188 穴掘り
「あれが神」
大きく息を吐きながらイリーナがその場に座る。緊張したんだろうか?
「言動と見かけは私たちとそう変わらない感じだったわね」
「性格的にはそうかもしれないな。だが自然とできないことはないと思わせる雰囲気を感じさせるのはさすがとしかいいようがない。またこうして見えることがあるんだろうか」
「タイミングが合えば、そんなこともあるんじゃないの? 今日みたいに」
俺がそう言うと、ダイオンとイリーナは少しだけ顔を強張らせた。緊張しすぎじゃない? ローズリットほどに気にするなとは言わないけど、もっと気楽に構えてもいいと思う。
「緊張するほどじゃないと思うんだけど」
「そうは言ってもな。やはり緊張するもんだ」
「ええ、熱心な信者というわけじゃないのに、自然と敬う気持ちが湧いてくるの。シャーレはどうなの?」
特に緊張した様子を見せていないシャーレにイリーナが聞く。
「最初こそ驚きましたが、私の一番は主様なので、その主様が穏やかに接している以上、私も特に思うところはないです」
「神を見たあとでもそう言えるのは、すごいわ。筋金入りね」
今日はもう模擬戦という気分ではないようで、このまま寝ると言ってダイオンとイリーナは消えていく。
シャーレも寝ることにしたようで、一礼して消えていった。
「あの反応は人間か人外かの違いもあるのかしらね」
「ああ、そんな感じで反応が分かれたね」
ローズリットとああだこうだと話しつつ、俺も寝る時間がきて眠る。
翌朝、朝食の場でマプルイに輝星樹の葉をすぐに食べさせるかどうかシャーレと話し合う。そして事件が終わってからにしようということになった。強化が一瞬で終わるかどうかわからず、強化がゆっくりで休養を必要とした場合、移動に困るのだ。
朝食後、出る準備を整えて隣の家に行く。
「おはようございます」
「おはよう。俺たちは出られるよ」
クライヴにこっちもだと返し、皆で家を出る。倉庫からもらった食材を馬車につめて、洞窟の一つへと出発した。
見つけた洞窟周辺にも足跡はあった。でも古いもので、最近の出入りはないとブルゼンは判断する。それでも調査はすることになり、慎重に内部を探っていく。内部には新しく掘られた痕跡など皆無で、ここを住処にしていた魔物との戦闘だけで終わった。それ以外は苔やキノコといった素材の発見だけだ。
ここは外れということで、外で一泊し、魔物を狩りながら村に帰る。
狩ってきた魔物を倉庫に移したり、マプルイの世話をしたりして休息しつつ、夕方前に帰ってきたダイオンたちを出迎える。
「お帰り、ゼル。見張りの件はどうなった?」
クライヴたちの借家に集まって報告を聞く。
「ガファルン殿に魔獣教団について報告したところ、すぐに見張りを置いてくれることになりました。そして外と行き来する者たちへの警戒を強めるということにもなりました」
「それはよかった。見張り役の騎士や兵たちの姿がないが、すでに現地に行ったのかな?」
「はい。洞窟近くまで案内し、私たちは村に帰還しました」
「洞窟の近くに魔獣教団が戻ってきていた痕跡なんかあったかい?」
ゼルはダイオンとイリーナに顔を向けて確認し、否定が返ってきたことでクライヴへと顔を戻す。
「ありませんでした」
「あそこが潰れたことに気づいていない? いや気づいて警戒している可能性も捨てちゃいけないな。ありがとう。今後あそこに寄って新たな情報が手に入っていないか確かめる必要もあるね」
「あの、こちらはどのような状況なのでしょう。すでに洞窟の調査は行ったのですか?」
「一つだけね。ただしそこは空振りだったよ。残りは二つだ。俺たちは明日行くつもりだ、君たちは旅の疲れを癒すといい」
「いえ疲れはありませんから、俺は同行します」
行くと言うゼルを止めたのはクライヴではなく、ダイオンだ。
「お前は休んだ方がいい。報告と案内の任務に気張りすぎて、自身で思っている以上に疲れが溜まっているぞ」
「そんなことは」
「ゼル、俺からも止める。かつては部下がいたダイオン殿がそう判断したということは、本当に疲れが溜まっているのだと俺も思う。洞窟での失態を返上したいというのなら、任務を終わらせたことで十分だ」
カイソーンからも止められてゼルは小さく溜息を吐いて受け入れた。
「武具を脱いでゆっくりと過ごすように。残る二つの洞窟にいなかったら、今度はあちこちと探すことになる。そのとき疲れていては頼れないからね」
「はい」
ダイオンたちにもゆっくりしてもらうため、風呂にお湯を入れてこよう。
シャーレたちも夕飯の準備を始める。
そして翌朝、ダイオンたちに見送られて俺たちは洞窟探索に出発する。その洞窟も外れだった。さらにダイオンたちも同行した最後の洞窟も外れだった。
候補だった洞窟が外れて、ヒントなしで探すことになり、さてどうしようと皆で頭を悩ませる。
村の倉庫からもらい、シャーレとメリエッタが入れたハーブティーの香りが漂う中、クライヴが切り出す。
「アスチルが示した期限まで一ヶ月を切っている。改めて行動を決めたいと思う。基本方針は探し続けるというものでいいと思う。どこをどのように探したらいいと思うかな」
カイソーンがすぐに口を開く。
「二手に分かれての探索は当然とした方がいいでしょうな。あとは怪しいところを見つけてもすぐには行かず、一度村に帰ってきて皆と情報の共有をする」
「それはいいと思うが、見つからなかったときのことも考えた方がいい」
ダイオンが発言し、注目が集まる。
「駄目だった場合はどう動いたらいいと思う?」
「直接行きましょう。リョウジとクライヴ様という地の魔法使いがいるのです。輝星樹様の近くを掘って直接乗り込めるようにしましょう」
盗賊団討伐のときに使った力技だね。俺もそれは考えないでもなかったよ。でも許可が下りるかな。あそこらへんはワシャンさんたちにとって大事な場所だろうし……輝星樹を救うためなら許可は下りそうだな。場所よりも輝星樹そのものを優先するだろうし。
「それができるなら最初からその方が良いのでは?」
フルガナが言い、レペンも頷く。
「逃亡を防ぐためにも出入口は封鎖したい。地上から掘って進むと、本来の出入口から逃げられる可能性があるんだ」
それは考えなかったな。あ、でも盗賊のときも掘を作って逃亡を防いだっけ。
「そうなると、クライヴ様とリョウジ殿は村に残した方がいいということに?」
ブルゼンが聞いて、ダイオンは頷く。
「どれだけ時間がかかるかわからないから、作業は進めておいてもらった方がいいと思う。あとすまないがシャーレは俺たちについてきてくれると助かる。気配察知ができる人間は多い方がいい。万が一に備えてペリウィンクルもこっちに同行を頼みたい」
シャーレがいなくなったらご飯がと思ったけど、食堂があるから心配なかった。
「あーうー……うん。シャーレ、ダイオンたちを手伝ってあげて」
「……はい」
「渋る気持ちはわかるけど、お願いするわね」
イリーナが両手を合わせて俺とシャーレに頼んでくる。離れたがらないことを理解しているから、どことなく申し訳なさそうだ。
気配察知ができる人が必要なのは俺もわかる。俺と一緒に村に残すのはもったいないということもね。
「帰ってきたら一緒にのんびりする時間をとろう。俺にとってもそれは必要な時間だよ」
「はい」
シャーレが嬉しげに頷いた。俺の表情も自然と笑みになっていた。
基本方針を決めて、ワシャンさんのところに行く。今回行くのは俺とクライヴだ。俺が行くのは輝星樹の近くを掘ることだから、俺も同行して直接許可をもらった方がいいと思ったからだ。
出迎えてくれたワシャンさんは、輝星樹の近くを掘ると聞いてすごく驚いた様子だったけど、どうして掘るのか伝えると納得してくれた。根を傷つけないようにと注意もされたけどね。
翌日シャーレたちは出発していった。名残惜しそうだったシャーレの背をイリーナが押していたよ。俺も一抹の寂しさがあった。
遠く小さくなった馬車を見送っているとクライヴに声をかけられる。
「いつまでも見送っていたい気持ちはわかるけど行こう」
「そうだね」
今日の昼はシャーレが弁当を作ってくれたんで、それが昼食だ。夕食からはここの食堂に世話になる。美味いものがでるといいなー。
「前穴を掘ったんだよね?」
「堀ったよ。わりと長かった。まあ、縦じゃなくて横になんだけど」
二人だけなんで敬語はなしだけど、その方がクライヴも気楽そうだ。
