148 ペリウィンクルの能力
「これなら避けられないだろ」
「間違って俺を刺すなよ」
そんなへまするかと返す男にペリウィンクルが突っ込んでいく。
「うざったいな!」
「それはお前が相手してろ。その間に俺が殺す」
フォークで手を怪我した男がナイフを持ってシャーレに迫る。
その間にもシャーレはもがくが逃げ出せない。助けて主様と心の中で助けを求めるが、扉が開き亮二が入ってくるようなことはなかった。ケルツァとメイドは惨劇を想像し壁際で震えて動けないでいる。
男のナイフを避けながらペリウィンクルはシャーレの危機を見る。
男が一歩一歩シャーレに近づくほどに、ペリウィンクルはどうにかしてシャーレを助けなければという考えだけで思考が染まる。
そして天井にぶつかるくらい飛び上がると、ふらつきながらシャーレの方へと突っ込んでいく。
男は怪我させられた手の仕返しなのか、首ではなくシャーレの顔にナイフを突き立てるつもりらしくナイフを振りかぶる。
そのナイフが振り下ろされる前に、ペリウィンクルがシャーレにぶつかる。ぶつかった衝撃で助けるつもりだったのかはわからないが、その通りにはならなかった。ペリウィンクルはシャーレの中に入り込んだのだ。
すぐに異変を感じたのはシャーレか、もしくはシャーレを拘束している男か。ついさきほどまでとはまったく違う力強さで拘束を解かれたのだ。
自由になったシャーレは迫るナイフが届く前に、ナイフを振り下ろそうとしている男の腹へと手を突き出して、風を叩き込む。
驚き転がっていく男から、拘束していた男へと振り返り、その横腹を殴りつけ、同時に風を叩きつけて吹っ飛ばす。
「な、なんなんだ! お前は!?」
なにも答えずシャーレは残る一人へと素早く接近し、男の顎へと勢いよく拳を振りぬいた。
白目をむいて気絶し倒れた男を放置して、シャーレは起き上がろうとしていた二人の男の頭を蹴りつけて気絶させる。
それでようやくシャーレは緊張を解いて、ケルツァたちに顔を向ける。
「大丈夫でしたか」
「は、はい。あのその目は?」
「目?」
どうなっているのかと手を目の辺りに触れさせシャーレは首を傾げる。
メイドによれば両目が赤色から緑色に変わっているのだそうだ。
それになんとなく納得したシャーレは、自分の胴に視線を向けてペリウィンクルと声をかける。すると胸の辺りからペリウィンクルが顔を出し、そのままシャーレの中から出てくる。同時に目の色が赤色に戻り、身体能力もまた落ちる。
「ありがとう。ペリウィンクル」
「ピッ!」
どういたしましてといった感じで返事をして姿を消し、シャーレの肩に乗る。
その様子を見ていたメイドは驚きの表情を隠さず聞く。
「もしかして今の鷲は精霊なのでしょうか」
「ええ、主様が契約されている精霊です」
見られたからには隠しても仕方ないだろうと少しだけ正体を明かす。
なにが自身とペリウィンクルに起こったのかは、シャーレたちもまだきちんと把握していないが、同じことをやれと言われるとそれは可能だ。
亮二にしっかりと報告しようと考えながら、気絶している男たちの拘束の手伝いをメイドに頼む。
ロープはこの部屋にないので彼らの着ているもので拘束しようと思ったとき、また大きく船が揺れる。
なにかがぶつかったようなこれまでの衝撃とはまた違った揺れ方に、シャーレは首を傾げつつ三人の男の拘束を進める。
それが終わり、ほっとしてシャーレは床に座り込む。
少し時間が流れて、また扉が開く音がして、シャーレたちはビクリと体を震わせて警戒した目を向けた。
◇
部屋に戻ってきたら、怪我をしているシャーレから警戒した目を向けられたでござる。ちょっとショック、とか言っている場合じゃないな。
「主様!」
安堵した表情で勢いよく抱き着いてきたシャーレを撫でつつ、部屋の状況を見る。
テーブルの上のものや椅子が倒れたりするのは、揺れのせいだろう。でも拘束された男たちは魔物に関係ないよな。混乱に乗じて強盗でも企てたのか?
「なにが起きたんだ?」
「詳しくはわかりません。あの男たちが顔を隠して入ってきました。ナイフを持って殺気だっていたので、最初からこちらを殺す気だったのだと」
「強盗かと思ったんだけど、殺人目的? 馬鹿がやらかしたと思ったんだけど、計画的な犯行だったのか。だとするとそっち目的だったんじゃないか?」
ケルツァとメイドに視線を向ける。ケルツァは怯えたままで、メイドの方は戸惑った表情だ。彼女にも心当たりはなさそうだな。
勘違いかと思ったら、シャーレから彼らが入ってきたとき、自分ではなくケルツァたちを確認するように見ていたと聞かされる。ケルツァが目的で間違いなさそうだ。
計画的ってなら、魔物が接近したことも関係してるかもしれないな。薬でおびき寄せた魔物の起こす騒ぎに乗じてって最初から決めてあったのかもしれない。
「ケルツァの事情に巻き込まれるつもりはないから、聞きゃしないし今後関わるつもりもないと彼の関係者に言伝を頼む。シャーレの怪我の治療をしたいので失礼する」
ケルツァの問題より、シャーレの怪我を治す方が先だ。シャーレの肩を抱いたまま部屋を出る。なんか背後から待ってくださいとか聞こえた。メイドには悪いが聞こえなかったことにさせてもらおう。
慌ただしい廊下を歩きつつ、シャーレに話しかける。
「しかし弱体化しているのに、三人の男をよく倒せたな」
「ペリウィンクルが助けてくれなければ死んでいました」
死!? もしかして感じていた嫌なものって、鮫の方じゃなくてシャーレが襲われ失うかもしれなかったからか?
「死ななくてよかったよ。ペリウィンクル、本当にありがとうな」
心底ほっとしている俺の肩に移動していたペリウィンクルが身を寄せてくる。軽く撫でて、馬車を目指す。ポーションは馬車に置いたままなのだ。あ、ウォールヘッドの体当たりや魔法で起きた揺れのせいで馬車の中ぐちゃぐちゃになってそうだ。ポーションが無事だといいけど。
馬車の中は物が散乱していて、片付けが大変そうだったけど、ポーションは無事でシャーレの怪我を治すことができた。
ところどころ破れたメイド服からジャンパースカートに着替えたシャーレと部屋に戻る。
ベッドに寝かされているダイオンとそれに付き添うイリーナがいた。
「こっちでもなにかあったの?」
こっちでも?と首を傾げたイリーナがなにがあったのか話していく。シャーレほど突飛なことが起きたわけではないようだ。
ウォールヘッドが起こした最初の衝撃で、折れている方の足を家具にぶつけたんだと。その痛みで動けないダイオンをイリーナが看護していたということだ。そりゃ甲板にいないわけだ。
「こっちは巨大鮫退治をやったよ」
簡単に甲板でやったことを話す。最後の揺れは俺が原因かと三人はどこか納得した表情になる。
それで本題のシャーレの話だ。シャーレを促すと最初から話していく。殺されそうになったという話には二人も驚いていた。
「ペリウィンクルがなにをしたかはわからんが、大手柄だな」
「無事でよかったわ」
二人はほっとしたように安堵の溜息を吐く。
ローズリットが姿を現して、もう一度やれるかとシャーレとペリウィンクルに聞く。未知の現象だからだろうか、わくわくとした雰囲気をまとっている。
「私は受け入れる側なだけなので問題ないけど、ペリウィンクルは?」
「ピー」
やれるという意思が伝わってきて、ペリウィンクルがシャーレに飛び込んでいって、そのまま消える。
シャーレの目の色が赤から緑に変わった。そして抑えられている気配に制限がなくなった感じがする。
「これで水による制限がなくなるんだっけ。どうしてそんなことになってるのかシャーレはわかる?」
シャーレは聞かれ、なにか考え、人差し指を立てる。その指先に風が渦巻く。
「資質が火から風に変わってます。今火を出そうとしたんですけど、風が生まれました」
「ペリウィンクルは人に憑依して資質の変更ができるってことかしら」
そう言うイリーナの意見に俺は首を傾げる。シャーレの中のペリウィンクルが違うと意思を示した気がする。
ペリウィンクルに出てきてもらい、イリーナに入れるか聞くと頷かれたあとに、あと一回だけという意思も伝わってくる。
「一日三回までらしいよ。イリーナに入ってもらって、資質の変更なのか試してみよう。俺は意味ないし」
いいかとイリーナに聞くと頷きが返ってきて、ペリウィンクルがイリーナに飛び込んだ。
しかしイリーナの目の色が変わることはなかった。それを伝えて、イリーナが使えない風の魔法を使おうとしてもらう。
「ヴィント。風よ意のままに」
初歩の魔法なので、資質があるならわずかながらでも発動するはずだけど、まったくの無風だ。
「使えないってことは私には効果ない?」
「なにか体に変化はないのか調べてみてちょうだい」
ローズリットに頼まれ、イリーナは立ち上がって、体を動かしていく。すぐになにかに気づいた表情になる。
「身体能力が上がってるわ。私には魔法じゃなくて、身体能力の強化になったのね」
イリーナから出てきたペリウィンクルは疲れた様子で、俺の膝に着地する。
お疲れ様と撫でていると、目を閉じて眠り始める。
「詳細はわからないけど、単純な強化じゃないわね。強化だけならシャーレは火の魔法を使えるようになるでしょうし」
「あ、そうか。私はその人の得意なものを強化するって思ったんだけど、違うみたいね」
「普通の精霊はこういったことできないの?」
ローズリットに聞いてみると首を横に振られる。
「精霊がなにかの生物に憑依するのを見たことすら初めてよ。無機物に一時的になら何度かあるんだけど」
ラムヌの火山で地の大精霊が像に憑依したときみたいなことか。
「その憑依だって物体が強化されているわけじゃないし」
「ペリウィンクルが普通の精霊と違うのは、俺の力を注いで生まれたからかな?」
神獣化とか霊人とか影響与えてそうなんだよな。まったくの無関係という方が無理があると思う。
「そこらの精霊と力の源が違うのは関係ありそうよね」
「まあ時間はたっぷりあるし、急がず解明していけばいいよね」
「あとの楽しみということにしましょうかね」
そう言いローズリットは、楽しそうにペリウィンクルを見る。俺の姉と言い出して、そこそこの時間は流れたけど、未知を求める気持ちもまだまだ持っているんだな。
話が終わり、シャーレは破れたメイド服の修繕を始めて、イリーナは隣でそれを見て縫い方などの説明を受けている。ダイオンはベッドで上半身を起こして本を読み、俺もペリウィンクルを載せたまま本を読むことにした。
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