16 戦い終えて
氷柱を避けきれないと思ったら突然熱を感じて、氷の欠片が体に当たる。
今のは炎の魔法でいいんだよな? じゃあ使ったのは? 決まってるシャーレだ。シャーレのいた方向から飛んできたのだから。
霊水を出し続けたまま、顔をシャーレが隠れている方向へ向ける。そこには岩陰から出て、その場に倒れているシャーレがいた。
一瞬だけ無事かどうか確かめなければと思った。でもシャーレには悪いけど、魔獣が優先だ。これが終わったらすぐに様子を見にいくから、さっさと終わってくれと思いながら魔獣の頭部にしがみついていると、魔獣が一声鳴いて、脱力し地面に倒れ込む。
「精霊! 終わったんだよな!?」
『ありがとう。あなたたちのおかげで』
礼は続いているようだったけど、聞いている暇はない。すぐにシャーレの無事を確かめるため魔獣から降りて走る。
呼吸の荒いシャーレに触れると熱い。奴隷の印も変色している。霊水をあげる前みたいな感じだ。でも霊水は飲ませているぞ?
「シャーレはどうしたんだい?」
剣を鞘に納めたダイオンさんが声をかけてくる。それに俺はわからないとしか答えられない。
精霊が答えを与えてくれた。
『その子は英雄の資質持ちだったのね』
「なんだそれ。こうなっていることに関係している?」
ダイオンさんもそのことは知らないようで精霊に疑問の視線を向けていた。
『英雄の資質というのは、人が心の底からなにかを願ったとき、そのとき欲した才能を開花させることができるというもの。あなたの危機を見て、その子は助けるため火の魔法を選んだ。もともと火の魔法が得意だったけど今の自分では無理だと、さらに力を欲したの』
「英雄の資質によって火の属性が強化された?」
『ええ。でも属性に関する病気を霊水で抑えていたのでしょう? 強化されたことで、霊水の効果を振り切った。だから一時的に病気が発症した状態になっている』
ダイオンさんが少し驚いたように俺とシャーレを見てくる。霊熱病だと気づいたんだろう。
「一時的ってことはしばらくすれば、また健康体に戻るんだよな?」
『大丈夫。半日もせずに落ち着くわ』
よかった。本当によかった。俺を助けるため霊水でも抑えきれない霊熱病を発症させたのかと。
ほっと溜息を吐いて、シャーレを抱き上げる。
「ありがとうな。助かった」
シャーレから返事はないけど、少しだけ表情が和らいだ気がするのは気のせいだろうか。穏やかにゆっくり休んでくれ。
「大事にならずにすんでよかったね」
「本当に。せっかく健康体になれたのに、また以前の状態に戻るとか可哀想だし。ああ、戻るといえば魔獣、いやもう霊獣といった方がいいのかな。霊獣はどんな状態?」
『彼も何時間か休む必要がある。このままここで休んで、動けるようになったら一緒にどこかの湖で暮らすわ。しばらくすれば北は元に戻るらしいから、そのときに帰ることにする』
「そっか。俺も休みたいから、ここで少し休んでいこうかな」
「俺もそうさせてもらおう」
シャーレを抱いたままその場に座る。近くにダイオンさんも座った。
布を取り出して濡らして、小さな氷を布で包んで、シャーレの首に巻きつける。これで少しは熱が下がってくれればいいのだけど。
『そうそう、お礼なのだけどなにがいいかしら?』
「ただ働きは勘弁願うけど、これといってほしいというものが思いつかない。精霊からお金をもらえるわけはないし」
『お金は無理ね。希少な素材をとってくればいいのかもしれないけど、なにが希少なのかわからないし』
「だったら加護かな」
風の魔法も覚えやすくなるのはありがたい。
『加護を与えられるのはあなただけになるわよ? 私は大精霊だからね。シャーレは火と土に適正があって、風の資質がない。ダイオンは風の資質はあるけど、私の力を受け止めきれない』
「だったらダイオンさんに加護を与えてくれる風の精霊を連れてこれない?」
『普通だったら断ることだけど、お礼だからね。いいわよ。あなたもそれでいい?』
「問題ない。大精霊のものでなくとも加護を受けられるとはありがたい」
『シャーレのお礼はどうしようかしら』
金品は無理で、加護も駄目。うーん……できるかどうかわからないけど言ってみるか。
「あの霊獣は水属性なんだよね」
『ええ、だからあなたの力を借りたの』
「だったら霊獣の力の欠片でももらえて、シャーレに持たせることで火の魔法を使ったときの反動を和らげることはできない?」
毎回火魔法を使うたびに苦しむようなことになるのはね。
『できるけど、すぐには難しい。五日くらい時間がほしい』
「それでお願い。受け取るのはどうしようか。どこかで待ち合わせする?」
『私が届けるわ。あなたの気配は目立つから遠く離れなければ探せる』
礼に関しての話はそれで終わりとなり、精霊は俺たちから離れてダイオンさんに加護を与えてくれる精霊を探しにいった。
精霊がいなくなり、俺は擦り傷についた汚れを落とし、ポーションを含ませた布を当てていく。こうすることで自然治癒よりも早く治るらしい。
一時間ほどで精霊は戻ってきて、ダイオンさんは半透明で小さな翼のある魚から加護をもらうことができた。俺も大精霊から加護をもらう。
精霊は霊獣に寄り添うということで俺たちから離れていき、俺たちは町に戻ることにした。シャーレをきちんとしたところで休ませたいし、ここが通れるようになったと伝えた方がいいだろうとダイオンさんと話したのだ。
二人で協力して風の魔法で走る際に空気の抵抗を減らし、追い風を吹かせて速度を上げて町に戻る。
町に戻ったのは夕暮れ直後だ。
出発前に俺たちが泊まっていた宿に戻って、三人部屋を取り、ダイオンさんは役所へ、俺はシャーレの世話をする。
シャーレの服を脱がせて、ベッドに寝かせ、氷水で冷やした布をシャーレの額に置く。温くなったらまた冷やしてと繰り返しているとシャーレが目を覚ます。
「……ここは?」
「町に戻ってきたんだよ」
起きようとして止められたシャーレは顔だけこちらに向けてきた。ほっとした笑みを浮かべて俺を見てくる。
「無事だったんですね。よかった」
「シャーレのおかげでね。ありがとう、助かったよ」
寝ているときにも礼は言ったけど、きちんと起きているときにも言わないとね。
礼に嬉しそうな顔になったシャーレ。
「役に立てたんだ。なにもできずにいたけど、きちんと役に立てて本当によかった」
「魔獣に対してなにかできなくても責めたりはしなかったよ」
「それでもおびえるだけじゃ駄目だって、なにかやりたいと思った」
「その思いのおかげで、無傷だったし魔獣を霊獣に戻すことができた。あのとき自分がなにをしたか、理解してる?」
首を振ったシャーレに、精霊から聞いたことを説明する。ついでにお礼のことも話す。
「火属性の強化で霊水が意味をなさなくなったんだ。だから霊熱病みたいな感じに」
「お礼が届くまでは火の魔法は使っちゃ駄目だからね。また倒れかねない」
「はい」
お腹すいているか聞いて、シャーレが頷いたのでスープをもらってくる。
部屋に戻るとシャーレが起き上がっていた。辛そうといったわけではないので、そのままスープを渡す。食欲にも衰えが見えず、回復していっているのがわかり、安心だ。
スープが空になり、シャーレを寝かせて、濡らした布を額に置き、皿を返しに行く。
部屋に戻ろうとするとダイオンさんが帰ってきた。一緒に部屋に戻り、シャーレも混ぜて、役所での話を聞く。
「本当かどうか疑っていたよ。まあ魔獣がいたとか信じられない話だからね。今日は遅いから明日の朝に調査員を派遣するんだそうだ。それで本当なら解決の報酬を渡したいから、町に留まってくれということだ」
「明日出発とか考えてないけど、十日とかは滞在するつもりない。それまで滞在しろとか言ってこないですよね」
「大丈夫じゃないかな。確認にそこまで時間をかけないだろう」
ダイオンさんが姿勢を正して、こちらを見てくる。
「改めて君の旅に同行させてくれないだろうか。霊水が必要なんだ」
「事情を聞いたときに、すぐに霊水を渡さなかったのは警戒していたからです。なにか厄介ごとを抱えているかもしれないと。巻き込まれたくないと。その考えは今もあります。そこのところどうなのでしょうか」
「ないよ。誰かを巻き込むような厄介な事情などない。ただ健康に戻るため、その方法を求めて旅をしてきた」
真剣にまっすぐこちらを見ながら答えてくれる。
縁の感覚は今もひきつけるものを感じさせ、嫌な感じはない。
だったらいいかな。厄介な事情がないと信じよう。
「わかりました。傭兵として雇うということにしましょう。その報酬が毎日の霊水譲渡です」
「わかった。傭兵契約を結ぶよ。もしかしてシャーレも霊水の費用が関連して奴隷に?」
「ええ、そんな感じです。別の事情も含んでいますけどね」
細かいところまでは話さずともいいだろう。機会があれば話すことになるだろうし。
「霊熱病に関してはどうにかなりましたけど、呪いの方はどうするんです?」
「旅に同行しながら解決策を探すよ。これまでと違って時間はたくさんあるし、生まれた頃からの付き合いで煩わしさとかもあまりない。気長にやっていくつもりだ。ああ、あと丁寧に話さないでいいよ。雇い主だしね」
「じゃあ、できるだけそうさせてもらいます」
今はまだ丁寧になるだろうけど、今後慣れていけば砕けて話せるはずだ。
話は続いて、旅の目的などについて話す。といってもあちこちに行くというだけで目的はないに等しい。それを聞いてダイオンは気楽な旅ができると笑っていた。
戦いの疲れもあり話を終えて、寝ることにする。ベッドに入る前にシャーレの様子を確かめて、異常がぶりかえしていないことを確認して、おやすみと頭をなでて隣のベッドに入る。
夜が明けてシャーレに起こされた。見慣れたメイド服のシャーレは体調の悪さを感じさせない顔色だった。
すっかり元気になったという本人からの申告と奴隷の印が通常に戻っていることから本当のことだとわかる。
シャーレと起きてきたダイオンに霊水を渡してから、朝食にため食堂に向かう。
朝食後、部屋に戻ってシャーレは俺とついでにダイオンの洗濯物を受け取りながら、鍛錬したいと言う。
「鍛錬? 体力をもう少しつけたいってこと?」
「そっちもですけど、昨日みたいな状況で動けるようになりたいです。またなにかあれば隠れるだけというのは嫌です」
「またなんてあってほしくないんだけどね。シャーレが自身を守れるようになるためにもやった方がいいかな。でも俺には無理だから、ダイオンに訓練をつけてもらうことになると思うけど」
どうだろうかとダイオンに視線を向ける。
「かまわないぞ。ついでにリョウジもやるかい? 昨日の戦闘を見たかぎりだと、戦闘に慣れていないだろう?」
「必要、だな。接近戦ができるようなるんじゃなくて体の動かし方を鍛える方向で頼む」
魔獣なんて強敵にそうそう出くわすことはないだろうけど、可能性はゼロってわけでもないだろうし、少しでも動けるようになっといた方がいい。逃げる時間を稼げずに死ぬなんてことは嫌だしな。
それに水と風の大精霊の加護があるんだし、主体は魔法だろう。動く砲台といった感じでいいんじゃないかな。
洗濯後に始めることになり、町の外に出る。
とりあえず俺は風の魔法の習得をするため一人で離れて、シャーレとダイオンがどれだけ動けるかの確認を始めるのを見る。
胆力をつけるためか、ダイオンは剣を抜いてシャーレに戦意をぶつける。それにシャーレは体を震わせたが、魔獣のものよりも怖くないということで動けなくなることはなかった。胆力に関しての鍛錬は、魔獣からの圧を受けたことでさっさと終わりそうだった。
俺は以前から習得に動いていたこともあって、本で学んだ風の魔法はさくっと習得できた。
声を遠くに届けるもの、風の流れを操って匂いを消すもの、風を自身の周りに吹かせて矢などの飛び道具をそらすもの、風の刃を飛ばすものなどなど。
空を飛べるようになるかなと思ったけど、それは無理だった。代わりに少しだけ浮けたり、二段ジャンプはできるようになった。これで高所へ上がるときや高所から落ちたときは安心だろう。
魔法の練習を終えて二人を見てみると、シャーレは投げられた石を避ける鍛錬をやっていた。俺よりも戦いのセンスはあるようで、それなりの速度の投石をしっかりと避けている。地球にいた頃の俺だったら何度も当たっていただろうな。
俺が近づいたことで、シャーレの集中力が散漫になって石が当たる。集中力が落ちたことをダイオンは察していて、当たった石には威力はなかった。
「課題は体力と集中力が乱れることだな。それ以外は今のところ問題ない。長ずれば傭兵として大成するだろうが、まあリョウジのメイドとして過ごすだろうし、意味ないことだな」
「ほかの人もシャーレには才があるって言ってたよ。メイドじゃなくて本格的に傭兵として鍛錬していくか?」
「奴隷でありメイドであることが第一です。それ以外の道はありません」
そう答えるだろうな。知ってた。




