175 酒盛り
「ダイオンが想う相手なんだけど、彼の足の怪我があるでしょ? あれをやったのは私なのよ。だから怪我が治るまではそういったことを言えないわね」
治ったからといって、好意に応えてもらえるわけでもないとイリーナは心の中で続けて、酒と一緒に心の奥へと飲み込む。
「イリーナは、ダイオンさんの足の怪我が治ってからがスタートですからね」
「そういうことね。あとはフルガナだけよ、話していないの。ほら白状しちゃいなさい」
「ええと、そのー」
言いにくそうにしているが、三人から見られ続けていると観念したように口を開く。
「レペンです」
「同じ騎士見習いの?」
こくんとフルガナが頷く。
ライバルであり、切磋琢磨する友人。競い合い、励まし合っていくうちに気になりだしたのだ。
「でも向こうは期待された人気のある人で、こっちはそこらにいる見習い。家もこっちは領地なしの準男爵家。あちらは領地ありの子爵家なんです。釣り合わないですよ。ほら私のことよりも、もっとほかのことを話しましょ」
「あら、さっきあなたが言っていたことと違うわね。諦めるには早いと言っていた本人がさっさと諦めるの? せっかく一緒に旅できるのだから、これをチャンスだと張り切りそうなものだけどね」
「うっ。それはその……でも無理だし」
やれるという自信が湧かないのか、フルガナは顔を俯かせる。
「諦めることを悪いと言っているわけじゃないですから、ばつが悪そうにしないでいいんですよ。ですよね、イリーナ」
「ええ、無理なものは無理。そういったことは珍しくないし」
安堵させるように微笑むシャーレとイリーナがそう言うと、フルガナはほっとしたような表情でジュース割りを飲む。
今回の目的の一つはこれで果たしただろうとシャーレとイリーナは考える。
今後もフルガナがメリエッタに傭兵復帰を勧めるようなら、この話をすれば諦めてもおかしくないことがあると理解するだろうと。
腹を割った話し合いでどうにかするつもりだったわけで弱味を握る気はなかったのだが、有効なようなので利用させてもらうことにした。
後日、この助言を受けたメリエッタが誘いを断るときにこのときの会話を持ち出すと、フルガナは一瞬硬直し気まずそうに誘いを諦めることになる。
無理な誘いがなければ、フルガナは性格的に問題ないため、メリエッタとの関係は穏やかに続いていく。
あとは小難しいことを考えず交流を深めることを考えていけばよいとシャーレたちは気楽に構える。
「話を変えましょうか。私たちはこの大陸のことに詳しくないから隣国がどんなところなのか知らないんだけど、二人はなにか注意点とか知っているの?」
「詐欺に注意と聞きますね」
話が変わって助かったという様子でフルガナがすぐに答える。それにメリエッタが頷く。
「あー、聞くね。輝星樹の素材で作られた薬だって言って売るとか。ものが良いものだから、騙される人が続出しているんだとか」
良い素材を使っているのだからできも良くて当然ということで、品質の悪いものが詐欺の薬として売り出されたときは騙されることはない。だが品質が良いものだともしかしてと考える人がいて購入してしまうのだ。そしてそこらの良品と変わらないとわかったとき、詐欺師はとっくに逃げ出している。
「何度もそういった詐欺があったのなら、手順とかもわかって詐欺師が捕まるのではないの?」
イリーナとシャーレの疑問に、メリエッタとフルガナは首を横に振る。
輝星樹素材の薬は金持ちたちが主に購入し、一般人には手の届かないものだ。それでもお金を貯めてなんとか家族や知人を助けようと購入を望む者はいる。そういった必死に求める者に詐欺師たちは忍び寄り、売りつけるのだ。
金持ちならば品質確認などをする余裕も持てるが、一般人はこれで家族を助けることができるという安心から、そこらへんの確認を怠ってしまい騙されるという形になる。
「一般人相手に売ったものが詐欺だとばれたら、その詐欺師の末路は怖いんですけどね」
酔い始めてきたのかフルガナはケラケラと笑いながら言う。
「刑罰を与えられて終わりってわけじゃなさそうね」
「輝星樹に対する信仰や商品価値をも貶す行為ですからねぇ。死んで楽になれないとだけ言っておきます。こういった場で語ることじゃないです」
詐欺師の末路は人体実験だ。研究中の薬を投与されてその経過を観察される。投与される薬は、強く副作用がでそうなものを選んで使われるため、骨がもろくなってろくに移動できなくなったり、口内がぼろぼろになって歯が抜けたり、視力を失ったりとさんざんな結果に終わることが多い。そういった実験の犠牲の末に、役立つ薬が世に出回っている。
フルガナもそこらの詳細は知らないのだが、噂として聞こえてくることだけでも酒が不味くなるので口に出すことはなかった。
「詐欺師とかの話はやめましょ。もっと楽しいことを! サッシャムは水が良いらしいから、お酒とか野菜とか美味しいらしいですよ。シャーレにぜひ腕をふるってもらいたいですね」
「それは楽しみな情報を聞けた。一緒に料理を作るときに味見が進みそうね」
体重に気を付けないと、とメリエッタも楽しみにした様子でジュース割りを飲む。こちらもほんのりと顔が赤くなっていて酔いだしているらしい。
このまま軽い話題へと誘導するようにして酒盛りを楽しんでいこうとイリーナは考えて、次はなにを食べようかとつまみに視線をやる。
そんなイリーナの雰囲気を察して、シャーレも気を抜いた。
◇
丸焼きもほどよく焼けて、酒盛りが始まる。
ダイオンたちが買ってきた酒は俺には強かったんで、ジュースで割って飲む。
まだまだ酒より料理の方が興味あるな。ケバブみたいなものをもらって食べる。
「ここ数日でわかっていたが、あの嬢ちゃんの料理は美味いな」
チーズハムカツを片手にそう言うのはブルゼンだ。クライヴとカイソーンが頷く。
シャーレが俺たちに作ってくれたおつまみは濃いめの味でがつんとくるものだ。女性陣は軽めになっている。
「仕事であちこちに行ったけど、この腕前はなかなか見かけないね」
「ええ、良い腕をしています。いろいろなレシピを学んでいく今後が楽しみな子ですね」
二人の手にはつくねがある。
あとで皆が褒めていたって教えよう。嬉しがるだろうな。
「ゼルとレペンの作った丸焼きの料理も美味いね」
ダイオンがケバブを齧って感想を言う。これも美味いよね。
「そりゃ良かった。これだけは作り慣れているからな。不味いものを作ると大変なんだよ」
そう言うゼルに、なにが大変なんだとカイソーンが聞く。
「これは収穫祭のメイン料理なんですけど、これを作るのは男の役割だったんです。俺たちの先祖が狩りの成果を自分で調理したのが、今も伝統として残っているんです。祭りのメインが不味いと町の皆から笑いものになるんですよ。あまりに不味いと女の子にももてないんで、町の男たちはこれだけは練習してある程度上手に作れるようになるんです」
「もてるためか。そりゃ練習もするよな」
ブルゼンがおかしいそうに言い、ケバブを手に取る。
「このできは、お前たちの努力の成果なんだな」
「いや、そんなにもてたいと思って上手くなったわけじゃないんですけど」
感心されると恥ずかしくなったのかな、ゼルが頬をかいてあらぬ方向へと視線を向ける。
ブルゼンはゼルからレペンにニヤニヤとした顔を向ける。
「レペンはどうなんだ? もてるために練習したのか?」
「俺は補佐だけで、メイン調理に参加したことないですよ。だから練習もしてないです。メインで作る前に騎士になるため王都に来たから」
「だったらこっちで惚れた女はいんのか?」
惚れた女と聞かれてレペンは、少し悩んだ感じで腕を組んだ。
惚れた相手はいなさそうかな、あの様子だと。気になっている子がいる感じ?
