165 試合開始
シャーレとセレーヌの距離を十メートル以上離して、手を叩いたときが開始の合図だと言ってから、セレーヌの横三メートルくらいのところに立つ。
二人が片手を前に突き出したのを見て、パンッと手を叩く。
それぞれの手から炎と水が出てくる。それがぶつかりあってシャーレ側へと水が迫る。どれくらい手加減したらいいのかわからず、かなり弱く炎を出したんだな。その証拠にすぐに炎が押し返し始めた。少しずつ力を入れているようで、セレーヌに炎が迫る速度はゆっくりだ。でもいずれは炎が押し切るということでもあり、セレーヌは歯を食いしばって水の勢いを強くする。
炎と水は炎がやや優勢というところで止まる。そのまま一分また一分と時間が過ぎていく。
五分経過しようかといった頃には、セレーヌは辛そうに表情を歪めだして、じょじょに炎が押し始めた。シャーレが勢いを強めたのではなく、セレーヌの出す水の勢いが減ったんだろう。水を出す手はわずかに震えて、もう片方の手で支えている状態だ。
そろそろ限界だとわかる状態で、いつでも動けるようにと体勢を整える。二十秒ほど経過して水が消えてセレーヌの足ががくんと曲がる。
炎が彼女を襲う前にいっきに接近してかっさらう。脇腹を抱える形で少し苦しいかもしれないけど、そこは我慢してほしい。
かっさらった直後に炎が通り過ぎて消える。
辛そうなセレーヌをゆっくりと地面に寝かせながら、彼女の土の資質を水の資質へと移動させる。以前イリーナにやったほどに極端にはせず、初歩の魔法くらいは問題なく発動させるくらいに資質を残す。
「限界を知る練習はこの一回で終わりだ。自分がどれくらいできるかわかっただろう? これをもとに魔法を使うペース配分を考えるんだ。ああ、辛いだろうから話さなくていい。そのまま眠ってもいいよ。オリンズの近くまで運ぶから」
シャーレが近づいてきたから、立ち上がる。
「シャーレもありがとう。頭が痛いとかそういったことは?」
「ないです。セレーヌさんは大丈夫ですか?」
小声でローズリットの見立てだと前置きして、魔法の使い過ぎからくる疲労だと話す。ついでに資質の移動も済ませたことも伝える。
「俺たちの指導は終わったから、向こうに連れて行くか」
「私が抱っこして運びます」
「力なら俺の方があるから、俺が運ぶよ?」
「いえ、私が」
ちょっとだけ強引だな。よくよく見ると少しだけ頬が膨れている気もする。
「わかったよ。お願いね」
「はい」
シャーレはほっとした雰囲気になって寝ているセレーヌを抱きかかえる。
(たぶん嫉妬かしらね。亮二がセレーヌを気にかけていたし、これ以上親切にするのは嫌だったんじゃない? 少し前のイリーナほどじゃない小さな嫉妬よ)
嫉妬かぁ。ちょっと嬉しい俺もいる。
抱っこしたままこちらを見てくるシャーレを撫でると、不思議そうにしつつも笑みを浮かべた。
歩いてダイオンたちのところに戻ると、オリンズが息を荒げつつ攻撃を繰り返していた。
それを見たダイオンがオリンズの踏み込み、力の入れ具合、間合いの取り方、視線を向ける場所。そういったものへと指摘をしていく。
オリンズがそれを聞いて、修正しようとしている。でもすぐに反映できるほど器用ではないようで、逆に動きが悪くなっている。それに関しての悪いところもダイオンは指摘していく。
考えすぎて、いい加減な攻撃になったところでイリーナによってオリンズは斧を巻き上げられて、そこで模擬戦が終わりになる。
「うおおぉ。いろいろ指摘されて頭がこんがらがる!」
「そうだろうな。すぐに指摘したことを活かせるとは思ってない。今後の課題だ。今すぐ修正しようと思ったら、今のように逆に動きが悪くなる」
「なんで指摘したんだよう。悪いところが頭に浮かんで、これまで通りに動けないじゃないか」
「でも希望も見えただろ。鍛えながらそこを修正していけば確実にお前は強くなれる。さてもう一回だ。お前の動きは忘れてないから、元のものに近くなるように指摘していく」
俺たちが近づいたことは気付いているだろうけど、対応する時間も持ったいないって感じで見てこないな。
斧を拾い上げたオリンズは気付いたようだけど、イリーナに呼ばれて急いで斧を構えた。
だいたい五分の模擬戦と十分の休憩を繰り返して一時間が過ぎる。
「指摘はここまでだ。それで次は邪道と呼ばれるものを教える」
邪道と聞いてオリンズは顔を顰めた。
「その言い方が嫌なら、一度切りの反則技とかそんな感じで納得しろ。明日の試合はお前よりも強い奴が何人も参加する。正道だけじゃ勝てないぞ。相手もそこらへんの手段はわかっているだろうから、見切られる可能性もあるけどな」
