159 盗賊捕獲
村を出て真っすぐにではなくあちこちと寄り道して六日ほど経過し、あと十日もしないで年末がくるといった頃に、目的地である森がほどよく遠くに見える位置に到着する。数百メートルほど離れていて、そこからさらに必要な穴を掘るので、キロ単位で掘り進める必要がある。魔法を使えず人力でやるとか言われないでよかったと思える長さだ。
森の中から見えづらいように木陰に馬車を置く。
「それじゃさっそく掘り進めましょうか」
ローズリットが肩に座って言う。
この日のために改良した掘削魔法を斜め下へと使って地面に潜る。この魔法は掘るというよりは土を四方に押しのけて穴を固めながら進むものらしい。掘った穴は通路として使うので崩落しにくいようにと考えたとローズリットが言っていた。
ある程度潜ったら、地面に平行になるように方向を変えて、俺の体格に合わせて穴をどんどん掘り進める。土を外に出さなくていいし、掘削速度も歩く速度と同じくらい。魔法というのは本当にありがたい。
年末をどんなふうに過ごそうかといったことを話しつつ二十分ほどまっすぐに歩いて、ローズリットに止められる。
「ここから円を描くように掘るわ。慎重に行くつもりだから、振動が上に伝わらないように速度を落とす。幅も広げるから、二時間くらいかかる予定よ」
「盗賊たちの本拠地の下に来たということですか」
シャーレが聞き、ローズリットはそうねと返す。
「話すのもやめた方がいいんですか」
「よほど大声で話さないと地上には届かないわよ」
これまでの会話の音量程度なら問題ないってことだな。
ローズリットの指示に従い穴を掘り進めていき、途中休憩を入れて二時間と少しで最初の曲がり角に穴を繋げることができた。
「これで準備一つは終わり。油を撒いたり新鮮な空気を入れたりして、火をつけたら準備は全部終わり」
じゃあ穴から出て夜まで待機だな。ここを出たら夕方くらいになってるかな。
◇
日が暮れて夕食後、亮二が魔法で穴の中の換気をして、油を入れた壺を持ち、シャーレと入っていく。弱っている精霊は馬車の中だ。
油を撒いたりするのに一時間くらいかかるということで、それまでイリーナはダイオンと食器の跡片付けなどをやって時間を潰す。
「そろそろ行った方がいいかしら」
時間計測用に置いてあった篝火が消えかけているのを見て、ダイオンに尋ねる。
「そろそろいいだろう。気をつけろよ、アクシデントなんていつでも起こり得るからな」
「わかってる。ダイオンも通りすがりの賊に襲われるかもしれないんだから気をつけて」
「あいつらの本拠地に近いからな。あそこに寄るついでに一仕事なんて考える奴がいないともかぎらない。警戒はしておくさ」
頷いたイリーナはペリウィンクルに声をかける。
呼ばれたペリウィンクルはマプルイに飛び込んだ。
マプルイには鞍と鐙が付けられていて、生えた翼はそれをすり抜けて出現する。翼に見えるだけで、それそのものではないのだ。
「落っこちるなよ。高度から落ちたらお前でもひとたまりもないからな」
「私もそんな死に方は嫌だわ」
イリーナは笑みを浮かべ答えながらマプルイの背に乗って鐙に足を通す。
お願いとマプルイの首を軽く叩くと、空へと舞い上がる。
マプルイはどんどん高度を上げていき、雲と星と月のみの世界にまでたどりつく。
眼下は真っ暗な大地が広がり、町や村の明かりが遠くに見える。目的の森の中にもちらちらと明かりが見えた。
「さむっ。地上までの距離がわからないと、ちょっと怖いわね」
飛び降りたら地面にぶつからずにどこまでも落ちていきそうに思えてしまい、小さく身震いする。
落ちないようにマプルイの体毛をしっかりと握ると、痛かったのか小さく抗議の声が上がる。
「あ、ごめん」
片手を放してマプルイの首筋を撫でる。
力を入れすぎないように体毛を握って、しばし寒い夜空の散歩を堪能していると森の中に円のような明かりが生まれた。
「きたわね。マプルイ、あそこらへんにお願い。ある程度高さを下げてくれたらあとは私が勝手に降りるから、地面に着地しないでいいからね」
了解というふうに鳴いたマプルイは森へと高度を下げていく。
木々の天辺まで高度を下げたところで、イリーナは鞍を蹴って木の枝に着地し、そこを蹴ってどんどん別の枝に飛び移り、地面に着地した。
「女!? 見たことがないぞ!?」
盗賊の一人がすぐに警戒の声を上げた。それに気づいた盗賊がイリーナに注目していく。
「さってと、あまり時間かけられないし行くわよ!」
剣を抜いて髪をなびかせて盗賊たちの間を駆け抜けながら、彼らの足の筋を斬っていく。こうすれば火が消えても掘を越えられないだろうという判断だ。
本拠地では突然の火の手に驚きの声がそこかしこから聞こえていたが、今は次から次に盗賊たちの悲鳴が上がり、侵入者がいるとばれる。
ばれたところでイリーナを止められる盗賊はいない。
「あ、いたわね」
盗賊たちを斬りながら頭目を探していたイリーナは、護衛に挟まれた頭目へと駆けていく。
それに気づいた頭目は周囲の盗賊に指示を出す。
「侵入者を捕らえろ! 誰か一人さえ生かしておけばいい!」
襲撃した人間が複数いるかのようなセリフにイリーナは首を傾げた。
頭目が複数いると勘違いしたのは、自分たちの本拠地にたった一人で突っ込んでくる馬鹿はいないだろうと思ったのと、悲鳴の上がる頻度が一人がやったにしては多かったからだ。
周囲の盗賊たちをあっという間に斬り捨てて、イリーナは頭目に迫る。
「強いぞっこの女!?」
「複数で囲めっ」
囲まれる前にイリーナは頭目とその護衛の足の筋を斬って、ほかの盗賊たちに標的を変える。
頭目が手下に逃がされるのは困るので、頭目周辺からは視線を外さないようにして、どんどん盗賊たちを斬っていく。なかにはポーションを使って治療して逃げようとした盗賊もいたが、揺れ動く炎で掘の幅を見誤って、堀に落ちて大火傷で苦しみ死ぬことになった。
三十分もかからずに本拠地のそこらから盗賊の悲鳴のみが聞こえる状態になる。堀の炎はすでに消えていた。
イリーナは周囲を見て、立っている盗賊がいないことを確認し、頭目に近寄る。
「まさかあの占いが当たっていたというのか?」
頭目が思い出したのは今から十日以上前に占い師から聞いた占い結果だ。破滅の兆しが出ているというものだった。詳細を聞いたがさっぱりということで、気を悪くしてその場を離れた。念のため騎士団と大精霊の加護持ちの動きを探ったが、盗賊団の本拠地とは別のところにいると付き合いのある貴族から情報が流れてきた。
このことからあの占いは外れだと考えていたのだ。これまで何度か占いが外れたことはある。だから今度も外れなのだろうと思ったのだ。
それがまさか当たっていたということで、認められるものかと頭目はイリーナを睨みつける。
「お前はなにが目的でこんなことを!」
「んー……あなたに生きていられると困る、といった感じかしら」
「まさかあいつらが私を切ったのか」
あいつらというのが誰なのかいまいちわからないので、いい加減に話を合わせることにする。
「正確なところは答えられないけど、あなたと繋がっていた貴族とは教えてあげる」
「やはりか! さんざん甘い汁を吸わせてやったというのに」
「その貴族様もあなたたちとの繋がりがばれかけてやばくなったんじゃないの。私は雇われで、詳細なんか知らないけどね」
「お前を雇ったところの倍を出す! 私を逃がせ!」
「ええー、この商売信用を失ったら今後が困るのだけど」
「ならば三倍だ! そうだっ私と組めばもっと儲かるぞ! その強さは私が生かそうじゃないか! ぐげぇっ」
有用な情報は出てこないなと判断したイリーナは頭目を蹴って気絶させる。
「この後は、おっと」
上体を起こし盗賊が矢を放ってきて、それをイリーナは切り払う。
「面倒だけど、全員を気絶させていきましょうかね」
ダイオンたちがここに来る予定になっているので、それまでに安全確保だと頭目を縛ってから止血をして、意識のある盗賊たちを気絶させていく。
傷をそのままにした盗賊はおらず、多くが布で簡単に止血していた。その布が緩まなければ失血死は免れるだろう。手で止血していた盗賊もいて、彼らは力が緩んで血の流れを押さえることができなくなり、死ぬことになる。
イリーナが盗賊たちを気絶させている途中で亮二とシャーレが地下から出てくる。
「あ、ちょうどよかった。盗賊たちを気絶させるのと拘束を手伝って。一人でやるのは大変なのよ」
「わかったよ」
「リョウジはシャーレと一緒にやってね。反撃の機会を窺っている奴は見抜けないでしょうから」
亮二は頷いて、シャーレの意見を聞きながら盗賊たちを気絶させていく。
◇
亮二たちがまだ船に乗って移動している頃のことだ。
ワンキーの王都、その城で二十代前半の青年が少し疲れた表情で廊下を歩く。灰色の髪で、七三に緩く分けられた前髪が清潔感を与える好青年だ。緑の裏地の白マントを翻し軍服を着て颯爽と歩く姿に、目を止める人もいる。
彼は王の執務室へと歩を進め、部屋の前に立つ近衛兵に声をかけた。
「お勤めご苦労。女王陛下は中にいるかな?」
「はっ。クライヴ様をお待ちになっています。中へどうぞ」
「ありがとう」
近衛兵が扉を開けて、クライヴの訪問を中に告げる。
クライヴが中に入ると、背後でゆっくりと扉が閉まる。
「陛下。報告に参りました」
クライヴはそう言い、頭を下げる。
「顔を上げよ。待っておったぞ」
椅子に座った二十代後半の女王が、クライヴに声をかける。緩く波打つ腰までのライトブラウンの髪を持ち、澄んだ青の瞳でクライヴを見ている。表情は凛々しく引き締まり、厳格な女王なのだろうと思わせる。
女王のほかには六十歳ほどの男が書類作業をしている。
その男が顔を上げて、女王を見る。
「陛下、近くには余計な人間はいませんから素を出して大丈夫ですよ」
そう言われて女王からふっと力が抜ける。凛々しかった表情は緩くなり、厳しさはなくなって穏やかさが感じられるようになった。
「改めてお帰りなさい。クライヴ」
「うん、ありがとう。トリューシア。ブライアは元気にしていたかな」
しばらく会えていなかった自身とトリューシアの間に生まれた息子について尋ね、頷きが返ってくると嬉しげに微笑みを浮かべた。
「疲れが見えますが、無理はしていませんか」
「無理まではしていないよ。ただ進展がなく無駄足になってしまうから精神的に疲れがね」
「あの者たちはまだ逃げおおせていますか」
クライヴは悔しそうに頷く。今回の遠出も現地に行ったときには既に誰もいなかったのだ。滞在していた跡があり、集団がいたのもわかり、逃げられたと確信することになり、何度目かの逃亡か数えるのも嫌になった。
「占いの当たる確率がもっと高ければな」
「無理を言うものではないですぞ」
男が苦笑を浮かべてクライヴを窘める。
「彼女の占いは十分に役に立っているとクライヴ殿もわかっているはずです」
「そう、ですね。申し訳ない。少し八つ当たりしたと思います」
「あなたにも無茶をさせていますからね。それができるだけの才と運があったとはいえ、大変だと思います。やれと命じた私が言えることではありませんが」
「そうしたい、そしてそうすると決めたのは俺だから。トリューシアの力になれているんだから、多少の苦労など気にはならないよ」
トリューシアは嬉しげな表情で、クライヴを見る。クライヴは妻の瞳に感謝の念を見て取り頷いた。
「十日くらい休暇を入れますか。私からも許可を出しますよ。息子と過ごせば、良い気晴らしになるのではないですか」
多少の苦労は気にならないとクライブは言うが、それでもストレスが溜まっていることはトリューシアには見抜けた。だからこその提案だ。
「ぜひ、そうしたいね」
「ゆっくりと休んでください。その後はまた働いてもらいますからね」
休みをどう過ごすのかと話していると扉がノックされて、近衛兵が来客を告げる。
すぐに女王は表情を引き締めた。そして厳格な雰囲気をまとう。王交代のときのごたごたで、自身が軽く見られていることを理解しているトリューシアは基本的に家臣には厳格に対応するのだ。それはクライヴが夫ではなく、家臣として接してきたときも同じだ。
「占い師カアルンタア殿がお見えになりました。占いで新たな情報が出たということです」
「通しなさい」
トリューシアは答えながら、内容によっては夫の休みは取り消さなければならないと申し訳なく思う。その夫は邪魔にならないように壁際に移動していた。
入ってきたのは七十歳ほどの老婆だ。
「ご歓談のところ、お邪魔いたします」
「うむ、そこの椅子に座るがよい。いつもと違い直接来るということは、なにか重要な情報を得たらしいな。聞かせてくれ」
カアルンタアは椅子に座って、一度お辞儀してから内容を話し出す。
「私に課せられた盗賊団の行方を探る仕事ですが、すでに申し上げたとおり、新たな情報を得ることができました。ですがこれまでと違った感じのものでして、こうして直接お知らせに参りました」
「ほう」
よい知らせだといいがとトリューシアのみならず、クライヴたちも思う。
「内容をお話しいたします。盗賊団を追うのはやめてください」
「なんだと? 放置すれば被害はどれだけ広がると思っておる。あれによってどれだけ民が泣いたと思っている!」
トリューシアは拳を握りしめて、鋭い目つきでカアルンタアに睨みつける。
こういった反応は想像できていたようで、カアルンタアは落ち着いた様子で続ける。
「被害が広がるのを良しとするわけではありません。放置することがあれらの壊滅に繋がると占いに出ているのです」
「……どうして放置して壊滅するんだ」
「原因は不明です。占ってみましたが、どうにもそこはさっぱりでして」
「不明ときたか」
「はい。国が放置するということはクライヴ殿が動かず、ほかの誰かがあれらを潰すということ。その誰かを占ってみたのですが、なにもわからずじまい。ほんの少しもわかることなどありませんでした」
「わからない、ということはこれまで聞いたことないな」
「はい。私も初めてでございます。私の力を大きく超える何者かが関わってくるのだと思っています」
トリューシアの脳裏にはあることが思い浮かんでいる。カアルンタアの占いだが、当たる当たらないに関わらずクライヴのことは占えていたということだ。
彼も経歴はおいておくとして、その実力は噂に違うものではない。
(クライヴよりも強い者が関わるか、もしくは精霊といった人と異なる存在が関わってくる?)
トリューシアが考え込んだので、今のうちにとクライブがカアルンタアに話しかける。
「あれらを放置ということですが、その間私にやることはないということでいいのかな」
「ショホローという町をご存じですか? 年末までに、あなたにとって様々なことがそこで起こるきっかけがあると占いに出ています」
「一回補給に立ち寄ったことがある。特に目立ったところのない町だったはずだ。そこで様々なことがあると? それは良いこと悪いことのどちらなのかな」
「良し悪し含めて様々なことだと思われます」
「悪いこともか」
少々嫌そうな顔になったクライヴ。自分にとって悪いこととはなにか想像し、真っ先に思いついたのは妻子の不幸だ。
「私にとって一番の悪い出来事は陛下と王太子殿下になにかあることですが」
「陛下たちに大きな変化の兆しは現れておりません。まあ占いですからな。必ず当たるとはかぎりません。良いことのみ起こるかもしれませんし、そもそもなにもない可能性もあります」
「それでもなにか良いこともあり得るのならショホローに向かった方がいいですね。年末になにかしら起こるのですよね?」
クライヴが確認して、カアルンタアは首を横に振る。
「年末までにということですから、年末のみに向かうと時期が過ぎる可能性がありますな」
「今から年末までとなると少し拘束期間が長いのだけれども。向こうに滞在する理由も特にない。もう少し滞在期間を特定してほしいでのすが」
カアルンタアは勘混じりの推測になると前置きして、年末からさかのぼって二十日間、その期間に間に合うように向かえばいいのではと告げる。
「拘束期間が半分以下になったのは助かるけど……行くか。盗賊団に関したなにかが起こると期待して」
「行くとしたら、前倒しでやらなければならない仕事ができてしまうぞ」
二人の会話を聞いていたトリューシアが加わる。
「いくらかショホローに仕事を持っていくことで少しは何とかなりませんか」
「……そうするしかないか。先ほど話した休暇だが」
申し訳なさそうな雰囲気で切り出すトリューシアに、クライヴは苦笑を返す。
「忙しいのは今だけと信じて諦めます」
「無理はするなよ。倒れられては困る」
「承知しております」
「カアルンタアよ、報告ご苦労であった。下がってよいぞ」
カアルンタアは一礼し、執務室から出て行く。
クライヴは今後の仕事についてトリューシアたちを話し合って、夜に一家そろって過ごし、翌朝には仕事で王都を離れていった。
感想と誤字指摘ありがとうございます
昨日はうっかり更新忘れてました




