13 北上
出発と決めた日がきて、宿を引き払って町の外へと向かう。
今回は目的地が遠いため、歩かずにすむよう馬車での移動になっている。
ただし乗合馬車ではなく、仕事を受けた際に知り合いになった行商人の馬車に途中まで乗せてもらえる。良い縁の感覚があり、乗せてもらっても大丈夫だろうと思えた。
乗合馬車よりも安いかわりに、食事の準備や夜の番を手伝うということだったが、それくらいならば問題ない。
「おはようございます、ラジィさん。お世話になります」
「おはよう。天気に恵まれてよかった」
三十歳半ばほどのニール種の男に声をかける。猫の特徴を持つニールだ。馬車の中に、彼の息子であるホプランの背が見える。
「すぐに出発準備が整うから待っててくれ」
俺たちが頷くと、ラジィさんはホプランに声をかける。
降りたホプランが挨拶してきて、それにシャーレと挨拶を返す。
ラジィさんとホプランが馬車自体の確認をして、異常は見つからず、乗るよう促される。
シャーレには少し高い荷台なため、両脇に手を入れて抱え上げて乗せる。俺も乗ってラジィさんに告げると馬車が動き出す。
歩きよりも速い速度で馬車は進む。今後もあちこち旅するから、馬車を手に入れるのもいいかな。いや荷台はいらないから馬か調教された魔物でもいいな。馬車だと移動を制限されることも考えられるし。二人が乗って荷物もあることを考えると、馬よりも頑丈な魔物の方がいいだろうか。
いくらくらいするだろうかと外を眺めつつ考え、馬車に揺られる。車よりは乗り心地はよくない。馬車の質もだけど、道も日本ほど整えられていないから仕方ない。
後方の警戒をしながら、シャーレとときおり話し時間は進む。
道中特におかしなことはなかった。魔物が近づいてくることはあったが、氷の槍で倒せたし、そもそも大物と遭遇はしなかった。
倒した魔物は食べられるものだったので、シャーレが調理するとラジィさんたちは喜んだ。これで食事はシャーレの仕事になった。自分たちで作るよりも上手いと初日から好評だったのだ。
料理や寝る前の会話やトランプなどで交流を深めて、旅は和やかに進む。ラジィさんたちの性格が良いおかげでもあったんだろう。
最初は子供にメイドの恰好をさせる少し変わった奴と思われていたらしかったが、道中でその警戒心もなくなった。
交流が進んだためか、彼らのことも聞かせてもらった。
パーレの東に拠点があり、そこに妻と妹がいるようだ。もともとは隣国のアッツェンで店を持っていたらしいが、強い魔物が暴れたことで避難してきたらしい。行商人として各地を回り、少しずつお金を貯めてまたお店を持つのだそうだ。
一度失ってもまた立ち上がって、こうして活動している彼らは逞しくて心が強い。良い人と知り合えたと思う。
俺のことも話す。といってもそのまま話しても信じてもらえないだろうから脚色して話した。それでもいろいろと商売のヒントになることがあったようで、礼を言われた。
会話からヒントを掴んだのは、彼らの才覚によるところが大きいと思う。なので礼はいいと言ったけど、いい話を聞かせてもらったと譲らなかった。なにか困ったことがあれば町まで来てくれと、本拠地の町の場所も教えてもらった。旅の途中で近くにいったら、挨拶に寄ろう。
彼らとの別れは予定よりも早くなった。
十日ほど一緒の予定だったのだけど、八日目に到着した小さな町から、それ以上北上できなかったのだ。本来の道を避けて迂回しようにも馬車だと移動困難で、彼らは東へルートを変えることにしたのだ。
「予定のところまで乗せられなくてすまない」
「いえ、仕方ないですよ。ここまで乗せてもらえただけでも助かりました」
「こっちとしても楽しい旅だったよ。お礼にちょっとしたことを教えてあげよう。君たちが向かう地域は砂糖が高めに取引されている。だからここらで砂糖を仕入れて持っていけばそれなりの儲けになるよ。定価で売れば恩を売ることも可能だろう」
「いいんですか? そんな情報をもらって」
「本当だったら俺たちが売るつもりだったんだけど、行けないからね。だったら向かう君たちの手助けになればって思って」
「ありがとうございます」
彼らの本拠地に寄ることがあったら、なにかお土産でも持っていかないとな。
「リョウジ、シャーレ。元気でな」
「ホプランも元気で。商売の成功を祈っているよ」
「お元気で」
補給をすませて馬車に乗って去っていく二人を見えなくなるまで見送る。
「とりあえず宿をとろうか。そのあとはなぜ北に行けないのか詳しいことを聞いてみよう」
「はい。たいしたことのない問題だといいのですけど」
「そうだね」
縁の感覚に従い、よさげな宿をみつけて部屋を取る。滞在者がいつもより多いということで残り一部屋だった。
宿に泊まるときはいつも一部屋なんで問題はない。奴隷は一人部屋は無理で、雑魚寝部屋か倉庫くらいしか駄目なのだ。そんなところにシャーレを放り込む気はないので、一緒の部屋にしている。
俺から離れる気のないシャーレはそのことを喜んでいる。
「洗濯物が溜まってるだろう? そっちを頼む。俺は情報を集めてくるよ」
「お任せを」
仕事があることを喜んでシャーレは洗濯籠に服や下着を入れていく。
一緒に部屋を出て、裏庭に移動し、桶に魔法で水を入れてからその場を離れる。
宿の従業員に話を聞けたらと思ったけど、忙しそうなのでやめておいた。宿を出てそこらを歩く人に聞いてみるかな。
んで聞いてみたところ、詳しいことはわからなかった。知りたかったら役所か仕事を紹介する店に行ってみるのがいいと教えてもらった。
わかったことは、北に繋がる馬車が通れる道が移動不可能になったこと。徒歩なら脇道にそれて移動できるので、急ぎの人は集まって徒歩で踏破しているらしいということ。
いつまでも解決しないようなら、徒歩で行こうかな。でも険しい道だとシャーレがきついかもしれない。また倒れさせるわけにはいかないから、きちんと調べてから行くかどうか決めよう。
仕事紹介の店が近いらしいので、そちらに向かう。
通り過ぎた広場では露天を出している商人が多かった。聞こえてくる話だと、北に持っていくはずの商品をここで売っているようだ。消費期限や使用期限のあるものだと間に合わないと、ここで安めに売って少しでも仕入れにかかった費用を取り戻そうとしているらしい。そのおかげでいつもより多い滞在者の食料や消耗品を賄うことができているとも聞こえてきた。
治安も通常より悪くなっているそうだし、いろいろと問題がでているんだな。
仕事紹介の店を見つけて入る。受付に向かい、ヒューマ種の職員に話しかける。
「すみません。北への道が通れないと聞いて、詳しいことはここで知ることができるんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。今おっしゃられたように現状道が通れなくなっています。あそこは谷の底を通っていく道なのですが、風が荒れてまして、そのせいで岩などが落下しています。小さな石が風に巻き上げられて、ぶつかってくるようなこともあって馬車での移動が非常に困難となっていますね」
「定期的にそんなことに?」
「いえ、天候次第ではまれに起こりますが、年に五回もあれば多い方ですね。風が荒れ始めてもう十日ほど。天候は落ち着いているのに、あそこ周辺だけおかしいということで精霊が関わっていそうだと考えて、調査員を派遣しています」
「あー、精霊か。気まぐれでやらかしているのかな」
「どうなのでしょう。気まぐれならすぐにやめてほしいですね。今後も流通が滞ってしまうと町の経営に問題が」
職員は大きく溜息を吐いた。この町の住人にとっては通れないだけではないんだな。
「本来の道を通らずに抜けることが可能とも聞いたんですが、どういった道なんでしょう?」
「道というか山登りのようなものですね。魔物も出る登山は危険なものですが、急ぎの方々は仕方なくそこを抜けているようです」
危険なところは無理かな。奇襲に慣れていないから、足場の悪そうなところで戦うのは避けたい。行くとしたら傭兵を雇って抜ける。俺とシャーレだけで行くのは止めた方がいい。
「ありがとうございました」
職員は微笑み礼を返してくる。
受付から離れて、ちょっとどんな仕事があるか眺めていこうと、依頼が張り出されている区画に足を向ける。
「お前のような奴にやれる仕事はないぞ! さっさと帰るんだな!」
「そんなよれよれでなにをやるってんだ」
「身の丈にあわない武具をまとっていきがってんじゃねえよ」
ん? なにか罵声が聞こえてくるな。って危なっ!?
フード付きの灰色のマントをまとった傭兵がこっちに倒れてきた。同時に笑い声も聞こえてくる。そちらを見ると、足をひっかけたらしい傭兵たちが指差して笑っていた。
ひどいことするな。あれ? この人からシャーレと同じように引き寄せられる縁が感じられる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう」
差し出した手を取って立ち上がる。ちょっと男の手が熱い気がする。なんとなく霊熱病の症状がでていたシャーレと似た感じ。もしかしてこの人も? 珍しい病気ってファーネンさんが言ってたし、別の病気かもしれない。
男はフードで顔の上半分は隠れていて、口と無精ひげが見えるくらいだ。声の感じだと十代ってことはない。二十代か三十代か。
立ち上がると俺よりも背が高いことがわかる。金属製の簡素なブレストプレートに、腰にはブロードソードらしき剣がある。
「傭兵?」
「そうだ。だが体が悪くて本調子じゃなくてな。若い奴らに馬鹿にされてしまうくらいだよ」
「体が悪いなら治療してから仕事をした方がいいんじゃないですか?」
「そうしたいのだけどね。簡単に治るものではないんだ。それに宿賃や治療費も必要だから働かないと」
仕事を探すからと男はゆっくりとしたペースで傭兵用の区画に歩いていった。
俺も仕事を見るため、一般人用の区画に向かう。
依頼の紙を見ながら、たまにあの男のことを考える。シャーレと同じくらいに惹かれたということは、仲間になる可能性もあるってことだよな。こちらから会いに行かずともどこかで会うかもしれない。
今度会って霊熱病だって判明したら、霊水をあげようかな。お金をもらうかわりに傭兵として雇って旅をするのもいいかもしれないな。でもなにかしらの目的があるなら、下手に関わると面倒ごとに巻き込まれるか?
そんなことを考えつつ、よさげな仕事を見繕って店を出る。
道が通れない理由はわかったけど、いつ頃通れるようになるかは不明。半月くらい様子を見て、駄目そうなら登山かな。
安売りされていた三キロ分の砂糖を購入し、冷凍させたラズベリーをシャーレのお土産に買って宿に戻る。
「お帰りなさい」
「ただいま。これお土産。それ食べながら今後のことを話そう」
荷物から木の皿を出して、ラズベリーを置く。
早速一つ口に放り込む。甘さと酸味がほどよい。シャーレも口に入れて、顔を綻ばせる。
聞いてきたことを話し、半月ほど様子を見ることにしたと言うと、シャーレは頷いた。
「半月の間に、なにか仕事をするんですか?」
「そのつもり。道の掃除とか狩りとかそういった仕事があったよ。谷の調査もあったけど、それは人任せでいいだろう。それで半月くらい待っても状況が動かなかったら、山越えする人たちに混ざって向こうに行くかもしれない。ただ魔物が出るって話だから、あまり気がすすまないんだよな」
「故郷でやった登山は魔物がほとんどいませんでしたからね」
「大精霊のおかげで安全だったね」
こっちの精霊の気配に魔物は怯えたり警戒しないんだろうか。もしかしたら今回の件は精霊の仕業じゃなかったりするのかもな。調査に出た人たちがなにかしらの情報を持って帰ってくればいいんだけど。
ラスベリーを食べ終えて、シャーレと一緒に買い物に出る。消耗品を購入し、見かけた錬金術師に霊水を売ってお金も得る。
その日は旅の疲れをとるためにゆっくりと過ごし、翌日から動く。蓄えには余裕があるため、仕事ばかりする必要はなく、シャーレとボードゲームや散歩などをして休暇も定期的に入れて過ごす。
二度目の掃除依頼をしているときに、台車を引いているフードの男を見かけた。傭兵の仕事じゃなくて荷運びか。傭兵用の仕事はできなかったのかな。
仕事や休暇の合間に、谷がどうなっているのかの情報集めもしたが、結果は芳しくない。風の精霊の姿は見かけたらしいが、なにかしらの交渉をする暇もなく去ったということだ。あともう一つ情報は手に入った。谷の上部から底を見たとき、大きな青いトカゲみたいな魔物がいたのを見たらしい。風に加えて大型の魔物が通行を邪魔していることに、役所の職員たちは頭を抱えていた。魔物だけならどうにでもなったんだろうになぁ。
そんなこんなで、そろそろ山越えかなと思いつつ、シャーレと一緒に狩りに出る。良く晴れているので、買った帽子を俺もシャーレもかぶっている。




