19 捕縛
夜が明けて、着替えて支度を整えていると、部屋の外が騒がしかった。なんだろうかと思っていると、鎧姿の男たちがなだれ込んでくる。
「な、なんだ!?」
戸惑う俺とシャーレを拘束し、身構えていたダイオンも俺たちが捕まったことで抵抗はせず素直に捕まる。
いきなりの事態を眺めていた俺たちを拘束し、男たちは俺たちの荷物を漁りなにかを探す。そして俺のリュックから見覚えのない手紙のようなものを取り出した。
なんだ、あれ。手紙なんて入れてないぞ。
「見つけました!」
そう言った男から嫌な感じがした。あいつは俺たちにとって良くないってことか。手紙を渡されたリーダー格の男は特にそういった感じはしない。
手紙の中身を確認したリーダー格の男が俺たちを連れていけと命じる。
なんなんだと思いながら、嫌な感じのする場所にはなるべく近づかない方がいいと確信も持った。
俺たちは男たちに引っ張られ、警備の詰所の地下にある牢に放り込まれる。小さな個人用の牢に三人それぞれ入っている。シャーレが真正面の牢屋にいるので、様子がわかるのは幸いだろう。シャーレも不安そうだが、俺の様子がわかるので我慢できている。
牢屋に入れられたのは人生初だ。湿った空気に、粗末で不衛生なベッドに、冷たい石の床。明かりは自分でつけられるけど、とてもそんな気分にはなれず薄暗いままだ。
昨日警備になにかあれば世話になるとは言ったけど、こういった形で世話になるとは思わなんだ。
「結局なんだったんだろうなぁ」
「罠にはめられたってことだろう」
隣にいるダイオンから返事がある。
「罠かぁ。この町で恨みを買うようなことはしてないから、無差別に狙ったものに見事はまった感じかな」
いやあの詐欺師には恨まれてるか。でもあいつの仲間が行動を起こすにしても早すぎると思う。だから無差別の方かな。
「今後は嫌な感じのする宿には泊まらないことにするよ」
「それがいい。そのためにもまずはここを出ないとな」
「脱獄?」
「いやそれをやると無実じゃなくなるだろう。とりあえず機会をまとう」
できないとは言わないんだなー。後先考えないならシャーレの本気火魔法でどうにでもなりそうだ。
「機会があるといいけど。ああ、そうだ言って意味あるかどうかわからないけど、俺のリュックを漁って手紙をみつけた警備の男から嫌な感じがしたよ。あいつが手紙をみつけたふりをしたんだろうね」
「そっか。警備に罠をしかけられる奴が入り込んでいる、と。ほかに嫌な感じがしたのは?」
「あの場にはいなかった。でも森で助けた人たちからは良い感じと嫌な感じがした」
「そこが繋がると町の上層部の問題に巻き込まれた形になってしまうな。希望は助けたことを恩に思ってかばってくれることだが」
別件の可能性もあるから、今は期待しないでおこう。
それよりも心配なのはここに数日閉じ込められること。シャーレがまた体調を崩さないか心配だ。霊水は届けられる距離だけど、不潔だからなここ。あとはやることがなくて暇。
ダイオンとシャーレも暇なのは同じなようで、会話が続く。見張りは一階にいるのか会話が咎められることはなかった。
取り調べを受けるようなこともなく、食事は不味いけど出されて時間が流れていく。取り調べを受けてもなにか答えられることはない。でも放置されるのもなんだかなと思う。
何事もなく時間が流れて、目が覚めて朝食がだされたんでおそらく朝なのだろう。相変わらず牢に入れられたままで、本気で取り調べなんかしないのかなと思っていると一階が騒がしくなった。
地下に降りてくるのを止めているような声がしたような。
「なにかしらの変化が起きたようだぞ」
待っていたとばかりにダイオンが言う。
複数の足音がして、明かりを持った何人かの影が見える。暗さに慣れているので眩しい。
「ああっやはりあなた方でしたかっ。ブレンドン様、三人を出してあげてください」
まだ逆光でよく見えないけど、若い女が男に縋りついたような感じ?
