202 ファタムと妹
「客が来ているんじゃなかったのか?」
姿を見せたファタムに聞いてみると頷く。
「その、友人と妹が来ているんだ」
どことなく戸惑っている様子に俺たちは首を傾げる。喧嘩の件でいまだ気まずいんだろうか。
「その二人ということは、直接結婚の報告に来たのか」
「俺もそう思ったんだ。だからおめでとうと祝福したんだ。喧嘩別れてして以来久々だし顔を合わせづらいが、祝いたいという思いは本物だしな。そしたら妹が怒りだしてな」
祝って怒りだすとか、よほど嫌味な感じじゃないとそんな反応にならない気がする。でもファタムは嫌味を言いそうにないと思うんだよな。結婚の話をしているとき、本当に嬉しそうだったし。
「なんでさ」
「わからん。なんで怒っているのかわからず戸惑っていたら、客だと従業員から教えられ、頭を冷やす時間を取る意味を込めて、部屋を出てきたんだ。それで用事は?」
「洞窟での話を聞きたかったのじゃよ。それは今日絶対聞きたいわけでもない。部屋に戻ってやるといい」
「今戻ってもまだ怒ってると思うので」
「そうか……惑う若者に助言を送るのは老人の役目だのう。そこのソファを借りるぞ」
従業員に断りを入れて、全員でそちらに移動する。
「なぜ妹が怒っているのか心当たりはあるのか?」
「……ないですね」
少し考え込んだファタムが首を振る。あったら戸惑っていないよな。
「喧嘩別れしたと言っていたな。それが原因ではないのか」
「それに関してはめでたい場で触れることだと思わなかったので、一言も話題に上げていません。ですので違うと思います」
「そのことを忘れたようにふるまったから怒った可能性もある。話せることならば喧嘩の内容を教えてくれんか」
ファタムは言おうか迷った感じだ。でも助言はほしかったのか口を開いた。
「俺と女の友人が歩いていたところを見たのがきっかけだと思います。彼女とどんな関係なのか聞かれて、友人なのでそのまま答えたんです。でも納得しなかったようで、詳しく聞かれて、しつこかったので逃げました。その後、俺の友人にも話を聞きにいったみたいです」
「兄を取られると嫉妬でもしたか。その後どうなった?」
「数日後、また同じ女の友人の手伝いをしているところを見られて、家に帰ってまた彼女について聞かれました。しつこいんでいい加減にしてくれと強く言って、そのまま口喧嘩になりました。その後、気まずいまま過ごすことになり、家を出て故郷からこの町にという流れです」
「今もその女の友人とは繋がりはあるのか?」
「家を出た時点で彼女とも会っていませんよ。どう過ごしているのかも知りません」
「今も会っているなら、妹の嫉妬深さが原因かと思ったが違うだろうな」
どういうことなのだろうと思っていたら、誰か近づいてくる。
「セクレエン。ファーマと一緒にいなくていいのか?」
妹さんと結婚するという友人らしい。
「出て行ったお前が気になってな。あと本当のことを話した方がいいと思った。このままだとまた喧嘩別れになりそうでな」
「本当のこと?」
「ああ、実は結婚は嘘なんだ。俺は別の女性との結婚が決まっていて、そちらと上手くいっている」
全員が疑問の表情だ。なんで結婚すると偽ったのか、さっぱりだ。
ここに来ての新たな情報に一番戸惑っているのはファタムだ。
「な、なんで嘘なんか」
「お前の反応を知りたいというファーマの頼みでな。俺としても友人がいつまでも仲違いしているのはどうかと思ったしな。仲直りのきっかけになればと」
「もしかしてじゃが、ファーマというおなごは兄を好いているのか? 異性として」
ショアリーのことを知っているのか、セクレエンは背筋を伸ばして頷く。
「その通りです」
「え、いや、たしかに喧嘩前までは仲は良かったが、恋人や夫婦にはなれんだろ」
そのファタムの当然の反応にセクレエンが意外そうな表情になった。
セクレエンの反応がこちらとしては意外なんだけど。なにか俺たちの知らない情報を知ってそうだ。
「お前とファーマは義理の兄妹だろ。親御さんからそう聞いているぞ」
「え? 俺それは聞いてないんだが」
「親御さんは知っているはずだって言っていたが」
「本当に知らないって!」
血の繋がりがない妹さんからすれば、好意を向けているのに全く反応してくれなくていらついたのだろうか。
ファタムからすれば血が繋がっていると思っているから、妹からの好意は家族としてのものだと思っていて、そういった反応を返していた。
その日頃からのすれ違いが、喧嘩の原因なのかもしれない。
シャーレとショアリーに小さくその考えを伝えてみると、頷きが返ってきた。
「知らなかったということを妹に伝えるべきじゃな。あちらが空回りしているところもある。互いの認識を統一して、しっかりと話すといいじゃろうて」
「はい、そうしてみます」
驚きの情報はあったけど、進展もあったとファタムの表情は少し明るくなっている。
明日の朝に役所に来てくれというショアリーの頼みに頷いて、ファタムはセクレエンと部屋に戻っていった。
「どうなるかのう」
「事情はわかっても、これまで妹として見ていたんだから、認識を変えるのは無理ってなるかもしれないね」
「それならそれできっぱりと振られて前進できるかもしれんの」
これまで認識の違いで話し合いもできず停滞していたんだから、ふられるというのも前進ではあるのか。
ファタムの今後について話しながら宿を出て、ショアリーお勧めの店で夕食をとる。
そして翌朝、役所のホールで待ち合わせる。
そこにいたショアリーとファタムに、おはようと挨拶して会議室に移動する。
「ファタムがどうなったかも気になるが、まずは魔物について話すとしよう。魔物と遭遇し戦ったことについて、もう一度三人で話しておくれ」
ショアリーに促されて、ディープサファイアを取りに行った話をしていく。
戦闘後に洞窟から出て、一夜を明かしたところで終わった。
「洞窟から出てくることはなかったか。ほかに出入口を掘っているかもしれん。調査は必要じゃな」
「死体を預けたけど、その死体を調べてなにかわかった?」
預けてからそう時間は経過してないし、まだ調査中かな。
「報告は受けておるよ。以前の蟻と今回の蟻のわかりやすい違いは、大きさじゃな。そして頑丈さも今回発見された蟻の方が下じゃ。成長途中というわけではないらしい。あれで成体なのではと、調査した錬金術師たちは言っておる。解剖の結果、各部位が以前の蟻と今回の蟻でそっくりなんだと。成長しきっているということじゃな」
「洞窟内にあった亀裂は狭かったから、あえて小型を生み出したということなんだろうか」
「そこらへんはまだ考察されておらんの。あと蟻ではなく、ほかの白い魔物と比較もしてみたようだ。当然ながら体の造りは違う。ちなみに獣胎母から生まれた魔物は各種それぞれで共通点はない。似ているのは色くらいだな」
なにを言いたいんだろうか。前置きっぽいというのはわかるんだけど。
そう思っているとショアリーは続ける。
「しかしじゃ。今回の蟻と以前の蟻は共通点が多い。新種を生み出すなら、まったく違ったものになると実例があるのに、今回は似通ったものを生み出している。このことから錬金術師は仮説を立てた。生き延びた蟻の魔物に女王蟻の資質を持ったものがいて、それが同族を増やすため卵を産んだのではというものだ。その際に環境適応しようと、自分とは少し違った子を産んだかもしれないと報告に上げておる」
本来ならば少しずつ変化していくのに、急に変わったのは獣胎母関連の魔物だからかな。
「また爆発的に増えることはあると思う?」
「それも今後の調査次第だの。獣胎母が産んだ魔物よりは弱いから、廃棄領域にいる魔物の種類が増えたという認識になりそうじゃ。油断はできんから、しっかりと調査はしておくが。上手くいけば、新たな魔物素材が増えたと喜べることになるかのう。その素材とこれまでのものを組み合わせて、新たな商品開発に挑めるかもしれんの」
獣胎母みたいにやたらめったら魔物が増えなければ、傭兵や錬金術師にとってはありがたい存在なのかもな。
「蟻がどうなったか気になるのなら、またこの町に来て聞いておくれ」
獣胎母ほどの規模じゃないし、自分たちで調査するみたいだ。
俺たちに調査を依頼されても、明日くらいにできあがる薬を受け取ったらさっさと帰りたいし、短期間しか調査依頼を受けないのはショアリーもわかっているんだろう。
「蟻についてはこれくらいじゃな。ファタムと妹がどうなったか教えてくれ」
家庭の事情に首を突っ込むような下世話な感じだけど、俺もどうなったか気になる。
「とりあえず、話し合いをして、互いの認識を擦り合わせることはできました」
「それで向こうは落ち着いたのかの?」
「はい。さすがに血の繋がった妹だって思っていたとわかると、これまでの対応がズレたものだと理解できたようです」
「では今後はどう付き合っていくつもりなのだ? 妹としては好意を受け取ってほしいのだろうが」
「そんな感じの話になりました。ですがいきなり認識を変えるのは正直無理ですね。だから努力はしてみるが、駄目なことも覚悟してほしいと伝えました」
妥当なところなのかな。恋愛対象として見られないというところから、恋愛対象にまで引き上げられた。ワンチャン生まれたんだから妹さんとしても納得できる流れじゃないだろうか。
「そんな感じか。長年培った認識をすぐに変えろというのは難しいし、無理のない話に落ち着いたな。あとは妹が焦らず、上手くやれるかじゃな。しかしどうしてお前さんは義理の妹だと知らなかったのだろうな。そこらへんは親御さんから話されていてもおかしくなかろうに」
「ファーマが両親から聞いた話だと、俺が五歳になるかならないかくらいにファーマが家にやってきたそうです。いきなり家族が増えたのだから、義理の妹だとわかるのではと思っていたんじゃないかと」
五歳かー、俺はその頃の記憶は曖昧だな。覚えていることはあるけど、覚えてないことの方が多い。いきなり家族が増えたとしても、五歳よりも前の記憶が思い出せなければ昔からいたと勘違いするかもしれない。アルバムとかあれば、五歳より前にいないことはわかるんだろうけど、こっちにはそういったものないしな。
「妹さんはいつ義理の兄だって知ったんだ?」
「十歳の頃に両親から聞かされたそうだ。それで少し精神的に不安定になったとき、ファーマを元気づけるため両親が祭りに連れて行き、そこで演劇を見て、俺がディープサファイアを贈ると約束して、本当の家族になれると喜んだと言っていたよ」
「そういった流れなのか。妹さんはその約束をプロポーズと受け取っていたんだな。それなのにファタムの妹さんへの反応はあっさりとしたもので、それでいて女の友人と親しくしていて、嫉妬にかられたという感じか」
「話し合いの結果、俺もそんな結論を出したよ」
親御さんがしっかりファタムに伝えておけば、喧嘩もしなかったかのかねぇ。
「もう妹とのわだかまりはないし、故郷に帰るのか?」
「いやこっちで頑張るつもりだ。そこそこ稼げるようになってきたし、ある程度貯蓄や実績を作って、どこかの商店とかで護衛として雇ってもらえるようになるのが目的だな」
「だとすると妹さんがこっちに来そうだな」
「来るかな?」
「しばらく会えなかったわけですから、永住はしなくてもしばらく滞在はするのではないでしょうか」
シャーレにも肯定されて、ファタムはそうかと頷く。
「来るとしたら、家を借りて自炊した方が安上がりかもなぁ」
ファタムが今後について考えだし、これで妹についての話は終わりとなった。
「解散するか。リョウジたちは明日一緒に研究所に行くぞ。宿で待っててくれ」
「わかった」
これで解散で、ショアリーに見送られ役所から出る。
ファタムは宿に帰っていき、俺とシャーレはやることもないので、マプルイの様子を見に行ったあと、町をうろついて散歩して時間を潰すことにする。
マプルイの毛をといたり、体の調子を見たあと、町に戻り旅に必要な消耗品を買ったり、本を探したりしてのんびりしていく。
シャーレが少しなにかを見ていて、その表情に好奇心といったものが含まれていた。視線の先には香水の店があった。
入るかと聞くと、いいのですかと遠慮がちに聞き返された。わくわくとした感情が見え隠れしていて、こんなシャーレを見るのが楽しい。いいよと頷いたら、花開いたように笑う。
いろいろと並ぶ品を見たシャーレは、すぐに気になるものを見つけたようでそちらへと向かう。俺が店内をなんとなく見ている間に、店員にいくつかの匂いを嗅がせてもらっていた。
シャーレはあまり主張しすぎない香りのものを好むようで、爽やかな匂いのものを購入していた。店の中だとほかの匂いとまざりわからなかったが、宿に戻ったときにシャーレに購入したものを使ってもらうと、洗いたての洗濯物を思わせる清涼感があった。
感想と誤字指摘ありがとうございます。