12 奴隷契約
そっと部屋の扉を開けて中に入るとシャーレは眠っていた。顔色はだいぶましになっているように見える。起こさないように静かに椅子に座り、買ってきたものをテーブルに置く。
本を取り出して、夕食までそれを読んで過ごすことにする。
シャーレが起きたのは日が落ちて少したってからだ。
「あるじさま?」
「ん? 起きたか。体調はどうだ。顔色はましになってるけど」
「はい、だいぶよくなりました」
起き上がりながら答えてくる。声にも弱々しさはないし嘘じゃなさそうだ。
「食欲は?」
「お腹すいてます」
「そっか。じゃあ夕食を一緒にとろう」
「待っててくれてたんですか」
「まあな」
そう答えて先に部屋を出る。すぐに七分丈のパンツと白のブラウスといった部屋着姿のシャーレが出てきた。
ふらつかないか注意していたけど、足取りはしっかりとしているし、夕食も残さずに平らげた。このあとすぐに寝たら、医者の言うように明日には回復しそうだ。
部屋に戻り、それぞれお湯で体をふいて、シャーレをベッドに入らせる。
「役所に行って奴隷に関した話をしてきたよ。最後に確認だけど本当に契約するのか? しなくても捨てることはないぞ」
「したいです。目にはっきりと見える絆だから」
絆ね、そう見えるとも言えるか。いつかそういったものが見えずとも平気な精神状態を得てほしいもんだ。
契約しようとはっきり口に出すとシャーレは安堵したように緩く微笑み目を閉じる。
読み終えた本をもう一度読んでいると、シャーレが寝息をたてはじめる。
もう一度本を全部読んでから、俺もベッドに入る。
眠ったと思ったら白い空間で、目の前に管理者がいた。
「これは夢?」
「夢を通じて連絡を入れているんだよ」
「ああ、こうやって連絡をとるんだな」
テレパシーでも使うのかと思っていた。
「生き返る前に聞いたように、どこかに行くんだろう?」
「そうだ。今いる国の北の国境辺りに十日ほど滞在を頼む。国境ぎりぎりまでは行かなくていい」
「確認だけど、今すぐ行かなくてもいいんだよな? んで行ってなにかする必要もない」
管理者が頷き肯定してくる。よかった。もう一日くらいはシャーレの疲れを癒すためにゆっくりして、そのあと何日か依頼をこなすつもりだったのだ。
「三ヵ月以内に行ってくれればいい。そこからなら馬車を使って半月くらいだし十分に余裕あるだろうさ」
「それなら余裕だな」
「じゃあ、連絡終わりだ」
「あ、ちょっと聞きたいことがある」
うっすらと消えていこうとした管理者がまたはっきりとした姿になる。
「なんだ? 聞かれても答えられないことはあるぞ」
「いやね、魔法に関してなんだ。全属性使えるんだけど、体を作るときにそういうふうに設定したの?」
「ああ、それか。体じゃない。魂が関連している」
「魂を調べたときにいじったのか?」
「多少の調整はしたけど、それとは関係ない。俺と長く一緒にいたことが影響しているんだ」
そんなに長くいたか? あ、眠っていたけど五十年以上近くにいたんだっけ。
「俺のそばで俺の力を浴び続けたことで、魂に柔軟性やら許容範囲の拡張が生じた。それで魔法全属性使用可能になったんだ。肉体と魂に悪影響を与えることはないよ」
「そりゃよかった。ちなみにこれって秘密にしておいた方がいい?」
「お前の生き方次第だろう。注目を浴びたいなら大々的に使っていけばいい。まれにだけど魔法を全属性使える生物は生まれるんだ。三種族だけに限定すると五百年に一度くらいだな。動物、植物全部合わせると百年に一度くらいまで下がる」
希少だなぁ。そういった人がどんな行動をとったのか、伝説に残ってたりするんだろうか。
とりあえず俺は秘密にする方向でいよう。変に期待されてもなにができるわけじゃないし。旅をしながら彼らのことを調べてみるのもいいな。
「ありがとう。知りたいことが知れた」
「そうか。じゃあ、消えるぞ。またいつか」
管理者は徐々に姿を消していき、俺の方も意識が沈んでいく。
誰かに体をゆすられて目が覚める。メイド服に着替えたシャーレが俺を起こしていた。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
