178 川の町
メランの行動が変わらないのを見て、シャーレたちはベッドメイクの練習に戻る。
これずっと手に吸い付かれるのも邪魔だし、どうにかしないとな。寝ているときとか潰しかねん。
(どれくらい吸い続けると思う?)
(わからないわね。様子を見てみましょう)
そうするかと本を読みながら、たまにメランの様子を見ていく。
時間が流れて野営の時間になり、馬車から降りる。
「リョウジ、その小さい精霊はどうしたんだい」
いまだ手から離れないメランを見て、クライヴが聞いてくる。騎士たちも興味があるのか、俺の手に視線が集まる。
「数時間前に生まれたばかりの子ですね」
どういった経緯で生まれたのか説明していく。神獣の力を受けてといった部分はもちろん省略した。
「クライヴ様、精霊ってそんなふうに生まれるんですか?」
フルガナが大精霊と付き合いのあるクライヴに聞く。聞かれたクライヴは困ったように首を振る。
「いやぁ、精霊の生まれ方は聞いたことがないから。そもそも精霊なのかな」
「魔物というには凶暴性が足りないと思うんですよ。こうして噛みついてますけど、まったく痛くありませんし」
「精霊は噛みつきはしないと思うよ?」
「そうなんですけど。まあ、しばらく様子を見てます。俺以外に興味を示していませんし」
「いつのまにか毒が送り込まれたとかならないか?」
ブルゼンが聞いてくる。
「毒があるならこうして噛みつかれていたら、赤くなったり腫れたりすると思うんです。でもそういった変化はまったくない」
見てみますかと精霊のいる方の手を持ち上げると、そのとき精霊が口を放した。
次はどんな行動をとるのかと皆が注目しているなか、ふあぁっと欠伸をしたかと思うと丸まって眠り出した。
「食って寝て、起きたらまた食うって感じになりそうですね」
リスと同じだ。親に似たんだなぁ。
精霊としてそれでいいのだろうかとカイソーンが言う。
「メランの親にあたるリスの精霊も似た感じでしたよ。大精霊様からの証言もあります。そのことはクライヴ様も聞いてますよね」
そうなのかと注目が集まり、クライヴは頷いてみせた。
「たしかにリョウジがリスの姿の精霊を保護していて、それがだらけていたのは大精霊が言っていたよ」
「そういう精霊もいるのですな」
皆の注目を受けても自由にやっているこの精霊やあのリスは特別図太い性格かもしれないけどね。
眠ったのなら馬車の中に布を敷いて寝かせておこうかと思って、棚に布を敷いて離れる。するとメランがすぐに起きて泣きそうになっていた。こっちに手を伸ばしながら歩いている。
「おっとあぶねっ」
棚から落ちる前に手のひらに移動させると安心したように丸くなる
(一人寝はまだできないようね。あなたの力を間近で受けていないと不安なのかしら)
(ポケットの中に寝床を作るか)
メランをハンカチで緩く包んで、苦しくなさそうなのを確認しポケットに入れる。そのまま眠り続けているから、これは大丈夫なんだな。
夕食前に風呂に入るときも頭に眠ったメランを乗せておけばおとなしかった。お湯に濡れたりしていたけど、気にせず寝ていた。俺に触れておけば満足なんだろうなぁ。それだけ神獣の力がご馳走なのか。夕食を食べながら、それに関してローズリットに聞く。
(ローズリットやペリウィンクルも神獣の力は美味しいと思ってんの?)
(美味しいとは思わないけど、上質なものとはわかっているわよ。神獣化が決まる前から死にかけた精霊を治癒できていたんだからあなたもすごさは理解できるでしょう?)
