26 誘拐
パローン殿がいる屋敷に案内されて、応接室に通される。
俺が霊熱病になったとき、解決策を探すため世話になったので、こっちに来たときは挨拶をしようと思っていたけど、こうして元気な姿を見せられるとは正直思っていなかった。
驚くだろうかと思っていると扉が開き、五十歳を少し過ぎた初老の男と三十歳くらいの覇気の少ない男が入ってきた。初老の男は間違いなくパローン殿だ。騎士団を止めるときに挨拶した姿とほとんど変わっていない。少し白髪が増えたかなと思える程度だ。
パローン殿は俺を見て、驚いた表情になり、すぐに笑みへと表情を変えて近づいてくる。
「久しぶりだ。その様子だと元気なようで安心した」
「その節はお世話になりました。こうしてひとまずは元気な姿を見せることができます」
そうかそうかと肩を叩いてきて、椅子に座るように促される。
「父上、こちらの方はどういった人なのですか?」
そっちの男は息子だったのか。顔の作りに似た部分が確かにある。しかし性格は似なかったようだ。パローン殿は威厳からくる安心感を持って、皆を引っ張るタイプ。息子の方には威厳はあまり感じられない。
「いつかお前にも話したことがあると思う。戦帝大会で準優勝までいったダイオンだ」
「あ、聞いたことがあります。あなたがそうだったのですね、お噂はかねがね。初めましてパローンの息子、フェルス・ジーベストと言います」
「わしは引退し、こやつが今の辺境伯だ」
自慢げに息子の肩に手を置くパローン殿。
当主の交代になんの不安もないようだ。頼りないといった第一印象だけど、優秀な人なんだろう。
「初めまして。名前はダイオン・ネロウ。元王国第二騎士団副長、現在は騎士を辞めて病気治療のため傭兵をやりながらあちこちに足を延ばしています」
「病気なのでしたら、傭兵をやらず治療に専念した方がいいのでは?」
普通はそうだな。霊熱病と呪いを受けているということを説明し、治療法を求めていることを納得してもらう。
「別れたときよりも顔色が良い。霊熱病は治ったのか?」
「いえ、治ってはいませんが、質の良い霊水をもらえているので、症状のほとんどが抑えられているのです」
「たしか城にいた加護持ちでは望むほどの効果はなかったのだったな。旅に出たかいがあったということか」
「はい。あとは呪いが解ければいうことはないのですけどね」
解呪の方はヒントもないし、気長にやるしかないのだろう。
少し世間話やフェルス殿について話していく。
フェルス殿は人を引っ張るタイプではなく、やる気にさせるタイプのようだ。人に仕事を任せて、その人を信じ抜いて、責任はフェルス殿が持つ。任された部下は奮起するということらしい。それで領地経営を上手くやれていて、部下との関係も良好で、パローン殿は安心しているのだそうだ。現状パローン殿は意見を求められたときにだけ協力し、それ以外では口を出していないのだという。
「パローン殿は今はなにをされているのですか?」
「孫の世話や領地内のあちこちに顔を出したり、王城で同期と情報交換したりだ。のんびりやらせてもらっている」
「理想的な隠居だと羨ましがられそうですね」
「陛下からしょっちゅう羨ましがられるな」
以前陛下の仕事ぶりを見たことがある。とても大変そうだったから、あのときと今が変わらないなら羨ましがられるのは当然だろう。
「さてそろそろ今日やってきた用件を聞こうか。挨拶だけなのか?」
「挨拶もですね。本題は町が少しざわついているようだったので、気になりまして。もちろん祭りが近いからではなくです」
「気づいたか」
「この町で起きているすべてはわかりませんが、いくつか見聞きしたので。見慣れぬ魔物と人がいなくなること。俺が知っているのはこの二つです」
「魔物の方は情報を規制しているのだが」
どこで知ったのかと問われ、正直に答える。
