21 変身
時間がない。せっかく憎きボーモックの屋敷に入ることができたのだ、代官認定書を奪うせっかくの機会。この機会を生かさなければ、次はいつになるのか。
ミーレンを魔物に襲わせて注意を私たちからそらそうとしたら、助けが入って大事にはならなかった。ならばと襲撃計画を誰ぞにかぶせて注意をそちらに集めようとしたら、運悪くミーレンを助けた連中を捕まえることに。おかげであっさりと釈放されて期待していた効果にならなかった。屋敷を自由に動くため、目撃者のふりをしたのは成功だろう。ブレンドンの注目はあっちに向いた。しかし屋敷内の警備もしっかりと強化されてしまった。
動きづらく思っているうちにお見合いは終わった。私がここにいられるのはわずかな時間なだけ。こうなればもう一度夜に動いて、代官認定書を奪ってしまおう。見つかってしまった場合は、あの手を使えば恨みを晴らすことだけは可能なはずだ。
深夜、私に与えられた部屋を出る。昼間にそれとなく見て回ったから宝物庫への道順はわかっている。執務室には代官認定書はなかったと思う。だったら宝物庫だろう。
暗い廊下を見回りの目をかいくぐって宝物庫へと進む。見回りの足音は聞こえてくるけど、こっちに近づいてくる様子はない。
角から宝物庫を見てみるが見張りはいない。さっさと入ってしまおう。扉に手をかけるが動かない。当然鍵がかかっているか。力技だけど、肩を扉にあててそのままゆっくりと力を加える。ごりごりと音がして鍵部分が壊れていく。
扉が開いて中に入ろうとしたら、いっきに足音が増えた。
「ファポア、そこまでだ。おとなしくこっちに来てもらおう」
完全武装したブレントンと同じく完全武装した警備たちがずらりと並ぶ。
準備万端といったところを見ると、なぜかはわからないけど私は疑われていたらしいわね。
「おとしなくしろと言われて従うわけはないわ。計画は変更。大暴れさせてもらいましょう」
「この人数を相手できるわけはないと思うのだけど?」
「できないことを言ったつもりはないわ。代官認定書を持ち出して、反逆印をつけて王城に送り付け、ボーモック家を貶めるつもりだったけど。落ち着いて探すのは無理。だったら皆殺しで私たちの復讐とする」
「復讐? 私たちと言ったね。どこの誰なんだ? 正直恨みを買った心当たりはないよ」
……そうね冥土の土産に教えてあげてもいいか。私たちが受けた屈辱を知るがいいわ。
「私たちはブローモンド家の生き残り。こう言ったらわかるのではなくて」
ブレンドンは少し考えこんで、気づいた表情になった。
「うちの一個前の代官」
「ええ、そうよ。そしてあなたたちに追い落とされた家」
「うちのせいじゃないと聞いているぞ。町の住人に悪政を敷いて、そのせいで辺境伯から任命を解かれたと」
「自分たちの町を好きにしてなにが悪いというのです」
「今もそんなことを言っているのか。住民からの税のおかげで俺たちは町の運営に集中できているというのに」
住民にすり寄る弱腰がっ。お前たちを殺したあとは、町を荒らすことにしましょうか。
「あいつらに下げたくもない頭を下げて、手に入れたこの力。その身でとくと味わうがいいっ」
事前に飲んでいた薬を、魔法で活性化させる。
お腹の底から熱さが生じる。どんどん熱くなる。同時に私の体が膨らみ、意識が熱さの中に溶けていく。先達に教えられた恨みのみが残る。
サアッアバレマショウ。
◇
暗い中警備たちと屋敷の外で警戒をしていると、屋敷の中から轟音が聞こえてきた。
やや眠たそうにしていたシャーレも驚き、目を丸くして音のした方向をみている。
音は続いていて、壁の一部が内部からはじけ飛んだ。
「なんだ?」
俺たちが見ていると、穴の向こうから三メートルくらいの狼人間が出てきた。
