180 川の主の行動解析
魔物は速度を落としたこちらに追いつこうとすることもなく、止まったところをうろうろとしているらしく水面に波紋が生じる。そして顔を出して二つの船に水の塊を飛ばしてきた。それに対処していると、魔物は遠距離攻撃を止めて上流へと戻っていき、そのまま去らずにこちらへと体の向きを変える。
「なにをするつもりはわからないから、爺さんたちいつでも動かせるように頼む」
ダイオンの頼みに頷いた爺さんたちはそれぞれの役目を果たすため身構える。
そうしているうちに魔物は勢いよく下流へと泳ぎ出す。水飛沫をあげての速い泳ぎで、体当たりするつもりなのだろうとわかる。コース的にはクライヴたちを狙っているようで、向こうが避けるために動き出す。
だが先ほど止まったところで魔物がまた止まった。止まったというよりは止められたという感じだった。そのまま前に進もうとしているけどできないでいる。
なんだか紐を付けられた犬を思い出させる挙動だな。一生懸命前に進もうとするけど、紐の長さの関係でそれ以上進めない。
「見えない壁がある、わけはないよね。私たちが通れたんだし。ここらで魔物避けの魔法でも使ってるの?」
イリーナが爺さんたちに聞く。
「そういった話は聞いたことはないのう」
話している間にも魔物はどうにか前に進もうとしていたけど、やがて諦めたように上流へと去っていった。
明らかにおかしな挙動だったよな。
二つの船を岸に寄せて、俺たちは陸に降りて魔物の行動のおかしさについて話し合う。
「あの魔物自身があれ以上進まないようにしているということはないと思う」
クライヴの発言に皆が頷いた。
「となると進めない理由があるんだろうけど、薬でああいった行動をとるようになると思う?」
それはないな。薬でやるような挙動じゃないと思う。パントマイム的な挙動とでもいうのか、薬のみで特定行動をああもはっきりと縛るのは困難じゃないかと思う。
皆も薬はないと考えたようで、肯定的な表情はなかった。
「呪いとかの魔法、錬金術で作った見えない糸。そういったものの方が納得いく動きだったと思いますな」
カイソーンに同意するようにうんうんと頷く。
「錬金術師の意見を聞きたいね」
俺はローズリットに聞いてみよう。見えない紐で動きを拘束する魔法などがあるのかどうか。
(ある。錬金術の道具を起点として、それと魔物を結び付けて魔物を一定範囲に留める。魔法も要を作って、それと魔物を繋げることで行動の制限をできる。これらが原因だとすると人の手によって、あの魔物は活動範囲を制限されていることになる。偶然川底に落ちたものが発動することはないわ。手順を踏まないと発動しないし。ちなみに今度は上流におびき寄せて、そちらの限界位置を確かめると錬金術の道具の位置がわりだせるかもしれないわ)
(そうなの?)
(一般的に広範囲に効果を出すような錬金術の道具は球体に効果範囲が形作られているの。だから端と端がわかれば、その中央にある可能性が高いわ。ただし変に手を加えられていたらそのかぎりではない)
なるほどなぁ。さすが長く知識を蓄えているだけはある。
(あと行動制限の道具に凶暴化させる効果はないから、制限のほかにもなにかしらの魔法か薬が使われているでしょうね)
制限と凶暴化は別々ってことをきちんと知らせておいた方がいいよな。
「動きのおかしさもそうだけど、凶暴化の方もきちんと判明させた方がいいと思います」
「別々の問題かな?」
「そう思っていた方がいいと思います。行動範囲の方だけを解決して、凶暴化した魔物が自由になる可能性があるかもしれませんし」
「順番的には凶暴化解決、行動範囲の制限の解決ってことになるかな。さっきまで魔物を見ていて、なにか気づいたところはあるかい?」
クライヴは皆に聞く。けれども全体像が見えたわけじゃないから、どこがおかしいと気づけた人はいなかった。
「もし原因が魔法か錬金術にあるのなら、それらのありかがわかるかもしれません」
ローズリットから聞いたことを、どこかで聞いたと誤魔化してそのまま話す。
「それはぜひやってみたいね。また町長に頼んでみよう。あとは一度まともに戦って、観察した方がいいかな? 凶暴化の原因も探らないとだし。でも危ないしな」
