187 久々の管理者
話題は移住のことから、この村の決まり事などに移っていく。
この村独自の決まり事はそう多くはなかった。ほかの村や町でも決められているようなもので、この村特有のものは採取されたものの扱いや外の人間との交流に関してだ。横流しになどに関しての決まり事で、それが求められる理由は納得できる。
「持ち出そうとする人を捕まえたときに、決まって口に出す言葉があるのです。それは『こんなにたくさんあるのだから、少しくらいいいじゃないか』というものです。でもですね、たくさんあるように見えて、大陸全土で必要とする数には到底足りないのですよ」
ワシャンさんが溜息を吐きながら言った。
「畑は広いように見えますけど、大陸全土で見たらたしかに小さなものですよね」
メリエッタに頷き、ワシャンさんは続ける。少しだけ愚痴じみた感じになってるな。
「欲しがっている人に渡したら、ほかの人がどうして自分は駄目であいつだけと言ってくるでしょう。一度それをやってどんどん人が集まったという事例もあります。心優しい村長で、相手に同情してしまい、こっそりと渡してしまったそうです。ですがそれがばれたことで自分も自分もとどんどん人が集まり、彼らに渡せば畑や野生しているものがなくなってしまう。断れば集まった人々が自分だけではなく村人たちも責めてくる。自分が引き起こした事態に、当時の村長は自殺も考えたと記録が残っています。善意が善意のままで終わらなかった悲しい出来事です」
話に聞くだけで、ひどいことになったんだとわかる。
「もっと人を受け入れて畑を広くしろとも言われることもあります。ですが人を受け入れるということは、横流しなどの数が増え、それの発見に時間を取られる。そういったトラブルが増えていくと、その行きつく先は輝星樹様の病気だと考えています」
「過去実際にあったことですから、人を増やせといった意見を受け入れにくいんですね」
「そういうわけで移住者は厳しく制限し、この村に近づくのも許可が必要になったのです。それでも稀に横流しや盗難は起きるのですよ。それらに協力した村人を家族から引き離し追放するのは村長で、歴代の村長は必ず一回は追放の告知をしています」
ワシャンさんも告知をしたことがあるのか、憂鬱な雰囲気が一瞬だけ放たれた。
「厳しく制限しているのに、霊人というだけで信を置くのはちょっとまずくない?」
思わず聞く。ワシャンさんは首を横に振った。
「今この村があるのはワーミアーズ様の功績です。彼女がいなければ、この地は衰退したことでしょう。ということはここで採れるものはすべて彼女のものと言っていいと思います。彼女のものを使って村は穏やかに時が流れているのです。同じ霊人のあなたに信を置いてまだ余るくらいには、受けた恩はとても大きい。それにあなたは今のところ無茶を言ってなどいません。さすがに横暴に振舞われたら私もここまで信を置くことはありませんよ」
よくわかるとシャーレが頷いている。俺がシャーレにやったことの規模を大きくしたのが、ワーミアーズなのかな。
「横暴に振舞うつもりはないけど、無茶は言うかもしれませんよ?」
「無茶を言う理由がきちんとしたものなら、納得しますよ。霊人というけだけで信を置いたのは事実ですが、盲目的にまでなっているつもりはありませんから安心してください」
……この村に来てまだ時間は短い。盲目的かどうか判断するには早すぎるし、ひとまずは信じることにしようか。今後この信用信頼が役立つことがあるかもしれないし、積極的にそれを失う利点もない。
話題は村でだされる料理といった気楽なものへと移っていき、一時間ほどで村長宅から出る。
「ここで上手くやっていけそう?」
歩きながらシャーレがメリエッタに聞く。
「まだまだ村人との交流をしてないから断言はできないけど、馴染む努力はするつもりだし、なんとかなると思う」
「応援するよ」
ありがとうと笑みを浮かべたメリエッタは、シャーレに笑顔を返す。
レイレーンのように良い友達になれたか? そうだといいな。
散歩ついでに輝星樹の様子を見てから借家に帰る。輝星樹への接近はワシャンさんから許可をもらっている。力を注ぐことになるのだから、むしろ積極的に行ってほしいということだった。
家に帰ったメリエッタは、ボードゲームをしていたクライブに移住の件を伝える。
クライヴは少し驚いた様子だったけど、本人がそれを望むならと応援する様子を見せた。