(あー、そう言われると納得できるかな)
食べ終わり、頭にメランを乗せて片付けを手伝っているとイリーナが隣に来た。
「よく寝ているわね。リョウジから離すとどうなるのかしら。ちょっと私の手に移動してみてもいい?」
「馬車の中に置いていこうとしたときは寂しそうにしていたけど」
またそんな反応になるのか、それともイリーナの力を吸おうとするのか気になって移動したメランを見る。
「あ、すぐに起きたわね」
俺から離れたらまたすぐに起きて、俺の方へと移動しようとする。そのメランをイリーナは親指と人差し指で胴を抱えるように持つ。
「これから一緒に行動するんだし、私たちにも慣れてもいいんじゃないの?」
そう言いながらイリーナはメランの頬をちょんちょんと突く。
ばたばたと手足をばたつかせていたメランは自身を突いてくる指を邪魔に思ったのか、両手で抱えるように持って噛みついた。
「いった!」
皆の注目がイリーナに集まる。
イリーナが少し強めに指を引けばメランの口から指は離れる。
メランを受け取ると、口直しといった感じで俺の手を甘噛みし始める。
「痛くない?」
「ないけど。イリーナは痛かったのか?」
「ええ、ほら歯形がくっきり」
突き出された人差し指には小さな歯型が残っていた。そこらの人間より丈夫なイリーナの肌にああもくっきりと歯形を残せるとはなぁ。小さくてもさすが精霊なのか。それとも魔物の性質が悪さしたのか。
「私も手に載せてみたかったけど、言い出さなくてよかった」
「やらない方がいいわ。ほんとに痛かったし」
残念そうなメリエッタに、イリーナがお勧めしないと首を振る。
「大きくなったらほかの人に慣れてくれるでしょうか?」
「さてねぇ、そうなってほしいけど。リョウジの味だけじゃなくて、ほかの人の味にも興味をもてば近寄ってくるかもしれない」
成長すれば味覚に変化がでてきて、そうなるかもしれない。
イリーナは駄目だったけど、俺と繋がっているペリウィンクルはどうだろうかと寝る前に試してみる。
ペリウィンクルに姿を現してもらい、その背にメランを置く。そして離れる。
シャーレたちも注目していると、メランはすぐに起きて戸惑ったような顔になった。
(ペリウィンクルの気配があなたに酷似しているから戸惑っているようね)
あ、羽毛を持って齧った。味見して確認しようとしたのかー。ペリウィンクルが嫌そうな雰囲気を出しているけど、メランは羽毛の甘噛みを続けている。満足はしていないようで、メランの表情は困惑のままだった。ペリウィンクルがいれば一応俺から離れられるのだという結果を得られて、メランを回収する。
「ペリウィンクル、ありがとうな」
「ピィ」
身を震わせながら返事をしたペリウィンクルが散歩に出ると言うので、外に出してやる。
「ペリウィンクルは嫌がるかもしれないけど、子守は任せられそうだな」
「うん、押し付けすぎたら駄目だろうけどね」
ペリウィンクル自身も生まれたばかりで、まだ幼くて世話される側だしね。そこは忘れないようにしよう。
メランという新メンバーを加えて移動を続けて、一回川を越える。
そこの川幅は五十メートルに届かず、橋でもあればすぐに渡れそうなところだったけど、橋はなかった。そこにいる人に話を聞くと、昔から増水が頻発して橋をかけるたびに流すらしく、橋がかけられることがないらしい。魔物や精霊が悪さしているのかと思ったけど、現地の人の意見では治水技術が未熟ゆえに橋をかけられないということだった。
水の国というくらいだから、治水に関しては昔から課題になっていそうだし、それに伴って技術も発展しているんだろう。それでもここはまだ難しいのだなと思いながら、船に乗り込む。
一見穏やかに見えるその川が秘めた激しさについて皆で話し、短時間の渡河を終えた。
そうして北進を続けて、問題となるラボー川に到着する。
川のそばには町があり、川岸には多くの船が見える。ここの川幅はキロ単位くらいだろう、向こう岸は見えるけど遠い。
なんか嫌な感じがあるんだけど、その感覚がおかしい。魔物は川にいるんだから川から嫌な感じがするはずなんだけど、町から嫌な感じがする。あと嫌な感じが遠いというんだろうか、はっきりとここから感じられるのに遠い。これまでにない感覚だ。
ローズリットにこのことは伝えておいたけど、ローズリットも首を傾げていた。俺の能力なんだから、ローズリットが不思議がっても無理はない。
ひとまず馬車を預けて、宿をとる。
クライヴとカイソーンが町長に話を聞きに行き、俺たちも情報収集のため宿を出る。宿の前で俺たちと騎士組+メリエッタで別れて歩き出す。
