153 金稼ぎ
到着した医者の家の扉を開けて、ダイオンが奥へと声をかける。顔を見せた医者に入っていいか尋ねると了承を得ることができた。
四人で入ると、医者からリリンデたちのことを聞かれる。
「預けた子たちの仲間だ。ここに預けていると知らせたら案内することになってな」
「あの子たちの仲間でリリンデと申します。あの子たちの状態を聞きたいのですが」
「少年は起きていますよ。もう一人の少女もそう遠からず起きるでしょうな。この二人は彼らに良いポーションを使ってもらえたようでなんの問題もありません。背中を怪我したボブカットの少女は血が流れ過ぎて、しばらく様子を見る必要がありますね」
「そうですか。面会はできますか」
大丈夫ですよと医者が言い、案内する。
四つのベッドが置かれた部屋に入ると、オリンズが体を起こしてぼーっとしていた。
「……あ、リリンデさん」
「魔物に襲われ、ここに運ばれたと聞いて驚いたよ。運が良かったわね、お前たちは。魔物に襲われ助からず死ぬ傭兵もいるのだから」
「はい、あのまま死ぬしかないかと思ってたから本当にそう思います。俺たちを助けてくれた人たちは?」
「彼らの仲間が助けたそうだけど、今は倒した魔物の売却でいないらしいわ。なにがあったのか聞きたい、大丈夫?」
頷いてオリンズは話し出す。
試験として猪の魔物を倒すことを告げられ、準備を整えて森にいることも調べて今朝出発した。
森に着くと、足に縄を括りつけて動きを阻害する罠をしかけて、好物のキノコを罠に置いて少し離れたところで隠れて猪の魔物を待っていた。
猪の魔物が姿を見せて罠にかかって、自由に動けないうちに倒すことに成功して、喜んでいたら別の魔物から奇襲を受けた。
最初にメリエッタが背中に傷を負って気絶。担いで逃げようとしたけど、動きは向こうの方が上で、次はセレーヌが殴られ大ダメージを負う。
動けない者が二人に増えて、オリンズには一人で逃げるという選択はとれず、魔物を二人から放そうと攻撃をしかけたが、どうにもならず攻撃を何度か受けて、もう駄目かと思っていたところで救援がやってきて、朦朧としつつも魔物が倒れたところを見届けて気絶した。
「これが俺の覚えている全部です」
「試験を課した時点では、ラディアートなんて林にはいなかったのだけど。あれは巣をもたず移動する魔物だからここ数日で流れてきたのか」
ガブンズルがでしょうねと頷いた。
ラディアートの詳細を知らないダイオンが、どういった魔物か尋ねる。
強さ的には中級で、巨体なのだが力押しではなく奇襲を得意とする魔物だ。意外と身軽で木登りもできるため、上から奇襲されることが多い。
「狩り成功の気の緩みを狙われたのでしょうね」
そう言うリリンデに、オリンズは申し訳なさそうに頷いた。猪の魔物を狩ってこれで一人前だと喜び、周囲への警戒が緩んだのだ。
「しっかりと休んで、またしばらく経験を積んで、昇格試験を受けなさい」
「はい。助けてくれた人たちにお礼を言いたいので、宿を教えてもらいたいのですが」
明日には動き回れるようになるだろうと考え、宿について聞く。
「まだ宿はとってないな。君たちを医者に届けることを優先したから。それに今金欠で宿を取らずに野宿するかもしれない。あの魔物の売却金額次第では宿をとるかもしれないが」
野宿でもそこまで問題ない暮らしができるため、このまま野宿の可能性も高いのだ。
「そこまで金に困っているの。仲間を助けてくれたことだし、謝礼を払いましょう」
お金自体はあって困ってはいないのだ。換金していないだけだ。だがそれを話すとどうして換金しなかったのかと説明することになる。
「謝礼は別にいい。困窮しているわけでもないからな。礼と言うなら、ここらでほどほどの狩場を教えてもらえないか。そこで狩りをして金を得ることにする」
「わかった。ほどほど……ラディアートを倒しているから、そこらへんは問題ないのよね。だとすると東の鉱山跡に住み着いた魔物を狩るのがいいかもね。徒歩だと一日と少しかかるわ」
リリンデは確認するようにガブンズルを見ると、頷きが返ってくる。
「どういった魔物がいるか教えてもらいたい」
「ええ。ミミズや蜘蛛やイモムシといった魔物がいる。そしてそれらを食べるトカゲの魔物。蜘蛛とトカゲは食用に、ミミズとイモムシは薬の材料にといった感じかしら」
続けて毒の有無や動きなどをリリンデは説明していく。
ダイオンたちの知っている魔物もいたので、対処法も想像がついた。
ダイオンたちは用事が終わったので馬車に戻ることにして、リリンデたちもお見舞いを終わらせて宿に帰ることにした。
◇
魔物を背負っての村の移動は目立ったな。隣にシャーレもいるからさらにだ。
問題なく魔物を売ることはできて、霊水の売却相手も聞くことができて、売ってきたからそこそこのお金ができた。
「ダイオンたちはどこにいるかな」
「集合場所は決めてなかったから、馬車に戻っているかもしれません。お金を払う約束をしてますから」
「それじゃ戻るか」
馬車を預かってくれた人にお金を渡したあと、馬車に戻ると二人は筋トレをしていた。
「ただいま。馬車のお金払ってきたよ。霊水も売ってきたからある程度の余裕はある。五日くらいなら宿をとれるんじゃないかな」
「こっちも傭兵団を案内してきた。そのときに礼として狩場を聞いた。魔物とかの情報も聞けたから明日にでも行こうか」
どういったところかと聞いたら、説明してくれた。
ほー、鉱山跡で蜘蛛とかがいるのか。そういやあまりそういった場所で狩りをしたことないな。
ダイオンとイリーナはあるそうなんで、注意点を聞かされる。長物だと振り回しに注意、暗がりや天井から奇襲もありえると。ついでに洞窟の場合の注意点も聞かされた。
狩りについての話が終わり、荷物を持って宿に向かう。ひとまず一泊だけ宿をとり、翌朝の朝食後に村を出る。
ダイオンがいるんで徒歩という選択肢はなしだ。日中は移動ばかりで、日が暮れて鉱山近くの小さな村に到着する。鉱石がとれたときはもっと活気があったんだろうけど、今はごく普通の小村だ。
食材の補充だけして馬車で寝泊まりする。宿はあったけど、小さい宿で満室だったのだ。
翌朝、馬車を預けて、ダイオンの足首を空間魔法で固定してから、村で小さめの荷車を有料で借りて鉱山跡に向かう。
村から三十分くらいのところに鉱山入口がある。整備はされていないけど、道もあったんで迷うことはなかった。
「シャーレ、明かりをお願い」
「はい」
入口の奥は真っ暗で、誰か先客が狩りをしているような物音もしない。
「俺とシャーレが警戒を担当する。イリーナが先頭で、俺とシャーレが真ん中、リョウジが最後尾。これでいこうと思うがいいか?」
俺は異論なしだ。シャーレとイリーナも頷く。
如意棒もどきを一メートルよりやや短くした状態で持つ。イリーナもラムヌで作ってもらった剣を抜く。お気に入りと言っていた剣は宝珠を使い修理だけして、あまり使っていない。ダイオンを斬った剣だから使いづらくなったのかな。
ダイオンに頼まれて魔法で鉱山跡の換気を行う。誰か来たと警戒してくれた方が探しやすいということらしい。
イリーナがゆっくりと鉱山跡に入り、それに俺たちは続く。
狩りは問題なく終わった。警戒する者が二人に、イリーナという強者がいるんだから苦戦も何もない。魔物もラディアートという名前のあの魔物より下くらいしかいなかった。
昼食を中で食べて、そろそろ夕暮れになるかといった時間で切り上げて、外に出る。台車には冷やした魔物が山盛りとまではいかないけど、多く積まれている。
村に戻ると日が暮れかけていた。
蜘蛛とトカゲはこの村でも売れると食料を買ったときに聞いたので売る。ここじゃなくて傭兵団のいる向こうの村だともう少し高値がつくそうだけど、馬車に載らないんで売れるものは売ってしまおうということになった。
残ったミミズとイモムシは明日向こうの村に持っていこうかと思っていたら、行商人が半分くらい買い取ろうと言ってきたんで、売ることにした。
減った魔物を見て、これならまた明日鉱山跡で狩りができるだろうとダイオンが言い、どうするか聞いてくる。
皆疲れてはないか確認して、やろうということになる。
翌日の狩りは、魔物の警戒度が上がっていて、狩れる量が減った。それでもそれなりの量なので、十分だろう。
ここで売却はせずに、全部向こうの村に持っていくことにしようと思ったけど、蜘蛛とトカゲをまた売ってくれと頼まれたんで、それらは売った。それらの肉はここだと贅沢品なんだそうだ。あの強さだと一般人には厳しいから自分たちで狩れないし、ここで売るよりも向こうの村で売った方が高いから口にする機会も少ないということらしい。買取が安めになるかわりに、この地域で採れる薬草などの情報を交換でもらう。
そういった情報の中には、ここで採れる鉱石の中に精霊鉱と呼ばれるものが混じっていたという話もあった。とれる量は微少だったので、特産にはならなかったそうだ。今でもあるかもしれないと教えてくれた人は言っていた。精霊鉱ってあれだよな、ラムヌで聞いたやつ。現状特に必要としていないし、見つかるかどうかも運次第だろうから探すつもりはないけど、あるかもってことは覚えておこう。
二日の狩りを終えて、鉱山跡から出発する。狩りの成果を売れば半月以上の宿賃になるだろう。
村に戻り、馬車を預けて、ここで借りた台車にミミズなどを載せて売りに行く。
それらを店に渡すと、鉱山跡から運んできたにしては傷みが少ないことに驚かれる。頻繁に冷やして鮮度を維持するようにしたからね。
予想の少し上乗せといった金額で売ることができて、懐具合に余裕が生まれ皆ほっとする。
一日マプルイを休ませたら、また西へと出発しようかと話していると、俺たちを見た男が近づいてきて声をかけてくる。
「やあ、狩りから帰ってきたのか?」
「ああ、先ほど帰ってきたところだ」
誰だろうかと首を傾げると、イリーナが誰か教えてくれた。
「そっちは初めてだな。うちの奴らを助けてくれたっていう?」
「そうだよ。リョウジとシャーレだ」
紹介されて、シャーレとともに軽く頭を下げる。
ガブンズルは改めて礼を言ってきて、それに頷くことで気にするなと示す。
「あの三人はどうです? 二人は元気になったと思いますけど」
「うん、オリンズとセレーヌは元気になった。斧を持っていた奴と髪の長い奴だな。ただ背中を大きくやられたボブカットの奴はまだ動けないってこともあるが、魔物との戦闘が怖くなったようでな。傭兵自体続けられるかどうかわからない」
「そうですか。傭兵を辞めるなら故郷に帰るんでしょうかね?」
「そうなるんだろうな。でもなぁ、ちらっと食い扶持を減らすために家を出たと聞いたことがあるから、帰ったところで居場所があるかどうか」
心配そうだったガブンズルは、はっとして俺たちにそんなことを言っても仕方ないと謝ってくる。
「暗い話はやめよう。夕食がまだならあいつらを助けてくれた礼としておごるぜ? よく考えたらポーションの費用を渡さないといけなかったしな」
「採取したもので作ったポーションだから元手はかかってない。だからお金は気にしなくていいよ」
魂液入りのポーションだとさすがにお金は取ったけどね。
「いいものだと医者は言っていたが、それを作れるのか羨ましい。うちの傭兵団にも錬金術師はいるが、まだまだ成長途中でな」
「俺たちはポーション作りの腕を主に鍛えているから、本職と比べるのはちょっとな」
話しながらガブンズルの案内で食堂に向かう。
その食堂の近くに宿があったので、嫌な感じもしないので部屋を取ったあと、夕食をごちそうになる。
夕食後、俺とシャーレとイリーナは先に宿に帰り、ダイオンはガブンズルと酒を飲むため食堂に残った。
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