166 メリエッタを探して
「ところでメリエッタはどうしている」
ステシスを見ずに聞く。
「分身の私に任せてあるから現状はわからない。でも別れるときはおとなしかった。暴れないならこっちとしても余計な手間がかからず楽でいいわ」
メリエッタには関心が薄いようで、どうでもよさげに返してくる。
誘拐されたことは不幸だけど、関心を持たれないのは幸運だな。
ステシスは舞台から目を放さない。一押しのオリンズのほかにちょっかいをかける候補でも探しているのだろうか。
次にオリンズが舞台に上がってきたのは最初の試合から一時間半といった頃だ。ステシスがなにかをするという考えが捨てきれないので、俺たちもずっと隣にいた。
相手は……ああ、今回は無理だな。最初の少年と同じ槍使いといった感じだけど、練度が高いのが一目でわかる。
「これは怪我をしないようさっさと棄権が最適解かな」
「ですね。五回勝たないといけないから無理はやめた方がいいです」
「ふんっ。たしかにあれには勝てないだろう。でもさっさと諦めるなど腑抜けた行為は許さないよ」
「お前が課した条件を達するためには、無理もできないだろ。愚直に勝ちを掴みにいけば、五勝する前に潰れかねない。オリンズにとってはメリエッタ奪還が第一で、お前を満足させることは二の次だろうし」
ステシスは舌打ちだけして、なにも言わずに舞台に視線を注ぐ。
さてオリンズはどう動くか。審判が開始を宣言し、すぐに斧を投げる。それを相手は余裕をもって弾く。
オリンズは弾かれることを織り込みずみだったようで、投げてすぐに走り出していて突っ込んでいく。両手が相手の持つ棒に伸びる。武器を奪って、彼我の差を少しでも減らそうというつもりなのかな。
相手は欲しければくれてやると、オリンズの顔へと棒を投げる。
武器を投げることは考えても、投げられることは予想外だったらしいオリンズは顔面に棒をまともに受けて足を止める。そこに前蹴りで倒されて、起き上がる前に腹を踏まれてギブアップする。
流れ出る鼻血を止めながら、石を相手に渡す。
「ダメージを負ったか。すぐにギブアップすればよかったのに」
「負傷を押さえることよりも次の勝率を上げるため経験を積むことを選んだのだとわからないの? 相手の力量なら上手く手加減してくれると理解して、少しでも強くなるため戦いを選んだ。さすがだよ、オリンズ」
「手加減してくれるかどうかわからないだろ」
「たしかにな。だが効率のみを求めても、いつかは無茶をしなければならないときがくる。奮起しなければ、奇跡も掴めん。やれるときにわずかでも努力し、泥にまみれ、血と汗を流し、目標を果たすため一歩ずつ進む。なすべきをすべてやり、その先に勝利がある。試行錯誤の大切さ、人外にはそこらへんは理解できないでしょ」
こっちを見ずに馬鹿にした意識だけ向けてくる。
「無茶を課しているお前が言うからどうにも納得できない」
「今回のこれが不自然なのはわかっている。お前たちがラディアートのとき乱入してこなければ、スケジュール通りにもっと自然に演出してみせた」
「やっぱりラディアートはお前のせいか」
「当然。力のなさを実感してもらうために一人くらい死んでもらうつもりだったのに。助けられたことで、危機意識があまり育たなかった」
「ラディアートにオリンズが殺されていたらどうしたんだ」
返答はなんとくなく想像できるけど聞いてみる。
「それまでだったというだけ。何日間は残念だったと思って、またほかの候補を探したわ」
「やっぱり迷惑でしかない」
これに関わった人間は不幸だな。栄光を掴むかもしれないけど、ほかに平凡だけど幸せな人生もあったかもしれない。それを排除されて、栄光か死の道しか用意されない。
ステシスのことを知らずにいられれば、不幸の先に幸せを掴んだという認識で生きていられるかもしれない。でも一度くらい心を折るために、どこかでネタばらしをしそうなんだよな。折れても諦めず立ち直った人間は美しいとかいって。
「これまで何人の英雄を作ってきたんだ」
「教える義務などないけど、答えてあげよう。そこに至ったのは両手で数えて足る。誰もが素晴らしき輝きを見せてくれた!」
