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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
213/224

213 来訪の理由

 誰だろうかと思いながら玄関に向かい、警戒しゆっくりと扉を開く。


「は?」


 そこにいた存在に心底驚いた。久々に見た顔で、ここにいるとは思えなかった存在だ。


「久しぶりだな」


 そう言うのはステシスの分身だ。クライヴ主催の大会にオリンズが出たとき、試合を眺めていたあの分身の少女だ。

 途端に嫌な感じが増した。これほど大きな反応は久々というくらいに強烈な反応だ。

 ステシス自体が厄介事なのかと考え、急ぎ下がって距離を取る。

 俺が最大限の警戒をしているのを見て、ダイオンも即座に表情を引き締めた。

 そんな俺たちを気にせずに、ステシスが家に入ってくる。その手には紙の束があり、それから強く嫌な感じがある。


「気づいたのか」


 俺の視線が紙の束に向けられており、ステシスよりもそちらに警戒していることに、ステシスは驚いた表情を浮かべた。


「それはなんだ? ろくでもない内容なんだろうってのはわかる」


 近づいてきたステシスは答えずに紙の束をテーブルに置く。


「リョウジ、こいつは誰なんだ? そこまで警戒しているということはただの子供じゃないんだろうが」

「ダイオンたちは話に聞いただけで、この姿を見たことがなかったんだったか。ステシスの分身だよ、こいつは」

「魔獣!?」

「なんの騒ぎよ?」

「魔獣とか聞こえたんですが」


 夕食を準備していたシャーレたちもリビングにやってきて、シャーレは信じられないものを見たと驚きの視線をステシスに向けた。


「魔獣ステシスがなぜここに!?」

「ステシス!?」


 この姿を知らなかったイリーナも驚きの声を上げた。

 そのイリーナにステシスはやや心配そうな表情を向けた。それだけを見ると妊婦を心配する優しい子供だ。


「驚くと赤子に悪影響だぞ。座って落ち着くといい」


 驚かせた本人が椅子を勧める。人間好きは相変わらずか。

 イリーナは戸惑いながら、近くの椅子に座る。


「よし、座ったな。そのまま深呼吸でもして落ち着くといい。私のせいで胎児が流れるなんてことになればショックだからな。では話をしようか。これはなんだと聞いたな? 人間の努力と執念の成果だ。お前たちが残党と呼ぶ組織、それが成し遂げたものが載っている」


 なんてタイムリーな。ついさっき残党について話して、それに関したものを持ってくるなんて。

 ステシスにとっては俺とシャーレは嫌いな存在だ。そんなところに情報を持ってくるはずがない。わざわざ持ってきて、成果を知らせようとしただけではないはずだ。なにかの目論見があるんだろう。


「なんで俺たちのところに持ってきた」

「これはオリンズが受けた依頼で見つかった書類でな。私もそこで初めて計画の詳細を知ったんだ。内容を知って、人はここまでやれるのだなと感心するとともに、私にとっては都合の悪い計画とも判断した。そして処分をお前らに投げることにした。只人が解決するには被害が大きくなりすぎる。いるかもしれない未来の英雄がこんなことで成長する前に死なれても困るんだ」


 ステシスに狙われてオリンズはまだ生きてたのか。生存を喜ぶとともに、今後も苦労が続くことに同情するよ。


「お前ならオリンズに投げそうなものだけどな。乗り越えるべき苦難だと言ってな」

「たしかに苦難を与え、それを乗り越えるのを見るのは好きだ。しかしな、どうにもならないことを押し付ける気はない。私だって度を越した難事とそうでないことの境界くらいは理解している」

「その度を越した難事をこっちに投げられても迷惑なんだけどな」

「お前ら人外がどうなろうと知ったことではない。むしろ相打ちになってくれればせいせいする」


 相変わらず嫌悪感をまったく隠さない奴だよ。


「それを俺たちが受ける義理はないんだけど」

「受けるしかないと思うがね。その計画が実行されるのはヤラハン。そこから北上するつもりらしい。お前たちの出身であるパーレにな。放置すれば確実にヤラハンが荒れて、パーレも荒れて、ほかの国も荒れる。それだけのものを残党は作り上げた」


