22 報酬
「おそらく魔獣教団から力を借りたんだろうね。俺たちの目の前で変身したよ」
溜息を吐きながらブレンドンが言う。
「まじゅうきょうだん?」
聞いたことないな。一般的な知識ではないんだろう管理者からもらった知識にも反応がない。
ダイオンは知っていたらしく説明してくれる。
「邪教の一つだ。魔獣を崇める集団で、人から外れることを誉としている。古くからあるらしく、たまに噂を聞くな」
この世界には地球のように宗教はいくつもあって、主流は管理者を崇めるもの。ほかに地元を守ってくれる霊獣や精霊を崇めるものもある。ファーネンさんが水の大精霊を崇めていたように。
それらから外れた、この世界の人々からもおかしいと思われるのが魔獣教団なんだろう。
人から大きく外れることを嬉しがる気持ちは俺にはわからないな。病人や怪我人が、少し変化することで現状よりましになるとかならわかるけど。
そんなことを思いながらシャーレを抱いてゆっくり立ち上がる。部屋に戻っていいということなんで言葉に甘えよう。
起きたのはいつもより遅い時間だった。
着替えて窓から外を見ると、綺麗だった庭が戦闘の影響で荒れていた。庭師には悪いけどこれだけで済んでよかった。
朝食というには遅いけど、昼食には早い、そんな中途半端な時間だけど、腹は減った。屋敷から出て屋台で軽くと思いシャーレたちに提案していると、俺たちが起きたことに気づいたらしいメイドが確認に来た。そのメイドに食事目的ででかけると告げると、軽食を持ってきてくれることになった。
「メイドの態度が柔らかくなってたなー」
「不審者から恩人って認識になったんだろう。夜にあれだけ派手にやったんだ、起きだして様子を見ていただろうしな」
軽食が届くまでのんびりしてようと思っていると、ダイオンに昨日の魔法について聞かれた。
「昨日のは協力魔法だろう? 噂には聞いたことがあるけど、実際に目にするのは初めてだ」
「協力魔法? あー、言われてみればそんな感じだ」
「それがあると知らなかったのか?」
「ないよ。できるかもと思ってやっただけだからね。失敗するかもって言ったろ。ぶっつけ本番だった」
「よくできたな」
「ああいった現象自体は見たことがあったんだ。だから可能性はゼロでもなかったんだよ」
ニュースで見ただけで、直接目の当たりにしたことはない。
「それにしてももっと強力な魔法を習得しといた方がいいのかな。手持ちで十分だって思ってたんだけど」
「普通はこれまで使っていたもので十分だ。強いとされる豪爪熊にだってきいたろ。これ以上の威力は過剰ではあるんだが、いざというときに手がないよりはましだって考えもある」
「いざというときの手段は確保しときたいな」
今回のように一か八かはあまりやりたくない。本屋を巡って魔法に関したものを探すか。
「私ももう少し覚えたいです」
「じゃあ水と風の魔法の本を探すときに火の魔法の本も探そうか」
「強力な魔法が書かれた本は本屋には置いてないはずだぞ。悪人に好き勝手使われると面倒だし、森を燃やしたりして資源を壊されることもある」
「ありゃ、そうなんだ。覚えたいときはどうすればいいんだろうか?」
「俺が知る方法は三つだな。個人が所有している本を見せてもらう。国が管理する書庫に入らせてもらう。自分で作り出す。今回の協力魔法は作り出したって感じだな」
となると今は手持ちの魔法を組み合わせて作るしかないかな。
水と火は相性悪そうだから協力魔法には向いてないだろうし、風と火で考えるしかない。といってもすぐに思いつくは夜にやった炎の竜巻くらいだ。あとは……シャーレが使った火の魔法に風を送りこんでさらに燃え盛るようにすることくらいかな。
どんな攻撃魔法があるのかダイオンに聞いていると、扉がノックされてメイドが入ってくる。体のあちこちに包帯を巻いているブレンドンも一緒だった。
「やあ、ゆっくり休めたかな」
「うん。そっちはあのあと休めた?」
「なんとかね。怪我も治療できるものばかりで仕事に支障がでない」
ブレンドンは椅子に座り、テーブルに置かれたサンドイッチに手を伸ばす。俺たちも食べ始める。
少しの間、食事の時間となって空腹を癒す。空になった皿はメイドによって下げられた。