さすがにメランを出していると目立つので、旅をしている間にシャーレに頼んで、小さな袋を作ってもらいそれにメランを入れて首からかけるようにした。服の下にメランを入れておけるようにしたのだ。
ローズリットやペリウィンクルのように姿を消せるといいのだけど、生まれたばかりだからか、それとも姿を消すこと自体できないのか、ペリウィンクルに手本を頼んでやってもらったけど、メランが姿を消すことはなかった。
今は俺の鎖骨辺りを甘噛みしている。満腹になったら寝るだろ。
川岸にずらりと並ぶ船を見ながら、シャーレたちと歩き、休憩中の船乗りを探す。船は行き来しているけど、その数はすごく少ない。数は多くはなくとも行き来しているなら、渡れそうだな。
「ちょっといいか?」
「うん? なにか用か」
ベンチに腰掛けて、煙管の準備をしていた中年の船乗りにダイオンが声をかけた。
「ここに来るまでに、この川で魔物が船に攻撃をしかけていると聞いたんだ。だがああして船が行き来しているってことは、もう解決したのか?」
「いや、解決しておらんよ。なにも問題がないなら、もっと多くの船が行き来している。今動いている船は、どうしても移動させなきゃならん荷物を運んでいるんだ。熟練の傭兵と熟練の船員を乗せてな」
「ということは一般の行き来は無理ということに?」
「町長からはできるだけやめろと言われておるよ。金を積めば出る奴はいるだろう。だが無事渡れるかどうか」
話していると川の様子が変わった。
見た目プレシオサウルスの魔物が顔と背を出し、水の塊を口から放出して船の胴へと当てている。そんじょそこらの魔物よりでかいな。並の一軒家を超す大きさだ。ここらの船は大きなものはないから、体当たりされたらひとたまりもないだろう。
攻撃に対し、傭兵たちが魔物そのものに当てず、周辺へと魔法で攻撃をしかけている。
水を吐くのを止めた魔物が水中に戻り、すぐに船が揺れる。船底を攻撃されているんだろう。傭兵たちは水面に魔法を使って対応している。
船が転覆するようなことはなかったけど、制御を失ったようで流されるように進路を川下へと変えていく。
ほかの船も水中から軽く攻撃を仕掛けられたのか、魔物を避けるように迂回して川を渡っている。
「あれが噂の魔物なのかな?」
「ああ、守護神とも呼ばれていた魔物だよ」
「守護神?」
「あれは人間は食わないのさ。魔物や魚を主食としていて、攻撃したり、川を汚したり、川を荒さなければ襲いかかってくることもなかった。あれがいるからほかの強力な魔物もこなかったしね」
共存できていたのか。それはたしかに守護神と呼ばれてもおかしくないね。
だから攻撃を直接当てず、追い返すようにしてるんだな。問題解決するには、ただ倒せばいいってわけじゃなさそうだ。
「誰か怒らせるようなことをしたとか」
「したんだったら町の住民から袋叩きだろう。でも今のところ誰かがやらかしたという話は出ていない」
「原因についてこれじゃないかって意見が出てたりは?」
「誰かがやらかしたというのが一つ。川上から魔物をおかしくさせる毒が流れているというのが一つ。川底でなにかが起きているというのが一つ。この三つが主流だ。役人たちが怪しいことをした奴がいないか聞き回ったり、川上に行ったりして原因を探っている。川底だけは調べようがないから、そこに原因がないことを願うよ」
あの魔物とほかの魔物がいる水中を調べるのは難しそうだもんな。
俺からも聞いてみるか。地球だとサーファーが鮫に襲われるのは亀やアシカに似ているからって言われているらしい。ここの魔物が好物が船に似ているから襲われるようになったとかないかな。
「あの魔物って以前から船を攻撃することはあったんですか?」
「あったが、それは船の方に問題があったな。おとなしい魔物だってなめてかかって挑発して転覆させられたという奴ばかりだ。ただ行き来するだけなら攻撃されることはなかった。近くを通って揺れるくらいだな」
「襲われるようになった前から船の形が変わったとかあります? 遠く離れたところの海だと、小舟の海中から見た形が好物に似てるから魔物が襲うようになったとか聞いたことあるんですが」
「ほう、遠くだとそんなことが。でも形を変えた船なんぞないはずだ」
「だったら好物と間違えたって線はなさそうですね」
「好物ではないけど、好みが変わっていらつかせる形に感じた可能性もあるな。ああ、新作品の塗料で挑発したなんてこともあるかもしれんな。役人に知らせようか」
休憩がてら役人に知らせてくると船乗りはその場を離れていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます