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縁をもらって東へ西へ  作者: 赤雪トナ
124/224

124 イリーナの帰郷

 シャーレの故郷を出て進路を西に取る。イリーナによればとりあえずは西北西へと進んでいればいいようだ。

 いくつかの村と町を通って、川を越えて、山を越えて、魔物の屍も越えて十数日。イリーナの故郷である町に到着した。

 馬車を預けて俺たちが降りるとすぐに、牧場の人間がイリーナに声をかける。


「イリーナじゃないか! 帰ってきたんだな」

「ただいま。時間ができたから、たまには顔を見せないとと思ってね」

「家族も喜ぶだろうさ」


 このように馬車を預けて町に入る前からイリーナは住人に声をかけられていた。町の中に入ってもそれはかわらず、イリーナは短く答えながら歩く。

 ダイオンは少し驚いたようにその様子を見ていた。


「人気あるんだな」

「母さんが有名だし、大会で優勝したからね。それでいっきに顔が売れたのよ」

「あの大会で優勝なら故郷の誉と考えてもおかしくなさそうだしな」


 世界的に有名な大会だし、そこで優勝できたのなら自分のことじゃなくても故郷の人たちは喜ぶだろうね。

 今も人気がある現状が、喜びの大きさを物語っているようだ。

 俺たちの知らないイリーナの一面を見れた感じだな。

 人々の声に応えながら歩くイリーナは一軒家で足を止める。テニスコートより少し小さな庭のある家だ。


「誰かいるかなー」


 イリーナは敷地内に入り、家を見渡し、首を振った。

 家族全員仕事とかで留守だったんだな。


「家族は留守だし、母さんの仕事場に行こう」

「邪魔にならない?」


 そう聞くと、大丈夫と返ってきた。

 旅から帰ってきて、家に誰もいないということは以前もあって、そのときも母親の仕事場に行ったそうだ。

 イリーナの実家から町の外へと向かう。俺たちが入ってきたところとは違う入口のそばに、傭兵などが鍛錬に使っている広場があるらしい。

 そちらの入口を守っている門番に、イリーナが「母さんいる?」と聞いて、門番は頷いた。

 町を出てすぐ近くに、傭兵たちが集まって武器を振っている光景が見える。十代前半の若者から二十年以上傭兵をやっていそうな人まで、四十人くらいが集まっている。その中に五十歳くらいの女性がいた。

 動きやすい服装の彼女は試合審判をしているようで、イリーナが近づいても振り返ることはなかった。ほかの傭兵などはイリーナを見ると、指導や素振りを止めて注目してくる。


「ただいま」

「おかえり。出発前よりも声と気配が明るいわね。探し人は見つかったの?」


 隣に立ったイリーナをちらりとも見ずに言う。さすが母親というべきなのか、歴戦の戦士だからなのか。両方なのかもしれない。


「見つかったよ。それに強くなろうとしてくれた」

「へえ、良かったじゃない」

「うん。でも私だけを見てくれないのはちょっと悔しいんだけどね」


 忠誠では俺を優先しているけど、恋愛方面はイリーナの独占状態だろうに。それで満足してくれ。


「あなたにあるのは強さくらい。ほかは足りないところが多々あるし、独り占めは難しいんじゃないの?」

「足りないところがあるから独り占めできないんじゃないんだよ」


 二人が話す間も試合は進み、決着が着くとイリーナの母親は審判を交代してもらい、ようやくこっちを見る。

 イリーナを見て、イリーナの母親は驚きの表情で動きを止める。


「……驚いた。身なりがきちんとしてる。ようやく細かなところまで気をつけることを覚えたのね」


 久々に娘を見て、驚くところがそこなのか。周りの人たちも、そこかよって顔になってる。

 イリーナは頬をかいて、なんとも言いづらそうにしている。洗濯とか取れたボタンやほつれた部分を修繕しているのはシャーレで、イリーナ自身は衣服に関して出会った頃と対処がかわってないしな。散らかしっぱなしってことはなくなったけど、自分からほつれの修繕とかをしようとはしてない。


