185 魔獣教団
翌朝、畑に出て行く村人たちを見ながら、俺たちもマプルイたちを馬車につないで東へと向かう準備を整える。
向こうに三日くらい滞在予定のつもりで、食料をもらい馬車に詰め込んだ。もらった分は魔物を狩ってお返ししないとな。
村を出て、昼過ぎに輝星樹が言っていたと思われる洞窟を見つける。場所はここで間違いなさそうだ。輝星樹の周辺よりも感じられる悪い力が濃い。まだまだ我慢できる範囲なのが助かるな。
集まっている悪い力に関してダイオンたちに聞いてみると、ほんの少しだけ異臭がするかもという反応だった。
洞窟の入口はちょっとした丘の中腹にあり、その周辺をまずは調べる。人のいた痕跡を探すのだ。
ブルゼンが中心となって痕跡を探していき、何人もの人間が残した足跡を見つけることができた。それは洞窟へと続いている。
「あの洞窟を使っている人間がいるのは確かですね」
「最近のものかな?」
クライヴの問いにブルゼンが頷く。
正確なところはわからないが、一年前といった遠い痕跡ではないとブルゼンが言い切った。
「慎重にあそこに行こう。さっきは見張りはいなかったよね?」
「はい。目立たないよう見張りは中にいるのかもしれません」
馬車を木陰に置いて、レペンとフルガナとメリエッタを留守番として置く。魔獣がいた場合は実力不足ということと、俺たちの帰りが遅い場合の村への連絡役として残したのだ。
その三人は納得していたけど、シャーレも残した方がいいのではと疑問を発していた。それをクライヴたちが大丈夫だと同行を認める。彼らは日頃のシャーレの動作などから、ただのメイドではないと見抜いていたのだ。
真正面から見えないように移動して、まずはブルゼンが入口そばまでよっていき鏡を使って中を確認していく。
十分ほどかけて観察したブルゼンがオーケーだとサインを出したので、できるだけ足音を出さずに移動する。
「ここから見たかぎりだと入口付近に見張りはいません」
「ありがとう。この先も先導を頼む」
頷いたブルゼンが歩き出し、皆がついていく。
シャーレに炎で洞窟の地面を照らしてもらうと、俺でもわかるくらいには足跡が残っていた。その炎がゆっくりと前後に揺れる。風が吹いているのだ。入ってきたところとは別に穴が開いているということだろう。
ブルゼンが慎重に進むため、ペースは遅い。そして今のところ人間に遭遇することなく進めている。
そうして十分ほど歩いて、不自然な横穴をみつけることができた。
「ブルゼン、これは人が開けたものでいいと思うかい?」
クライヴが小声で聞く。ブルゼンも小声で返す。
「ええ、魔物が掘ったり自然に裂けてできたにしては地面が平で歩きやすい。ここまでの道がでこぼこしていたのに、ここから先はそういったでこぼこが少ないしょう?」
炎に照らされた下り坂はブルゼンの言うように、でこぼこが少ない。
「ここからはさらに慎重にということか」
「ええ、そうです。皆も気をつけてくれ」
頷きが返ってくるのを見て、ブルゼンが先導する。
目立たないように小さな炎で足元を照らしてもらってゆっくりと坂道を下り、五分もたたずに前方に明かりが見えた。
ブルゼンが先に行って様子を見てくると言い、俺たちはその場で足を止める。
少し先に進んだブルゼンが、足を止めて先を観察する。五分くらい探り、ゆっくりと戻ってくる。
「どうだった?」
「広めの空間があるようで、そこから話し声が聞こえてきたのですが、どうやら油断している様子。ただし主だったメンバーはどこかになにかを届けに行っているようです」
「人数はどれくらいだと思う?」
「聞こえてきた声だけだと三人ですかね。でも誰かに声をかけていたように思われたので、三人以上はいるでしょう」
「奇襲できると思うか」
ブルゼンは少しだけ考えて頷いた。
「成功するでしょう。警戒が感じられませんでした。ですが探れなかった範囲に人がいる可能性はあるので、そういった人がこちらを逆に奇襲してくることを覚悟しておいてください」
「わかった。ここでなにをしているのか知りたい。できるだけ生かして捕らえてくれ」
奇襲すると決めたクライヴが全員に伝えて、動くタイミングをブルゼンに任せる。
任されたブルゼンはひとまず広間入口まで移動しようと、皆とそこまで移動する。
入口まで行くと俺たちの耳にも話し声が聞こえてくる。
『司祭様たち今頃どこまで行ってるすかね』
『さてなぁ。行商人として偽装している関係で、商売を疎かにしていると怪しまれる。だからまっすぐには進めんだろう』
『それでも警備線からは出ているだろうさ』
『集めた力がきちんと隠れ里まで届くといいんすけど』
『よほど鋭い奴じゃなければ気づかんさ。魔獣様そのものならばともかく、そのお力となる源は常人には気づきにくい』
魔獣に様付けってもしかして。
(魔獣教団ね、こいつら。どうやったかはわからないけど、悪い力を集めているみたい。魔獣に与えるつもりなのかしら)
(やっぱり魔獣教団か。会話に出てきた隠れ里に魔獣がいるってこと?)