「忠告だけど、そういった邪道ははまれば強い。でも勝てるからってそれに頼りきりになると地力は育たないし、魔物相手には通用しない。今回のみ使える手段だと思うようにね。あとはそういう手段があると知っておくことは大事よ。自分がやられたときに対応できるから」
イリーナの忠告にオリンズは頷く。
オリンズの指導はもう一時間続いて、そこで解散になる。あまり遅くまでやって明日の腕試し大会に響いても困るのだ。
寝たままのセレーヌをおんぶして、オリンズはテントへと戻っていく。
二人が遠く離れて、ダイオンが俺を見てくる。
「指導を始める前にも言ったが、こうしてほかの傭兵にからむのは珍しいな」
「魔獣の標的にされているから、さすがに可愛そうになって」
「また魔獣と遭遇したのか!?」
「そうらしいわ。私は気付かなかったんだけど」
どういった魔獣なのかとダイオンが聞いてきて、ステシスについてローズリットから聞いたことを説明する。
「オリンズの必死な姿をよほど見たいらしい。あの場でイリーナに殺されることを避けるため、自身の正体をオリンズにばらされるのを避けるため、見逃すことを条件にメリエッタの無事は約束した」
「守るのか?」
イリーナと同じように疑うよね。当然の反応だ。
「ローズリットによれば守るんだとか。自身の信条や欲をかなり大切にしているそうだから」
「そんなに大切にしているなら、大会が中止になったり、優遇されたりしたら逆にやばいな。だからクライヴに相談することは避けたのか」
俺とイリーナが頷く。
見たいものを邪魔されたら、なにをしてくるかわからない怖さがある。自爆が使えるらしいし、分身をあちこちで自爆させられたら厄介すぎる。
「明日はオリンズについていていいか? 大会中もアドバイスできるようにしようと思う。五勝できる前に石を全部失ったら、約束を破るかもしれん」
「その心配はあるし、いいと思うよ。俺は会場を回ってステシスを探してみようと思ってた」
「私もオリンズの方に行くわ」
「私は主様に」
明日の予定を決めて宿に帰る。純粋に楽しむって感じじゃなくなったけど、俺自身に降りかかったトラブルじゃないからまだましとも思う。
翌朝、オリンズが大怪我したときのため魂液入りのポーションをダイオンたちに渡して見送る。
まずはステシス探しに町を一周してから、会場に向かう。
「あれを探すためじゃなくて、もっと楽しんで見て回りたかったよ」
「そうですね。私も残念です」
大会見物の客が町の外に出ているため、混雑しているわけではない大通りを歩く。
はぐれるようなことはないから手を握る必要はないんだけど、シャーレが手を取ってきた。嫌じゃないんで離さない。
近くを通った男が上機嫌とわかるシャーレを見てから俺を見て、羨ましそうな視線を向けてきた。そういった視線を受けて、やらんぞと思う俺も独占欲が増してきたなって思う。
「お、あそこに薬が売ってるな。ちょっとのぞいていこうか。手荒れに効く軟膏でもあればいいな」
「手が荒れてますか?」
シャーレが握っている俺の手に視線を落とす。
「俺じゃなくてシャーレにだな。家事をしていたら手が荒れると聞くし、今からケアしておいて損はないだろ」
「たしかファーネンママたちも似たようなことを言っていました」
こんな感じで、ステシス探しとお祭りを楽しむことを半々で町を巡り、会場に移動する。
大会はすでに始まっていて、客席から歓声が上がっている。とりあえずぐるりと回るか。試合を眺めながら客席の一番上に移動する。
客席は斜面が緩く波打っていて、そこに観客が座っている。客数は日本にあったドーム収容人数に遠く及ばないけど、賑わいは負けてないように思えた。
四つの舞台で、次々と勝敗が決まっていく。実力が拮抗して長引きそうなものは、砂時計の砂が落ち切ると引き分けという形で終わる。試合を終えると、石のやりとりをして勝っても負けても受付に行って勝敗を告げて、また舞台へと移動し、対戦を待つ列に並ぶのだ。
大会は二日にかけて行われていることになっていて、今日石を四つ持って終えられない者は明日の試合への参加資格を失うというルールになっている。
二つ石を得て明日のためさっさと終わるか、賞金のためさらに続けるか、参加者は悩むだろうね。
「オリンズは弱い相手か疲れた相手にぶつかれたらラッキーってところか」
「そう上手くいくでしょうか」
「難しいだろうね。そういった有利になる条件を引き寄せられるか、オリンズの運が試されてもいるのかな?」
「意外とやれるかもしれないよ。君たちという存在を引き寄せたのだから」
隣から聞き覚えのない若い少女の声がした。そちらを見ると、キャラメル色のダッフルコートを着た十歳くらいの白髪少女がいた。こっちには視線を向けずに舞台を見ている。
(ステシスだわ、たぶん)
(たぶん?)