今回のことが終われば別れることになるフルガナは少し寂しそうにしていたけど、新たな地での挑戦だとレペンに説明されると納得したように頑張れと言っていた。
フルガナとの付き合いが長いだけあって、レペンは彼女の扱いに慣れていると感心する。
夜になってベッドに入り、ローズリットとの授業の時間だ。
今日はいつもの畳部屋ではなく、草原といったところでやる。そしてメンバーが勢ぞろいだ。ダイオンとイリーナはローズリットが少し無理をして、夢を繋げた。二人が今どうしているか連絡を取り合うためだ。ローズリット自身、どれくらいの距離まで夢を繋げられるかという個人的な興味もあったらしい。
こうして全員が夢の中に集まるのは、イリーナを夢に呼んで以降たまにやっていた。それはダイオンが戦闘の勘を鈍らせたくないということで夢の中での模擬戦を望み、俺がローズリットに頼んで実現したことだった。
俺を守ることに繋がるということでたまにならとローズリットが許可を出し、十日に一回くらいの頻度でやっている。
特に異常なしと報告会を終えて、さて今日も模擬戦だとダイオンたちが離れていこうとしたとき、管理者が姿を見せる。
初めて見る顔にイリーナは首を傾げ、映画館での映像で顔を見ていたシャーレとダイオンは驚き固まっている。
「久しぶり。ここしばらく顔を見なかったな」
「うん、久しぶり」
「リョウジ、この人だれ? ローズリットの作った空間に現れたってことは大精霊とか?」
「俺は管理者って呼んでいるよ。神様と呼ぶ人が多いんじゃないかな」
「……え?」
戸惑ったようにイリーナはダイオンをシャーレへと顔を向ける。
二人も直接は会ったことはないから、戸惑っているんだけどね。
「それで今日は何の用よ」
ローズリットが問う。敬意なんぞないという口調に三人がさらに驚いていた。
「警告というか注意することがあって、それで来たんだよ。あとは礼だな」
「警告とはまた穏やかじゃないわね」
ローズリットは眉をひそめて聞き返す。
「輝星樹に次世代のことを頼まれただろう? それに関してはまあいいんだが、毎日近づくことはやめてくれ。あまり近づきすぎると輝星樹の性質が変わるんだ。わかりやすいのはメランだ。あれも亮二の力を受けて、精霊として生まれた。力を受けずにあのまま放置していれば素材として残ったままだったんだ」
「俺の力を毎日浴びるのは危険なのか? ダイオンたちは特に変化を見せてないけど」
とっくに手遅れだったりしないよな。
俺の発言を聞いて、ダイオンたちはぎょっとした様子だ。
「しっかりと自我を持っていれば問題ない。メランは自我なんてないときに力を受けたから変化があった。次世代もまた種の状態で自我なんてほぼない状態だから高い確率で変化する」
「輝星樹はどう変わるんだ」
「悪い力を吸い込まなくなる。それは世界の環境調整として困る」
「輝星樹の役割ってなんなんだ? こうやって注意に来たってことはきちんとした役割があるんだろ」
「そのまんまだ。悪い力を吸い取って、世界から減らすために輝星樹はある。全部吸い取ることが役割じゃないぞ。ある程度減らすことが役割なんだ。悪い力がなくなると、それはそれで困る。バランスが崩れるんだ」
「悪い力って言ってるけど、世界としては必要とされる力ってことなのかしら」
「そうなるな。生物にとっては悪影響を与える力というだけだ。シャーレたちにはわかりづらいかもしれないが、亮二とその記憶を見たローズリットはわかるだろう。病気に強くなるため、わざと少量の悪いものを体にとりこむことがある。それと同じと思えばいい」
ワクチンとかそういった感じか。ローズリットも納得したようで頷いた。
「そういうわけで輝星樹を変質させられると困るわけだ。それとは別に輝星樹の異変をなんとかしようとしているのは助かる。あのまま放置していれば、次世代の発芽が遅れるくらい力を持っていったからな。調整作業が面倒だった」
「発言よろしいでしょうか」
ダイオンが恐る恐るといった感じで問いかける。
「いいぞ」
「ありがとうございます。輝星樹の異変をあなたがなんとかしようとは思わなかったのでしょうか」
「特に手を出すつもりはなかった。今言ったように面倒なことにはなるが、なんとかできなくはない。その面倒な作業をやらないですむから、礼を言いにきたという面もある」
「……神というには杜撰というか、放置しすぎというか」