「まずは事情から話そうか。うちはずっと代官をやっていたわけではないんだ。約五十年前に曾祖父が代官に任命されてそれからこの町を運営してきた。うちの前の代官はブローモンドっていう家だったんだけど、町の住民に重税を課したりして苦しめていた。それが原因で代官から外され、罰を与えられた。その手続きなんかをして、外されることを伝えたのがうちで、そのままうちが代官を引き継いだ。ブローモンド家は恨んだようだ。その恨みを晴らすため、動いたというのが今回の件になる」
「逆恨みに俺たちは巻き込まれた?」
「その通り。君たちも迷惑だっただろうけど、うちも迷惑だったよ。まともに運営していれば罷免されることはなかっただろうにね」
まったくだ。それにしても五十年もの時間がたって、まだ恨んでいたってのはすごいな。よほど罷免が屈辱だったのかな。
「夜の騒ぎで、その件にはけりがついたのかな」
「残念だけど、ファポアをサポートしていた者たちがいると思われる。そいつらをどうにかしないことには終わらないだろうね」
「サポートしていた人がいるってわかるんだ?」
「捕まえた警備がいただろう、若い方。あいつが毒殺された。そのときファポアは屋敷にいて警備を殺せなかったんだ。だからファポアのほかに動いた奴がいるというのはわかる」
「殺されたのは別件という可能性は?」
ダイオンが聞いて、ブレンドンは首を振って否定する。
尋問した副長からファポアと死んだ警備の繋がりらしきものが確認でき、死んだ警備の家を捜査してブローモンドの家紋が入った手紙を見つけたようだ。それで確定したわけではなく、今後も捜査を続けていくらしい。
「これまでの捜査で君たちは無関係と判断していいと思ったんで、監視は完全に解くよ。詫びとファポア討伐で礼をしなければならない。なにかほしいものはあるかな。ああ、その前に」
ブレンドンはポケットから輝金硬貨を取り出してテーブルに置く。
「盗まれたお金を返しておく」
「ありがとう。この町で馬車って買えるかな?」
「買えないこともないけど、北にある辺境伯のいる町に行った方がいい。あそこは馬とかの育成に力を入れているから、この町で買うよりもいいものが買えるはずだ」
「それじゃ次の目的地はそこかな」
いいかなとシャーレとダイオンに確認をとると頷きが返ってきた。
「じゃあ礼について話そう。お金で支払ってもいいのだけど、なにか欲しい物や情報、そういったものはあるかな。それとすまないけど、シャーレにはなしだ。奴隷という身分なので、こういった場合主であるリョウジへの礼に上乗せされる」
シャーレは不満はないと頷いた。
「それはシャーレに欲しい物を聞いて、俺が欲しい物として要求するのも駄目?」
「大丈夫。一度君の手に渡ったものをどうするかは君の自由だからね」
形式としてそういったことをするけど、がちがちに縛るつもりもないのか。
何がいいかと考えているとダイオンがブレンドンに頼む。
「それなりの質の武具をもらいたい。高額になるなら武器だけでもいい」
この町に来るまでに今使っているものは弱っていた体に合わせたものだって言ってたもんな。霊熱病がどうにかなった今、物足りないのか。
「うちの倉庫にあるものを見てもらおうか。それで満足できるものがなかったら、お金で渡すということで」
「わかった」
そういったところを見ることができるならシャーレの分も探してみるのもいいかな。
「倉庫に戦闘用の衣服はある? この子に着せたいんだけど」
「どうだったかな。護衛を行うメイドもいるから、そういった人たちが着る丈夫なメイド服はあると聞いたことがある。でもうちにあったかどうかはわからない」
ブレンドンは近くに侍るメイドに聞く。
「わかりません。ですがあったとしてもサイズが合わないかと。なのでそういった防具がほしいのでしたら特注で頼むしかないのでは?」
「ということらしい。辺境伯の町は大きいから注文を受けてくれる職人はいるはずだよ」
そういうことならと注文用にいくらかのお金をもらうことにした。俺自身の防具はと聞かれ、どういったものがいいのかわからず、ダイオンにアドバイスをもらう。倉庫に行ったときに探してみようということになった。
「礼はこれくらいかな」