あれを指差し、近くにいた警備に聞く。
「えっと、この屋敷って警備にあんなの雇ってる?」
「そんな話聞いたことないぞ! あれは間違いなく侵入者だろうっ」
俺の疑問を否定して、警備たちが狼人間に武器を向ける。
ダイオンも警備と一緒に前に出ていった。俺とシャーレは魔法の準備だ。
狼人間は両腕を振り回して警備たちを殴り飛ばしていく。その中でダイオンは腕を避けて、狼人間の足を斬りつけた。しかしダイオンは舌打ちしそうな表情を浮かべた。近くにいた警備に何事か話して、そのまま戦闘を継続する。
ダイオンと話していた警備がこちらに来る。
「彼の剣では攻撃が通らないそうで、そちらででかい魔法を使ってほしいとのことです。隙を作ることだけに集中するとも」
「わかった」
やることは熊のときと同じだろう。
じっとダイオンの動きを見て、機会を待つ。シャーレにも一応魔法の準備をしてもらう。
狼人間は倒れている警備を狙おうとしている。それをダイオンや警備が阻止して、時間を稼ぐ間に、倒れている警備たちは下げられる。
そういった戦いの中、そのときはやってきた。
ダイオンは狼人間の大振りの攻撃をかわして、足に体当たりしてバランスを崩しそのまま転ばせた。
即座に魔法を発動させる。
「いくぞ! スー。刺し貫け氷の刺!」
転んだ狼人間に地面から生えた氷の槍が次々と刺さった。
やったか? 氷が消えて起き上がろうとする狼人間を見て、そう思う。
警備たちも傷ついた狼人間を固唾を吞んで見る。
「おおおおおおおっ!」
狼人間は雄叫びを上げて立ち上がった。氷の槍がつけた傷は急速に閉じていく。再生能力を持ってんのか!? 厄介な。
そして先ほどと変わらない動きでダイオンや警備にまた襲いかかる。
「もっと強い魔法でお願いします!」
近くにいた警備に頼まれたけど、首を振る。一番強いのがあれなんだ。
再生も無限ではないだろうし、何度も当てればもしかして? いやそれまでダイオンたちの体力が持つかどうかわからない。
シャーレが服を引いて声をかけてくる。
「火力がほしいなら私が全力でやりますか?」
「……それで倒せるか? シャーレの全力ならダメージは確実に与えられると思う。でも再生されると動けないシャーレを狙われる可能性もある。できるならあいつを動けなくしてシャーレの魔法を当てたいな」
氷漬けがすぐに頭に浮かんだけど、それだとシャーレの炎が効果を発揮しにくい。
動きを止める方法はほかにないか? 警備たちに網や投げ縄を使ってもらうとかはどうだろうか。近くにいる警備に聞いてみる。
「人用の投げ縄はあるけど、あれに対して有効かどうか。力比べで負けそうな気がする。それでもいいのなら急いで準備するが」
「お願いします」
頼むと警備は二人ほど連れて走って離れていった。
力負けするって言ってたし、やっぱり魔法でもなんとかできないか考えないと。
「あいつの動きを止めたい。シャーレはなにかいい考えあるか?」
「……あ、風の大精霊様が霊獣の動きを押さえつけていたみたいにやれませんか」
「風の魔法か。それも使えるんだったな!」
落ち着いて考えれば思い出せたろうに。使い慣れた水魔法だけでなんとかしようと考えてしまってた。
ありがとうとシャーレの頭を撫でて、風の魔法でどうにかできるか考える。
精霊がやったことそのままはできないだろう。じゃあ風を使って動きを止めるには……竜巻みたいな風の渦を起こせばいいかもしれない。それをすぐに起こすのは無理かもしれないけど、そこは投げ縄とかで時間を稼いでもらえば。あとは竜巻にシャーレの炎を叩きこんでもらって、火災旋風みたいになれば、火の継続ダメージと酸素を燃やして酸欠も狙えるかもしれない。
