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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
170/224

170 偽りの加護

「俺が持っているのは地の精霊の加護で、大精霊の加護なんて持っていない」

「なんで持っているなんて嘘をついたんです?」


 俺の疑問にはアスチルが答える。


「さっきも言ったけどタイミングが悪かったの。私とクライヴの出会いが詩になっているらしいけど、それを聞いたことはある?」

「ある。アスチルを助けて加護を授かったという話だったよね」

「それは本当のことじゃないの。助けてくれたことは本当だし、加護を与えたのも本当。でも順序がいくつか変わっている」


 順序が? と不思議に思っていると、説明するためかクライヴが話し出す。


「俺が傭兵になって依頼でアスチルと会うことになるここに来た、という話はしたね? そこら辺の順序が変わっているんだ。俺が採取依頼でこの森に足を踏み入れて、依頼の品を探していたら、アスチルが交渉を持ちかけて来たんだ。大精霊へと成長しかけているけど、無防備になる時間がある。そのときにアスチルを食らおうと近づく魔物に狙われると困るという感じでね。言われてみれば、少しばかり森は騒がしかった。それなら人を集めてこようと言ったんだけど、時間がなかったようで村に行って帰ってくる間に、無防備になってしまうらしかったんだ」

「あのときは本当に時間がなかった。前から人間に頼もうと思ったんだけど、信頼できそうな人を探しているうちに時間がなくなった。そんなときクライヴが森に来て、もうこの人に頼むしかないと思ったの。加護をあげるから一日守ってほしいと」

「本当に困った様子だったし、加護をもらえるなら女王陛下の力になる足掛かりになると思って受けたんだ」

「助けてから加護をもらったんじゃなくて、助ける前に加護をもらったのか」


 頷いたクライヴは続ける。


「加護をくれたアスチルに案内されて、この木まで連れてこられて、彼女が木と同化したのを見届けるとすぐに魔物が姿を見せた。俺にとって運が良かったのは魔物同士でも力を得るため争っていたことかな。怪我をした魔物をなんとか撃退していくうちに、時間が流れていって一晩明けて、疲れ果てながらアスチルが出てくるのをまだかまだかと待っていた。そうしてぼろぼろになりながら昼を過ぎて、アスチルの成長が終わった」

「木から私が出て来たとほぼ同じタイミングで、村に帰ってこないクライヴを探しに知人たちもここにやってきたの」

「そのときはもう俺は気絶しかけていたから覚えていないんだけどね」

「残っていた魔物を追い払って、クライヴに近づいてお礼を言ったの。『ありがとう、守ってくれて。あなたに加護を与えてよかった。あなたの今後に幸いを』という感じでね」

「大精霊が加護を与えたとクライヴ様の知人は考えたのですか?」


 シャーレの確認に、クライヴとアスチルは頷いた。

 勘違いしても無理ないな。大精霊がいて、その大精霊から加護を与えたと発言されている。普通はその言葉のまま受け取るよな。


「そんな勘違いをしているとは知らず、気絶したクライヴを知人たちに託して、私は輝星樹のところに挨拶に行ったわ。ここらの精霊はあの樹の放つ力とかにはお世話になっているから、私も大精霊になって行動範囲が広がったことだし一回は会いに行こうと思ったの。クライヴの方で騒ぎになっているのを知らないままね」

「村に運ばれた俺は疲れからぐっすりと寝て、その間に知人たちが森で見たものを村人たちに伝えたんだ。俺が一人でいて、周辺にはたくさんの魔物の死体があり、大精霊がいて、俺に加護を与えたと言ったことを。俺の力量は知られていたから、加護なしであの魔物たちを倒すのは無理だって思われたことも勘違いされた原因の一つだろうね」

「詩では助けたお礼としてもらったことになっていますが」


 シャーレが聞いたこととの違いを指摘する。

 そうした方がうけがいいから改変されたんだろうとクライヴは苦笑する。改変かぁ、吟遊詩人も商売でやっているだろうから少しでも儲けるためにやったのかねぇ。


「話を続けるね。目が覚めた俺は大精霊からの加護を与えられたヒューマってことで村中の注目を浴びていた。そのときの俺は混乱したよ。俺がもらったのは精霊の加護で、大精霊の加護じゃなかったはずだから。でも知人たちは大精霊がそう言っていたと言うし。怪我を癒して、疲労も回復させて俺は森に行ったよ。本当に大精霊の加護をもらったのか確かめるために」