当時のことを思い出しでもしたのか、十歳の少女がまず浮かべない艶のあるうっとりとした表情になる。それに見惚れるには、こいつのやってきたことがやばそうで無理だ。
「脱落した人数は?」
「さてな。数えきれないくらいだ」
関心がないようで、そっけなく返してくる。何人が無茶振りされて死んだことやら。
オリンズを助けたいならどうするのが一番なんだろう。ステシスが見放すほどに、駄目な生活をすればワンチャンあるかな。オリンズがそんな生活を受け入れられるかどうかわからないし、そんな状態からでもステシスがちょっかいかけてくる可能性もありえる。
俺にはどうすればいいかわからない。
(目をつけられたらおしまい。それがステシスという魔獣なのでしょうよ)
(俺にできることはオリンズの幸運を祈ることか。どこかにいるステシスの本体を倒せば解決しそうだけど、どこにいるかわからないし、さすがにそこまでする関係でもない。ダイオンたちから受けた鍛錬を忘れないように忠告するくらいか)
本格的に助けようと動いたら、ステシスがどう動くかわからない。これまで二度邪魔した形で、三度目もスケジュールの修正ですませるほどおとなしい魔獣なんだろうか? 俺たちをまず排除してから、オリンズにかまうという流れもありそうで、そうなったら面倒なことこのうえない。
冷たいけど仲間じゃないオリンズにできることは、今くらいが限度かな。あとはダイオンたちからの指導を忘れずに、自力でどうにかしてほしい。
「英雄といえばこの国の有名人のクライヴ。あの人にも関わったのか?」
「あいつにはまったく手を出していないよ」
「見つけられなかったってことか」
「それもあるが、あいつは手を出さずにいた方が面白い。いつまで続けられるのか、終わりがきたらどうなるのか。そのときこそあいつの本質が見られるだろうな」
本質ってことは、今の言動は偽り?
「あれは演技ではあるが、本質からずれたものでもない。あれの根っこは善。それゆえに現状は苦しいだろうね」
俺の表情でも読んだか、ステシスが続けた。この程度の情報なら会話程度に与えてもいいってことなんだろう。
たまーにそんな雑談をしつつ舞台を眺める。
今日の腕試しは午後六時くらいまであって、この日のうちにオリンズは追加で四戦することになった。
負けのあとにさらに負けて石は残り一個になり、あとがなくなったオリンズはがむしゃらに勝利を求めて、その姿はステシスを大いに喜ばせた。
その後の二戦ともオリンズよりも実力が少し上という相手で、苦戦しつつも勝利をもぎとる。そのかわりに疲労はとんでもなく溜まっているように見えた。
大会一日目が終わると見物していたステシスは空気に溶けるように消えた。
俺たちも見張りを切り上げて、宿に戻る。ボードゲームをやりながらダイオンたちの帰りを待つ。
「おかえりなさい、オリンズは明日大丈夫そうですか?」
シャーレがお湯を注いだコップをダイオンたちに渡しながら聞く。
温かいそれを嬉しそうに両手で持ち、手を温めつつダイオンが答える。
「一戦がどうにかってところか。しっかり休んでも明日に疲れが残りそうだ。明日の試合は絶対無理そうな相手と当たったら棄権しろと言ってきたよ。トーナメントじゃなくてよかった。だが一日試合を見ていて、残った奴らは実力が上の奴がほとんどだから、一勝すら危ないんだよな」
「相手が引くぐらいの死に物狂いでいって、やっと勝てるといったところじゃないかしら」
「それはステシスが喜びそうな話だ。今日の時点でかなり喜んではいたけど」
「会場にいたのか?」
「いたよ。シャーレよりも小さな女の子の姿で、弱い力しか持っていない分身が。完全に見物のみの分身だったと思う。そんな分身でもなにかできるかもしれないから、隣で見張りながら試合を見ていたよ」
「そいつはどこに行ったんだ?」
「消えた。分身を消したのかもしれない」
「そうか。そいつを追えたらメリエッタがどこにいるかわかったかもしれない」
そう言うってことはバノイたちは見つけることができなかったってことか。殺されはしないけど、着の身着のままで見知らぬ土地に放り出されるのもきついはず。助け出せたらラッキーだな。でも簡単に見つかるところに潜んでいるはずもないか。