「神と呼ぶのはそちらの勝手だが、俺は世界を管理する者と自分をそう認識している。なにもかも救うのではなく、世界が上手く回るように手を出すのが俺の仕事だ。なにもかも救うということは、すべてを把握するということであり、そのようなことは不可能だ。仮に一時的に把握できたとして、万事上手くいくかどうか」
「把握さえできれば上手くいきそうなものですが」
「一つに手を出せば、そのことが周囲に影響を与えて一秒前とはまた違った結果が生じる。それら次々と変わる結果も予測して問題なくやっていく? どれだけの処理能力があれば可能なのか、俺にも想像つかんよ」
手を出したことで一秒前は正しかったことが、次の瞬間には悪い方向へと繋がる切っ掛けになる。そうなったらこれまで考えていたことが意味をなさなくなり、すぐさま新たな手段を考える必要が出てくる。それを考えている間にも時間は流れて、決断を迫って、またその決断が新たな結果を生じる。
少し想像しただけでも、すっごい大変だってことはわかった。神様と呼ばれる管理者のスペックでもそれは無理なんだな。
「納得できたようだな」
管理者はダイオンを見て言ってるから、心の中を読んだんだろう。
「それで礼に関してだが、ちょっとした情報を教えよう。今後に役立つだろう」
「輝星樹の力を吸い取っている奴らの情報じゃなさげだな」
そう聞くと管理者は頷いた。
「それに関しては俺が手を出すまでもない。大きな失敗なく、解決されるだろうさ」
小さな失敗はあるってことか。どんな失敗なんだろう。致命的な奴じゃなければいいけどね。
「どんな失敗か気になっているようだけど、今から挽回しようと思ったら上手く立ち回る必要がある。それこそ明日隠れ家を見つけて、相手に気づかれずに人数や行動パターンなんかを調べて、奇襲できて、相手の情報を丸々手に入れるといったことをしなけりゃいけない」
「それは無理だ。なんの情報も得られていない状況なのに」
「だろう? というわけで小さな失敗は気にしないでおけ。輝星樹に気づかれずに力を吸い取れた時点で、あっちの勝ちのようなものだしな」
「ちなみにそいつらってどれくらい前から準備してたのさ」
「……それくらいはいいか。計画自体は五年以上前で、準備完了して実行開始は約三年前といったところだ」
俺がこっちに来る前から計画されて、開始していたのか。それだけ時間かけたらしっかりと準備も整っているよなぁ。
「それで与える情報についてだが、輝星樹から葉をもらっただろう? あれを一枚丸ごとマプルイに与えるといい」
「するとどうなる」
「マプルイが強化される。ペリウィンクルと合体したとき、飛行速度と距離がぐんと伸びる。具体的には大陸間の海を休憩を入れても二日で飛び越えることができる。薬を作ってもらいに向こうに帰る際の時間がかなり短縮されるぞ。ただし馬車を置いていく必要があるが」
「馬車が重くて速度が落ちるのか」
「いや安定性の問題だ。飛んでいるとき風の影響を受けて大きく進路を変えることがあるだろう。そのときに馬車が揺れて地上や海上に落ちる可能性がある」
「それは困るし嫌だな」
「そういうわけで、二人乗りくらいで移動するといい。三人乗りもなんとかなるが、二人乗りが安定するだろうな」
「マプルイを強化するとこちらの制御を離れて逃げて行きそうな気もするのですが」
シャーレが聞く。ああ、そういえばマプルイ購入のときにそんな感じのことを聞いた気が。
「その心配はない。マプルイが強化されてもお前たちの方が強い。それにこれまでひどい扱いをしていないから、信頼関係もできている」
マプルイと仲良くやれている自信はあったけど、断言されると嬉しいもんだ。シャーレも思わず表情が緩んでいる。
「これで話は終わりだが、なにか聞き忘れたことはあるか?」
「次世代に近づきすぎるなとは言われたけど、具体的にはどういった感じ? 一回近づいたら一ヶ月は近寄らない方がいい?」
「そこまでじゃないな。一時間ほど次世代のそばにいたら、丸一日の時間を開けてくれればいい。丸一日そばにいたら一ヶ月は開けてくれ。注意する期間は発芽して精霊のような姿を見せだすまで。そこまできたらもう大丈夫だ。力を注いでも少し強化されるだけになる」
それくらいか、しっかりと覚えておこう。
管理者はこれで話は終わりと判断したようで、帰っていった。
感想ありがとうございます




