201 おかしな生き残り
「シャーレ、先頭で頼む。俺は背後を警戒するよ」
洞窟に入ってすぐに警戒を頼む。
「はい」
「ファタムは俺の隣で一緒に背後の警戒を頼んだ」
「わかった」
ここに来るまででファタムの気配察知能力はさほど高くはないとわかっている。俺もどっこいっどっこいだし、二人で警戒した方がいい。
天然洞窟で足場の悪い通路を進む。幸い奇襲など受けることなく、シャーレの炎による先制で倒すか追い払うことができている。
そのまま一ヶ所目に行き、シャーレに警戒を続行してもらって、俺とファタムで原石を探す。
そこは多くの人が目的のものを求めて掘ったことで空間が広がっていて、天井まで五メートル近くある。
地面を注意深く探すと、目的のディープサファイアらしきものやほかの原石が見つかった。これで目的は達成なんだけど、確保したものがディープサファイアによく似た別のものだった場合を考えて別の場所にも向かうことにする。
ある程度引き返し、二ヶ所目へと繋がる道を歩く。
シャーレがずっと先の方に誰かいると告げてきた直後に、人の声が響いた。
「うわああっ!?」
進む先から悲鳴が聞こえて、ばたばたと走ってくる音も聞こえる。
すぐに仲間を二人で抱えている傭兵たちの姿が見えた。彼らにどうしたと声をかける。
「白い魔物が出たんだっ。天井に潜んでいて、鎧を溶かす液体を尻から出してきたっ」
足を止めずに答え、出口へと走り去っていく。あの勢いだと転びかねないけど、さっさと怪我人を外に出したいんだろう、速度を落とさず走っていった。
「尻から溶解液? 以前はそういった攻撃をしてこなかったはず」
溶解液なんて攻撃をしてきたら、注意勧告があるはずだ。しかしそんなものはなかった。大顎に注意と言われていただけだ。
「この数ヶ月で進化したのでしょうか」
「ありえるな。ここは止めて別の採掘場所に行こうと思うけど、どう思う?」
シャーレとファタムに聞くと頷きが返ってきた。
背後を警戒し、来た道を引き返す。
向かっていたところから離れた方向にある三ヶ所目に向かい、誰もいない採掘場所に到着する。ここも一ヶ所目と同じく広い空間になっている。
またシャーレに警戒してもらい、地面を見ているとシャーレが警戒の声を発する。
「なにかきます!」
すぐに俺とファタムは立ち上がり、シャーレが警戒している壁上部の亀裂を見る。
シャーレが炎をいつでも飛ばせるように構え、俺も風で防御できるように構えた。
亀裂から白い大顎が見えたかと思うと、すぐシャーレが反応し詠唱してから小さな炎の玉を飛ばす。
亀裂が炎に包まれて、そこからぼとりとなにかが落ちてきた。少し足を動かしていたそれはすぐに動きを止める。それは煤けた蟻の魔物だ。五十センチはないだろう。昆虫としてみれば十分に大きいけど、魔物として見ると小型だ。
「以前見たものより小さいな」
生まれたばかりならこれくらいの大きさも納得はできるんだけど、卵を壊したときに中身が飛び出てきて見えた幼生とはまた違う。こっちはしっかりと成体と同じ色なのだ。生まれたばかりのものは少しばかり透明感があった。
ファタムがすぐに頷く。
「たしかに。俺も戦ったことはあるが、どれも同じくらいの大きさで、ここまで小さくはなかった」
「ということはまさか新種? 溶解液を出すとか言ってたし、生き残りが新たに生んだのか?」
新たな獣胎母が産まれた? いやそんなことになっているなら嫌な感じがあるはず。そんな感覚はまったくない。
「ディープサファイアを確保したら、さっさと出よう。なにがあるかわからない」
「そうだな」
「シャーレ、引き続き警戒を頼んだ」
承諾したシャーレから視線を外して、地面に落ちているかもしれないディープサファイアを探す。
三つほどそれらしきものが見つかり、魔物の死体も確保して洞窟を出る。死体は役所に渡して、調査してもらうつもりだ。
