23 辺境伯の町
管理者から頼まれたパーレ北部滞在の十日間はとっくに過ぎているから、もう役割は果たしたはず。国境ギリギリまで行かなくいいって言ってたしね。だから今後は自由に動けるけど、馬車とシャーレの防具を手に入れるため、もうしばらく北部に滞在予定だ。
目的の町には明日到着予定で、今日は野宿になる。
試してみたいこともあるので、野宿はちょうどよかった。
シャーレが食事の準備を始めて、ダイオンは見張りを兼ねて鍛錬を行っている。俺は焚火から少し離れたところで魔法を使おうとしている。
「ラド。意のままに動け土」
深さ五十センチくらいに地面がへこみ、それを直径二メートルの円に広げる。穴の縁を少しだけ高くする。
まずは成功。さらに魔法を使う。
「ラド。硬く固く堅く」
穴が崩れないよう固めた。
うん、これも成功だ。中に入って側面や底に触れて、土が動かないことを確認し、外に出て魔法で水を注ぐ。水は土で濁ることなく透明なままだ。
「よっし。これで水を沸かせば風呂の完成だな」
土を操り、固める魔法をブレンドンの家の本で見たときから、風呂ができると思っていたんだ。お湯にする魔法も習得済みだ。
喜ぶ俺にシャーレが調理の手を止めずに声をかけてくる。
「お風呂ですか?」
「そうだよ。故郷にいたときは毎日のように入れていたんだ。土関連の魔法を習得すればできると思ってた」
「夏の水浴びは気持ちいいですけど、お風呂はあまりなじみないです」
でも村には銭湯があったよな? それを聞くと霊熱病のせいで夕方以降は出歩く体力はなく、奉納殿で体をふいてすませることが多かったそうだ。
「濡れた布でふくよりも汚れがしっかり落ちるし、一日の疲れも取れて気持ちいいよ。あとで入ってみるといい」
「そうしてみます」
シャーレとダイオンも楽しんでくれるといいなー。
夕食を終えて、衝立となる土壁と服を置く台座を作り、お湯を沸かす。ほかほかと立ち上がる湯気が風に流れていく。
「こんな野外で風呂とは贅沢だね」
出来上がった風呂を見て、ダイオンが言う。
「いつでもこうして風呂に入れるようになったんだから、土魔法覚えてよかったよ」
「本来は戦闘のために覚えようとしてたんだろうに」
「そっちはそっちで習得したから。それじゃ早速入るから」
楽しみだという俺に少し呆れつつ笑ってダイオンは離れていく。
服を台座に置いて、体を洗ってからお湯に浸かる。
お湯の温かさが体中の隅々にまで広がっていく。はああっと力の抜けた溜息がでる。いいねぇ。町には銭湯があって入っていたけど人目があってどうしても寛ぐのが難しかった。ここは完全に独り占めだ。手足を伸ばしてゆったりリラックスできている。
温泉みたいに効能はないけど、露天風呂に近い状態だ。解放感がある。
空を眺めてぐでーっとしていると、寝ていないかシャーレが声をかけてきた。
「起きてるよ。そろそろ上がる」
お湯から出て体をふいて、服を着て、焚火の近くに座る。
「次はどっちが入る?」
「私は最後で」
「じゃあ俺が行くか」
「あ、お湯が温いなら沸かすから声をかけて」
「わかった」
衝立の向こうにダイオンの姿が隠れ、体を洗う音が聞こえてくる。お湯の温度は大丈夫なようだ。
「今後は土の魔法で簡単な家も作れたらいいな」
「家とかできますか?」
「しっかりとしたものじゃなければ大丈夫だと思うよ」
想像するのは平屋で一部屋。野外で雨風をしのげればいいのだから、多くの部屋はいらないだろう。
今は地面をへこませたり、衝立のような壁を作るのが精一杯だけど、土の魔法の適正はあるのだから練習を続ければいつかはできるはずだ。
想像図を地面に描くと、シャーレの想像よりも簡易的なものだったようで、これならばもしかしてと納得していた。
「魔物の侵入を阻む結界か、接近を知らせるアラームの魔法でも覚えたら、見張りをせずに済むかもしれないし、野宿でもゆっくり休めると思う」
「もしそうなったら旅が便利になりますね」
「なるよね」
今は空想でしかないことを話していると、俺よりは早いものの、烏の行水といったこともなくダイオンが上がってくる。
「さっぱりした。こうして入ってみるといいものだと思う。体をふくだけより断然いい」
「喜んでもらえてよかったよ」