「どうしたのよ」

「ええと、この子シャーレって言うんだけど。この子のおかげでこうなってる、とかだったり」


 気まずげに笑う娘に、イリーナの母親は大きく溜息を吐いた。


「あんた自分の半分くらいの年齢の子に世話を焼かれているの」

「だってシャーレの方がそこらへんは圧倒的に上だし」

「だからってね。まあそこらへんはあとで話すとしましょ。まずは自己紹介ね。そちらは娘の仲間ということでいいのよね?」

「シャーレ、リョウジ、そしてダイオン。この三人と旅をしているわ」


 ローズリットが姿を隠しているから省略したようだ。俺たちが一礼すると、イリーナの母親が自身の胸に片手を当てる。


「初めまして。この子の母でノーナと言います。娘がいつもお世話になっています」

「こちらこそイリーナの強さには助けられています」

「それが取り柄ですので、いいように使ってやってください」


 ノーナさんはダイオンへと視線を向ける。


「あなたがダイオンですね。娘が長年探していた」

「はい。約束を破ることになってしまい申し訳ありません」

「今この子が一緒にいることで、そこらへんは当人同士で解決したのでしょう。私からはなにも言いません。でものちほど約束を果たせなかった理由を聞いても?」

「隠すことでもありませんので、のちほどお答えします」


 頷いたノーナさんは、周囲にいる人たちに今日はこれで帰ると言って、俺たちを誘って町に戻る。


「家に帰る前に役所に寄っていくよ。お父さんにもイリーナが帰ってきたことを伝えないとね」

「父さんや弟たちは元気?」

「ええ、元気よ。孫の顔も見せてくれたわ」

「生まれたんだ。いつのまにかおばさんかぁ」

「滞在している間に顔を見に行くといいわ。家は覚えてる?」

「大丈夫」


 話す二人のあとについて行き、役所に到着する。中までついていくことはないだろうと、俺とシャーレとダイオンは外で待つ。

 

「あの人が四英雄の一人なんだよね。どれくらい強いのか二人はわかった?」


 俺は所作が綺麗でなんとなく強いだろうなってくらいしかわからなかった。


「私はかなりの強さということくらいしか。イリーナと同じくらいでしょうか」

「肉体的なピークは過ぎて衰え始めているだろう。鍛錬は続けているようだが、全盛期を維持しようとまではしてないと思う。それでもそこらの傭兵を圧倒できる。引き出しがどれだけあるのかで、どれだけ強いのか変わってくるはずだ。イリーナと戦ったら、負ける確率の方が高いだろうね」


 かなり詳しいところまでわかるんだな。騎士時代からいろいろと人を見てきたからかな。


「全盛期のノーナさんと今のイリーナだとどうだろ」

「全盛期かつ今の経験も合わせるならノーナさんじゃないかな」


 一時的に若返らせる魔法があれば、イリーナは嬉々としてノーナさんに挑みそうだな。

 たしか以前ローズリットが時間の巻き戻しは使ってたよな。若返りの魔法はあるんだろうか。


(あなたの記憶を見ていて、あなたの健康体を把握していたから上手く巻き戻すことができたのよ。あれの若い頃なんて知らないし、やろうとしたら難度がかなり上がって生まれる前にまで戻しかねないわ)

(だとすると巻き戻しはシャーレたちに使うのも難しい?)

(まったく知らない人にやるよりはましという程度にまで下がるわ。あなた以外にやる気はないけどね)


 真剣に頼み込めばなんだかんだ言ってやってくれそうだけど、その魔法が必要な事態にならないことを祈るよ。


(そういや、物の時間を巻き戻すのは難易度高くないの?)

(人と物じゃかなり違うしね。人は常に変化しているでしょ? 髪や爪が伸びたり、皮膚も劣化している。物も徐々に劣化はしているけど、人ほどに大きな変化はないから難易度は下がる)

「主様? 黙ってしまいましたけど、なにかありました?」

「ローズリットと話してたよ。ノーナさんに若返りの魔法を使ったら強いのかなって考えて、若返りの魔法自体あるのかローズリットに聞いたら、人の時間を巻き戻す魔法はかなり難しいってさ」