「そのとき私は留守だったんだけどね」

「うん。確かめられずに村に戻って、数日後にまた行こうと思いながら加護がどういった感じなのか確かめていたら、領主から使いが来たんだ。当家で仕えないかって誘いだった。それで大精霊の加護かどうかはわからないけど、加護をもらったこと自体は本当なのだから、女王陛下の家臣になれると思って断った。女王陛下に恩返ししたいと領主に断る理由を告げたら、女王陛下に話を通そうということになったんだ。返事が来るまで領主の町で過ごし、噂話を聞いた貴族の誘いを断っていたら、女王陛下から返事が来た」

「そのまま王都に直行せずに私のところに寄ったのよね。周囲には挨拶って言ってたみたいだけど、真偽を確かめるためだったわ」


 クライヴ的には確かめないと落ち着かなかったんだろうな。


「そしてアスチルに会えて、大精霊の加護ではなく、精霊の加護だとわかった。一緒に話を聞いていた領主は残念がっていたね。でも俺としては精霊の加護でも女王陛下の役に立てるから問題はなかった。すっきりとした気分で、王都に向かって当時王女だった女王陛下に会い、覚えてもらっていたことに感激した」

「そこらへんは聞いたとおりなんだ」

「そうだよ」

「でも現状大精霊の加護ということで周知されてますよね。そこらへんはどういったことなんでしょうか?」

「当時この国では、先代の陛下が病床に伏せていて、王の交代をしようとしていた時期なんだ。その候補に女王陛下とほか四人がいた。そのうち三男と次女は、よその国の高位貴族と結婚が決まっていたから辞退。残る次男と四男といった殿下たちの評判はちょっとよくなかった。陛下の統治は問題なく、そのまま受け継いで安定した統治をやっていけそうなのは女王陛下だったという感じだ。だから次代には女王陛下が相応しくはあったんだけど、勢力的には女王陛下が一番下だったんだ」

「継承権の一番上の人が王として選ばれるものなんじゃ?」

「第一位長男と第二位の長女はともに死んでいた。その二人は王としてやっていくための教育を受けていて、女王陛下たちは長男長女たちほどの教育は受けてなかったから、順序ではなく、能力を重視された」


 もしかして長男と長女は暗殺かと口に出すと、クライヴは首を振ってなにも答えない。余所者に答えられるわけないか。


「女王陛下についた家臣たちがどうにか女王陛下を王にしようとしたけど、どうにも足りないものがあり、そこに俺がやってきた。大精霊の加護の得た者を従えたという話題性は、女王陛下を周囲に知らしめるのにちょうどよかったんだ」

「そこで噂を本当ということにしたのか。恩返しとかそのために」

「うん。力になりたかったし、俺のような庶民を助けてくれる女王陛下が王になってくれたら嬉しいと思えたんだ」


 なるほどなぁ。きつそうな人生を選んだものだ。大精霊の加護の持ち主として多くのものを求められそうなのに、それに応えることを選ぶとか俺には無理だな。


「こういう理由で、これまでクライヴは大精霊の加護を持っていると言って、その分人のため頑張ってきたわ。だから責めないでほしいの」


 アスチルが再度頼み込むように言ってくる。そのアスチルをかばうようにクライヴは一歩前に出る。


「アスチル、いいんだ。大精霊の加護というものを侮辱するような行為は責められても仕方ないこと。どのような罰も受け入れる」


 沈痛な声音だけど、ほんの少しだけ期待するようなものが感じられた気がする。


「いや特に俺から言うことはないし。シャーレはなにか言いたい?」

「いえ、私もすごいですねという感想しか浮かびません」


 だよね。そもそも俺たちにとって大精霊の加護は特別な意味をもたない。


「偽ったんだよ? 君たちにとって大精霊の加護は特別なものなんじゃないのかい? それを俺は持っていると言って、多くの人から賞賛を受けてきた。責められるべきだろう!?」

