182 輝星樹に到着
川を渡り、岸に上がって、船の往来を眺めた。
多くの船が移動して、それらがぶつかりかけるといった人災以外のアクシデントはなく、魔物の被害はでなかった。
これならここを離れても大丈夫だろうと判断したクライヴによって出発が告げられる。
渡った先の町にいる町長の代理によって、解決のお礼としてもうしばらく逗留を求められたらしいけど、俺たちの目的は輝星樹だ。いつまでもここで足を止めているわけにはいかないと断ったそうだ。
というわけで食料補充がすむと、町を出る。
この川が一番の難所だったようで、残る行程は足止めされることなく進むことができた。
北に進むほどに輝星樹が集めているという悪い力はなんとなく感じられた。しばらく感じていなかった排気ガスの匂い、それに近いものが常にうっすらと漂っている。今のところ体調は悪くなっていないけど、これが濃くなったら多少は気分が悪くなるかもしれない。
そうして各国から集まる兵の駐屯地として使われる村に到着する。村の周囲には畑や牧場がある。畑には飼料に使われる植物ばかりだとダイオンが言っていた。
この先に進むにはこの村を経由する必要があるらしい。ここでもらえる小さな旗を馬車につけておけば、見回りの兵にいちいち止められることもないそうだ。
あとはどういった人が進もうとしているのか面接が必要なようで、俺たち全員が村の会議室に移動する。
黒板と教卓があって、そんな部屋で椅子に座って待っていると、学生時代を思い出すな。
そんなことを思っていると五十歳を過ぎた軍服の男が入ってきた。ニール種のようで、たぶん牛かな。角と髪の色がそれっぽい。
男は教卓にある椅子に座って、口を開く。
「隣国の有名人をお迎えできるとは光栄ですな。私はこの村でまとめ役をしているガファルンと申します」
「初めましてガファルン殿。クライヴと申します。この度は急な来訪申し訳ありません」
「いえいえ、しっかりと許可を得ての来訪です。気になさらず。しかし向かう理由は輝星樹の調査とだけしか書類に書かれていないのですが、なぜ調査が必要なのか教えていただけるのでしょうか」
「はい。私の付き合いのある大精霊から輝星樹が枯れると教えられました」
ガファルンさんは目を細めてクライヴを見る。動揺している感じはない。知ってたのか?
「その枯れるペースが早いということで、調査に来たのです」
落ち着いていたと思われたガファルンさんが驚きの表情で立ち上がった。
「ちょっと待ってください! 枯れるということを知っているのも驚きなんですが、ペースが早い? たしかにそう言ったのですか?」
「そちらでも枯れることは把握していたのですね。大精霊は断言しました。あと二年はもつ予定だったけど、約三ヶ月で枯れるというところにまで早くなったと」
ガファルンさんは椅子に座り、渋い表情で続ける。
「最近輝星樹の元気がなくなっているという報告はありました。まさか枯れる時期が早まったことが原因で?」
「おそらくそうなのでしょう。ですので輝星樹に異常があったり、周辺に怪しい人物がいたのかといった情報を知りたいのです。なにか情報は入ってきていませんか?」
「元気がないこと、それ以外となると」
なにかあるかとガファルンさんは考え込んでいる。
「輝星樹に無関係そうなものでもいいので、なにかありませんか」
クライヴがもう一度言う。
ガファルンさんは「うーむ」とこぼしてさらに考えていく。
「……やはり覚えはないですな。ですが輝星樹の近くにある村ならばなにか掴んでいるかもしれません。元気をなくし始めていると知らせてくれたのはあそこです。なにかしらの異変を察知して対応しているかもしれません」
「そうですか。ありがとうございます。その村に行ってみようと思います。どちらに進めばいいのか教えていただきたい」
「この村の先に山が見えるはずです。そちらへ進んでいけばやがて川にぶつかります。それにそって北上すれば村がありますよ。ゆっくり進んでも三日もかからないですね」