 なにを作ったんだよ、残党は。

 ショアリーのいるヤラハンが被害にあうこともだけど、パーレが荒れるのは絶対見逃せない。シャーレたちの故郷が大きな被害を受けるということだ。

 ちらりとテーブルに置かれた書類に視線を向ける。書類の一番上には統合計画『巨獣』と書かれている。

 その視線に気づいたらしいステシスが、内容について話し出す。


「中身を読めばわかるが、とてつもなく巨大な魔物を生み出した。ヤラハンの銀砂鯨の骨を利用し、かつてアッツェンの王都を荒したスライムの生き残りを捕まえて制御し、そのスライムに精霊など食わせて国境を越えられるようにして巨獣の筋肉として錬金術で変換し、生まれたそれに自分たちを組み込んで頭脳となり、輝星樹から奪った力を核として力を生み出す錬金術の炉を作って体内に設置した」

「なにしてんだ、残党は。あのスライムが生き残っていたことが驚きだし、それに自分たちを組み込むことも驚きだし、輝星樹から奪った力がそれに使われたことも驚きだ」


 これまで関わったことの集大成みたいな魔物じゃないか。きっと獣胎母関連の技術や知識も組み込まれているんだろう。


「そこまで大事なら神獣様が動くのでは?」


 シャーレが問う。


「動くだろうな。だがどうにかできるとは思えん」

「なぜ?」

「スライムに食わせた精霊の数がよくそれだけ捕まえたなというくらいだ。それだけ強化されている。それに神獣が動くことを考慮して巨獣を生み出しているはずだ。いけると思ったから計画を実行したと考えられる」

「神獣がどうにかできないことを俺とシャーレでどうにかできるとは思えないのだけど?」

「そこらへんは私の知ったことではないな。自分たちで考えてどうにかしてくれ。私としては神獣と一緒に自爆してくれればいいと思っているが」

「嫌だよ。というか自爆すれば倒せると思ってるのか?」

「さてな。さすがに神獣がその身を捨てて攻撃すれば倒せるとは思うが、巨獣をこの目で見たわけではないから、いけると断言はできない。外部より内部を攻めた方が……」


 自分ならどうするかと考えかけたらしいステシスが首を振った。


「私がやるんじゃないから考えても意味ないことか。とにかく情報は渡した。あとはそっちでどうにかやってくれ。どんな手段かは知らないけど、高速移動できるんだろう? 今からでも間に合うはずだ」


 用件はすんだとステシスは手をひらひらと動かし家から出て行く。

 玄関まで出て外を見ると、夕暮れの村の中を歩いて離れていく背中が見えた。こちらを一度も振り返らず、興味はもうないとわかる態度だ。

 家に戻り、椅子に座る。

 ダイオンが書類を手に取って読んでいる。その様子をシャーレとイリーナは真剣な表情で見ていた。


「内容はあれが言っていたことと同じ?」

「そうみたいだ」

「そっか。じゃあ急いで出る準備しないと。目的地はヤラハンだよね」


 シャーレに声をかけようとすると、なにを言わずともすぐに旅の準備のため動き出す。

 ダイオンも書類を置いて立ち上がる。


「俺も武具を準備しないと」

「いやダイオンは留守番。行くのは俺とシャーレだけだよ。三人でマプルイに乗ると速度が落ちるし」

「だが」

「それにただでさえ故郷がどうなるかと不安になるであろうイリーナに、ダイオンの安否も気遣わせるのはね。一緒にいて安心させないと。母子ともに安堵させられるのはダイオンだけだよ」


 それはわかるとダイオンは力無く答えた。


「しかしリョウジたちが危ない目に遭っているのにここで安穏としているのは」

「だったら向こうでどう動けばいいか考えてみて。アドバイスがあれば助かるし」

「……急いで考えてみる」


 やや悔し気な表情でダイオンは再び書類に目を通し始める。その隣にイリーナが移動し、励ますようにそっと背に手当てた。

 小声で後は頼んだとイリーナに伝えて、俺はワシャンさんに出かけることを伝えに行く。

 遠出はもう何度もやっていて、ワシャンさんも軽い対応で頷いた。旅に持っていく分の食料をもらう許可ももらえて、ワシャンさんの家を出る。


「あ、リョウジさん。こんにちは」

「こんにちは」


 なにか仕事を頼まれて終わらせてきたらしいメリエッタが声をかけてくる。


「なにか用事だったんですか」

「遠出するから、それを知らせるのと食料をもらう許可をね」


 意外といった表情になるメリエッタ。


「イリーナがもう少しで出産するのに出るんです?」

「急用だからね。帰ってきたら生まれてるかな。イリーナのことよろしく頼む」

「わかりました。シャーレがいてくれたら心強かったんですけどね。連れて行きますよね?」

「止めても来るだろうね。戦力的にも連れて行きたい」


 力の制御もわりとできるようになって、精霊としての力を強化しても無条件で皆もろともに灰燼に帰すということはなくなった。かなり集中しないと被害甚大になってしまうけど。