「襲われた人たちがなにか見ているかもしれません。戦う前にそちらから情報を求めてみましょう」
ダイオンの提案にそれがいいと皆が同意して、クライヴも頷く。
町に帰ることにして、襲われないように餌を網から出して川に流す。
町に戻り、爺さんたちに協力の礼を言うと、またなにかあれば協力すると言ってくれた。小さな船で魔物に追い回されたってのに度胸のある爺さんたちだ。
クライヴは先ほどのことを町長に知らせに行き、俺たちは依頼を受け付ける店に行って、そこで情報を求めることにする。
店に入りブルゼンが受付嬢に声をかける。
「すまんが、少しいいだろうか」
「はい。どのようなご用件でしょうか」
「紹介してほしい人がいる。今俺たちは役所と協力して川の魔物の調査で動いていて、魔物に襲われた人から聞きたいことがあるんだ。船の護衛をした傭兵を紹介してほしい」
そうですねと受付嬢は言い、店内を見渡す。そして誰か見つけたようで、声をかけた。
「ロブスさん、こちらへ来てください」
呼びかけに反応して近づいてきたのは三十代の傭兵だ。
受付嬢は川での話を聞きたがっていると伝え、業務に戻る。
頷いたロブスは店のフリースペースで話そうと言い、そちらへ歩いていく。
「聞きたいことってのはなんだ?」
ロブスの真正面に座ったブルゼンが話し出す。
「俺たちは今暴れている魔物の調査でさきほど川に出て、魔物を餌でおびき寄せたんだ。それで下流へと移動していたんだが、あるところで魔物が進まなくなった。諦めたわけじゃなく、不自然に止まったんだ」
「その話は初耳だな。俺たちのときはそんなことはなかったよ」
「それのほかにおかしなところがないかって思って、こうして話を聞こうとしているんだ。小さなことでもいいから、魔物が通常と違ったところはなかっただろうか」
「通常と違うところねぇ……俺はそういったことはわからなかったな。だが護衛をしたのは俺だけじゃない。ここで待っていればほかの奴も来ると思うぜ」
「ありがとう。これは少ないが礼だ。ついでにこれからやってくる奴で護衛をした奴を教えてほしい」
いいぜとロブスは頷く。
ここに全員で待つ必要はないかな。ブルゼンたちに任せて、俺たちは川の近くにいる人に魔物について聞いてみようか。
そう伝えるとブルゼンたちもそれでいいということだったので、店を出る。
聞き込みをして、特に良い情報が入らず昼になって一度宿に帰る。昼食をシャーレたちと一緒に食べて、昼からも聞き込みに向かう。今度はシャーレとメリエッタも一緒だ。
あとで町の方の嫌な感じも調べてみたいなと思いつつ何人かに声をかけて、これといった情報が得られず、そろそろ帰ろうかと思っていたら魔物がまた船を襲う。
元気だななんて声に出せば怒られそうな感想を抱いていると、シャーレが「あ」と声を漏らす。
「なにか気づいたの?」
イリーナに聞かれて、自信なさげに答える。
「後ろの左ヒレになにかくっついていたような気が」
見えたかと皆で顔を見合わせる。誰も気づかなかったようで、それを見たシャーレもさらに自信がなさそうになる。
「ゴミがくっついていただけでしょうか」
「今のところはそうかもしれないね」
誰かほかの人が見ていないだろうか。見ていたら、凶暴化の原因かもしれないっていえるんだけど。
もう一度見れないかと少しその場で待ってみるけど、魔物はどこかに行ったようで見ることはできなかった。
宿に帰って、ブルゼンたちの方はなにかしらの収穫があったか尋ねる。
「こっちもこれといった収穫はなかったが、一つどうなんだってことは聞けた」
「それは?」
「あの魔物に以前にはなかったものがくっついていたような気がするって傭兵の一人が言っていたんだよ」
それって、もしかして。
「後ろのヒレに?」
「そうだが、そっちでも見た奴がいるのか?」
「シャーレが見たらしいんですけど、俺たちは見えなかったんですよ」
どんな形だったとブルゼンがシャーレに聞き、モスグリーンの長方形の金属プレートのように見えたのだとシャーレが答える。
「こっちも似た感じの情報だった。ってことはそれが怪しいって思っていいんじゃないか?」
「ありえますね。魔物からそれをはがすため、拘束する方法を考える必要がでてきますか」
