24 人型の魔物?
宿に入るときに、シャーレと同じくらいの年齢のエプロンをつけた肩を越す赤茶の髪の少女と一緒になる。向こうは年齢どおりの身長で、シャーレよりも背が高い。ここの娘さんだろうか。向こうもシャーレを気にしていた様子だったが、買ってきたものをしまう方を優先したようで、宿の奥に消えていった。
荷物を部屋に置いて、なにをしようか考える。シャーレは洗濯をすることにしたらしく俺と自分の洗濯物を持って部屋を出ていった。ダイオンの分も回収すると言っていた。
ノックがしてどうぞと返事をすると、ダイオンが入ってくる。
「ちょっと町の外で体を動かしてくるよ」
「いってらっしゃい」
俺もでかけようかな。そう思っていると窓の外からシャーレの声がしてきた。外を見ると、さきほどの少女が洗濯物を取り込みながら、シャーレと話していた。それなりに楽しそうだ。盗み聞きはまずいなと顔をひっこめる。
あの様子ならシャーレを宿に残しても暇にはならないだろうし、錬金術師のところに行ってこよう。
庭に出て、シャーレに一声かけて宿を出る。
教えてもらった錬金術師たちの家に近いところから向かう。どの錬金術師も祭りのトラブルに備えて薬作りに励んでいて、品質の良い霊水は歓迎された。
最後に腕は良いけれど、少しばかり偏屈だという錬金術師の家にも向かってみる。悪い感じがすれば帰ればいいと玄関前まできて感じたのは、良い感じの方だ。シャーレたちほどではないけれど、今後付き合いがあるのかもしれない。
玄関をノックして呼びかけるが、返事はない。もう一度呼びかけてみても返事はなかった。留守だったか、そう思って引き返そうとすると扉の向こうからかすかに物音が聞こえてきて、扉が開いた。
三十歳くらいの寝ぐせを付けた男がこちらを見てくる。あまり目つきはよくないなー。
「何の用だ?」
「ここはコーダーという錬金術師の家で間違いありませんか?」
「あってるが」
「霊水を売りに来たんです。ご入用でないならさっさと帰ります」
「ふむ、霊水か……質を確かめたい。質が悪かったら買い取りはせんぞ」
入れと促され、家に入り、コーダーについていく。
通されたのはリビングらしき部屋だ。いろいろな本や洗濯物などが散乱といった感じで置かれている。
「椅子に座っていろ」
椅子に載っていた本を別の本の上に重ねて、コーダーは霊水の質を確認する器具を取りに行った。
することがなく部屋の中を見回してみる。物が散乱しているけど、塵や埃などはない。掃除はできるけど片付けはできないのかな。どこになにがあるか自分がわかっていればいいという感じなのかもしれない。
本のタイトルを眺めていると、医療系統の本が多いことに気づく。メインに研究しているのは治療なのだろう。
そんなことを考えつつ視線を動かすと、コーダー兄へと書かれた紙と一緒に木彫りの人形が棚に飾られているのを見つけた。素人の手作りといった感じだが、大事にされているのか埃がかぶっているということもない。
器具を持ってコーダーが戻ってきた。霊水の質を確認して、ほうっとコーダーが感心した声を漏らす。
「質がいいな。もしかすると大精霊の加護を持っているのか」
驚いた。こういった形で加護のことを当てられたのは初めてだ。
「質を調べて、それに気づいたのはあなたが初めてですよ。ええ、大精霊の加護を持ってます」
「大精霊の加護持ちなんぞ初めて会った。本当にいたんだな」
「いるところにはいるでしょ。それで購入します?」
「ああ、当然だ。ついてこい」
立ち上がったコーダーについていき、地下室へと降りる。
そこは素材置き場になっているようで、棚などに鉱石や乾燥した魔物の素材などが並ぶ。
コーダーは部屋の隅にあった大型ポリバケツよりも少し小さな甕の中身を調べて、その中身を小さな甕に移す。
「これを一度洗って、霊水を入れてくれ」
「洗うのはしっかりと? それとも軽く水を流す程度で?」
「軽くでかまわん」
りょーかいっと。甕を洗うため近づく。変な匂いなどなく、中が汚れていることもなかった。底の方に水魔法のキーが刻まれているのが見えた。ささっと水洗いして、水分をとばす。そして霊水を注ぐ。
「これでどうですか」
甕から離れて中を確認してもらう。コーダーはさっと確認し頷いて、魔法を使う。
「なんの魔法なんです?」
「水質を維持する魔法だ。これを使っても時間経過で劣化はしていくが、使うのと使わないとじゃだいぶ違う」
魔法を使い終わった男は甕に蓋をして、俺を見る。
「さて報酬だが、これだけの質と量を渡されてはすべては払えん」
悪びれず言い切った! そこまで堂々とされると怒りよりも呆れが先に立つ。
「ええー、払えないのに提供させたんですか」
「この質の霊水は見逃せんからな。そこでだ。金は払えるだけ払う。足りない分は知識の提供などでどうだ」
「俺が求める知識を提供できますか?」
俺は医療系の知識は必要としていないんだよ。そこを提供すると言われても困る。
「これでもできはいい方だ。政治や戦闘といった方面でなければ答えられる」
「急ぎで必要としている知識はあまりないんですよね。強いて言えば戦闘用の魔法なんですけど、戦闘は除外されましたしね」
「戦闘用の魔法が載った本は持っているが、並外れた威力のものは載っていなかったはずだ」
少し考えさせてと断りを入れて、思考にふける。
思いついたのは二つ。霊人に関しての情報と錬金術そのもの。錬金術を習得しようとは思っていない。どんなものなのか概要を聞きたかった。
「霊人という存在を知ってますか? それについての情報と錬金術の基礎の基礎、とっかかりはどんな感じなのか聞いてみたいです」
「霊人については聞いたことがある。千年くらい前にいた存在だろう。輝星樹に関わったと聞いている」
「俺もその人は知ってます。詳しいことは知りませんが」
「詳しいことを知りたいなら輝星樹のある地域に行くしかないだろうさ。俺が知っていることは彼女は精霊の力を借りて、輝星樹を救ったということくらいか。霊人が精霊に力を借りやすいのか、彼女個人の資質が関わっていたのかはわからん」
場所はもう一つの大陸ということだ。いつか別大陸にも行ってみたいし、そのときは立ち寄ってみるかな。
「ちなみに彼女以外の霊人についてはなにか知ってます?」
「いたかもしれんが、表舞台には出てきていないのではないか? 記録は残っていない。もしくは昔すぎて記録が失われたか」
「そうですか」
「それで錬金術に関してだが、なぜ聞きたがる」
「特別な理由はないですよ。ただどういったものなのか興味があっただけです。習得しようとも思っていません。現状あなたに聞きたいことはそれくらいだったので」
そうかと言ってコーダーは一階に戻るぞと声をかけてくる。
リビングに戻り、錬金術の概要を説明される。
地球の錬金術と違い、金そのものを目指しているわけではないらしい。それぞれにとって金のごとく価値あるものを目指す学問であり技術であり魔法である。たまに己にとって価値あるものを求めることを優先しすぎて、他者の事情をないがしろにして捕まる者もいるそうだ。
一瞬だけ男の目に悲しそうな感情が宿った気がした。誰か捕まったんだろうか。
すぐに男は素面に戻り、本棚から一冊の本を取り出し、俺に差し出す。
「錬金術の基本が載っている。これを読破しても低品質なポーションも作れないが、初歩的な知識は得られるだろうさ。貸してやる。返すのはいつでもいい」
「これって弟子に必要なんじゃ?」
「弟子なんぞおらん。研究に集中したいからとるつもりもない。だから必要ない本だ」
「そういうことならありがたくお借りします」
いい暇潰しになりそうだ。
研究に戻るからさっさと帰れと言われて、コーダーの家から出る。敷地から出ると、俺と入れ替わるように家主と同年代の男が玄関に向かっていった。もうしばらく研究に戻れそうにないな。
◇
人通りの多い道を歩いて、町の入口から出て牧場を横目にさらに道を進む。
改めて体調が元に戻ったことを嬉しく思う。金属製の鎧を身に着けてもだるさがまったくない。リョウジには感謝しかないな。この調子で旅の間に、土精霊の呪いも解くことができたらと思うけれど、そこまでは望みすぎか。
牧場からも離れて、平地で止まる。ここらあたりなら剣を振り回しても誰の迷惑にもならない。
早速鍛錬を始める。ほんの少しずつだが、強さが戻っていくのが楽しく嬉しい。ただし戦闘勘だけはなかなか取り戻せない。一度大会にでもでて、強者と戦えばなんとかなりそうなんだが。
汗が出てきて、一度休憩することにした。
腰掛けるのにちょうどよい岩に座り、布で汗をふいて、水を飲む。
「夏も後半に入ったが、まだまだ暑いな」
