172 王都にて
「一応聞くけど、クライヴが行かずに隣国に問題が起きていると使者を送るだけじゃだめなのかな」
俺たちも向こうに行くつもりだけど、問題解決は国がやってくれると楽なんだけどな。
「それだと時間がかかって解決に間に合わなくなる可能性がある。偽っているとはいえ、俺の知名度は周辺国でも使える。現地でもスムーズに物事が運ぶ。それに君たちにとっても利はある。俺と一緒にいたら国からの許可を得られて輝星樹に近づけるよ」
「こっそり接近しようと思えばできるけど、許可がありがたいのは事実……なんというかこの件が終わったら、次こそは家族と一緒にのんびりしなよ? あまり忙しくしていると子供に顔を忘れられるよ」
なんで俺がこの人の家族関係の心配をしているんだろうなぁ。
「顔を忘れられたらショックだな。さっさとこの問題を終わらせよう。アスチル、話すことはこれくらいかな? だったら俺たちはもう行こうと思うけど」
「ええ、伝えることはこれくらい。あとは……」
少し言いづらそうに俺とシャーレを見た。
「さっきも言ったけど二人の状態がおかしいのが正直気になる。大精霊の加護を持っているだけというだけじゃない感じがする。でも深く聞いてはいけない気もする」
少し悩んだ様子のアスチルは、首を振った。聞かないという選択を選んだらしい。
「無事に解決できることを祈っているわ。また会いましょう」
アスチルは俺たちにも手を振って、木の中へと帰っていく。なにを言いたかったのかとクライヴは首を傾げていた。
それを見送って、俺たちはダイオンたちのところへと歩き出す。
「歩きながら今後について話したい。一度王都に戻って、女王陛下に話を通したいんだ。そのときに輝星樹への接近許可を得る。その後、隣国に入って輝星樹を目指す」
「二つ聞きたいことがある」
「なにかな」
「女王陛下に俺も会う必要はあるのかということ。王都に寄って、輝星樹のある土地までどれくらい時間がかかるのか。この二つ」
「できれば会ってもらいたいけど、城だと体調を崩すということだから代表者でダイオン殿に同行願いたい。輝星樹まではここから王都経由で二ヶ月くらいかな」
「一ヶ月の余裕か」
獣胎母のときも似た感じじゃなかったかな。あのとき間に合ったから、今回も間に合うとは楽観視できないよな。
「時間が足りないと思いますか、主様」
俺の心境を見抜いたかシャーレが聞いてくる。
「できるだけ余裕があった方が嬉しい。万が一を考えるとね」
「……十日くらいなら短縮はできるよ。騎士と兵を編成して同行してもらおうと思っていたけど、その準備に少し時間がかかる。それを待たずに少数の騎士と俺たちだけで出発するなら、道中の移動速度も上がって時間をいくらか短縮できる」
「それで頼める? 時間が足りなくて焦るような事態にはなりたくないから」
クライヴは頷く。余裕があった方がいいと思うのは彼も同じなんだろう。
輝星樹までの道のりについて聞きながらダイオンたちのところに戻る。
騎士や傭兵がなにか聞きたげにしていて、思いきってという感じで騎士が一歩踏み出して口を開く。
「どういった話だったか、お聞きしてもよろしいでしょうか。大精霊様の様子を見るにただごとではないと私どもも思いまして」
クライヴが俺を見てくる。本当のことを言うわけにはいかないし、俺が嘘を吐こう。
「クライヴ様がここの大精霊様と知り合いなように、俺たちも別のところにいる大精霊様と知り合いなんだ。その大精霊様にクライヴ様がわざとではないけど、無礼なことをしてね。そのことで責めに来たとここの大精霊様が焦ったというわけだ。実際は俺たちとクライヴ様が会ったのは偶然なのだけど」
「そう、なのですか?」
「……うん。あちらの大精霊様と彼らには悪いことをした」
心底申し訳なさそうにクライヴが同意したことで、騎士と傭兵たちが納得した表情を浮かべた。
クライヴが申し訳なさそうなのは嘘を吐かせたことや偽りを伏せたままにしたからだろう。
「ほかにアスチルから頼まれごともされてね、一度急いで王都に帰る必要が出てきた。同行してきた皆には悪いが、俺たちは彼らと村に帰る」
騎士たちにも急ぐように促して森の入り口へと歩き出す。
傭兵たちはここまで来たのだからと、アスチルの顔でも拝めないかともうしばらく森の散策をすることにしたらしい。
御者は俺がすることにして、シャーレには馬車の中であそこでの会話をダイオンたちにしてもらう。