「一昨日遭遇しまして。そのときに役所に連絡を入れたのが俺ですよ」
それならとパローン殿とフェルス殿は納得する。
「あれに関してはわしらは報告を受けるまで気付いておらんかった。錬金術師たちに魔物の調査を頼み、傭兵に下水道の調査を頼んでいる。人がいなくなる方は以前から少しではあるが報告が上がっておったよ」
だろうとパローン殿がフェルス殿を促す。
「はい。部下に調査を命じて、主に貧民街でたしかに人が消えていると情報を掴んでいます。町を出たのか、誘拐されたか、死んだのか、はっきりとしたことはわかっていません。前触れもなく突然消えたのだそうです。消えた人数は十数人。彼らに共通点はなく、おそらく夜のうちにいなくなったのだろうと部下たちは言っていました」
「貧民街で被害があるのなら、捨て置けと言う部下もいたのでは?」
「そういった意見はありましたが、被害が一般人に及ぶ可能性も考慮した方がよいという意見もあり、調査をしました」
被害が出たあとから調査開始しても遅いからな。
「なにかしらのヒントとなるようなことは得られましたか?」
「もともと荒れた場所なので、あそこの住人はなんらかのトラブルが起きても助けず隠れてやり過ごすようで、目撃者はいませんでした。夜に物音を聞いたという情報と影を見たという情報を得ることはできましたが、それが求めていた情報なのかどうか」
「……過去魔物がそこに入り込んで、住民をさらっていったということは?」
「虫の魔物が入って暴れたという記録はあります。子供や老人が食い散らかされたらしく、連れ去ったという記録はありません」
ほかの可能性としてはなんらかの犯罪組織がさらっていったということか。しかし貧民街の住人を何のために?
ここらにそういった組織の活動記録があるか聞いてみたところ、ないと返ってきた。
「うーん、わからないですね」
「そうだな。わしらも困っているところだ。祭りも近づいているし、解決して安心して祭りを迎えたい。今日中に調査を頼んだ二つの報告が入ってくる、もしかしたらなにか進展があるかもしれない。一緒に聞くか?」
「そうさせてもらいます、解決の力になれるかもしれませんし。もうしばらくこの町にいるので、安全に過ごすためにも解決してもらいたいですからね」
「うちに部屋を用意させましょうか」
フェルス殿の提案に首を横に振る。
「連れがいますので。彼らは今の宿の方が気楽でしょう」
ひとまず話は終わり、フェルス殿は仕事に戻り、俺は私兵の稽古を頼まれる。情報の礼になるだろうと頷く。
パローン殿と一緒に鍛錬待機中のジーベスト家の私兵のところに向かう。
「注目っ」
パローン殿がそう声をかけると、私兵たちは鍛錬を止めて集まる。
「指導を頼んだダイオン殿だ。過去戦帝大会での準優勝経験もある。きっとお前たちの成長に役立つだろう」
戦帝大会準優勝ということで、誰だろうかという視線から尊敬の視線に変わる。力量的にはまだまだ取り戻せてないのだが、経験まで衰えてはいない。アドバイスくらいなら大丈夫だ。
「ダイオンだ。短い指導になると思うがよろしく頼む」
一斉によろしくお願いしますと返ってくる。
では早速始めよう。私兵同士で模擬戦を行ってもらう。その戦いぶりを見て助言していくことにした。
昼になり、昼食をご馳走になりながら、私兵たちに大会での話をせがまれて話すことになる。もう八年近く前のことだから記憶が薄れている部分もあったが、満足してもらえたようだ。
一番気になったのは十六歳という若さで準々決勝まで進んだ少女のことらしい。俺は知らなかったが、彼女は次の大会で優勝したということだ。俺と戦った時点で才気あふれていたから、あのあと真面目に鍛錬し、経験を積んだのなら優勝に届いたのは納得できる話だった。
昼食後も指導を行い、夕方まで続けた。指導をそろそろ切り上げようといった頃、フェルス殿が呼んでいると使用人から声をかけられる。