「そのとき使った魔法はどういったものだい」
「土を周囲に押しやるもの。崩落が怖かったんで、壁とかを固めながら移動したんだよ」
「たしかに崩落は怖いね。今回は地下に掘っていくから埋まったら大変だ。今回もそれを使ってくれるかな? 俺は土を固める魔法を知っているから、リョウジが固めたところをさらに固めていくとするよ」
「了解。ちなみに地下へは螺旋状に掘っていくつもりだったけど、まっすぐ下に進んだ方がよかったりする?」
「まっすぐ下は移動が大変そうだから予定通りでいいよ」
そんなことを話しつつ輝星樹から三十メートル離れたところで足を止める。あまり近づきすぎて次世代に影響を与えても問題だし、これくらいが限度かな。
「これくらい離れたら根っこを傷つけることはないと思うけど、どう?」
「いいんじゃないかな」
クライヴからも了承を得られたんで、早速魔法を使っていく。まっすぐな床だと滑ったとき大変だろうから大雑把に階段っぽく変化をもたせて地下へ地下へと進む。穴の広さは人一人が余裕をもって歩けるといったものだ。
クライヴも魔法を使って通路を補強していく。そしてふと思いついたように口を開いた。
「これ雨が降ったら水が溜まりそうだね」
「あー、たしかに。地上に上がったら、土を操作して屋根を作って、溝も掘ろう」
「それがいいよ。あとついでにもう一つ」
「なんでござんしょ」
ござんしょ?と首を傾げつつ続ける。
「掘っていくのはいいけど地下水にぶち当たったら大変じゃない? この国は水が豊富だしないとはいえないと思うんだ」
そこらの確認はローズリットに頼むつもりだった。以前穴を掘ったときは外の状況をある程度把握していたようだし、周辺の地形に関して把握できる魔法とかあると思っている。
顔見せだけしてもらおうかな。あまり人が好きじゃないって伝えておけば不愛想っぽくしても気にしないだろうし。
(ローズリット、少しだけクライヴに顔見せ頼める?)
(いいわよ)
ローズリットが俺の肩に出現し、またすぐに姿を消した。
「今のは?」
「精霊。あまり人が好きじゃなくてね、人前に姿を見せないんだ。以前も彼女に地中や地上の様子を見てもらいながら作業を続けたんだよ。今回も頼んでいる」
「ペリウィンクルにメラン、さらにその子も追加なのか。同行している精霊多くない?」
「メラン追加は俺も予想外だよ。いやペリウィンクルたちの加入が予定通りとは言わないけど」
「そんなに精霊に好かれるのは、大精霊の加護が関係しているのかな」
「どちらかというと霊人の方だと思う。もっと言ってしまえば運じゃないかと思う」
ローズリットは好奇心で、ペリウィンクルとメランは神獣化関連だけど、本当のことを言うわけにはいかないし、そんな返答になる。
「……運か。俺がアスチルと出会ったのも狙ってやったわけじゃなくて運だものな、納得できる話だ」
話しながらも互いに魔法は止めていない。
少し壁に触れる。どれくらい固められているのか気になったのだ。爪で軽くひっかいてみると跡は残らなかった。コンクリート並とまでは言わないけどそれなりの硬さがあった。これなら地震がこなければ崩れることはなさそうだ、たぶん。建築や構造については詳しくないから、断言できないのが少しだけ怖いね。
休憩をはさみながらある程度進んで、腹の減り具合から昼かなと思えた時間で外に出る。明るい空の下でご飯を食べたいという俺の意見に、クライヴも賛成したのだ。
体についた土などを叩いて落とし、シャーレが作ってくれた昼食に噛り付く。作ってくれたのはバゲットに具をはさんだものだ。サンドイッチの一種だな。クライヴのもののこれと同じだ。ついでにと一緒に作ったそうだ。
「うん、美味い」
表情を緩めてそう言うクライヴに当然と返す。
「あの子の自慢は躊躇うことも恥ずかしがることもないよね」
「自慢の子だからね。それに本当のことを言っているだけだから。クライヴも女王陛下やブライアのことなら恥ずかしく思わず話せるだろう?」
「そりゃあね」
奥さんや子供のどういったところが可愛いという話を聞きながら昼食を取り、その後また地下に戻る。
感想と誤字指摘ありがとうございます