「少しは気になる女がいるようだな。秘密にしてやるから言ってみろよ。ついでにどこが好きなのかも気になるな。胸か? 尻か?」
ブルゼンがレペンの隣に移動し、肩を組んでからかうように声をかけている。レペンはしどろもどろになって、困っていた。
「弟がピンチだけど、止めなくていいのかい」
「問題ないでしょう」
クライヴがゼルに聞いている。それにゼルはうっすらと笑みを浮かべて、首を横に振った。
「あいつはあなたと一緒の任務ということで緊張しすぎていましたから。ブルゼンもそれがわかっていて、彼なりに緊張を解してやろうと考えて、ああやって絡んでいるとわかります。それよりもこういった会話は不快ではありませんか?」
猥談は男だけの酒盛りだと定番だからな、それでもお偉いさんがいる場所でやるのは不適切ではないかと考えたんだろう。
「気にならないよ。傭兵時代はこういった会話もあった。今じゃあ誰もこういった感じに話を振ってこないから、懐かしく思えるね」
「王配に猥談を振ろうと考える者はいないでしょうなぁ」
ぐびりと酒を飲みながらカイソーンが言う。普通は不敬罪とかでバッサリ斬られるって思うよね。クライヴなら奥さん関連でひどい下ネタを振らなければ大丈夫そうだけど。
「リョウジとダイオンは騎士だけで盛り上がった感じで退屈していないかい」
「大丈夫です。楽しんでいますよ」
ダイオンの言葉に追従し頷く。
「昔を思い出す。新人によくあんなふうに俺や同僚が絡んだものです。たまにはやりすぎて喧嘩になって、上司に叱られたりね」
「ダイオン殿はどこかに所属していたのか」
カイソーンに聞かれてダイオンは元騎士だと返す。
「わけあって騎士を辞めて、今はリョウジたちと一緒にあちこちに旅をしている。騎士をやっていたことに不満などないが、今の旅暮らしも楽しいものだ」
騎士を辞めたという部分に、カイソーンとゼルは反応する。
「言っておくが問題を起こして辞めたわけじゃないからな。厄介な病気にかかって騎士勤めは難しいと判断して、きちんと王から退職を認めてもらい、おだやかに城を出たんだ。その後は治療法を求めて一人であちこちを放浪していた」
「ああ、そうだったのか。今もその病気は続いているのか?」
「いや治ったよ。これまで一緒に行動して苦しそうにしていないだろ」
「足以外は大丈夫そうだが」
「まあ、これはな。治療のあてはあるから、そこまで不安とか感じていないよ」
ダイオンたちの会話を聞きながらおつまみに手を伸ばしているとレペンが爆発した。
「俺ばかりに聞くんじゃなくて、ほかの人にも聞いてくださいよ!」
「ふむ、そうするか。ゼルは前に聞いたし、クライヴ様はさすがに不敬、カイソーンさんも聞いたことあったから、ダイオン殿とリョウジ殿に聞くとするか」
退屈じゃないかって聞いてきたクライヴの声が聞こえていたのかな?
「二人の好みとかいいなと思える部分は?」
「むっちりとした太腿がいいな。綺麗な肌で触り心地が良いと最高だな」
「髪をかきあげたときの首筋に色気を感じるときがあるね」
ダイオンがすぐに答えたんで、俺もそれに続く。高校や大学で友達と話したことをそのまま出せばいいから、恥ずかしく思うことでもないな。
「クライヴ様は女王様のどこか好きなんです?」
クライヴにも話を振ってみる。騎士たちがぎょっとした感じになった。性的に好きなところを聞けばアウトだろうけど、ただたんにどこがと聞くならセーフだろ。こういった話は昔はしていたそうだし、そこまで困ることもないだろう。
クライヴはこの話題に混ざることになるとは思っていなかったのか少し驚いた表情になって、笑みをこぼして考える。
「女王陛下としてではなく、家庭人として俺と息子だけに向けてくれる表情かな」
どういった感じなんだろうと想像してみようとしたけど、そもそも女王陛下の顔を知らないから無理だった。
「陛下は常に厳粛な雰囲気だと思うのですが、家族の前だと少しは柔らかくなるのですか?」
ゼルにそう聞かれて、クライヴは頷く。
「うん、いつも気を張っていると疲れるしね。俺たちの前では気を緩めてくれるよ。国内がもっと安定すると俺たちの前だけじゃなくて、皆の前でも少しは穏やかな部分を出すかもしれないね」
「そうなるように尽力したいものですな」
カイソーンが言い、騎士たちが頷く。
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