汗をぬぐって身だしなみを整えて、フェルス殿の待つ執務室へと向かう。
◇
シャーレと一緒に夕方前までのんびりと掃除をして、二人分の報酬をもらう。
「ふー、あっついね」
魔法で布を濡らして、それを冷やして汗をぬぐう。それを洗ってもう一度冷やして、シャーレに渡す。
「ありがとうございます」
受けとったそれでシャーレも顔や首をふいて、気持ちよさそうに表情を緩める。
夕食までまだ時間があるし、ジュースでも飲んでゆったりするかと屋台で二人分のジュースを買って、シャーレとベンチで飲む。
よく冷えたジュースは、日差しと労働で火照った体を癒してくれる。シャーレも美味しそうに飲んでいる。
たまに冷やした霊水で水分補給していたけど、ジュースは頑張ったご褒美という感じがしてたまらないね。
木製のコップを屋台に返し、宿に帰る。そのタイミングでおつかいだと言うレイレーンが籠を持って宿を出ていった。
部屋に戻り、汗を吸った肌着を変える。それをシャーレが洗ってくるというので預けて、ダイオンの部屋に行く。帰ってきているかと思ったけど留守だった。話が長引いているんだろうか。
部屋に戻り、錬金術の本を読んでいると洗濯を終えたシャーレが戻ってきて、手持ち無沙汰に見えたので、ボードゲームを取り出し遊ぶことにした。
ボードゲームは地球と似たものがあり、ルールを覚えるのは楽だった。シャーレも奉納殿の子供たちと遊んでいたようでルールに困った様子はなかった。三人部屋のときはダイオンも混ざって遊ぶことがある。
ガイスターに似たものをやっているうちに夕食を知らせる鐘が扉の外から聞こえてくる。
きりがよかったので、ゲームを止めて部屋を出る。もう一度ダイオンの部屋に行ってみたがまだ留守だった。
「いつ帰ってくるかわからないし、先に食べよう」
「はい」
食堂に入り、今日の夕食を受け取ってテーブルにつく。
食後、食堂からでようとして宿の主人に呼ばれる。
「はい? なにか用事です?」
「ちょっと聞きたいんだが、うちの子見なかったか?」
「いえ、見てないですね」
シャーレもこくこくと頷く。
「俺らが最後に見たのはおつかいに行くときですよ。そのときすれ違ってあとは見てない」
「そうなのか」
「帰ってないんですか」
「そうなんだよ。どこかで道草食っているのかと思ったが、この時間まで遊ぶことはないし」
外はまだ明るい方だが、時間でいえば午後七時に近い。この時間帯まで帰ってこないなら心配にもなるのは当然か。
「食後の散歩がてら、おつかいに行ったところを見てきましょうか」
「いいのか?」
「シャーレの友達になにかあったら心配ですからね」
「ありがとう」
おつかいに行ったところを聞き、心配そうなシャーレと宿を出る。一応仕事を終えた宿の従業員も探しにでているらしい。
おつかいは子供の足でも一時間で行って帰ってこれる範囲だった。そこをゆっくりと周囲を見ながら歩く。小道を覗いたりしているうちに、空は暗くなり始めた。どこかで倒れているということもなく、一度宿に戻ることにする。
帰ってきているかもしれないと思ったが、深刻な顔をした奥さんに出迎えられて、帰ってきていないとわかる。
「ど、どうでした!?」
「探した範囲だといなかったです」
「ああっレイレーン!」
奥さんは受付の机に両手をついて項垂れる。
「ご主人も探しにいかれたのですか?」
「実は従業員が籠を見つけて、それで警備に人手を出してくれるよう頼みに」
「籠はレイレーンが持っていたもので間違いないんでしょうか」
シャーレの問いに奥さんは頷いた。
「ええ、小さなリボンをつけているのをいつも使っていて。見つかったのはそれなの」
確実にレイレーンのものだとわかるのか。ショックだろうな。
「もう一度探してみますよ」
「お願いします」
誤字指摘ありがとうございます