(それはわからないわ。昔隠れ里の一つに入り込んだとき……続きはあとで気づかれたわよ!)
ここにいるのが魔獣教団だと気づいたのは俺だけではない。クライヴたちも気づいて、その中でゼルが動揺し思わず「なんだって」と声を出してしまったのだ。
魔獣教団の面々は誰かいることに気づき、すぐに行動を起こす。それだけ突発的なトラブルに慣れているということなんだろう。
「情報漏れになりそうなものは燃やせ! ジャスターはお力を持っていけ!」
「了解っす」
「突っ込むぞ! 燃やされては困る!」
クライヴが言い、騎士たちとイリーナが突入する。
俺も中に入る。二十歳手前の男がラグビーボールと同じくらいの筒を持って奥の通路へと駆け込んでいた。
ブルゼンがその若い男を追って奥へと走っていく。
俺も追うかと思ったら、火があちこちで上がる。消火が先だ。
クライヴたちはこの空間にいる教団員の制圧に動く。教団員の数は出て行った若い男も会わせて五人。皆そこまで強くないように思える。
それは彼ら自身も理解できているから、侵入者である俺たちに抗う前に証拠となるものを燃やそうと動いたんだろう。そしてすぐにそう判断したおかげで、火の手があちこちで上がったんだろう。
「俺が消す!」
「頼んだ!」
クライヴの返事を聞いて、水の魔法をばらまいて消化していく。同時に遠くでなにかが崩れた音と振動が伝わってくる。
逃げた通路を崩されたかと思っている間に、イリーナたちは四人の教団員を鎮圧していく。負けを悟った彼らはすぐに覚悟を決めた顔で口を動かす。
カイソーンが止めようとしたが、その前にうめき声を上げて四人は口から血を流す。
「ポーション!」
ダイオンが魔獣戦用にと持ってきていたポーションの使用を言葉短く指示する。
すぐにイリーナが教団員の髪を掴んで顔を上げさせて、ポーションを口に突っ込もうとしたけど、血を流し苦しみながらも歯を食いしばって治療を拒否した。
舌を噛んで死ぬとかそうとう苦しいって聞いたのに、苦しみながら意地でも口を開かないとかどれだけ覚悟が決まってるんだ。それも四人ともだ。魔獣教団ってこんな奴らばかりなのか?
(私が見た隠れ里はわりと長閑だったから、万が一のとき覚悟できる人材がこうして隠れ里から出て活動しているだと思うわ)
さすがに全員が自死を即座に選べるというのは覚悟が決まりすぎか。
絶命した四人を床に寝かせて、この場の調査が始まる。すぐに見つかったのは魔獣教団だと示すシンボルなどだ。金目の吠える熊の横顔、これが魔獣教団の証だ。かつての教主が熊の魔獣だったんだろうか?