(見たことのない姿だし、力をかなり低めに作った分身っぽくて、魔獣の気配が薄いのよ。町で見かけただけなら気づかないわ)
簡単に捨てられる分身ってことかな。
「ステシス、であってるのか?」
「そうだよ。自信なさげに問うということは、力を落とせばばれないのか。今後の参考にさせてもらおう」
ステシスだと認めたことでシャーレが観察するように見て、それを煩わしいと感じたのか視線を散らすように片手を振る。
「ここにいて何かしらの邪魔でも入れると思っていたんだが、なにをするにしてもその弱さじゃ無理だな。ほかに分身がいるのか」
「いないさ。すでに条件は課した。その後は見るだけ。課したものだけでもオリンズにはきつい。それを力を尽くし、知恵を絞って、突破してくれることを待ち望んでいる」
「ほんっと期待される側には迷惑な話だ」
「魔獣になにを期待する。好き勝手やるのが魔獣だ。私など対象を極少数に絞るだけましな方だよ。関わった魔獣がよほど親切なのか? 初めて会ったときは興味がなくてたいして調べなかったが、ここまで近づけばわかる。なにかしらの魔獣と一緒にいるね?」
ずっと舞台を見たまま、問いかけてくる。
ローズリットが気配を探ることができるんだし、向こうがわかっても不思議じゃないな。
それにしても周囲の人間がまったく騒がない。魔獣なんて単語を口に出しているんだから、少しくらいは気にしそうなものだけど。ステシスがなにかやったのか?
「いるよ。お前とは違って人が好きってわけじゃないのが」
「人が好きじゃないのに一緒にか、変わり者だな」
変わり者ってのには同感だな。人間を息子や弟認定は、普通じゃない。
「お、オリンズが来たな。相手は……同程度の実力か。運が良しということかな」
ステシスの目が期待に輝く。
視線の先を見ると、ダイオンとイリーナとセレーヌが舞台そばにいて、舞台には同年代の少年が槍ほどの長さの棒を持って、オリンズと相対していた。オリンズの持つ斧の刃には革でカバーがかけられている。
審判役として雇われたらしい高齢の傭兵が二人に話しかけて下がる。
少年は半身の構えをとって、棒の先をオリンズに向けた。オリンズは腰を少し落として、斧は下げたままだ。
審判が片手を上げて、すぐに下げた。
最初に動いたのは少年だ。一歩踏み出して、棒を突き出す。それをオリンズは横に避けた。少年は再度突き出すけど、それもまた横に動いて避けられる。ならばと薙ぐ。
その軌道上に斧を盾として置く。柄と刃の腹に手を当てて両手でしっかりと防いだことで、薙ぎを弾くことに成功する。
オリンズはそのまま前に出て、吠えながら肩から相手にタックルをしかけて、ぶつかっていく。
近づかれて攻撃する手段を失ったらしい少年は、離れたそうに下がる。
それを追いかけながらオリンズは下手で斧を相手に投げる。
武器が飛んできたことに驚いた少年が足をもつれさせ背中から転び、持っている棒を踏みつけられ、顔面に拳が迫って止められる。
それで審判は勝負ありと判断したのか、手を上げた。
ほっとしたように棒から足をどけるオリンズは悔しそうな少年から石をもらって舞台から出る。
「技量的には同程度、勝敗をわけたのは気迫だね。懸命な姿はやはり素晴らしい」
見たいものが見れて上機嫌そうにステシスの声音が弾む。
まずは一勝。このまま四連勝といってくれればいいんだけど。
感想と誤字指摘ありがとうございます




