139 魔獣と二戦目
「やってくれるわね。お気に入りだったのに」
「手入れを怠るからだ」
その剣で亮二の雷魔法を受けたり、シャーレの炎魔法を受けたことで損耗していることは見てわかったのだ。武器を破壊すれば彼我の差は縮むだろうと、剣の状態を見て目論み、達成できた。
これ以上使えばすぐに折れることはイリーナにも理解できて鞘に戻す。
「剣を封じたら私に勝てるとでも? 能力の差はそんなに小さくないわよ」
「だろうな。体術中心のお前になら勝てるなんてうぬぼれてはない。だがさらに時間を稼ぐことはできる」
「ふーん、こうして今あなたの相手をしているのは私なのに、それなのにリョウジのことを思って行動するの?」
「そうすることが勝利に繋がるからな」
「ほんっといらつくっ! 今ぐらい私だけを見なさいよ!」
イリーナは怒りの表情で殴りかかり、ダイオンは剣の腹でそれを受ける。だが消耗しているため踏ん張りが足らず、たたらを踏む。
イリーナは隙だらけのダイオンの腹を蹴りとばす。鎧で守られているとはいえ、衝撃までは消せず、ダイオンは地面を盛大に転がることになった。そのダイオンをイリーナは追う。
起き上がろうとしたダイオンはイリーナに足首を踏み砕かれた。
「がぁっ!?」
「これでまともに動けないわね。時間稼ぎもできないわ。さっさととどめを刺して、リョウジを殺しに行くとしましょう」
イリーナは足でダイオンを仰向けにして、胸を踏みつける。いまだ諦めずにいるダイオンになにができるのかと嘲りの視線を向けて、顔を砕こうと拳を握りしめて振りかぶる。そして振り下ろした。拳はまっすぐにダイオンの顔めがけて進む。ダイオンはニヤリと笑みを浮かべ剣を握る手に力を込めたが、イリーナもまた嘲りの表情を変えなかった。
ダイオンの顔に当たった拳がするりと受け流される。先ほどと同じ感触にイリーナは慌てない。覚えていたのだ、報酬にもらったプレートが二枚あったことを。イリーナは自身の鎧の隙間めがけて振られる剣を左手で弾く。
「残念。プレートが二枚あることを忘れているとでも思ったの?」
「いんや? 一度使った手に引っかかるほど馬鹿じゃないってわかっていたさ。だがここまで近づいたら!」
ダイオンは言いながら顔近くにあるイリーナの手をしっかりと握る。もう片方の手はそっとイリーナの腹へとそえる。
「ニング。乱れ散る光、爆ぜる雷、砕けっすべてを!」
イリーナが身を引く前に詠唱が完成し、魔法が発動する。これもまたローズリットに教えてもらえた、近距離高威力の雷魔法だ。
ダイオンとイリーナを中心に雷が爆ぜた。二人の声なき悲鳴が発生した音と光とともに広がる。
魔法が消えると残ったのは、体のあちこちを火傷して倒れ動けずにいる二人だ。
「自爆? なんて無茶」
「これ、くらいしな、いと。お前を、止められない、だろ」
それはどうでしょうねとイリーナがゆっくりとだが体を起こす。まともに受けたダメージが魔法のみなのだから、ダメージが積み重なったダイオンと違って動けてもおかしくはなかった。
「これ、でも、駄目か……あーあ、これは、言いたく、なかった、んだけど、な」
そのまま倒れてくれたらと思う、それは本当のことだった。
「なによ」
「俺は、お前が、嫌いだった、よ」
イリーナは目を見開き、顔を歪め、歯を食いしばる。しかし首を横に振る。
「ショックを与えて足止め? 最後の手段がせこいわね」
「それ、もあるが、本音、でもある」
「……」
ダイオンは途切れ途切れだが語る。
才が羨ましかった。優れた師に恵まれていることが羨ましかった。何不自由なく強さを求められる環境が羨ましかった。それなのに孤独などと贅沢を言う、イリーナが馬鹿らしかった。俺を探す時間を、ライバル探しにあてれば強い者などもっと簡単に見つかっただろう。お前の孤独などその程度だ。
俺も努力しているが、もっと鍛えろ足りないとこちらの状態も顧みずに求めてくる。イリーナは欲しがるばかりで、自身を最優先で、我儘だ。自分の大事なものを押し付けてくる。他者にとってはそれが大事ともかぎらないのに。
「お前の、強さは、尊敬して、いる。そこ、まで高めた、努力も、すごいと、思う。だがな、そこ、だけだ。お前は、それだけ、だ。人、として、惹かれる、ものは、なかった」
それ以上聞きたくないとイリーナは、ダイオンに背を向けて亮二たちがいる大広場へとふらつきながら歩いていく。
(気絶までもっていきたかったけど、俺じゃここまでが限界か。武器を封じて、体力を削り、心もえぐる。やれることをやってようやくこの結果か。だいぶ動きは鈍っただろうから、これでどうにかしてくれ、リョウジ)
ダイオンは動けず夜空を見上げ溜息を吐く。
(すべてが終わったらフォローできるといいが)
気絶できたら嬉しいが、痛みがひどくてそれすら無理だったダイオンは気晴らしになるかと終わったあとのことを考える。
心をえぐるためとはいえ、思っていたことを偏らせて伝えたことは申し訳なく思っているのだ。
戦いが終わったあと、イリーナから殴られるだけで終われれば最善だなと思いつつ夜空を眺め続けた。
◇
あーっもう! こうくるなんて思ってなかった。というかよくこれだけ支配したな!?