「輝星樹もそこに?」
「ええ、明るいうちは周囲の木よりもやや大きいだけに見えるでしょうけど、日が暮れるとほのかに光を放って綺麗なのですよ。ああでも元気をなくしているのなら、あまり綺麗に見えないかもしれません」
描いてみたいとイリーナが小さく呟く。
俺も見てみたい。綺麗に見えたらいいな。ちょっと楽しみだけど、寿命が尽きかけているからガファルンさんの言うように無理かもしれない。
「見たいものですね。村でなにかしの情報を得たら、こちらに情報を流した方がいいでしょうか」
「そうしてもらえると助かります。こちらでも見回りを強化し、なにか見つけたら村へと報告に行きます」
話は終わりに向かう。その中で、国境の町では輝星樹の寿命が知られていなかったことをクライヴが疑問として出す。その答えは人々を動揺をさせないためというものだった。輝星樹の存在を考えると、寿命が尽きることを知らせると少なくない混乱が起こると予想された。だからガファルンさんたちは情報を伏せたそうだ。
クライヴとの話し合いが終わり、俺たちにも簡単な質問が行われ、通しても問題ないと判断される。
そして二つの通行許可証の旗をクライヴがもらった。
許可は出たけどすぐには出発せず、マプルイや馬たちの疲れをとるため一日休みを取る。この先にある村よりも、ここの方が腕の良い獣医がいるそうなのだ。休みついでに診察をしてもらうのだ。
ついでにダイオンも医者に足を診てもらう。ここに来るまで無茶はしていないので、悪化はしていないけど良い方向へと進んでもいない。普通なら今後一生この足首は違和感を残したままだと、これまで見てもらった医者と同じ診断結果が出る。
一方でマプルイたちの方は、なにも問題なく健康そのものといった診断をもらえた。
ガファルンさんに教えてもらったコースを進む。なにかしらの異常がないか、皆で周囲を見ながらの移動だったけれど、なにも見つからなかった。
ごく普通の自然の風景が広がり、俺たちにもクライヴにも見慣れたものだった。しかしそれがおかしかった。前情報では清浄な水などにあふれた場所と聞いていたのに、どこでも見かける当たり前の風景だ。それ自体が輝星樹に異常がある証拠だった。
それをローズリットから指摘されて、俺が口に出すと、皆も「あ」と気づいたように周囲をよく見ておかしさに気づいたようだった。
おかしな部分はもう一つある。アスチルが言ってた悪い力、それは確かに漂っているのだけど、思ったよりも濃くないのだ。アスチルの話では集めるだけで、吸収はされていないはず。それなのに悪い力が少ないのは疑問だった。
そのまま川にそって進むと、大きな畑のある村が見えてきた。その村のすぐ近くには小さな森があり、一際大きな木も見えた。目測だと高さは三十メートルくらいかな。広葉樹で葉の数が少ない。
あれが輝星樹なんだろうと皆で話しつつ、村に到着する。
「いらっしゃいませ、お客様」
馬車置き場に、馬車を置かせてもらうと村人が話しかけてくる。
「お邪魔します、でいいのかな。ここに滞在したいのだけど、宿はあるんだろうか?」
クライヴが俺たちを代表して村人に返す。
「あいにくと宿はありませんから、来客用の空き家に泊まっていただくことになります。この人数では少々狭いでしょうから二軒で過ごしていただくことになります」
「屋根があり風雨にさらされないだけでもありがたい」
「そこまで案内いたしましょう」
「村長にもお会いしたいのだが、大丈夫だろうか」
「ええ、大丈夫です。荷物を置いたあとでよろしいでしょうか?」
マプルイたちを厩舎に預け、荷物を持って空き家へと案内してもらう。
畑に出ている人がほとんどのようで、村の中は静かだ。
利用客が多いからか、綺麗に掃除された空き家に荷物を置いて、村長の家に向かう。