「あ、できればでいいんだけど魔法の本を持っていたら見せてもらいたい。礼の範囲を超えるなら断ってもらってかまわない」
「魔法の本はあると思うよ。でもどうして? あの炎の竜巻があれば十分だろう」
「威力はあるだろうけど、時間がかかりすぎるよ、あれは」
ダイオンと警備たちが頑張ってくれたから当てられたのだ。俺とシャーレだけで当てろと言われても無理だ。
「あれみたいに土壇場で行うようなものじゃなく、正式なもう少し強い魔法があったらなと思って」
「あまり強い魔法が載ってる本はなかったような気がする。一度読んでみるかい?」
「お願い」
礼に関してはこれで終わりとなり、皆で倉庫に向かう。
屋敷からでて、敷地内にある倉庫に入る。様々な武器と防具があった。強い魔物が出た際に警備たちに貸し出すためのものらしい。
俺とシャーレはダイオンが自分のものを選ぶまで見物することにした。
ブレンドンとダイオンが話し合う声を聞きながら、奥に進んでいると武具一式が飾られている区画に出た。それは無骨なだけではなく装飾が入っていて、きちんと手入れもされていて、家宝かそれに近いものなのだろうとわかる。
そこからダイオンたちのところに戻ると、話し合いは終わっていた。鉄製の胴鎧と重めのロングソードをもらったらしい。
次に俺の防具を選ぶ。前に出て戦うタイプではないので、身軽さを重視しようということで、魔物の革を使った斥候用の胴鎧を勧められた。実際に身に着けてみて、動きにくくなるということがなかったので、そのままそれをもらうことにした。フォーンという茶色系統の色の鎧だ。
倉庫を出て、本を取ってくるというブレンドンと別れ、部屋に戻る。荷物をまとめていつでも屋敷を出られるようにしていると、ブレンドンが本を持ってやってきた。
「急いで中身を確認して、この二冊に強そうな魔法が書かれているのがわかったよ」
「読ませてもらうね」
「うん。それじゃ俺は仕事に戻る」
ブレンドンが部屋を出ていき、俺は読書、シャーレは洗濯、ダイオンはもらった武具をつけて動きの確認とそれぞれやりたいことをやる。
本には目的の強力な魔法だけではなく、知らない魔法も載っていて非常に参考になった。火の魔法も今のシャーレが会得しているものより一段上のものが載っていて、シャーレに読んでもらい会得を目指してもらう。
その日は屋敷にもう一泊させてもらい、翌朝に屋敷を出る。
屋敷の入口までブレンドンとミーレンが見送りに来てくれた。
ミーレンはファポアという危険人物が彼女の家に入り込んでいたことから、ほかにもブローモンド家の関係者がいないとはかぎらないと考えて、手紙だけを家に送ってしばらくボーモック家に滞在することにしたらしい。もしかしたらこのまま結婚するかもしれないそうだ。ブレンドンもまんざらでもなさそうだった。あの騒ぎの中でもお見合いは上手くいったんだな、できる男だ。
おめでとうございますとシャーレが言い、ミーレンがはにかみながら微笑んだ。
「今回は迷惑をかけた。またいつか訪ねてきてほしい。そのときは落ち着いたこの町を案内したいと思う」
「私もブレンドン様と一緒にお付き合いしますわ」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
巻き込まれたことで、見物をまったくできてないからな。このあとやるにしても、警備に捕まったところを町の人たちに見られているし、勘違いした人がいそうで落ち着いて見て回れそうにない。一度離れていつか人々の記憶が薄れた頃にまた来ようかな。人の噂も七十五日と言うし、二ヵ月以上先になるだろう。
ブレンドンとミーレンに別れを告げて、食料を買って町を出る。よく晴れているから日射病とかに注意しないと。
「次の町は落ち着いて見物を楽しみたいねー」
「はい。今回のように牢屋に入れられるようなことは勘弁願います」
「そうならないよう、リョウジの勘で避けられるものは避けよう。今回も避けられたっぽいからね」
ほんともらった能力を無視するもんじゃないね。今回のは良い教訓になった。
今のところは進む先に悪い予感はしない。このまま何事もなく到着したいもんだ。
誤字指摘と感想ありがとうございます