外に出ると日が落ちて、焚火が周囲を照らしている。入る前に話した傭兵が気づいて小走りで近寄ってきた。
「おう、あんたら大丈夫だったか! もしかしてそれは」
「白い魔物の生き残りらしい」
「倒したんだな」
ほっとしているから、もういないと思っているのかもしれない。期待を裏切るようで悪いけど、まだいる可能性を告げる。
「いるのか?」
「確認はしていないけどね。よく見たらわかると思うけど、以前出現した蟻の魔物より小さいだろ」
「言われてみれば」
「断言はできないけど、生き残りが卵を産んだ可能性がある。これだけが変種かもしれないが。できるなら詳細がわかるまで入らないでいた方がいいと思う。稼ぎの問題で入らないといけないかもしれないから、強く止めないけどいつもより注意は必要」
「どういった注意が必要と思う?」
「うちの子がこれを見つけたのは天井の隙間だったよ。奇襲を受けた人たちも頭上からだったらしいし、天井の隙間とかにも警戒を向けるようにした方がいいんじゃないかなと思う」
「これでまでも虫の魔物がそういったところから奇襲をしてくることはあった。これまで以上に注意するか」
男は離れて行き、俺たちも野営の準備を整える。
シャーレが食事の準備を始め、俺とファタムは武具の整備をしながら見張りについて話す。
「夜番なんだけど、シャーレは一番目で短くでいいか? 一日中警戒させて精神的に疲れていると思うんだ」
本当は免除したいけど、それだとシャーレは嫌がるだろう。だから少しだけやってもらう。
「ああ、かまわない。残りの順番はどうする?」
「俺の方が体力あるだろうし、そっちはしっかりと寝て疲れを取った方がいい。だから俺が二番目、そっちは三番目でどうだ」
「それでいい」
ほかの傭兵も見張るだろうから、そこまで気を張らなくてよさそうだ。注意するなら洞窟から蟻の魔物が出てこないか、かな。
夕食を済ませて、土で衝立を作り、そこで体をふく。
少し寝て夜番をシャーレと交代だ。洞窟を気にしてそちらを見ていたが特に異常なく、ファタムと交代して眠る。
朝起きてファタムになにかあったか聞くと、なにもなかったと返ってきた。
ほかの傭兵たちが落ち着いた様子だし、異常を見逃したわけでもないんだろう。
野営を片付けて、洞窟から離れる。
行きと同じく、何度か魔物と戦って町に到着した。そのままファタムも一緒に役所に向かう。
受付嬢に蟻の死体を見せて、用件を告げる。
「白い魔物の生き残りを山地帯の洞窟で倒した。でも以前見たものと違いがあって、もしかすると生き残りが卵を産んだ可能性がある。これをそっちに渡すんで、調査と対処を頼みたい」
「少々お待ちください。すぐに担当部署の者を呼んできますから、そちらに詳細をお話しいただけますか」
俺たちが頷くと、受付嬢は早足でいづこかへと向かっていった。
十五分ほどで戻ってきた受付嬢の隣に男の役人がいて、彼と一緒に小さめの会議室に入る。
全員が席に着くとすぐに役人が口を開いた。
「生き残りが増加する可能性があると聞いたのですが」
「はい。俺たちはディープサファイアの原石を確保するため廃棄領域の洞窟に行きました。そこで先にいた傭兵から白い魔物の生き残りがいると聞き、実際に遭遇し、それを倒しました。その魔物の死体がこれです」
床に置いていた死体をテーブルに載せる。
そして以前戦った蟻との違いを説明し、新たに生まれた魔物かもしれないと締めくくる。
情報を書類に書き込んでいた役人がうんうんと頷く。
「なるほど。以前確保した蟻との比較をしたいので、こちらに預けていただいてよろしいでしょうか」
「はい。そのつもりで持ってきましたから」
「ありがとうございます。情報と調査用の引き取りということで、謝礼をお支払いします」
さらさらとメモになにかを書いて、こちらに渡してくる。
「それを受付に見せると、謝礼をもらえます。本日はありがとうございました。またなにか聞きたいことがあるかもしれないので、お名前と宿泊している宿を教えていただきたいのですが」