メリエッタはただのお手伝いだからと遠慮しようとしたが、滞在するなら挨拶は必要だろうと一緒に行くことになる。
周囲の家とそう変わらない家に到着し、案内してくれた村人が玄関を開けて、客を連れてきたと知らせる。
出てきたのはリアー種の三十歳半ばの女性だ。アメジストの目を持ち、左肩から小さな鉱石の角を出している。
「村長、許可証を持ったお客様をお連れしました」
「案内ありがとう」
案内してくれた村人は俺たちに一礼し、去っていく。
村長に中へと招かれて、リビングに通された。
「白湯で申し訳ありませんがどうぞ」
お気になさらずとクライヴが返す。皆がお湯を飲んで、一息ついたのを見て村長が口を開く。
「ようこそおいでくださいました。歓迎いたします。私は村長をやらせていただいているワシャンと申します」
「ご丁寧にどうも。私はクライヴ、隣国ワンキーで王配という地位にあるものです。こちらの騎士は私の同行者であり、あちらの傭兵たちも同行者ですが彼らは彼らの目的がありここに来ています」
「隣国のクライヴ様というと大精霊様の加護を持つという?」
やや驚いたように目を見開くワシャンさんにクライヴは頷く。
「そのような方がこの村にどのような用件なのでしょうか」
クライヴはアスチルから聞いたことを話す。
「大精霊様も輝星樹様の寿命を察していたのですね。輝星樹様から寿命が尽きるということを直接聞かされたとき、私たちに動揺が広まりました。どうにかならないかと質問したのですが、寿命はどうにもならないと穏やかに諭されて、私たちも受け入れたのです。そして輝星樹様が亡くなるその日まで交流を続けようと決めたのですが、ある日を境に言葉を交わすことができなくなりました。それは弱っているからなのだと私たちは考えていたのですが、そうではなかったということですね?」
異変は承知していたけど、それも予定通りと考えていたんだな。輝星樹の外見に目立った異常がなく、苦しむ様子もなかったからなんだろう。
「ええ、そうなるのでしょう。私たちは問題を解決したくてここまできました」
「それはありがとうございます。私たちも力になります。しかし異常ですか、交流できなくなった以外に目立った異変はなかったように思うのです」
「一度輝星樹様のところに連れて行ってはいただけませんか? 部外者である私たちなら気づけることがあるかもしれません」
「そう、ですね。行ってみましょう。私たちでは見慣れたものでも、皆さんならば疑問を感じるかもしれません」
案内しますとワシャンさんが立ち上がる。
皆で家を出て、すぐ近くの森に足を踏み入れる。人の行き来を考えて小道ができていて、その先に輝星樹が見える。
歩きながらクライヴがワシャンさんに話しかける。
「先ほどの話で、輝星樹様と会話しているような内容がありましたが、精霊のように会話ができるのでしょうか?」
「はい、私たちが近づくと人のような姿で現れてくださるのです。輝星樹様が言うには、話しやすいように同じ姿をとっているだけで精霊というわけではないとのことでした」
ローズリットのように魂とか精神体を人間のように見せているのかな。
「精霊ではないのですか」
「輝星樹様本人が言うには、魔物のようなものだとか。もちろん私たちは魔物とは思っていませんが」
「まあ、魔物とか言ったら多くの人から批判されるでしょうね」
クライヴの言葉に、皆が頷いた。
じゃあなんなのかと言われると困るんだろうなぁ。付喪神とでも言えばいいんだろうか。でも無機物に魂が宿ったのが付喪神で、植物には当てはまらない。樹霊とでも呼んでおこう。
そもそも輝星樹の生まれはどんな感じなんだろうか。役割を考えると管理者と関係がありそうな気がする。管理者が生み出したのなら神獣の親戚みたいなもので、神樹と呼ぶのが正しい? 輝星樹に直接聞けたらわかりそうだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます




