164 二人の特訓
「ダイオンとイリーナ。オリンズの指導を頼める? 俺とシャーレでセレーヌの指導するから」
「どうしたんだ、珍しい」
「無茶を押し付けられているのを見るとさすがに同情もするよ。少しくらいは力になってあげようって思うさ」
オリンズとセレーヌがぽかんとした表情で俺たちを見る。
「余計なお世話って思うかもしれないけどさ、指導を受けといて損はない。この二人はすっごく強いよ。一日でオリンズを強くすることはできないけど、的確な指導は君の糧になる」
「明日腕試しに参加するオリンズはわかりますけど、私も指導を受けるんですか?」
セレーヌも必要だろう。今回はメリエッタだったけど、君がターゲットになる可能性もあるんだから。
「うん。オリンズと離れるつもりがないなら、またあれがちょっかいをかけてくると思う。そのときに力が足りなくて悔やむようなことになりたくないだろう?」
「それはそうですけど、あれの狙いはオリンズなんですか?」
「そんな感じで話していたよ。確定ではないけど」
「……お願いします」
少しだけ悩んでセレーヌは頭を下げた。それでオリンズも受け入れたのか頭を下げた。
まずはバノイたちにこのことを報告だな。彼らが鍛えている子たちだ。彼らも指導計画を考えていたはず、それを邪魔するようなものだし、一言断りを入れておかないと。
ダイオンにこうした方がいいかと確認すると、同意された。
皆でバノイたちのところに向かう。訪ねてきた俺たちを少し驚いたふうに見て、歓迎してくれた。飲み食いしていた彼らに断りを入れて、ほろ酔いなバノイを連れだし、テントから離れる。
「なにか大事な用なのか?」
「さっきのことなんだけど、メリエッタが誘拐された」
「なんだと」
酔いが覚めたように真剣な表情でバノイはオリンズたちに勢いよく顔を向ける。
「オリンズっそれは本当なのか!?」
「はい。俺たちの村で起きたことは話しましたよね? あのときの女がメリエッタをさらって、明日の大会で五勝すれば帰してやると」
「意味わからん。そいつはなにがしたいんだ」
ステシスのことを知らないと、たしかに意味不明な行動だよね。
「なにがしたいかはわからないけど、勝たないとメリエッタは帰ってこない。最悪殺される可能性もある」
「皆でメリエッタを探すぞ」
そう言ったバノイはクライヴにも協力を頼めないかと言い出した。
イリーナは難しげな顔で、それはどうだろうかと言って続ける。
「頼めば協力してくれるかもしれないけど、腕試し大会を中止にしないかしら。中止にしたら、目標未達成でメリエッタが無事でいられるかわからない」
「傭兵たちが騒ぎを起こすかもしれないから中止にはしないと思うが、オリンズが有利になるよう働きかける可能性はある。それを誘拐犯が不正だと捉えたら駄目かもしれない」
ダイオンの推測にバノイは不正と見抜けるかと首を傾げた。
「明日の大会には変装した本人かそいつの協力者が見に来るはずだ。試合内容が不自然と見抜かれる可能性はゼロじゃないと思う。安全をとるならまともな試合をする必要があるだろう」
あのステシスが確認に来たら、下手な試合はできそうにないな。人が好きと公言しているんだから、情熱や必死さから本気の試合かどうか見抜きそうだ。
俺もクライヴに頼むのは反対だと意見を出す。良い人だからこそ手を尽くしてくれて、それがステシスにとってマイナス判定になるかもしれない。
あとは尋問や大会のことで忙しい今に、さらに問題を追加するのはさすがに気が引ける。
「誘拐犯の行き先は知っているか、イリーナ」
「わからない。町から離れたことは確かよ」
どうしてイリーナに聞くのだろうかとバノイは不思議に思って尋ね、誘拐犯を追ったのがイリーナたちだからとダイオンが返す。
「あんたはかなりの腕だろう? 取り戻せなかったのか? 責めているわけじゃない、本当に不思議なんだ」
「メリエッタの首にナイフを突きつけられなければ、なんとかなったわ」
「ああ、そういうことか」
どういった状況で取り逃がしたのか推測できて、バノイは納得した。
「それで明日の腕試し大会までに、少しばかり俺たちでオリンズとセレーヌを指導しようと思う」
「どうしてセレーヌまでとか、どうしてお前たちがとか疑問は浮かぶが、それよりも聞きたい。鍛えてどうにかなると思うか?」
「強くするのは無理だろう。オリンズに対してできることは、せいぜい悪いところの指摘と強者との戦闘経験を積ませることくらいだ。だがイリーナとの戦闘経験があれば、明日の腕試し大会ではだいぶ楽になる」
「そこまで楽になるか?」
「全員を見たわけではないから断言まではできないが、参加者はイリーナよりも格下ばかりだ。イリーナとの戦闘よりもましだと心に余裕を持てる」
暗にバノイも弱いと言い切ったわけだけど、自覚はあるのか反感などは表情にでない。
かわりにというのかセレーヌが純粋に疑問に思ったようで尋ねる。
「あの、イリーナさんはどれくらい強いんですか?」
「戦帝大会優勝者だ」
「……思い出した。そりゃ強いはずだ」
「前回優勝者とは名前が違うと思うんだけど」
信じたバノイと違って、信じられなかったのかオリンズが聞く。
「前々回の優勝者だからな。その前も参加して本選出場を果たしている」
「え? バノイさん、本当なんですか」
「たしかに前々回の優勝者の名前はイリーナだ。名前が同じなだけと思っていたんだが、本人とは思わなんだ。主な活動地はポリジーア大陸のはずだから、こっちには来ないと思っていたよ」
「ダイオンの足の治療関連でこっちに来る必要があったの」
「そうだったんだな。それでセレーヌを鍛える意味は? セレーヌもなにかしらの条件を課されたのか?」
セレーヌにも説明したことをバノイにもすると納得してくれた。
「オリンズ、セレーヌ、指導を受けてこい。俺は仲間に声をかけてメリエッタを探してくる。お前が目標を成し遂げても本当に返してくれるかわからないからな」
こくんと頷いた二人の肩を叩いて、俺たちに頼むと言ってバノイはテントへと駆けていく。
オリンズに武器を取ってこさせて、町の外にあるテントからさらに離れたところに向かう。
十分に離れて、シャーレに明かりを出してもらって、早速指導が始まる。
「時間がないから早速始めるぞ。やってもらうのは模擬戦だ。といってもすぐに決着が着くから、最初はイリーナにはかなり手を抜いてもらう」
「イリーナさんは無手だけど」
「リョウジ、貸してくれ」
ダイオンがなにを言いたいのか推測できて、腰から如意棒もどきを取り出し、イリーナが使っている剣と同じくらいの長さにして投げ渡す。
「あれは金属製の武器だから思いっきり斧を振っていいぞ」
オリンズは人に武器を向けることに躊躇いを感じているようだったが、時間が足りないのだとダイオンから声をかけられ、意を決したようにイリーナへと斧を振る。迫る斧をイリーナは容易く弾いた。
斧を通して伝わってくる棒に込められた力の強さに、オリンズは目を見開く。それでかなりの力量差を実感できたのか、遠慮がなくなった。
あっちはあれでいい、こっちも始めようか。オリンズを見ていたセレーヌに声をかけて、十メートル以上離れる。
「さて確認なんだけど、セレーヌの得意な属性は水でいいよね?」
「あ、はい。でもリョウジさんの前で魔法を使ったことありませんよね?」
「俺はそういったことがなんとなくわかるんだ。特殊な出身だから。それでもう一つの魔法属性はおそらく土」
「それもあってます。でもあまり土は使ってないです。水の方が使いやすいから」
「そうなると今君に示せる道は二つある。水と土を同じくらい使えるようになって、行えることの幅を増やすこと。もう一つは水に特化すること。どちらも一長一短あるね」