「お待ちください! この三人はあなたを害そうとした者たちの関係者ですぞ」
この声の男は少し嫌な感じだ。
「違います! 私たちを助けてくれた方々です」
「俺も出すのに賛成だな。悪い人たちではないと思う。利用されたんだろう」
「ですが!」
「それにだ。お前たちの動きが不自然なんだ。どこの誰とも知れない者から情報が入って、それをもとに彼らの宿に押し入ったと聞いている。情報提供者に詳細を聞きたくとも顔も忘れたなどといい加減すぎるだろう」
「だからこそ手がかりになる彼らを解放するのは反対なのですっ」
「無実だった場合はどう詫びるつもりだ」
「そのときは仕方なかったと受け入れてもらうしか」
いやさすがに受け入れるのは無理なんだが。
「なに馬鹿言っている。こちらの事情ばかり優先していいわけがないだろう。鍵を開けるんだ」
ブレンドンという男の立場は高いのか、警備の誰かが鍵を持ってきて俺たちの牢を開ける。
牢から出てすぐにシャーレが抱き着いてきた。少し震えていたので安心させるように背中を何度か叩く。
「上で話しましょう」
ブレンドンという名の昨日出会った警備の男が上へと誘う。ただの警備の一人じゃなかったんだなぁ。
ぞろぞろと上に上がり、明るい部屋で全員の顔を確認する。
ブレンドンの隣にいるのは、森で助けた代官の娘だ。だから助けてくれたとか言っていたんだ。
「こういった形での再会はしたくはなかったな」
俺の言葉にブレンドンは苦笑を浮かべる。嫌味ととられたかな。そんな気はなかったんだが。
「どうして投獄されたかわかっているか?」
「いやさっぱり。出かける準備をしていたらいきなり兵に押し入られたんだ」
「嘘を言うな! お前たちが今回の事件に関連していることはわかっているんだ」
五十歳ほどの男が言ってくる。嫌な感じがしていたのはこの男からだな。
「黙っていろ」
ブレンドンが嫌な感じのする男を制止する。うーん、良い警官・悪い警官みたいなものかなこれ。でもブレンドンからは悪い感じはしないんだよな。ついでに隣にいる女からも。
「君たちはこちらのミーレン嬢襲撃の関係者と思われて捕まったんだ」
「まったく身に覚えがないな」
「だろうね。といっても釈放というわけにもいかないんだ。彼のように疑っている人がいるからね。というわけでうちに来てほしい。しばらくは目の届く範囲にいてほしいんだ。君たちの安全のためにも」
「安全?」
「君たちを利用した奴らが暗殺して罪をなすりつける可能性もあるから」
そこまでするのか? いや悪党のすることだから、なにをしでかすかわからないか。
「あくまで可能性だけどね。それに君たちも疑われっぱなしというのは気分がよくないだろう? 無実を証明したくないかい」
「疑われてもこの町を出ていって二度と近寄らなければいいんじゃないの?」
「手配書が回る可能性は考えてる?」
その可能性があったか。手配書が出たら厄介だし、疑われたままってのもたしかに気分がよくない。
シャーレは俺の考えに従うだろうから、ダイオンはどうかと視線を向ける。
「君のやりたいようにすればいい」
「じゃあ、ついていくか」
ブレンドンはどこかほっとしたように笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう。力づくで逃げることも可能だったろうに。荒事にならずにすんでよかった」
「なにを言うんですかブレンドン様。子供一人に、優男一人、まともに戦えるのはあの男だけ。取り押さえることなど簡単です」
「彼らは豪爪熊に襲われたミーレン嬢を助けている。豪爪熊が肉屋に卸されたことも確認しているから間違いない。君らはあれに勝てる彼らを抑えきれるのかな? 捕縛時に暴れられなくて助かったという幸運を嚙みしめることだ」
警備たちの俺たちを見る目に驚きと少しの怯えが混ざった。シャーレを見る目もそうなのだから、あの熊はここらではかなり名を広めているらしい。
ダイオンの攻撃と俺の魔法でそこまで苦戦せず倒れたんだけどな、あれ。
「ここから移動しよう。彼らの荷物を持ってこい」
ブレンドンが指示を出して俺たちの荷物がテーブルに置かれる。
「中身の確認をしたいんで、少し待ってほしい」
「わかった」
ブレンドンに頼み、俺たちはリュックの中を確認する。あーあー漁られたからぐちゃぐちゃだ。ん? 馬車のお金がないぞ。漁られたときに内ポケットから落ちたかとリュックの中をくまなく探してみたがやはり見つからない。