御者台の背後から会話は聞こえてこないけど、二度驚く気配がした気がする。加護の偽りと輝星樹の枯死で驚いたのかなと思う。いや意外とニートリスについてかもしれない。ダイオンたちも俺と一緒にいて、いろいろなことを経験しているから、加護の偽りや枯死くらいじゃ驚かない可能性もありえる。
そんなことを考えていたら村に到着し、騎士たちは急ぎで出発の準備を整えだす。
ダイオンとイリーナはマプルイの世話と体調の確認、馬車の車輪点検をするため馬車置き場に残った。
俺たちもメリエッタに出発を伝えないと。メリエッタは宿でのんびりと過ごしていた。散歩したあとは宿に戻って、今後をどうしようか考えていたらしい。
「出発ですか?」
荷物を手早くまとめているシャーレを見ながら、メリエッタは首を傾げる。
「大精霊から頼まれごとあってね、それで急いで移動しなくちゃいけないんだ」
「それはどんなことか聞いてもいいんでしょうか」
「んー……俺には判断つきかねるな。輝星樹に関することとだけ言っておくよ」
「急ぐということは良いことではなさそうですね」
「そうだね。下手すると国家規模かもしれない」
規模の大きさにメリエッタが絶句している。
「主様、あまり脅かしては駄目ですよ。お偉いさんたちにとって困ることになるというだけで、庶民にとってはそこまで大きな騒ぎにはならないはずです」
薬の世話になるほとんどがお偉いさんだろうし、庶民には手に入りにくい代物だろうから、たしかにメインで騒ぐのはそこらへんか。
「十分な騒ぎになると思うんですけど」
「世界が滅ぶとかではないのですから、規模としてはそこまでではありませんよ?」
「比較対象がおかしい」
メリエッタに突っ込まれて、シャーレはそうだろうかと不思議そうだ。
これまでのアクシデントのせいだな、そこらへんのズレは。
◇
昼食を村で食べて、すぐに出発になる。
歓迎の宴を準備していたという村長は早い出発を惜しんでいたが、クライヴから急ぎの仕事だからと真剣な表情で説明されて納得していた。
王都までの亮二たちは道中無理しない程度に急ぎで進む。その理由をクライヴから聞いたのか騎士たちの表情も真剣なものだった。
王都に到着すると、クライヴが工房に直接依頼してくれたおかげで、亮二たちの馬車の点検が手早く進められることになった。お偉いさんからの依頼だからというだけではなく、クライヴの人柄やこれまでの行いもあって快く点検を受けてもらえたのだ。
大精霊の加護持ちだからというだけでは、快く引き受けてもらえなかっただろう。嘘を吐いた代償であっても、クライヴは人々に敬意を持たれることをやってきていたという証の一つだろう。
そしてクライヴの紹介で宿を取り、急いで身支度を整えたダイオンとイリーナが、クライヴたちと一緒に登城する。
クライヴは同行していた兵や捕縛した盗賊や馬車のことを騎士たちに任せて、帰ってくるまでにまとめた書類を持って、ダイオンたちを伴い廊下を歩く。
クライヴの背後を歩く見慣れない男女は誰だろうかと城内の者たちは噂する。
到着したトリューシアの執務室の前には警備の兵がいる。
「女王陛下は中にいらっしゃるかな?」
「いえ、謁見の時間が少し延長しているようでして、まだ戻ってきていません。中ではクロフォード殿が仕事中です」
「すまないが、帰ってきたこと、急ぎ知らせたいことがあること。この二つを陛下に伝えてもらえないだろうか」
「承知いたしました」
警備兵が走って謁見の間に向かい、クライヴが扉を開けて、ダイオンたちを促して入る。
六十歳ほどの男が、ペンを止めてクライヴに顔を向ける。
「おう、お帰り」
「ただいま帰りました」
「その二人は?」
「大事なお客様です。本当は別の人たちを連れて来たかったんですが、そうできない事情がありまして、その人たちの代理です」
「ふむ、どう大事なのかは陛下がお戻りになって話してくれるのだろう?」
「はい。ところでクロフォード殿にお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
なんだとクロフォードは無言で促す。
「輝星樹に行くために必要な書類の準備をお願いします」
「かまわないが、必要になるのか?」
「必ず」
強く断言したクライヴに、クロフォードは目を見張って驚き、書類の作成を始める。
三十分ほど時間が流れ、クライヴたちは廊下に人の気配を感じ取る。