前者は幅が増えて対応できることは増えるけど、その分魔法の威力や効果は並みといった感じになる。あと選択肢が増えるということだから頭を使う必要がある。後者は威力と効果ともに随一になるけど、幅が狭まって魔法が役立たずになることがある。はまれば強いけど。
この説明にセレーヌは頷いた。
「なんとなく想像できます。これからやることは、そのどちらかに偏らせるための練習方法を教わるといったことですか?」
「そんなところ」
実際には練習中にこっそり資質の操作をするんだけど。
「どっちを選ぶ」
目を伏せて考え込んだセレーヌが、こっちを見てくる。
「……うろ覚えなんですけど、ラディアートを倒したのは氷の魔法でしたか?」
「そうだね」
あのとき使ったものを離れたところに出現させる。
「あのときはもうダメだと思うと同時にこんなところで死にたくないって思ってました。そんな危機を退けてくれたのが、あの氷の魔法です。冷たく何者も傷つけるあれは、私たちを救ってくれた。あれは窮地からでもなんとかなるという象徴みたいになっていて、私も使えるようになりたい。そして同じようなことがあれば、今度は自力で危機を退けられるようになりたいです」
口調は落ち着いたものだが、そこに込められた熱はもしかすると魔法で出したあの氷を融かすものかもしれない。なんてことを思った。
「じゃあまずは水や氷の魔法を見せていくから、そういったものがあると覚えていって。そのあとはシャーレと魔法のぶつけあいをしてもらう。シャーレの炎の勢いに負けないように水を放出し続けて、限界を知るんだ」
「あなたとじゃなくてその子とですか? メイドが半人前といえども傭兵とやりあえるだけの力量を持っているのでしょうか」
「この子は戦闘訓練を受けているし、ラディアートなら倒せるよ。あと俺と君は属性が一緒だし、ぶつけあっても飲み込まれて終わりになる。反する属性とでないと駄目なんだ。ほかにも条件はあるけど、そこは秘密だ」
いい加減なことを言っているけど、セレーヌにはわからないだろう。自分がどれだけ魔法を使い続けられるのかを知るのは大事だろうから、やって損はないはずだ。戦闘中のスタミナ配分ができるようになるだろうしね。
「私よりも年下なのにラディアートを……わかりました」
セレーヌの顔には少しの悔しさと羨ましさが現れた。それを自身の頬を両手で叩いて消す。
指導を受ける姿勢になったので、魔法を使っていく。セレーヌも使えそうな初歩のものから、威力の高いものへ。そして攻撃だけではなく防御用の魔法も使った。
「最後に俺が使える一番強い氷の魔法だ。スー。すべてが凍てつく風よ、うねりて削れ。あとに残るものはなし」
真っ白な空気が現れて竜巻のように吹いた。魔法が消えたあとは、地面は削れ白くなっていた。以前試しに使ったときは、岩さえも削ってみせた魔法だ。威力は氷魔法の中でも指折りだろう。
「私もいつかは使えるようになりますか?」
「練習を続けていれば使えるようになる。いつかはわからないから焦らず、見せたものを練習していけばいい」
これは嘘じゃない。授業の中でローズリットも言っていた。十年以上の時間をかけて、一つの魔法を習得した人間もいると。その魔法は特殊なものだったらしいけど、時間さえかければ習得できないものはないという証拠でもあるだろう。
断言したことでセレーヌにも気合が入ったようで、ギュッと手を握りしめた。
「次は魔法のぶつけあいですね」
「魔法を出すことだけを考えて、力を絞り出すんだ。危なくなったら俺が抱えて運ぶから、避けることも考えなくていい。ただただ魔法を使うことだけを考えるんだ」
限界まで魔法を使うことでのデメリットを、心の中でローズリットに聞く。
返答は、翌日は魔法を使いづらくなるけど安静にしていれば問題ないということだった。このこともセレーヌに伝えておく。
「はい」
「シャーレも強めでお願い」
精霊にならないくらいの本気でも数秒で勝負がついて拮抗も無理だしな。
感想と誤字指摘ありがとうございます