シャーレが立ち上がる。
「シャーレもお湯が温かったら言って」
「わかりました」
衝立の向こうに消えて、服を脱ぐ音が聞こえてくる。シャーレもお湯がどうとは言ってこなかった。
「今はいいけど、冬は野外で風呂に入るのは厳しそうだ」
「冬はお風呂周りの風を温めようと思ってるよ」
「それはいいね。でもそこまでするのかとも思う」
「いつでもお風呂に入るためなら、多少の苦労もいとわないよ」
風呂好きだねと呆れた視線を向けられた。お風呂好きというよりは習慣だ。入らないとどうも落ち着かない。清潔さを保てて、疲れもとれるのだから悪くない習慣だろう。
話しているうちに、肌をほのかに赤くしたシャーレも上がってきて、しっとりとした髪をふきながら気持ちよかったと言ってくれた。
「問題がないわけでもないです」
「なにかあった?」
「リラックスしすぎてこのまま眠ってしまいたくて、見張りをやる気がそがれます」
あー、なるほど。
納得だとダイオンも笑っている。
風呂のおかげでか、いつもの野宿よりもすっきりとした朝を迎えることができた気がする。
シャーレが朝食を作っている間に、作った風呂を元の平地に戻す。
出発後は稼ぎのため、見かけた強めの魔物を狩って町を目指す。
昼になる少し前に大きな町が遠目に見えてきて、その周囲に畑や牧場があるのも見えた。馬や牛などが何頭もいて、おもいおもいに過ごしている。それらを魔物から守るためか、武装している者の姿もあった。
傭兵の姿がなければ長閑な風景なんだけどな。異国情緒ならぬ異世界情緒というべきか。
町からは良い感じも悪い感じもある。たくさんの人がいるから、反応も様々なのだろう。
動物の鳴き声を聞きながら道を歩いて町に入る。
「うわぁ」
シャーレが人の多さに感嘆の声を上げた。これまでで一番大きな町で、どこまでも並ぶ建物に、あちこちに続く道。そして人の数。シャーレが初めて見る光景なんだろう。
はぐれないように手を取ると、しっかりと握り返してきた。
俺がシャーレの対応をしている間に、ダイオンが警備に肉屋のありかを聞いてきた。
そちらに向かい、狩ったものを売り、数日の宿賃を確保する。
「宿を探そう。リョウジの勘で大丈夫なところをな」
「りょーかい」
宿を探すついでに見物もしつつ三十分ほど歩く。大通りを歩くだけでもいろいろと目に飛び込んでくる。
見つけた宿は五軒。そのうち高級そうな宿は避けて、残り三軒。そのどれもが悪い感じはしなかった。
それを二人に伝えると、空いているところに入ろうということになり、近いところに向かう。一軒目に入り、カウンターにいた店員に三人分の部屋が空いているか声をかける。
「三人部屋はありませんけど、個室と二人部屋なら」
「ああ、それで問題ないです」
ここがとれるなら、もうここに決めていいや。十日ほど連泊を頼む。
店員が宿帳に俺たちの名前を書き込みながら話しかけてくる。
「お客さんたち祭り見物に来たと思ったけど、十日の宿泊なら違いますね」
「祭り? ここに来たのは馬車の購入目的だけど。祭りがあるの?」
「あと一ヶ月くらいで馬などの競争を行う祭りがあるんですよ。速い馬を求めて、貴族も見物に来るくらい有名な祭りです」
「へー、見物するのもいいかもな」
祭り見物ついでに、それまでしっかりと路銀を稼ぐって感じでいこうかな。
鍵をもらい、部屋に荷物を置いて、昼食を外で食べることにして宿を出る。
昼食を終えて、町の見物がてらなにがどこにあるかの把握をする。
武具を扱っている店があったので、シャーレの防具に関して聞いてみようと入ってみる。
「いらっしゃいませ」
商品の掃除をしていた店員が出迎えてくれて、その人に近づく。
「護衛ができるメイドの防具は扱ってますか」
「使うのはその子ですよね?」
「ええ。そうなります」
「商品はあるんですが、サイズがないですね。どのようなものか見てみますか?」
頷くと店員は店の奥に入っていき、五分くらいで一着のメイド服を持って戻ってきた。
広げられたそれはぱっと見ただけでもシャーレには大きすぎるのがわかる。
「見た目はただの服ですが、裏地に魔物の革を使っています。あとあちこちに内ポケットもあって暗器を忍ばせておくこともできますね。これは特別頑丈とはいえないものです。これ以上になると布に金属線を仕込んだり、魔物の糸を使って服を作ります」