 そうなんだなとシャーレが頷いている。

 暇つぶしにシャーレとダイオンと周囲を見ていると、イリーナたちが戻ってくる。

 また先導する二人についていき、イリーナの実家に戻ってきた。

 家に招き入れられて、椅子に座って、ノーナさんが俺を見てくる。


「肩になにかいるみたいだけど、もしかして精霊なのかしら」

「わかるんですか?」

「なにかいるってことだけは」


 リンドーさんのようにローズリットを怪しい気配と感じて警戒まではしてないのか。まだ鍛えている人と鍛えることを止めた人の違いなんだろうかな。


「精霊がいますけど、姿を現すつもりはないと言っています」

「そう。なにかがいるって気になっただけだから」


 イリーナが、リンドーさんもローズリットのことは見抜いていたと言い、ノーナさんはそちらに関心をひかれた表情になる。


「リンドーに会ってきたの?」

「うん。年末年始にリンドーさんの村に行ってきた。元気だったよ、まだまだ勝てないね」

「相変わらず鍛え続けているのね。あの人は出会ったときからああだったし、今更変わらないでしょうね。あなたは今回の旅でどこでなにをしてきたの?」


 イリーナはこの町を出てダイオンに会うまでのことをかなり省略して話し、語りはダイオンとの出会いになる。


「アッツェン南部で、アッツェンの王子たちと一緒に行動していたダイオンたちにあったんだよ。どうして約束を破ったのかその理由を聞いたあと、模擬戦をして、それ以降一緒に行動しているの」

「そうなのね。約束を破った理由を聞いてもいいかしら」


 ノーナさんはダイオンを見て聞く。頷いたダイオンは霊熱病だったと短く答え、続ける。


「大会の少しあとに病気になって、治療法を探していたのです。約束を気にする余裕がありませんでした」

「それは納得できる理由ね。でも元気に見えるのだけど」

「治っていますから、今は健康ですよ」

「治すのがとても難しい病気じゃなかったかしら」

「運が良かったとだけ」

「話せない理由がある、か。秘密にしたい気持ちはわかるし、無理に聞き出す気もないわ」


 ノーナさんにとっては重要ではないのだろう。イリーナに旅の話の続きを促す。

 イリーナはアッツェン王都の出来事、ラムヌの出来事、ヤラハンの出来事と時系列順に話していく。

 俺の大精霊の加護について、シャーレの精霊化については、誤魔化した。でもノーナさんはなにかあると気づき、指摘する。そこは話せない理由があるとイリーナが正直に答えたら納得した。


「いろいろ経験してきたわね。大精霊に会ったり、国の事業に関わったり、魔物の群れをどうにかしたり」

「ダイオンたちと会う前と会った後じゃ、だいぶ違った旅になったのは私も自覚がある。私一人だと強めの魔物と戦ってばかりだったし」

「そうね、前はそんな話ばかりだった。以前より変化にとんだ生活で私としては安心だわ」


 戦ってばかりの殺伐とした人生よりも、いろいろと経験してほしいと思っているようだ。その方が健全だとは俺も思う。


「それにしても今のあなたが苦戦した半人半馬とか、私の現役時代でもなかなかいない魔物じゃないの。またえらいものと戦ったものね。ほかにも巨大スライムといっためんどうそうなものとか」

「倒すことの難しさっていうなら半人半馬よりもスライムの方がやっかいだったわ。大きくていくら斬っても倒せなかったし」


 イリーナには相性の悪そうな相手だったもんな、あれは。斬り続けて前進し核に到達とか無茶ができれば倒せたかもしれないけど。


「私もそのスライムを単独でどうにかしろと言われても無理だわ。半人半馬も全盛期に戦ったとして足止めが精一杯かしらね」


 あれを単独で足止めできるなら十分だと思う。大半の傭兵が蹴散らされるだろうし。

 全盛期って魔獣を追い返したときなんだろうか。興味が出て聞いてみた。


「ノーナさんの全盛期って魔獣を追い返した時期なんですか?」

「そのあとね。魔獣と死を覚悟して戦って生き残って突き抜けた。ほかの仲間も似た感じだったわ。全盛期に戦っていればあの魔獣は倒せたかもしれない」


 倒せたかもという話は初めて聞いたようでイリーナがすごいと興奮している。


「感心しているところ悪いけど、あれは生まれたばかりの魔獣だったからね。あれが誕生して十年くらいたっていたら問答無用で全滅させられていたわ」

「年をとった魔獣はそんなに強いの?」

「聞こえてくる魔獣に関した話と実際に戦った魔獣を比べてみると、強さに差があるのがよくわかる。そこから撃退した魔獣がどれくらい成長するかおよそのあたりをつけてみると、たぶん人がどうこうできるのは魔獣が誕生して十年以内だと思うの」


 これはシートビの魔獣と戦うにあたって不安材料になるな。生まれたばかりの魔獣が力不足だから人を操ったとかいう話なら助かるんだけど。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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[一言] 戦闘力はあっても女子力はシャーレ頼み、、、。
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