明日は救助に回ろう。今日のステシスの様子だったら、余計なことはしないだろうし。
「俺は明日ちょっと町の外を見てくるよ」
「メリエッタを探しにか。あてはあるのか?」
「ない。あったら今日言ってるよ」
隠す理由もないしね。
翌日、会場に向かったダイオンたちを見送って、俺とシャーレは町を出る。シャーレはせっかくの祭りだから会場の方に行かせようとしたんだけど、こっちについてくるということで一緒に馬車で移動する。
どこにいるのかさっぱりなので、勘に従い行き先を決める。
「どこに行きましょう」
温かい恰好で御者台の隣に座るシャーレが聞いてくる。
「近場で隠れられそうなところはバノイたちが探しているだろうから、遠くに見える隠れやすそうな森を目指すよ。ペリウィンクルにも頼むけど、シャーレも警戒をお願い」
「はい」
冬の冷たい空気を感じながら平地を進む。この程度の寒さならば魔法で温かくしなくとも大丈夫だ。シャーレも辛そうな顔はしていないので、魔法を使わずに進む。
魔物はいるが、シャーレとペリウィンクルの警戒のおかげで余計な戦闘は回避できている。
感覚的に午前十一時前といった頃に、森の近くに到着する。中には入らず、森と平地の境目にそって移動していく。
「主様。ペリウィンクルが急いで戻ってきます」
「なにか見つけたか」
「おそらく魔物が森の中から接近しているんだと思います」
魔物の気配をシャーレも察したのかじっと森の奥を見る。
馬車を森から離して、出てくる魔物を待つ。
ずんずんという重さを感じさせる音と木が折れるような音が聞こえてきた。もしかするとかなりの大物なのか?
木々の向こうにちらりと巨体が見えた。
「二体きます」
シャーレが弓を構える。俺も魔法を使う準備を整える。
すぐにシャーレの言ったとおり二体の魔物が姿を見せた。
ミノタウロスに近い二足歩行の魔物だ。四メートル近い筋骨隆々な巨体で、大木を武器替わりに持っている。
「「ブルルルルオオウッ!」」
雄叫びを上げて、血走った目でこちらを見てくる。
「様子がおかしいです。とても興奮しています、気を付けてください」
「了解。まずはでかいのいくぞ。スー。すべてが凍てつく風よ、うねりて削れ。あとに残るものはなし」
二体まとめてが理想だったけど、白い竜巻は一体を包み込んだだけで、もう一体には余波が届いただけだ。
通常の魔物ならこれで倒れてくれそうだけど。
「ブオオオオオッ!」
体中から血を流し片腕がもげたミノタウロスが、もう一体とともに駆けてくる。
「怯みもしないのか!?」
驚いた俺の横でシャーレが矢を射る。真っすぐに飛んだそれは元気な方のミノタウロスの片目を狙ったものだったが、顔をずらされ眉の辺りに当たっただけだ。
マプルイにさらに下がってもらい、ミノタウロスたちを迎え撃つ。
リーチと筋力の差があって、接近戦は避けるべきだな。ならば魔法連打だ。
「距離をとって戦おう」
「わかりました!」
一定の距離をとって、俺は魔法を使っていく。シャーレは矢で目を狙い続け、炎も飛ばしていった。
幸い移動速度は俺たちと変わらないので、慎重に戦っていけば一方的に攻撃することができた。
しかし異様なまでの耐久力と諦めの悪さを持つミノタウロスとの戦闘は早々に終わらない。
「いい加減倒れろ! ヴィント。打ち上げる風、打ち据える風。烈風の翻弄に踊れ!」
真下から吹いた強風に巨体を浮かばせられたミノタウロスたちに、真上から同じくらいの強風が吹いて、二体を地面に叩きつけた。
「シャーレ!」
はいっと力強く答えたシャーレが精霊としての姿をとって、倒れた二体の上空に炎の塊を生み出して落とす。
「囲め!」
炎の塊が二体に命中した直後に、ミノタウロスたちを風で囲んで、炎を二体にのみ集中させる。
風が止み、炎が消えて、残ったのは真っ黒になって倒れたミノタウロスたちだ。
「ブモゥ」
そんな状態であっても、弱々しく鳴いて、手足をわずかに動かしている。どこまでしぶといんだ。
岩の巨剣を生み出して、それぞれの首に落とす。首と胴が離れて、ようやくミノタウロスたちは静かになった。
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