扉を開き入ってきたトリューシアを見て、クライヴたちがすぐに立ち上がり、ダイオンたちもそれに続く。
「よく帰った、クライヴ。無事の帰還喜ばしく思う」
「はっ、ありがたきお言葉。ですが私だけではなく、騎士や兵にも労わりの言葉を願いたく」
「ああ、そうしよう。それで急ぎ伝えたいこととは帰還の報だろうか? それならば嬉しいのだが」
帰ってきたことを知らせるなどこれまでなかったため、違うだろうなと思いつつトリューシアは尋ねる。
「別件でございます」
そう答えながらクライヴは指を少しだけ動かす。それはトリューシアのみにわかるハンドサインで、詳細は寝屋でと知らせるものだった。
「聞かせてもらおう」
トリューシアが執務室の椅子に座り、護衛を除いたほかの者たちも椅子に座る。
「まずは私の仕事について話しましょう。盗賊団本隊の捕縛ですが、終わりました。頭目も捕らえ情報を吐かせることに成功しています。あとは各地に散らばる残党を得た情報を元に捕まえるだけです」
「吉報だ。ようやくあれらの始末がついたか」
「喜ぶあまり、気を抜いて最後の最後にミスをしてはなりませんぞ」
笑みを浮かべたトリューシアに、クロフォードから注意がなされる。
「わかっておるよ。少し喜ぶくらいよかろう。あれには頭を悩まされたからな」
「話を続けさせていただきます。今回の捕縛で活躍したのは、私どもではなく彼らを含めた四名。私どもは引き渡された盗賊たちから情報を抜いただけ。ですので彼らに褒美をお願いします」
「……本隊には五十人くらいいるだろうという話だったな? 本当に四人だけなのか? 名声を得るためわざと数を減らしていないか」
トリューシアのみならず、クロフォードたちからも確認するように視線が集中する。
それに対してクライヴは首を振る。
「四名で間違いございません。彼らならば可能だと私が保証いたします」
「ほう、そこまで有能だと?」
「はい。強き者、魔法に長けた者がそろいましてございます。同行していた騎士も戦えば負けると証言しています」
クライヴに同行する騎士は護衛の役割を持っているので、しっかりと訓練をしている者たちだ。その彼らから負けるという言葉が出たのだから、かなりの強さなのだろうとトリューシアたちは考え、ダイオンたちに視線を向ける。
「名を聞きたい」
「ダイオン・ネロウと申します」
「イリーナ・ジフリストと申します」
少しだけ考え込んだトリューシアが目を見開く。二人の名に聞き覚えがあったのだ。
「戦帝大会の優勝者と準優勝者ではないか。騎士たちが敵わぬと口にするはずだ」
「え、そうだったのですか!?」
そのことは初耳なクライヴが驚いたように二人を見た。内心、盗賊たちを殺さずに捕縛なんてやれるわけだと納得していた。
「言ってなかったのか?」
「わざわざ言うことでありませんから」
「そうか。クライヴ、話を続けてくれ」
「はい。盗賊を捕まえ、情報を吐かせたところまで話しましたか。その後はアスチルに挨拶し、ここに戻ってきたという流れです」
「アスチル様は元気だったかね?」
「会いに行ったのを喜んでくれて、いつものように元気な姿を見せていただきました。しかしそのときの会話で非常に重要な情報を得ることができました。この国のみならず、他国にも関わることです」
「それはまた大きな問題だ。してどのような問題なのだ」
思った以上の規模の大きさに、緊張で心の中にひやりとしたものを感じつつトリューシアは聞く。
「輝星樹の枯死というものです」
トリューシアたちは耳に届いたそれを信じられなかった。彼女たちにとって輝星樹はいつでもそこにあり、自分たちを助けてくれる存在だった。自分たちが死んだあともそこにあり、後世の人々を助けてくれるものだと当たり前のように考えていたのだ。そんな存在が、自分たちよりも先に死ぬというのがどうしても信じられない。
その感情をクライヴは察する。クライヴもこの大陸で生きる者で、輝星樹に対する感情はトリューシアたちとそう変わらないのだ。
「信じられないのも無理はありません。ですがアスチルが断言したことです」
「そう、なのか」
ショックの大きさに少し休憩が必要だと思ったクライヴは、休憩を告げてメイドにお茶を頼みに部屋を出る。
感想と誤字報告ありがとうございます
感想の指摘にあったので、前話にアスチルが神獣化や精霊化に気づきかけるという一文を追加してます