「もしかして責められたいの? 大精霊の加護を持っているって偽り続けることに疲れた? 残念だけど俺は責める役を負うことはないかな。俺にとって大精霊の加護は特別なものじゃない。便利な代物って認識」


 真面目な性格みたいだし、嘘を吐き続けることにストレスが溜まるんだろう。でも今更正直に話しても、女王陛下の評判に傷をつけるだけで言い出すことは無理だ。人々の問題解決に積極的なのは、言い出せないことの申し訳なさを解消するための代償なのかもしれない。

 背負ったものを放り出したいと言い出さないのは、この人の強さなのかもしれない。


「私もそこまで大切ではありません。お礼としてもらったという部分は同じですが、お礼としての範囲を超えるものではありません」


 シャーレにも否定されて、クライヴは俯く。


「罰は受けるべきだと思うのだが」

「罰は既に受けているし、今後も受け続けるだろうに。俺だったら人々の注目を集め続けて、期待され続けるなんて嫌だ。この先自身の子供からも大精霊の加護を持っていると尊敬されるときがくるかもしれない。女王陛下の安定した統治を思うなら、子供にもしばらくは本当のことは言えない。心に与えられる負担は当分は続くわけだ。期待している罰とは違うだろうけど、それもまた罰だろう。しかもきつい類の罰だ」


 可愛がっている子供の敬意などを裏切り続けるのは、クライヴには辛いことだと思う。

 どんよりとした雰囲気をまとうクライヴをアスチルが心配して背を撫でる。

 不安ばかりを与えるのもあれだし、褒めておこうか。嘘を吐いていたとしてもすごい人だとは思うし、助けられた人がいるのは事実なんだ。


「そうは言ったけど、俺はあんたを尊敬するよ」

「俺は尊敬なんてされるような人間じゃない」

「いやするよ。人を助け続けているのは素直にすごいと思う。それが嘘を吐いていることへの代償だとしても。大きなことも小さなことも分け隔てなく、人助けをしているのは実際に見たし、他人から聞いた。助けられて嬉しかった人がクライヴさんに抱いた嬉しさや喜びは、加護をもっているからじゃなくて困っていることを解決してくれたクライヴさん自身に向けられたもの。加護をもっていると驕っているわけでも横暴にふるまっているわけでもない。人に褒められることをやっていると、俺はそう思う。大精霊の加護を持っている俺は不特定の人のために尽くすなんてやらないよ」


 助けられた人は、クライヴに礼を言っているだろう。そのときに加護を持っていることを重視して礼を言っている人はほとんどいないと思う。加護の有無で礼を言うか言わないか決める人は、ちょっと考え方がおかしいと思う。

 向けられた感謝は、助けてくれたクライブ自身に向けられたもので、加護に向けられたものじゃないはずだ。

 多くの感謝を向けられたクライヴはすごいことをやってきたと本当にそう思う。


「ほかの人は知らないけど、俺とシャーレは特に気にしない。だから大精霊の加護を持っている俺たちに気をつかう必要はない」


 クライヴにどうこう言うってことは国の考えに口出しすることでもあるだろうし、そこは避けたいって気持ちもある。下手に突いたら大騒ぎになることに触れたくない。

 クライヴはストレスを抱えるかもしれないけど、今後も人助けを続けるなら悪人以外には利益がある行為で歓迎されるだろう。


「……」


 ちょっと納得いってなさそうだけど、俺としてはいいんじゃないかとしか言えない。

 というわけで話を少し変えようか。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] すいません。よくわかっていないかもしれませんが、アスチルは大精霊になっているんですよね? ノーマルの精霊だった頃に与えた加護が自動バージョンアップしたり、改めて上書きか、取り消して与え直すと…
[一言] あ、そうかリョウジだったら大精霊の加護を 受けられる位の能力にクライブの力を調整して 精霊の加護を大精霊の加護に変えられるのか。 でも、そうすると今度は何でそんな事出来るんだろう? と別…
[一言] 大精霊に成ってから加護を与え直す事は、クライヴの魂のキャパシティ的に出来なかったのかな?
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