「シャーレがどれくらいすごいかは話に聞いただけなんですけど、そのシャーレを必要とする荒事があるんですか」

「そうらしい。しかもやらかしたのは例の残党らしくてね」

「地下で悪さした人たちがまたですか。迷惑ですねぇ」

「ほんとにね」

「怪我なんてしないよう気をつけてください」

「なるべく怪我はしたくないよ」


 メリエッタと別れて家に戻る。

 ダイオンは熱心に書類を見ていて、イリーナは布おむつを作り、シャーレは夕食の仕上げを進めていた。

 夕食の時間になってもダイオンは考え込みながら食事を取り、夕食後もその様子は変わらなかった。

 そんな状態ではイリーナのフォローはできないだろうと、今日はシャーレがイリーナと一緒に風呂に入っていった。

 ダイオンは寝る間も惜しんで書類を眺めて、そんなダイオンをイリーナは仕方ないわねと見守るだけで中断させるようなことはなかった。

 そして朝になりリビングに行くと、徹夜したらしいダイオンから話しかけられる。台所からは朝食の準備をしている音が聞こえていた。


「対策というのもおこがましいが、これだろうという案はできた」

「聞かせて」


 ローズリットも出てきて俺の肩に座り、聞く体勢になる。


「結論から言うと、ステシスが言っていたように内部から攻めた方がいい。外部は精霊を食ったスライムのせいで、魔法が効きづらい。ならば物理的な攻撃でどうにかできるかというと無理と考えた方がいい。書類に書かれているスペック通りならば、この巨体に人間が攻撃したところで痛手にはならない」

「内部に入ってどうするんだ?」

「体内の奥深くに重要器官があるそうだ」

「ステシスが言っていた錬金術で作った炉かしら」


 それだろうとダイオンが頷く。


「それは巨獣を動かす力を生み出している。それを止めればいいんだが、攻撃すると巨獣を動かすために使われている力が暴発する可能性が高い」

「巨体を動かすための力ならば、生み出される力はきっと膨大なもの。それを間近で暴発なんてさせたくないわね」

「軽傷ですむなんてのはあり得ないだろうな。炉から重要部品を取り外し急ぎ体外に持ち出すか、なんらかの方法で炉が生み出す力を減らす。現状思い浮かんだ対策はこの二つ。巨体を動かす力さえなければ、その場から動けず、そのうち朽ち果てる」

「やることはペリウィンクルを助けたときのようなことか」


 懐かしいと思いつつ聞く。


「似た感じだが、あのときのようにただ突っ込んでいっても体内には行けないだろう。だから口や鼻といった内部に通じるところから入りたい。問題は書類だけではそういった穴が開いているかわからないということだ」

「会話や呼吸のために空気を取り入れる必要も、食事を取る必要もなさそうだからね。口や鼻は必要ないと作ってない可能性があるわね」

「体内に入るための穴が開いてなかったら、どうしたらいいと思う?」

「神獣様に傷を作ってもらい、そこから侵入、あとはシャーレに焼いてもらいながら進んでいくことになると思う」

「それは想像するだけでも大変そうだ。炉の正確な位置がわかってないと焼きながら進むのはやりたくないな」

「大事なものだから表皮の近くにはないだろうし、体全体に力を行き渡りやすくするため、体の中央に置きそうな気がするよ。もしかするとだけど、メランが頼りになるかもね。輝星樹の力を取り込んだメランなら、輝星樹の力がどこにあるのかわかるかもしれない」


 メランがねぇ。懐から出して、手のひらに載せて、輝星樹の力を追えるかどうか聞いてみる。

 こてんと首を傾げられた。うーん、やれそうな気配がない。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 管理者はステシスの動きも把握できているでしょうから、亮二への情報伝達はそっちに任せたのでしょうね。必要以上に関与しないってことで。 亮二さんの「力」ってなかなか巨大でしょうから、それを結構…
[一言] 遂にメランの真の力を発揮する時がきたようだな。
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