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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
14/224

14 山頂での出会い

「まだまだ暑いな」

「はい。暑さで倒れないよう気をつけましょうね」

「休憩するときは近くに氷の塊でもだそうかね」


 こんなことを話しつつ山の方へと歩いていく。狩りの主役はシャーレだ。俺なんかより弓の腕がいいし、獲物を見つけるのも上手い。俺の役割は獲物を冷やすことと運ぶこと。役割分担できているが、シャーレは獲物を運ばせることを少し申し訳なさそうにする。だが無茶しないということを守り、自分でとは主張しない。

 しばらく歩き回り、シャーレが止まる。指差した方角に小型の鹿らしき動物がいる。

 周囲を見てほかに狩ろうとしている人がいないか確認して、小声で静かに移動すると言い、弓を構えて移動を始める。俺はできるだけ足音を忍ばせて、シャーレの背を追う。小鹿から見てここは風下、音を立てるなどへまをしなければ狩れるだろう。

 ある程度近づいたところで、シャーレは弦に矢をつがえてゆっくりと引く。キリキリと弦から小さな音が出る。小鹿はこちらに気づいていない。狙いをつけたシャーレが指を放し、ヒュッと音を立てて矢が飛んでいった。


「お見事」


 矢は小鹿の後ろ脚の腿に命中し、機動力を奪う。褒められたことに嬉しそうなシャーレは逃げようとする小鹿にもう一度矢を放ち、地面に倒れさせた。

 小鹿の倒れたところに行くとまだ息があるので、俺が小型の氷の槍でとどめをさす。そしてそのまま小鹿を冷やす。この場で解体しては少々時間がかかるため、このまま肉屋に渡すことになる。

 流れる血で汚れないように持ち上げて、町のある方向に歩き出す。

 のんびり歩いても十分と少しで到着といったところで、ウサギを三羽持った見知った顔と遭遇する。いや顔は良く見えないんだけど、風体が見覚えある。


「どうも、数日ぶりです」

「ん? ああ、あのときの君か……そちらは連れかな」

「はい。主様の奴隷でシャーレと言います」

「……幼い子を奴隷にしてそのような恰好にするのはどうかと思うが」

「そういう趣味じゃないですからね? この格好はこの子の趣味です。奴隷にしてるのも訳ありですし」


 何度目の誤解だろうか。いい加減慣れて慌てずに答えることができるようになってきた。


「誤解したようだな、すまない。よく見ればその子に現状の不満を感じられないな。多くの奴隷はその立場を嫌がるものだが、その子にはそれがない」

「私は望んでこの立場にいます」


 シャーレはふふんと胸を張り答えた。


「変わった子だ」

「変わっているというならあなたもでしょう? 顔を隠して、無理を通している」


 俺がそう言うと、男は少しだけ間をおいてククッと小さな笑い声を漏らす。


「そうだな。俺も変わっているか。だが諦めきれないんだよ。健康な体に戻ることをな」

「どうして不調なのか聞いてもいいんです?」

「かまわんぞ。隠すようなことじゃないからな。二つのことが原因で不調なんだ。一つは霊熱病というものだな」


 自身と同じということでシャーレが驚いたような表情になる。それを男は気にせず続ける。あちらもすぐ近くに同じ病気持ちがいるとは思わないんだろう。


「もう一つは先祖が地の精霊から受けた呪いだ。ひいひいひい爺さんが地の精霊の住処に悪さしたらしい」

「呪い? 先祖から受け継いじゃっているんですか」

「少しずつ弱くはなっているんだけどな。俺の孫くらいが最後になると思う。それでこの呪いは、土や石といったものの上に立つと力が抜けるってものでな。小さい頃からこうだから慣れてはいるんだが、霊熱病と合わさってしまって傭兵とやっていけないくらいに体調が悪くなっていってるんだ」


 土や石の上って、そこらに当たり前にあるものじゃないか。厄介な呪いだな。この人の先祖はいったいなにしたんだ。


「それでも動けているのは鍛えているからですかね」

「そうだな。霊熱病になる前に鍛えていたから、今こうして動けている。小物だが狩りもできる。だが症状が進むとそれも難しくなるだろう。そうなる前にどうにかしたいんだがなぁ。どちらか一つでもなくなればだいぶましになる」


 シャーレが俺も見てくる。どうにかしないのかと言いたいんだろう。霊水を渡すとしたら、もうちょっと事情を知ってからだ。とんでもない地雷を抱えていたら、縁があっても霊水を渡すのは躊躇う。