今思いつくのはこれくらいだ。やってみよう。
「ダイオン! 思いついたことがある。成功するかわからないし、準備に少し時間がかかる。悪いけどまだ耐えてほしい」
「わかった! こっちはどうせ打つ手がない。策があるならやってくれ」
投げ縄が届くまでに、シャーレと周囲の警備にやることを説明する。
俺自身が半信半疑なんで警備たちも不安そうだが、代わりとなる策をだせないので乗ることにしたらしい。
順序は最初に複数人で投げ縄を使い、狼人間の動きを止めている間に俺が竜巻を起こす。そしてシャーレが火の魔法を竜巻に叩きこんで、あとは祈る。
皆でやることを確認すると投げ縄の入った箱が届いた。そのタイミングで傷だらけのブレンドンもやってくる。
そのブレンドンにもやることを説明し、投げ縄組の指揮を任せる。
ブレンドンと投げ縄組が狼人間を囲むように移動していき、ダイオンに声をかけた。
ダイオンとその近くにいた警備が、ブレンドンの合図で狼人間から離れる。同時に四方八方から投げ縄が狼人間へと飛んで絡みついて行く。
警備たちは全力で縄を引っ張るが、じりじりと引っ張られ力負けしているのがわかる。
「ヴィント。意のままに動け風!」
狼人間を中心に風を動かしていく。ぐるぐるとその場を回らせていく。
「まだか!?」
「まだ! もう少しだけ粘ってくれ!」
警備の苦しそうな声にそう返す。こっちもぶっつけ本番なんだ、準備に時間が必要だ。
警備に耐えてもらうこと一分。回していた風が、手を加えずとも自然と回りだした!
「シャーレ!」
「はい!」
呼ぶとすぐにシャーレが火の魔法を叩きこむ。炎は風の動きにそって回転していき、空へと昇っていく。投げ縄は炎に焼かれて燃え尽きた。
炎が屋敷を照らし、熱を含んだ風が俺たちにも届き、竜巻の中からは狼人間の悲鳴じみた雄叫びが聞こえる。竜巻から飛び出てくる可能性もあったけど、出てこないってことは風に翻弄されているんだろう。
俺とシャーレは魔法を使い続け、まずはシャーレが魔力切れで魔法を止める。俺も竜巻から炎が消えて魔法を解除した。
俺の制御から離れた竜巻は急速におとなしくなっていった。
風が止むと、そこには黒焦げになって動く様子のない狼人間が倒れていた。
ダイオンが生死を確認し、死んでいると判断したことで皆が大きく息を吐く。
「おわったー。シャーレお疲れさん」
「はい……眠たいです」
「寝ていいよ。子供が起きている時間じゃないからね」
その場に胡坐で座りこみ、俺は自身の膝を叩く、そこにシャーレが座って胸に寄りかかって目を閉じる。魔力を使い切ったこともあってか、すぐに寝息を立て始めた。
「シャーレは寝たのか」
「疲れただろうしね。ダイオンも前衛で疲れてるだろ」
「ああ、いい運動にはなったが、さっさとベッドに入りたいな」
「俺もだよ。こんな騒ぎになるとは思ってもなかった」
片付けを始めた警備たちを見ていると、ブレンドンが声をかけてきた。
「三人ともありがとう。君たちがいなければ、今頃死体の山だったろうね」
「魔法が成功してよかったよ。失敗してたら、俺たちも死体になってた可能性が」
そうなる前に逃げだしていたかもしれないけど。
「部屋に戻って休むといい。今回の件やお礼については起きてから話そう」
「この騒ぎの事情はわかったの?」
「ファポアが話してくれたからね」
「そのファポアはどこに?」
「ああ、あれだ」
ブレンドンが指差したのは黒焦げの狼人間だ。え? ファポアって魔物だったのか!? 人を殺したってことになるんだろうけど、姿が変わりすぎて実感がない。死体が人間に戻れば罪悪感とかショックはあるんだろうけど、そのままだから害獣を殺した感じだ。
 