「輝金硬貨七枚がないんだけど」
「嘘をつくな! もとからそんなものなかったんだろう」
すぐに少し焦った感じで嫌な感じのする男が言う。
「あれは半月くらい前、南の谷にある町で大きな仕事をやってもらった報酬だ。役所の所長からの報酬だから確かめたらすぐにわかる」
「そこからここに来るまでに使った可能性もあるだろうがっ」
俺がなにか言う前にブレンドンが口を開く。
「輝金硬貨なんて目立つものを使ったらすぐにわかる。それに小さな村だとお釣りが準備できないから使えない。だから町とかで使うしかない。南にある谷の町からここまで町は二つくらいだ。調べたらすぐにわかることだな。彼らが嘘をついていないなら、保管していたお前たちの責任を問われる。お前たち彼らのリュックをどのように保管していた?」
警備たちは顔を見合わせて、いつも通り拾得物などを入れる保管室に入れていたと答える。保管室には鍵などついておらず、誰でも入ることができたらしい。
「つまり警備ならば誰でも抜き取ることができたと」
俺がそう言うと、警備たちは顔を顰める。自分たちが盗んだと思われるのが不快といった感じだ。外部の者が入ってきて盗んだ可能性もあるけど、それはそれでセキュリティの問題が出てくる。
「そういえば副長、今朝は上機嫌でしたよね? なんでも問題が解決したとかで」
「な、なにを言っている!?」
警備の一人が疑問を投げかけた。その表情にはもしかしてという疑念が浮かんでいる。
つられてほかの警備もお金の問題を抱えていたらしいと付け加え、周囲の警備から副長と呼ばれた男に視線が突き刺さる。
副長は顔を青ざめさせている。
「馬鹿をいうな! そもそも奴らが金を持っていたと嘘をついているに決まっている、そうに違いない!」
そこまで焦られると疑ってくれと言っているようなものじゃないかな。
ブレンドンも同じように感じたようだ。
「どうやら副長も調べる必要があるようだな」
「ブレンドン様は長年勤務した私よりも彼らを信じるのですか!? あんまりです! それに金に関しては貸してくれる者が出てきただけです!」
「ではその人物に貸したか問うことにしよう。それではっきりするだろうさ」
「そ、それは」
詰まったところで、入口から遅れましたと声が聞こえ、警備が入ってくる。昨日俺のリュックを漁った男だ。あいつも入ってきたときの声は上機嫌っぽかったな。今は疑問の表情だけど。
「皆集まってなにを? え、なんで奴らが牢から出てんだ?」
「朝礼の時間はとっくに過ぎている。遅刻だぞ。なにをしていた」
ブレンドンが厳しい口調で問いかける。
男はちらりとミーレンを見てから答える。
「借金返済が迫っていて、それをすませていました。申し訳ありません」
「ほう、お前も金銭問題を抱えていたと。ちょうど副長も金銭の問題を抱えていて解決したらしい」
「え、ええとそうなんですね」
「ちなみに彼らのリュックから輝金硬貨が紛失したようでな」
「ぁ」
男の表情がはっきりと変化した。しまったという考えがありありと浮かんでいる。
踵を返した男の足に椅子が飛ぶ。それに足を引っかけて男は転んだ。やったのはダイオンだ。
すぐにブレンドンが男に近づき、腕の関節を極めた。
「なぜ逃げようとしたか答えてもらいたいのだが」
「いだだだだっ、折れる!」
「なにも答えないなら折れるが?」
「いだだだだっ」
すごく痛がっているのに、ブレンドンの質問に答える様子がない。ブレンドンはさらに力を込めて、男は悲鳴を上げたがそれでも白状することはなかった。妙に強情だ。お金を盗んだってこと以外に話せないなにかがある? まあ余罪があるだけかもしれないけど。
「拘束して牢屋に入れろ。副長もな」
すぐに警備たちが動いて、倒れている男と副長を拘束する。
「放せ! 俺はなにも関係ない! 輝金硬貨をロッグに渡されて、あいつらを出さないようにしていただけだ!」
副長が警備に拘束されて口を滑らせる。倒れている男がそれに対して短く馬鹿と吐いた。
「ますます解放するわけにはいかないな。詳しいことは牢屋で話してもらおうか。連れていけ」
「はっ」
ブレンドンの指示で警備たちが動く。尋問に関しても指示を出して、警備たちが忙しそうに動き始めた。
感想、誤字指摘ありがとうございます




