174 交流
服や下着や補修用当て布といったものを女性陣が買っている間に、俺とダイオンは香辛料や乾物を買いに行く。
シャーレやイリーナは下着を買うときに俺たちがいても平気だろうけど、メリエッタが恥ずかしがると思ったので別れたのだ。
三十分くらいで合流し、昼食後も買い物を続けて荷物を馬車に置く。
午後三時過ぎには準備は終わって、宿を引き払い、馬車でクライヴたちを待つ。
豪華ではないけど、しっかりとした造りの馬車がやってきて、その中からクライヴたちが降りてきた。
「待たせたかな。同行する騎士たちを紹介しようと思う」
五人の騎士がクライヴの背後に並ぶ。
三十代半ばの男が一人、二十代前半の男が二人、メリエッタと同年代の少年少女が一人ずつだ。
「一番年上の彼がカイソーン。騎士たちのまとめ役だよ。二十代の革鎧の彼はブルゼン。偵察を得意としている。もう一人の二十代の彼と十代の彼は兄弟で、ゼルとレペン。最後に彼女は、異性ばかりじゃメリエッタが緊張するだろうと選ばれたフルガナだ」
レペンとフルガナは騎士見習いと付け加えてくる。レペンは才があるので、この旅で経験を積ませるためゼルが連れて行くことを望み、許可が出たということだった。
カイソーンは普段から王都勤務ではなく、国内警邏をメインにしていて旅慣れているらしい。
こちらも自己紹介をして、輝星樹までのルート説明に入る。
西の国境まで移動してサッシャム国に入ったら、そこからは北北西へ。輝星樹はサッシャム国の最北部。大陸全体で見ると中央に生えている。
サッシャムは水の国と呼ばれるくらいに、川や湖が多い国だ。移動も小型船や中型船が多く、世界で一番船の製造や操縦技術が発展している国だ。
俺たちも何回かは船での移動になるらしい。川を上ったり下ったり、川を越えたりと繰り返すんだそうだ。
今の時期は増水の心配もないだろうから、順調に行けるとクライヴたちは考えていると締めくくって、早速出発になる。
メリエッタは騎士たちに慣れるため、クライヴたちの馬車に乗った。
そして出発して三日くらいで問題が判明した。
旅ができなくなったとか、魔物が道を塞いだとかではない。メリエッタとフルガナの相性が悪かったのだ。仲違いという方向ではなく、物事の考え方の違いからくる相性の悪さだった。
今日の移動を終えて、野営準備を始め、シャーレと一緒に料理を作るためメリエッタが近づいてくる。フルガナから離れられてほっとしたような表情だった。そのフルガナはダイオンたちのトレーニングに混ざっている。
そんな光景から目をそらしてメリエッタはなにを作るのかシャーレに聞いて、材料を切っていく。
「今日も誘われたのか?」
「はい。悪気がないのはわかっているんですけど、こうも何度も誘われると」
フルガナはメリエッタを鍛錬に誘っている。それをメリエッタはもう一般人として生きていくからと断っているのだ。
フルガナは人当たりの良さという性格面も考慮されて選ばれた同行者だったのだけど、諦めの悪さが持ち味の人間だった。男たちの中で、負けるかこんちくしょうと日々を過ごして騎士を目指している。家は文官の家系で、家族から危ないことは止めておけと騎士になることをやんわりとだが止められていた。そういった状況でも努力して、騎士まであと一歩というところまで頑張っているとメリエッタから聞いている。
対してメリエッタは折れた人間だ。傭兵というものを諦めて、平穏を求めている。自己紹介のときに、そうなった経緯を話し、騎士たちはそういったこともあるだろうと理解を示した。だが一人フルガナだけはもう一度立ち上がらないかと励ましていた。
悪意はない。純粋に善意で言っているとはたから見ていた俺たちもわかる。
「明るいし気遣いもできて良い人なのはわかるんですが、完全に諦めたといっても聞いてくれない頑固さだけはちょっと」
「励まされて鍛錬を始めたとしたら、まだ傭兵に未練があったってことだろうし。傭兵に未練があるならそもそも傭兵団を退団しないよな」
「はい」
メリエッタが頷く。彼女の中ではもう完全に傭兵をやるという選択肢は消えているんだろうね。
「どうにかわかってもらえないでしょうか」
「そのうち諦めてくれそうだけど、それまでにストレス溜まりそうではあるよね」
腹を割っての話し合いをクライヴ監修でやってもらう? 弱い気がするな。さすがにクライヴがいると赤裸々に話せないだろうし。
隠しようもない本音を叩きつけられたらいいんだけど……酒を入れての女子会でもやってもらうか? 解決しなくても騒げばストレス解消にはなるだろ。
女子会となるとシャーレも参加することになるな。お酒飲ませても大丈夫? まだ早い気もする。
「お酒ってだいたい何歳くらいから飲んでいいんだっけ」
「主様なんで急にそんなことを聞くんです?」
「腹を割って話したらわかってくれるかなと考えて、女だけで集まって酒盛りやってもらおうかなと。それにシャーレも参加することになるかもしれないし、何歳から飲んでも大丈夫なのかなって」
「オリンズが飲まされたのは十五歳くらいだったかな。シャーレはいくつか聞いたことなかったわね」
「そろそろ十五歳です」
「十五歳にはちょっと見えないね」
成長しているとはいえ、ようやく本来の年齢に追いついてきた感じだし、本来の年齢よりも若く見えても仕方ない。
「お酒を飲むにはまだ早いかもしれない。参加してもらって、ジュースだけですませてもらう感じになるかな」
「参加は決定なんですか?」
「一人でも人数多い方が盛り上がると思うし」
「はあ」
そうなんだろうかと俺を見てくる。それに頷く。
文化祭の打ち上げを最初は数人でやってたけど、ほかのクラスメイトが合流して人数が増えて盛り上がった経験はあるのだ。
「まあいいですけど。いつやるんです?」
「お酒とかおつまみとかお菓子を購入したいだろうし、今日は無理じゃないか? あと騒ぐなら野営中の方がいい。俺たちの馬車の中で集まってやれば迷惑にならんだろ」
「クライヴ様に酒盛りの件を相談して、許可が下りたらやってみようと思う」
それがいいと返し、俺は風呂作りのためその場から離れる。
食事後、食器などを片付けてメリエッタはクライヴに相談し許可をもらう。
その日は男たちも外で酒盛りをするという流れになる。この先まだまだ付き合いは続くから、ある程度交流をしようということらしい。
酒盛りをして注意が散漫になっても平気そうな場所を探したり、旅の進路上にあった町で酒やお菓子などを仕入れたり、魔物を狩って食材を入手したりと数日かけて準備を整えていく。
そうして早めに野営の準備を整えて、風呂に入ってさっぱりとしたあと男女で別れる。
◇
シャーレが作ったつまみとお菓子、ジュースや酒を持ってラフな服装の女性陣が馬車に入っていく。馬車の中は温められているからか、厚着ではなく寒そうで、急いで入っていった。イリーナは長袖シャツにパンツルック、シャーレは厚手のシャツにジャンパースカート、メリエッタはブラウスにフレアスカート、フルガナはトレーナーっぽい上着にショートパンツだ。
外にいる男性陣はシャーレが浮かばせたいくつかの炎で暖をとっている。そちらにもシャーレの作ったつまみはあるが、メインは丸焼きにしている魔物だろう。ゼルたちの故郷料理らしく、ケバブのようにして食べるようだ。
馬車の床に持ち込んだものを広げて、イリーナには酒、メリエッタとフルガナには酒のジュース割り、シャーレにはジュースが入ったコップが配られる。
「じゃあ、まずはこの酒盛りが楽しくなることを願ってかんぱーい!」
イリーナがコップを掲げて、三人も同じように掲げる。
喉を潤して、並ぶ料理やお菓子へと手を伸ばす。
「ん-っ肉のソテーが美味しいです!」
ほおばった肉を飲み込んで、フルガナが満面の笑みで次はなにを食べようか選びながら言う。
そのフルガナにメリエッタが自身の食べたものを勧める。
「こっちの胸肉のサラダもさっぱりしていいわよ」
「パプリカにクリームチーズを詰めたものもいいわね」
ほかにはブルスケッタやポテトサラダや貝のパスタや肉巻きアスパラといったものがある。
次々と料理に手が伸びて、美味しい美味しいと止まらず、酒を飲む速度もそれに伴い進んでいく。
「いつもこんな美味しい料理を食べられるなんて羨ましい」
フルガナがイリーナに羨望の視線を向ける。
「いいでしょ? どんどん腕を上げていて、今後も楽しみなの」
「この旅の間にまたシャーレの料理を食べたいです」
「それは私の料理が嫌だってこと?」
「そうは言ってないよー」
酒が入ったおかげか砕けた様子で、メリエッタはフルガナに接している。フルガナも似たようなもので、決してメリエッタを貶したわけではない。メリエッタもわかっているのだろう、不快感を感じた様子はない。
話題を変えようと思ったのか、フルガナがこくこくとジュース割りを飲みながら馬車の中を見渡す。
「入ったときに思いましたけど、広いですね」
それは私も思ったと、肉巻きアスパラを食べながらメリエッタも同意し頷く。
「錬金術で広くしてあるんだよ。もともとは少し高額なだけの馬車なんだっけ?」
イリーナがシャーレに聞く。購入したときにはいなかったので、詳細は知らないのだ。
「うん。パーレという国の辺境伯様の町で買った馬車よ。思い出してみると、買ってからもう一年以上経つね。頑丈なものを買ったおかげで、大きな故障なく使えていて、いい買い物をしたと思う」
「パーレという国は聞き覚えがないんですが、別大陸の国のこと?」
メリエッタが首を傾げて聞く。
頷いたイリーナが、ヒューマ中心で今のところ大きな問題なく統治されている国だと簡単に説明する。
「私もシャーレもダイオンもそこの出身だよ」
「リョウジさんだけ別の国出身なんですか?」
どうなのとイリーナがシャーレに聞く。
「別の国とは聞いたことがあるけど、詳細は私も聞いたことがない。隠しているというより、話すほどでもないから話さないといった感じかな。故郷に未練がないみたいだし、聞かれなければ話すことはないと思う」
へーとイリーナは頷き、思ったことを口に出す。
「シャーレは知りたいとは思わないの?」
「特には思わない。どこにいたのかよりも、今後もずっと一緒にいてくれるかという方が重要だから」
納得したとイリーナが頷き、メリエッタとフルガナは好奇心で瞳を輝かせる。恋愛話っぽいものに心躍ったのだろう。
「ずっと一緒ってことはリョウジさんのことが好きなの?」
「結婚とか考えちゃったり?」
照れるところ見たさの質問に、シャーレは当たり前のように頷いた。
「好きです。結婚、はできたら幸せなのでしょうけど、できなくともずっと一緒にいられたらと思っています」
「強い」「強いね」
酒の力など借りずに、真っ正直に自身の気持ちを吐露したシャーレに、メリエッタとフルガナは女として負けていそうだと戦慄する。
「そう答えるだろうと簡単に予想できていたわ」
イリーナはくすくすと笑いながら、かりかりに焼いたチーズをかじる。
「あなたたちはどうなの? シャーレほどに思う相手とは言わないから、憧れの相手とかいないの?」
「私はどうなんだろう。そうですね……すごいと思った男性はいたけど、憧れはいなかったかな」
メリエッタはそう答える。子供の頃は仲の良い男友達もいたが、大きくなるにつれて疎遠になった。家を出て傭兵見習いになってからは、一人前になることに集中して異性を想うといった余裕はなかった。
傭兵団で一番近かった異性はオリンズなのだが、彼に感じていたものは仲間としての信頼感だった。
「わ、私はその、ええと……イリーナさんはどうなんですか?」
酒のせいではなく照れから顔をほんのりと赤らめたフルガナ。
明らかに誰かに好意を持っているとわかるフルガナを追求することなく、イリーナは酒を一口飲んで答える。
「いるわよ。でも今はまだ駄目ね。やることをやってからじゃないと、好きとか言う資格はないと思う」
「そんなこと言わずアタックしてみてはいかがでしょう! お相手も待っているかもしれませんよ。諦めるには早いと思いますっ」
ずいっと前のめりになってフルガナが言う。
こういうところかとイリーナはフルガナの諦めの悪さや執念の強さというものを実感した。
感想と誤字指摘ありがとうございます