答えると、役人はそれも書類に書き込んで話し合いが終わる。
謝礼を三人で分けて、次は宝石彫刻師のところに向かう。よさげなところをファタムが事前に調べていたので、案内してもらう。
腕が良い職人にディープサファイアを持っていくと嫌な顔をされるかもしれないため、中堅で評判が良い者を急いで探したらしい。
住宅街の中にある、周囲の家と変わらない住宅の扉をファタムがノックする。
出てきたのは四十歳過ぎの女性だ。
「どちらさまでしょう?」
「ここは宝石彫刻師のドチェルさんの家で間違いないだろうか?」
「はい、合っています。お客様ですか?」
「原石の鑑定と研磨をお願いしたい」
「中へどうぞ」
応接室に通されて、女は席を外し、すぐにエプロンをつけた四十歳過ぎの男がやってきた。
「俺がドチェルだ。客だと聞いたんだが」
「ディープサファイアをとってきた。それの鑑定と研磨をお願いしたい」
「ふむ、まずはとってきたものを見せてくれ」
ファタムは懐から原石を入れた袋を取り出し、テーブルに置く。
ついでに俺が拾った、ディープサファイア以外の原石も鑑定を頼む。良さげなものがあったらシャーレの装飾品用にとっておこうかな。
ドチェルさんはそれぞれを手に取って様々な角度から見ていく。少ししてどれも本物だと原石を机に置いた。
俺が拾ったものは碧玉だったらしい。サファイアと一緒のところでとれるものなのかはわからないけど、廃棄領域という通常の場所とは違ったところでの入手なので、そんなこともあるんだろう。
碧玉はそこまで高くないんだっけ? 宝石に関してはよくわからない。
機会があればどこかの町で磨いてもらって、ペンダントにでもしてもらおう。ここで研磨と加工をやってもらうと帰る予定の時間を超えるかもしれないし。
俺は鑑定料だけ支払って、碧玉を受け取る。ファタムは鑑定と研磨の料金を支払った。研磨してもらうのは拾ってきた全部ではなく、一番大きいものを頼んでいた。残りの原石はドチェルさんが引き取って、研磨にかかる料金を差し引くということになった。
受け取りにくる日なども話し合い、家から出る。
ファタムは宿に帰って休むということで、依頼料の残りを俺たちに渡して宿に帰っていった。
シャーレの洗濯を手伝ったり、本を読んだりしてのんびりと過ごし、夕方前に干したものを取り込もうと部屋を出ると、ショアリーが廊下にいた。
「お、出かけるのかの?」
「洗濯物を取り込もうとしていただけ。なにか用事?」
「うむ、生き残りと戦ったという報告がきてな。お主たちの名前も出ていたから話を聞きにきた。できればもう一人からも話を聞きたいので、一緒に会ってくれると助かる。夕飯くらいならおごろう」
「いいですけど、洗濯物を取り込む時間くらいはくださいな」
それくらいは待つと言うので、シャーレと干したものを取り込んで、部屋に置いて、宿を出る。
ファタムが泊っている宿についてはショアリーが場所を知っているらしい。
ショアリーについていき、ファタムの泊まる宿に入り、宿の従業員に話しかける。
「すまん、少しいいか」
「ショアリー様!? どのようなご用事でしょう」
「ここに泊っているファタムという傭兵に話を聞きたい、呼んでもらえないだろうか」
従業員は迷う様子を見せた。
「うん? なにかまずかったか?」
「そういうわけではないのですが。つい先ほど彼を尋ねて客が来て、案内したのです。話し出したばかりじゃないかと」
「ああ、そうか。だったら伝言を頼まれてくれぬかな。明日役所に顔を出してほしいと」
わかりましたと頷いた従業員が小走りでファタムの部屋へと向かう。
夕食はなにがいいか聞かれて、考えているとファタムが従業員と一緒に玄関ホールにやってきた。ショアリーに視線を向けて驚いた様子を見せる。
感想と誤字指摘とお祝いありがとうございます