遠目に若者たちが組んで狩りを行っている様子が見える。少々危なっかしいが、狩りを成功させて喜ぶ姿は微笑ましい。
俺は騎士団に入ったから、あんなふうに仲間と狩りをした経験は少ない。遠征時に狩ったくらいか、懐かしい。かつての同僚たちは元気にしているだろうか。俺が騎士を辞めたときは元気だったが。俺のように病気になんぞなってないといいのだけどな。
昔を懐かしむなんて年をとったもんだ。
……あの子も元気だといいが。任せて大丈夫だとは信じているけど、病気になるならないはそのときの運もあるからな。望んで作った子ではないが、血を分けた子だ。元気でいてくれると嬉しい。
少しばかりしんみりしてしまった。十分に休憩したし訓練に戻ろう。次は走り込みでもするか。
町の外を一周するつもりで走りだす。
半分くらい走ったところで、下水道から魔法処理された水が水路を通って川へ流れていくのを見る。さらにそこから少し進んで、戦闘が行われているのを見つける。
「ここらではいない魔物だな」
大型の人型のような魔物が若者たちと戦っている。役所で聞いたここらで生息する魔物には当てはまらない。若者たちはどうにもやりにくそうに見える。手伝った方がいいかもしれない。
現場へ急ぎ、加勢はいるかと問う。
「お願いします!」
「わかった」
剣を抜いて魔物へ斬りかかる。強さとしては特筆したものはなく、俺が加勢したことで若者たちも余裕が生まれて戦闘はこちらの勝利で終わった。
「ありがとうございました」
「いや、礼には及ばない。こいつらはここらで出てくる魔物なんだろうか? 事前に仕入れた情報だと話を聞かなかったんだが」
「俺たちも初めて戦いました。どこから来たのか、狩りをしていたらいきなり襲いかかってきたんです」
「そうか」
倒れている魔物を調べてみる。姿は人型。髪はなく、顔もない。肌は汚れていて、太り気味で、皮が垂れている。傷口からは人の血よりも赤黒い血が少量流れ出ている。肉のつきかた、骨の位置、どれを見ても人のものだ。
目立つ特徴は匂いだ。臭い。この臭さは下水道のものじゃないかと思う。
「俺はこの町に来たばかりなんでわからないんだが、この町の下水道にはこういった魔物がいるんだろうか?」
若者たちは顔を見合わせて首を横に振った。
「そういった話は聞いたことないです。知り合いに下水道で汚水などを綺麗にする仕事を受ける奴がいるけど、匂いに愚痴を言うことはあっても、人型の魔物に襲われたといったことは言ってなかったです」
「新たに発生したのかもしれない。役所に報告した方がいいな。行ってこようと思っているが、これの見張りを頼めるか?」
「わかりました」
急いで戻ると告げて、町へと走る。
役所に入って、カウンターにいた職員に用件を告げると、すぐに別の職員を呼んで俺について行くように命令を出す。
外に出る準備を整えた彼を案内し町を出て、若者たちのところに戻る。
倒れた魔物を見て、職員はよく調べるため近寄る。
「初めて見る魔物です。アンデッド? それともゴブリンといった人型の魔物でしょうか? 下水道から出てきたというのも納得の匂いですね」
「あんたも見たことないのか」
「あとで記録を探ってみますけど、ここらには出たことのない魔物だと思います」
言いながら職員は担架を準備して、魔物をそれに載せ、隠すように布を全体にかぶせる。担架の片方を俺に持ってくれと頼んできたので、頷いて持ち上げる。
見張ってくれていた若者に職員と礼を言い、職員の誘導で魔物を運ぶ。
運んだ先は役所がよく使うという解体場だった。そこに運んだことで俺の役目は終わった。
「報告とお手伝いありがとうございました」
「あれ一体だけだといいが。下水道に住み着いている可能性はあるだろうか?」
「そういった報告は受けていないんですが、私たちも下水道を隅々まで把握しているわけではないので、もしかしたらいるかもしれません」
「その場合は増えないうちに倒しておかないと、のちのち問題になるかもしれないぞ」
「ええ、上にきちんと報告します」
職員は真剣な表情で頷く。祭りが近づいていることもあって、しっかりと対処するのだろう。
その場から離れて、宿に向かう。今日はもう鍛錬という気分ではない。あれの匂いがすこしばかりついてしまっていることもあり、銭湯にでも行ってさっぱりしたい。
誤字指摘ありがとうございます