(人型だったらしいわよ。熊は教主の友だとか)
里に侵入したとき経典を子供に読み聞かせる場面に遭遇し、教主と熊の関係が出てきたんだそうだ。
シンボルのほかにはここでの暮らしで使っていた食器や寝袋や私物などがみつかる。一番残ってほしかった書類や日記といったものは完全には燃えなかったけど、燃えて判別が難しくなったところに水浸しでとどめをさされたという感じだ。それでもなんとか読み解けないかと、クライヴが回収を指示している。こういうとき時間魔法を使いこなせたら、燃える前に戻せるのにな。まだまだ勉強中なので難しすぎる。
一番の収穫は悪い力を集めていたと思われる魔法陣だろう。
「どういった構成なのか、悪い力を集めてどうしようと思っていたのかとかわかるかい」
魔法陣を見ていたらメモを取り出したクライヴが隣に来た。
「いやさっぱり。ある程度の時間を置いたら少しはわかるかもしれません」
わかりそうなローズリットが俺の目を通して魔法陣を見て、解析中だ。
「ただ魔獣教団が魔獣になるかもしれない力を集めていたってことは、まず間違いなく魔獣関連の厄介事に繋がるんでしょう」
「そうだよね。新たな魔獣誕生とかならないといいんだけど」
クライヴが心配そうに言うのと同時に、ブルゼンが奥の通路から戻ってきた。その手には持ち逃げされた筒がある。
「回収できたのか。よかった」
「このままだと逃げられると思って、いちかばちか崩落覚悟で魔法を使ったら、逃げた男だけが天井から崩れた土砂に押し潰されまして」
「危ないことをしては駄目だろう」
「これは回収した方がいいと勘が囁いたので」
ブルゼンが回収した金属の円柱を軽く揺らす。
「中にどのようなものが入っているかわかるか?」
「振ってみたところ空のような感じですね。液体や粉のような重量や揺れはありません。まあ空ということはないでしょうね。持って逃げようとしたくらいですし」
「そうだね。取り戻すことを考える可能性もあるし、大事に保管する必要がある。のちのちそれを解析すれば、魔獣への対抗手段もみつかるかもしれない。今はただそうであってほしいという期待でしかないが」
円柱の保管をブルゼンに頼んで、クライヴは魔法陣の記録を取る。
邪魔しないようにクライヴから離れて、燃え残ったものを見ているダイオンたちのところに行く。
「なにかわかった?」
「難しいな。今のところ、ここに来たのが一ヶ月二ヶ月前じゃなく、年単位だってわかるくらいか」
「申し訳ありません。俺が動揺して声を出したりしたから」
ゼルが項垂れつつ謝る。
そのゼルの肩をカイソーンがポンポンと叩く。
「あれは仕方ない魔獣教団なんてものが潜んでいるなんて知ったら誰だって驚く。俺も驚いたからな」
「俺もだ。それにあいつらのあの反応だと、俺たちが奇襲しても執念で燃やそうとしただろうし、結果は変わらなかったかもしれない。気にし過ぎず、次は落ち着いて行動できるようになれ」
カイソーンとダイオンの励ましにゼルは神妙に頷く。
「輝星樹の力を吸い取ったり、悪い力を集めたりはもう何年も前から計画されて、少し前から実行という流れでいいのかな」
空気読めてないかもしれないけど、話を戻すため聞く。
「おそらく。少なくとも行き当たりばったりじゃなく、しっかりと目的があり、その達成のため計画が立てられているんだろう。俺たちがまったく気づかなかったら、どんなことが起きたのやら。こうして気づいたことで最悪は避けられたと思いたいね」
そうだといいんだけど、すでにここで集めた悪い力が持ち出されているって話していたし、どうなるかな。
「本命の方はどう? 輝星樹の力を吸い取っている奴らの情報はなにか出た?」
「そっちについてはなにもだな」
ダイオンは隣で一緒に燃え残ったものを見ていたカイソーンにどうだと問いかける。カイソーンは首を横に振る。
「残る三つの洞窟に潜んでいると助かるんだが」
「ああ。でもそうじゃない可能性を考えて、移動中も怪しいところを探そう」
ダイオンとカイソーンが頷き合う。
「ところで輝星樹の地下で力を吸い取っているのも魔獣教団でいいんだよね? なんで一緒の場所で作業してないんだろ」
「……別々かもしれないぞ。リョウジの言うように同じ場所で作業していてもおかしくはない。それが別々にやっているのだから、魔獣教団とはまた別のところが共同でやっている可能性もある。輝星樹様の力とここに集まる悪い力の相性が悪くて別々にしているだけかもしれないが」
そう言うカイソーン自身、はっきりとしたことはわからないようでやや自信なさげだ。
別々だとすると、馬鹿をやる組織がもう一つあるってことに。ラムヌの残党だったり、物騒なことを考える奴はどこにでもいるもんだな……残党の可能性もあったりするのかな? 情報がないからはっきりとしたことはいえないけど、あれなら今回のようなことをやりそうではある。
ダイオンたちが燃え残ったものから、そこらへんの情報を発見するかもしれないな。
感想と誤字指摘ありがとうございます