「これの値段とこれ以上のものを作ったときの値段を教えてほしい」
店員はそれぞれの値段を告げる。今提示されている防具は普通の服の三倍くらいだった。銀板二枚に届かないくらいだ。この店で一番高いものを作るとなると金板に届くとのことだ。
ブレンドンからは予算として金板一枚と銀板四枚をもらっている。余裕で足りるな。その防具がどれくらい丈夫なのか、動きを阻害しないかといったことを聞く。
「硬さは金属製には劣ります。ですが衝撃吸収に優れているので思っている以上にダメージを減らしてくれますね。動きに関しては一般的な服よりはごわつくため、多少制限されるかもしれませんが、鎧よりは動きやすいかと」
「万が一の際の保険としては十分かな。予算的にちょうどいいし、それを頼めますか」
店員が返事をする前にシャーレが服を引っ張ってくる。
「そんなに高いものじゃなくても」
金板一枚だし、高い買い物ではあるね。まだ子供のシャーレが遠慮するのもわかる。
そのシャーレの肩をダイオンがぽんと叩く。
「防具はいいものにしといた方がいい。今のまま戦闘に巻き込まれるのは、リョウジも心配だろうしな。それに頼り切りになるようなら問題ではあるが、シャーレなら大丈夫だろう」
「戦いに慣れているダイオンがこう言っているんだから、購入は決定だ」
シャーレの頭を一度撫でて、店員に改めて頼む。
「承知いたしました。サイズを測りたいので、お嬢さんは店の奥へ。仕立てる際になにかご要望はありますか?」
「考えるのでちょっとまってください」
なにか……デザインは特に注文ないかな。今のようにオーソドックスなものでいい。あ、大きさはちょっと要望を出しといた方がいいかも。
「成長するでしょうし、少し大きめというんですかね。ある程度大きくなることを見越したものになると嬉しいですね」
「わかりました。職人に伝えておきます」
しっかりとメモを取って、店員はシャーレを連れて店の奥へ消えていった。
「シャーレは高いって言ってたけど、実際のところあれは高いのかな?」
「上を求めると武具はどこまでも値段が上がっていくぞ。俺も霊熱病になる前は、フルプレートの鎧を使っていて値段は輝金硬貨に届いていたはずだ」
「どんぐらい丈夫なのそれ。そこらの鎧よりいいものだってのは想像がつくけど」
「防具としては上位ランクだな。馬の突進くらいなら体重差で吹っ飛ばされることはあっても怪我はしない。腕のいい奴は隙間を通してくるから、高い防具だと過信していると性能を生かせずに倒れることになる」
ゲームみたいにただ装備すればいいってもんじゃないよな。ダイオンが武器を振るう鍛錬だけじゃなく、防具を生かす鍛錬をしている様子も見ているから納得できる話だ。
話しているとシャーレが戻ってくる。
「完成は早くて十日、だいたい二十日後までにはできると思ってください」
「わかりました。先払いでいいですかね?」
「はい。さきほど言ったように金板一枚でお願いします」
「どうぞ」
「おそらく商品をお渡しするときにお釣りを返せますが、お釣りなしなら旅に耐えるタイツなども準備できます」
オプションもお願いして店を出る。
見物を続行して、役所や仕事を紹介する店をみつける。
役所では狩場と錬金術師の情報と馬車の購入場所を聞くことができた。狩場は東に林があり、西には荒地、北は平原なようだ。駆け出しは北の平原で角のある兎などを狩り、武具を揃えて経験を積むと、接近戦が得意な者は林へ、遠距離が得意な者は荒地へ向かうらしい。
錬金術師に関しては住民が多いだけにその数も多く、条件を絞らずにどこにいるかと聞いても役人も困るということだったので、人格があまり突飛ではなく、霊水を買える財力がある人という条件である程度数を絞ってもらった。あとは直接出向いて嫌な感じの人は避けるだけだ。
仕事は祭りが迫っているからなのか、掃除や補修工事の募集がいくつもあった。ほかに近辺の魔物退治のメンバー募集も多かった。人が集まるから、綺麗にかつ安全にしたいということだろう。
いろいろと確認を終えて細々とした消耗品を買い、宿に戻る。
誤字指摘と感想ありがとうございます




