていた。常に一人はファーネンさんを守れる位置で、戦闘を見守っていた。
今後俺が護衛をするかわからないけど、そのときは彼らのように依頼者の安全を忘れないようにしないと。今の俺だと警戒に集中して、依頼者を守ることを忘れがちになりそうだ。
「ありがとうございます」
目的地に無事到着したことでファーネンさんが傭兵たちに礼を言う。傭兵たちは頷いて、周囲の警戒を続行する。
ファーネンさんは川に近づき、大精霊様と声をかける。すると水の大蛇がすぐに姿を見せた。
傭兵たちは少しの間警戒を忘れて、大精霊に注意を奪われる。初めて見たのかもしれない。見ごたえある姿と雰囲気だから注意を奪われるのも無理はない。
「ご無沙汰しております」
『待っていたぞ。話は聞いているか?』
「氾濫が起きるとか。やはり少し前の大雨が原因でしょうか」
『そうだ。現状わしがいくらか抑えてはいるが、抑えたままでは川の環境が変わってしまう。だからそちらの準備が整いしだい制御を手放す』
「承知いたしました。どれくらい余裕があるのでしょう?」
『五日が限度だな』
「では五日を目処に準備を進めていきます。下流の村にも急ぎ連絡を送ります」
『うむ。わしにも対処できる人間に心当たりがある。そやつに報酬を支払い、手伝ってもらうといいだろう』
「心当たりですか?」
『伝言を頼んだ人間』
呼ばれたんで返事をする。流れ的に心当たりって俺のことなのか? それともまた伝言を頼まれるのだろうか。
『約束の報酬を渡そう。ファーネン、わしからの伝言の印を持っておるな? それをそやつに渡すのだ』
ファーネンさんがポケットから空色の玉を取り出して、俺に渡してくる。これが報酬だったのか。売ればいくらかのお金になるのかねぇ。
そんなことを考えていると玉が弾けて、水滴のようなものが体中に降りかかる。
これがなんなんだろう。
不思議そうな俺に大精霊が説明してくれた。
『加護だ。人間は大精霊の加護は嬉しがると聞いたぞ』
加護ってーと、精霊から与えられる代物で、与えた精霊の属性に関する魔法を強めたり、魔法の習得を早めたり、耐性を得たりといった利益があるとなってるな。今回は水属性の魔法が強化されたってことだろう。
ただし精霊の加護と大精霊の加護の違いは知識にない。
「精霊の加護と大精霊の加護はなにか違いがあるんですか?」
俺の疑問に答えたのはファーネンさんだった。
「得られるものに違いはないですね。ただし大精霊様の加護の方が効果が高いです。その分加護を受けることができる人も少ないんです。たいていの人は精霊様の加護までです。得意属性でも大精霊様の加護を受けられないというのは珍しくもないんです。そもそも精霊様が加護を与えてくれる機会も多くはないのですが」
属性に関してはわかる。地火風水の四種類。ヒューマには得意な属性が二つあり、最も得意なものと二番目に得意なものが使える。火と風が得意ならば、地と水の魔法は使えない。
俺が水の大精霊から加護を受けることができたってことは水の魔法が得意なんだろう。あとでもう一つの属性も調べておこうかな。
ちなみにニールは全員が水と風が得意で、リアーは全員火と地が得意だ。
『その加護で強化された水の魔法で氾濫被害を抑えてやってくれ』
「最初からそれを見越して報酬を約束したんです?」
『うむ。加護を受ける資質がなければ、それなりに高く売ることができる素材でも渡していただろう』
まあ、今後の旅に役立つものをもらえたって喜んでおこうか。それよりも問題は、加護をもらったところで役立つ魔法は使えないってことだ。一つも覚えてないしな。
ん? あれ、おかしい。四属性の基本的な魔法を使えるっぽいぞ。
魔法に関して考えたら、使えるものが頭に浮かんだ。四属性の初歩的なもののみだが使える。どういうことだ? 二種類のみのはず……俺の持つ知識には四種類の属性を扱える人間に関しての情報はない。心当たりがあるとすれば管理者が作った肉体だからってことだな。強くなる以外にも属性関連でも手加減ができなかったんだろう。
とりあえず四種類使えることは黙っておこう。
『どうした? なにか悩んでいるようだが』
「いえ、氾濫を抑えるのに有効な魔法なんて使えないので、できることはないなと。魔法は初歩を使えるのみです」
「氾濫に関しての依頼を受けてもらえるなら、こちらで水魔法の得意な人を呼んで、魔法を学ぶ環境を整えますよ。氾濫の日に、大精霊様の加護の持ち主がいてくれるならありがたいですから」
ファーネンさんが提案してくる。使える魔法が増えるのはありがたいし、被害を抑える手伝いができるならやろう。災害が起こるのを知ってて放置は気が咎める。
俺が頷くとファーネンさんはほっとしたような笑みを浮かべた。
ファーネンさんと大精霊は話し合いを続けて、その間俺は試しに強化されたという水の魔法を使ってみることにした。
そうそう魔法と一口にいっても系統がいくつかある。攻撃、治療、付与、錬金術、占い、生活の六系統だ。
俺が使えるものはどれも生活用の魔法だ。現状使える水魔法はコップや水筒の中の液体を冷やすものと汚れた水を綺麗にするものと水を生み出すものの三つ。