拘束が無理なら足をぶった切る、というのは死にそうだから無理かな。
できるかどうかわからないけど思いつくのは、大きな船を二隻準備して、上手く網で捕まえて岸に寄せて、ヒレが水上に出るようにしてはがすって感じか。
船の方が力負けしそうだ。その前に素直に網に捕まってくれそうにもないな。
クライヴなら上手い方法を思いついてくれるだろうか。
(魔法でどうにかすればいいじゃない。魔獣のときのように岩の壁を作って、魔物を囲んで閉じ込める。囲んだ範囲の土を盛り上げれば水上に出せるでしょ)
おー、ローズリットから案が出た。
(できるかな)
わりと作業量が多い気がする。
(あなたとイリーナとクライヴっていう土の魔法使いがいるからできると思うわよ? もう少し作業量を減らしたいなら、あらかじめU字型に壁を作っておいて、そこに餌をくっつけた小型船を使っておびき寄せて、囲んだ部分に魔物が入ったら土を盛り上げる。こんな流れかしらね)
(餌につられたっぽいし、やれなくもなさそうだね。提案してみよう)
ローズリット作の案を言ってみるとすぐにイリーナから意見が出る。
「私は壁は作れないわよ?」
「土を盛り上げるだけならできないかな。壁は俺とクライヴ様が担当して、魔物が誘導されてきたら三人で土を盛り上げる」
「土の操作だけなら大丈夫ね。私はそれ以上の案はでないし、全員がそろったときにもう一度提案してみたらいいと思う。ダイオンはどう思う?」
「俺もそれでいいと思うぞ。これといった考えはでなかったしな」
クライヴが帰ってきて、ローズリットの案を話す。
「壁なら俺も作ることができるね。やってみようか。上流へのおびき寄せの許可ももらえた。ただし下流への移動速度よりも落ちるから、今日よりも魔物に接近される可能性があるだろうとアドバイスされた」
そっか、水の流れに逆らうもんな、船の移動速度はたしかに落ちそうだ。
ダイオンに風の魔法を使ってもらって、船の移動速度を上げてもらうってできるかな。聞いてみるとダイオンは首を傾げる。
「ただ風を送るだけならやれると思う。だが操船の邪魔になるかもしれないから、世話になった船乗りたちに聞いてみよう」
船乗りから話を聞いたり、餌の準備をしたりで、上流への移動は順調にいって明日の昼過ぎになるだろう。
そして翌日になり、昨日決めたことを実行していく。
風の魔法に関しては爺さんの指示に従うのなら「いける」という言葉をもらえた。操船に関しては素人なダイオンも、プロがそう言うのならと魔法を使って補佐することにした。
クライヴたちの船にも、もう一人風の魔法が使える船乗りが乗り込むことになる。かわりにクライヴとブルゼン以外の騎士が降りる。重量を減らすということと、昨日の時点でたいして役に立っていなかったからという自己判断からだ。
準備を整えて、川に出て、昨日と同じように魔物を待つ。凶暴化したことで知性は下がったのか、警戒する様子なく同じように魔物は近寄ってきて、上流へと移動を始めた俺たちを追いかけてきた。
魔物に追いかけられながら、後ろのヒレに注目したけど、その部位は水の中から出てこなかったのでプレートの確認はできなかった。
移動の範囲の方は確認ができた。昨日のように急に止まって、それ以上近寄ってこなかったのだ。
ローズリットによると、錬金術の道具や魔法の要が川底に落ちているのなら、こちらと向こう岸の船着き場の直線上にはなく、やや下流のところにあるということだった。
クライヴが船乗りたちとここらの地図を広げて確認して出した推測も、ローズリットと同じ位置だった。
川底をさらう場所の特定が終わり、あとは魔物からプレートの排除をして、錬金術の道具か魔法の要を回収するだけになる。
順調に解決へと進んでいくことに、町長はさすが大精霊の加護の持ち主だと絶賛しているらしい。騎士もクライヴが他国でも活躍することが嬉しそうだ。
クライヴ当人は内心微妙に思っていそうだけど、俺たちの中心はクライヴだと見られているし、目立つ肩書を持っているんだからそう評価されるのは当然だよな。
感想と誤字指摘ありがとうございます
昨日は次話投稿のボタン押し忘れて投稿してなかったというミスでした