どこからともなく現れるネズミやら昆虫やら鳥が鬱陶しい。
霧が晴れて、魔獣と戦闘が始まるぞって思ったら、そこかしこからぞわりとネズミなどが姿を現した。
気味悪さから咄嗟に風で俺とシャーレを覆った判断は良かったと思う。次の瞬間にはネズミたちが突撃してきたのだから。噛まれたら肉を持っていかれそうだし、病原菌や毒の心配もある。
そのまま風で防いでばかりではいられなかった。ダイオンたちのことを思うと、手間取っている暇なんてなかった。
だからシャーレに全方位へ炎をまき散らしてもらって、ネズミたちを全滅してもらおうとした。
風の防御を切った瞬間に炎の魔法を使ってもらって、ネズミたちは吹き飛んでいった。魔物じゃないただの小動物たちだ。シャーレの魔法で燃え尽きていって上手くいったと思ったら、またどこからともなくネズミやらが現れて迫ってきた。無限湧きかよクソゲーがっと心の中で吐き捨てたのは仕方ないと思う。
「何度か繰り返すしかないか? シャーレ、やれる?」
尖塔を壊した魔法でかなり力を消耗しているはず。何度も魔法は使えない状態だろう。
「頑張って四回くらいかと」
「だとしたら三回で打ち止めだな。たぶんだけど四回ってのは、そこまで魔法を使うと動けなくなる回数だろう?」
「……はい」
「この状況で動けなくなるのは怖いから三回でやめるように」
わかったとシャーレが頷き、俺の消耗度はどれくらいなのかと聞いてくる。俺はまだまだ大丈夫だ。加護で消耗が抑えられ、神獣化で力の総量が増している。ペリウィンクルなどに力を流しているとはいえ、そうそうに使い切ることはない。
話しているとシャーレから魔法を使う準備が整ったという合図を送られ、風の防御を止める。すぐに押し寄せるネズミなどが、シャーレから放たれる炎に飲み込まれていく。そして俺がすぐに風の魔法で守りに入る。
これをほんの少しだけだけど休憩を入れながら二度繰り返した。
周囲には足の踏み場もないくらいに焼け焦げたネズミなどの死体がある。
「魔獣が動かないのはなんでだろうな?」
これまで小動物の突撃のみで、魔獣は少し離れたところに立っているだけだ。
「様子見。攻撃手段を持たない。ネズミたちの細かな制御まではできないから巻き込まれるのを避けている」
この三つかしらとローズリットが言う。
「二番目だと嬉しいな。そして余裕のありそうな一番目は嫌だ」
「ほんとにね」
さてそろそろシャーレの準備が整うだろうし三度目の害虫駆除だと思っていると、ネズミなどが退いていった。それはもう潮が引くようにきれいさっぱり。残るのは死体のみだ。
「なんだ?」
なにかの意味があっての行動だろうと思っていると、シャーレが四番目だと呟いた。
「四番目?」
「はい、援軍を待っていた」
「ああ、そういうことか」
魔獣の背後にイリーナと少数の兵の姿が見えた。ダイオンは負けたのか。殺されてないといいけど。
「ネズミたちを退かせたということは、イリーナたちを巻き添えにしかねないからってことでしょう。細かな制御まではできないと思っていいと思う」
「安心できる情報かな、それ」
ネズミどもは厄介だったけど、まだ対応できた。でもイリーナはすごく厳しくないか?
「私がイリーナたちの相手をします」
「無茶だろ」
「いえそうでもありません。イリーナをよく見てください。服や鎧の汚れがひどく、歩き方もぎこちないです。ダイオンさんがかなり力を削いでくれたみたいです。あれなら主様に意識加速してもらえれば、勝てずとも足止めは可能です」
「その間に俺が魔獣を倒すのか」
「はい」
……よし。ネズミどもが退いている今が魔獣に接近するチャンスなのは確かだ。
「それでいこう」
風の魔法を解いて、すぐにシャーレに意識加速の魔法を使う。
イリーナも兵三名と一緒にこちらに向かってくる。残り二名の兵は魔獣の護衛のためか、そばにいる。
シャーレは弓を構えて、素早く兵の足を狙う。速射に反応しきれず兵は太腿に矢を受けた。
もう一本、矢を弦につがえてシャーレは走り、俺もすぐにあとを追う。シャーレが走りながら射った矢は避けられたが、注意を引くことには成功したようで、兵の視線がシャーレに向く。
シャーレは弦を外し、その勢いのままイリーナに弓を打撃武器として振る。
「行ってください!」
「わかった!」
弓を避けたイリーナにさらに迫りながらシャーレが言い、それに返してイリーナたちの横を駆け抜ける。
もう一つ支援だと、走りながら兵の一人へと氷の塊を飛ばしておいた。派手な金属音が背後から聞こえた。鎧にぶつかり、倒れたようだ。これで少しは楽になるだろう。
振り返らず魔獣たちへと走る。魔獣を守る護衛も俺へと向かってくる。
「邪魔! ヴィント。風よ風よ、吹き回りて、玉となれ」
強風が俺の左右に集まっていき風の塊が二つ俺のそばで生まれ、それを剣を振りかぶる兵二人の胴に飛ばす。鎧に触れた瞬間破裂したそれに兵たちは吹っ飛ばされていき、地面を転がって堀のそばで止まった。
これで残るは魔獣のみ!
腰の後ろに短くして差していた如意棒もどきを取り出し、伸ばして振りかぶる。
焦った表情の魔獣が迫る棒に拳を突き出す。
俺の棒と魔獣の拳がぶつかりあって、一瞬拮抗し、俺が押し切る。
「もうっいっちょっ!」
振りぬいた棒を素早く持ち替えて、魔獣の横腹を狙って振り上げる。
ドムッといった感じで棒が命中し、魔獣がよろける。かなりの勢いだったはずだけど、魔獣に苦悶の表情はない。頑丈さはかなりのものなのか。
少し下がった魔獣が「来い」と短く口に出す。すると先ほどよりも少なくはあるが、またネズミたちが現れる。
またか。風で防ぐかと一瞬脳裏によぎった。そんなことをすれば俺は無事でもシャーレが被害を受ける。だったら!
「レーメ。飲み込め、燃やせ、押し流せ、焔の怒涛!」
勢いよく薙いだ棒の先端から炎が生じて、魔獣もネズミたちも飲み込んでいった。
炎を追うように俺も前に出て、炎の中から姿を現した魔獣へと棒を振り下ろす。
肩辺りに強打を受けた魔獣は勢いに耐え切れずに地面と倒れた。
下がり魔獣から離れながら魔法を使う。
「今回は避けられないだろっ。ニング。かなたに強き力あり。いくえにも束ねて空より落ちろ、神の雷!」
目の前に落ちた太い雷の発する衝撃と音と光から、自身を守る。
落雷地点が近くて、ビリッとしたし、耳も痛い。でもこれをまともに受けたんだ、魔獣も無事でいられないだろう。
魔獣が倒れていたところを見ると、炎と雷のせいで服がほぼ焼け落ちた魔獣が倒れていた。魔獣自身は五体無事だが、黒く煤けていて、動く様子を見せない。
「倒せた?」
「いやまだよ。死んだのならイリーナたちの動きが止まるはず。でもまだシャーレと戦っているわ」
「だったらもう一回だ」
そんな俺の声に反応したのかどうかわからないけど、魔獣の体全体から灰色の煙が立ち上る。ただの煙かと思ったそれが俺へと素早く向かってくる。
「ヴィント。激しく、止まらず、駆け抜けろ。吹き荒れて飛ばしてしまえ」
風で散らそうと魔法を使う。距離が近かったせいか、魔法の発動と共に俺に接近した少量の煙を吸い込んでしまった。
ぞわりと悪寒がはしり、なんともいえない気持ち悪さがあって咳き込む。
俺がそうしている間に周囲では変化が起きていた。ローズリットは体内に入った煙の処理をするためか俺の中に戻り、イリーナたち操られている者たちの動きがぎこちなくなる。
一分くらい咳き込んで、ようやく気持ち悪さが収まる。
同時にイリーナたちも完全に動きを止めた。俺たちは知りようがないが、南で町を囲んでいた兵たちも同じように動きを止めた。
シャーレが警戒したままイリーナに話しかけている。そこから視線を外し、城の方を見る。そちらの戦いも止まっている。
感想と誤字指摘ありがとうございます