「これまでなにか解決のヒントでも得られました?」

「腕の良い占い師の話だと国の北部に求めるものはあるという話だった。だからここに来たんだ。だがそれらしきものはない。もっと北に行かなければならないのかもしれない」


 占い師は俺のことを当てたのか? 呪いの解消に関して言ってた可能性あるし、偶然かもしれない。


「そっちはなにか目的があってここらにいるのか?」

「北に行くことが目的ですね。もう少し北にちょっとした用事があるんですよ。なので通れるようになるまで滞在してたんですが、そろそろ山越えでしょうかね」

「俺も山越えを考えなければならないか。ここらだと噂が広まって傭兵の仕事ができないんだ。駆け出しの仕事なら可能なんだがなぁ」

「体力的に越えられそうです?」

「戦闘を避けてならなんとかだな。不調だがこれまでの戦闘経験から気配を探ることはできる。魔物を避けて体力を温存していけば可能だろうとみている」


 戦闘回避可能か、それは羨ましい。シャーレを戦闘に巻き込まずにすむから、一緒に山越えするのもありだな。


「予定があうなら、一緒に行きます? 戦闘回避は俺たちにとってありがたいことなんですよ。報酬も払いますよ」

「嬉しい提案だな。そうさせてもらうか。では自己紹介しようか。名前はダイオン、傭兵だ。少しの間よろしく頼む」

「名前は亮二。旅人」

「シャーレです。主様に仕える奴隷です」


 町に戻った俺たちは獲物を売り、役所に向かう。山越えメンバー募集の張り紙がだされているのだ。次の出発は明後日ということで、明日は消耗品などの補充にあてる。護衛に三人ほど傭兵を雇うため、分割で支払うことになるとも書いてあった。

 役所を出て別れる前に、ダイオンさんには先払いで報酬の半分を渡しておいた。大金というわけではないが、嬉しそうにしていたんで懐が心もとなかったんだろうな。

 翌日、シャーレと露天を回り、保存食や調味料を購入していき、もしもを考えポーションも購入し、ついでに砂糖二キロ分も購入する。これで砂糖五キロ。余計な重荷だけど、今の身体能力ならば問題なく抱えることができる。北部の人に渡せば、宿がない村でも多少は優遇してくれるだろう。

 そして出発の日、町の北にある門に向かう。見張り櫓の下が集合場所だ。

 先に来ていた旅装の男に声をかけると、山越えメンバーであっていた。メイド服のシャーレを見て首を傾げていたが、なにか聞いてくる前にほかのメンバーに声をかけられていた。

 そのまま一時間ほど待って、集まったのは俺たちとダイオンさんも含めて十一人だ。傭兵はダイオンさんを微妙な視線で見ていたが、仕事を放り出してまで絡むようなことはなかった。

 これ以上は集まらないだろうと判断した張り紙を出した男が、護衛の費用を皆から集めて傭兵たちに半額渡して出発を告げる。

 ルートは谷の左にある山だ。そちらの方が魔物が少ないらしい。警戒などのためゆっくりと進むことになり、山中で一泊してから明日の午前中には山越えできているそうだ。

 平野はシャーレでも問題なくついていけるそこそこのペースで進む。見晴らしがいいため傭兵たちも気楽そうだ。

 さらに進んで山に足を踏み入れて、傭兵たちは表情を引き締める。ダイオンさんも周囲を警戒し、あちこちに視線を向けていた。ペースはゆっくりになり、慎重に山を進む。

 開けた場所で一度休憩することになって、思い思いにその場に腰掛ける。


「ダイオンさん、ここまで魔物が様子を窺ったりはしてました?」


 シャーレにおやつのドライフルーツを渡し、ダイオンさんにもいくらか渡して聞く。


「ありがとう。視線はあったけど、獰猛なものはなかったね。谷底に大物がいるという以外は凶悪な魔物がいるという話も聞いていないし、護衛がいれば問題なく越えられると思うよ」

「それはよかった。このまま何事もなく越えてしまいたいですね」


 ただ縁の感覚が反応しているのが気になるんだけどな。この山になにかあるのか、精霊や魔物に反応しているのかはわからない。

 休憩が終わり、登山を再開する。魔物が接近してくることはあったけど、傭兵が石を投げて牽制したおかげで戦闘にはならかった。

 山頂に着く前に正午になり、昼食のため止まる。山頂についたのは午後二時くらいか。東へ二十分くらい歩けば、谷底が覗ける場所に行けるだろう。

 安全とは言い難い登山だったけど、それでも登頂は気分がいい。皆も気分よさげに風景を見ながら休憩していた。

 そうしていると縁の感覚が強まる。ダイオンさんやシャーレもなにかに気づいたような反応を見せる。

 俺とシャーレは異変に気付いた程度で、ダイオンさんは視線を空に固定していた。


「おそらく精霊だ」


 ダイオンさんの声に、皆の視線が空に集まった。傭兵たちは疑っていたようだが、すぐに精霊が姿を見せたことで表情を驚きに変える。

 見た目は幽霊といえばいいのだろうか、半透明な二メートルを超す長い髪の女だ。

 ところであの精霊、俺を見てる気がする。

 傭兵たちは警戒し武器を手にしているが、精霊が気にした様子はない。


『ようやく出会えた。待っていた』


 相変わらず視線はこっちに。でも両隣にシャーレとダイオンさんがいるし、どちらかに言ってる可能性もある。

 確かめるように二人を見ていると、精霊がお前だと声をかけてきた。俺かと指差すと頷かれた。皆の注目が集まる。


「なんで?」

『水の大精霊の加護を持っているでしょう。それが私たちに必要なのよ』


 加護のことをばらされて、ダイオンさんからの視線が突き刺さる。とりあえずそれはスルーだ。


「加護持ちがここに来るまで待ってたってこと? 運任せすぎない?」

『それは否定しないけど、ほかにとれる方法がなかったの。ヒューマたちはここを通りたがるからとおせんぼしないといけなかったし』

「やっぱり谷を通れなくしていたのは精霊の仕業だったのか」

『そうしないと彼に襲われていたからね』

「谷底の魔物と知り合いっぽいな」

『魔物じゃないわ。霊獣よ。ただ魔獣に変質しかけているから魔物と勘違いされるのは仕方ないけど』

「「「魔獣!?」」」


 精霊との会話をほかの人たちは静かに聞いていたけど、魔獣という単語に大きく反応を見せた。

 魔獣はたしか魔物とはまた違った脅威だったっけ。町でも簡単に滅ぼす災厄。基本的に魔獣に対する方針は近づかない触れない逃げるの三つらしい。

 有名なものだと大きな猪の魔獣が昔、どこぞの王都を一直線に走り抜けて、大きな被害をだしたらしい。その王都も防備はきちんとしていたらしいけど、そんなものは関係ねえとばかりにぶち抜いたようだ。


「魔獣がいるなんて聞いてないぜっ。こんなところいられるか! さっさと出発するぞ」

「そうしよう。俺たちには用事はないんだろう?」

『ええ、去るがいいわ』

「そうさせてもらう」


 護衛も同行者も急いで荷物をまとめて足早に去っていく。はやいはやい、よほど魔獣が怖いんだな。

 あれが普通の反応だよねぇ。俺もそっちに行きたいけど、逃してくれないんだろうなー。

 シャーレも怖がっているけど、俺が残るから動かない。ダイオンさんも動く様子はない。


「ダイオンさんも行かないんですか?」


 残ってる理由はわかるけど、聞いてみる。


「君から離れるつもりはないよ。せっかく見つけた問題解決できる人物なんだ」

「ですよね」


 くそう、精霊がばらしちゃったからなー。思わず精霊を睨んでみたけど、不思議そうに返された。

 溜息一つ吐いて、風属性っぽい精霊になにをしてほしいのか聞く。


『霊水を彼に注ぎ続けてほしい。今ならまだ間に合うの。完全には魔獣になっていないから。強力な水属性を与えて、性質を霊獣側へと傾ける』

「谷底の魔獣とは知り合いなんですか?」

『古い友人。ここよりも北の湖を住処にしていて、久々に顔を見に行ったら魔獣に変質しかけていて、止めようとしたけど住処からここまで移動したのよ』

「北かー」


 管理者が乱れてるって言ってたし、その影響を受けたんだろうな。さらに影響を受ける間に移動したのか、それとも変質したせいで暴走したのか。

 考えている俺の様子から、精霊はなにか心当たりがあるのかと聞いてくる。


「北で乱れが生じているとだけ。あと三ヶ月もしないで治まるとも」

『どうしてそんなことを知ってるのかしら。もしかして霊人としての資質を持っているからかしらね』

「れいじん?」


 聞きなれない単語に俺が聞き返すと、精霊が答える前にダイオンさんが説明してくれる。


「霊人とは四属性の魔法全てに適正を持つ者を指す。千年ほど前に枯れかけた輝星樹を助けたワーミアーズというリアー種の女性が霊人と伝承に残っているよ」

「霊人って名前だったのか。そういった人がいるとは聞いたことがある。というか隠したいことを次から次にばらすのをやめてほしいんだけど」


 勘弁してくれという思いを込めて精霊を見る。

 さすがに文句を言っていいよな。同行者や護衛がこの場に残ってなくて本当によかった。


『隠したかったの? ごめんなさいね。でもそんなにわかりやすい気配をしているから隠してないと思ったのよ』

「気配とか気にしたことなかったよ。どう隠せばいいの」

『魔法の力を自身の内に押し込めるような感じかしら』


 んーこんな感じかな? 肉体の内に縮こまるような感覚を意識する。

 そんな感じと精霊は言ってくるけど、これを意識し続けるのは難しい。気を抜くと維持を忘れてしまいそうだ。当たり前にできるように練習が必要だな。

 意識するのを止めて、話を魔獣に戻す。

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[一言] メイド服の次は執事服かな?
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