前二つは今のところ使えそうにないから、水を生み出す魔法を水辺で試してみる。
魔法の使い方は発動のためのキーとなる単語を言って、その後に変化をしっかりとイメージして口にする。もしくは発動のためのキーを紙などに書き込む。戦闘で使うならキーを口に出して、錬金術で薬などを作るときは紙に描く。
水属性のキーはヴァス。そのあとに水よ出ろとでも言えば使いたい魔法は完成だ。というわけで早速。
「ヴァス。水よ、出ろ」
ドボンと手から少しだけ離れた位置に生まれた水の塊が川に落ちた。スイカほどの大きさで思ったよりも多く生み出したな。
うん、これだけだと加護のあるなしがさっぱりわからない。生活用の魔法だし、特別な変化は期待できないのかな。
そう思っていると、川から水の蛙が出てきて、俺の前に跳ねてきた。そのまま俺の周りを跳ねている。たぶん精霊で敵意がないのはわかるけど、なにがしたいんだろう。
『美味い霊水をありがとうと言っている』
不思議そうな俺を見かねたのか大精霊が通訳してくれた。
霊水ってなんだろうか。魔法で水を出しただけなんだけど。そういう考えを察したのか大精霊が続ける。
『加護を受けた者が生み出した水や火などのことを霊水や霊火と呼ぶ』
「酒や薬や錬金術の素材として求められているものですね。少しあれば事足りるので、大量には必要とされませんがどこでも売ることができる水です。大精霊様の加護を受けたあなたの霊水ならばどこでも買い取りを断られることはないでしょう」
それは助かる。いくらで売れるかはわからないけど、お金を稼ぐあてができたのは嬉しい。
「話し合いは終わりましたから帰りましょう。大精霊様、今回のお礼はまた後日にさせていただきます」
『舞を楽しみにしておるよ』
そう言うと大精霊は川の中へと消えていった。
お礼の舞というのは感謝を込めた奉納芸なんだろうな。お金や食べ物は意味をなさないだろうし、楽しませる方向でのお礼ということか。
再び護衛されて山から平地へと進む。村に戻った頃には、日が暮れていた。村への入口は閉じていたが、ファーネンさんが事前に話をつけていたらしく、問題なく村に入ることができた。
日が出ているうちは活気のあった村の中も、酒場や食堂以外は静かなものだ。
傭兵たちは村に入った時点で仕事終了となり、ファーネンさんからお金をもらって去っていった。
歩きながら明日からの予定をファーネンさんと話す。
「明日の朝に奉納殿に来てください」
奉納殿は明るいうちに行った建物のことだろうか。確認すると頷きが返ってくる。
「特に必要なものはありません。ああ、本を読むことになるかもしれないけれど、文字は読める?」
「……大丈夫です」
所有する知識を確かめてみるとニールやリアーの文字は無理だが、ヒューマの文字ならば大丈夫だとわかる。
ちなみに言葉はどこも共通だ。ただしニールは吠え会話というものを持っていて、吠え声である程度の意思疎通ができる。リアーは叩き会話というものを持っている。これは岩などを一度叩いてその強弱や高低で、単純な意思疎通ができるらしい。暗号のようなあらかじめ意味を決めたものではなく、それを同族が聞けば感情を知ることができるようだ。
「では書物も準備しておきましょう。あとは……」
なにか言おうとしたファーネンさんは小さく首を振って止める。
また明日と別れて、去っていった。なにを言いたかったんだろうか。止めたってことは特別重要ではなさそうだけど。
宿に戻り、酒を楽しんでいる客のにぎやかな声を聞きながら、遅めの夕食をとる。
川の様子がおかしいと気づいている人もいるようで、注意しようという声も聞こえてきた。ほかにはよその村や町であったことなどもちらほらと聞こえる。
そういった情報を聞きつつ、川魚のムニエルをメインにした夕食を食べていく。魚の臭みをガーリックでうまい具合に消している。酒に合うのかもしれないけど、酒は二十歳になってからっていう意識があって、注文する気にはならない。もう数ヶ月で飲めるようになるんだからそのときに飲もう。こっちの世界のきまりならすでに飲酒は問題ないんだけどな。
夕食後は風呂に入る。豊富な水のおかげで銭湯もこの村にはある。お湯は薪ではなく、火の魔法を使える者が水の温度を上げているようだ。普通の村には銭湯などなく布で体をふくか水浴びだと知識が教えてくれた。
さっぱりとして宿に戻り、ベッドに寝転ぶ。
異世界生活一日目としては順調に過ごせたのではないだろうか。加護をもらえたり、この村でやることもできて、しばらくはなにをしようか困ることはない。
両親と兄さん、亮二は異世界でも元気にやってます。そちらもどうかお元気で。
そんなことを思い、ふと思い出す。俺が死んで五十年以上過ぎていることを。時間の流れが地球と同じかどうかわからないけど、同じならば両親は寿命が尽きててもおかしくはないな。元気でってのはちょっとおかしかったか。かといって成仏してくれというのもおかしいよな。……元気でいてくれでいいか。