えっと管理者に会ったんだよな。内容もきちんと覚えている。夢のようなものかもと内容を忘れている可能性を疑っていたけど、そうならずにすんでよかった。
「なにか考え事ですか?」
「ちょっと夢の内容を考えてた。それより顔を」
シャーレの顔色を見る。昨日よりも顔色がよく、回復しているとわかる。
「元気になったようでよかった」
「はい。どこも痛くも気持ち悪くもないです。健康そのものです」
元気だと示すためか、その場で小さく跳ねたり腕を動かしたりとアピールする。
本当に元気になったようだ。よかったよかった。
ベッドから降りて、空のコップに霊水を入れてシャーレに渡す。そのあとささっと着替えて、一緒に食堂に向かう。
朝食後にシャーレが洗濯をすませるということで任せる。
その間に宿の従業員に、短期の仕事を紹介してくれるところを尋ねる。この宿ではシャーミーズの宿のように依頼を紹介していなかったのだ。
従業員の話だと、この町では専用の建物があるということだった。歩いて十分ということで、シャーレに一声かけて行ってみる。
教えてもらった道を進んで、二階建ての人の出入りの多い建物を見つけて、そこに入る。白をメインとした色合いで、清潔な雰囲気の漂う内装だ、武具をまとった者や普通の服を着た者。大人に子供と様々な姿が見える。職員はそうだとわかるように、藍色のエプロンと薄手の手袋をはめている。
仕事は技能別で区画が分かれているようで、俺は一般人がやれそうな仕事を探すため、その区画のボードに張られた紙を見ていく。今日は様子見のため眺めるだけだ。その区画から外れて、戦闘技能持ちや魔法技能持ちの区画も眺める。ゲームでもでてくるような、護衛依頼やどこそこの魔物を退治してくれというもの、どこかの森にある植物の採取を頼むものなどがある。
難度の高いものほど、高い位置に張られているようで、駆け出しの傭兵や狩人は下の方を眺めている。
一番難しそうな依頼は、魔物の巣を潰すものか遠くの洞窟から鉱石を採ってきてくれというものだった。
それらを指差し、受けるかどうか話し合っている奴らがいる。俺なんか軽くあしらいそうな歴戦の雰囲気があるな。
彼らの邪魔にならないよう、また別の区画に移動する。そこは特殊区画で、後継者募集や骨董品収集依頼といった通常の仕事とは違った依頼が並んでいる。
依頼を一通り見てから、建物を出る。倉庫整理とかならシャーレもやれそうだし、受けるものよさそうだったな。近くの森でポーションの材料になるっていう苔採取もよさげだ。それらを受けてみようかと思いつつ宿に戻る。
裏庭にシャーレがいるかなと思ったけど洗濯物が風に揺れているだけで、シャーレはいなかった。だったら部屋だろうと戻ると、カップケーキを食べているシャーレがいた。俺に気づくと急いで口を動かして飲み込もうとする。
「急ぐな急ぐな。喉に詰まるぞ」
そう言うとシャーレは頷いてゆっくりと口の中のものを飲み込む。
「お帰りなさい」
「ただいま。それを食べ終わったら、役所に行こう」
「はいっ」
嬉しそうでありながら気合のこもった表情で返事をしてくるシャーレ。
カップケーキを二人でたいらげて宿を出る。
役所に入り、昨日の職員を見つけたので話しかける。
「おはようございます。奴隷契約をお願いします」
「はい。おはようございます。契約書を準備しますので少しお待ちを」
職員は棚から書類を取ってきて、シャーレにサインする部分を指さす。奴隷に関して説明しないのは、軽度契約だと知らせないという俺の考えを配慮してくれたからだろうか。
シャーレは特に疑問に思わず、示されたところにサインする。
職員は書類をもう一度確認すると問題ないと判断したようで、それを持って俺たちについてくるように言う。
廊下を歩きながら職員が話しかけてくる。
「昨日は霊水を売りにいったのでしょう? 問題ありませんでした?」
「なかったですよ。紹介されたお二人ともきちんと対応してくれました」
「二人? 紹介したのは三人でしたよね」
「先に行った二人で報酬は十分だったので、最後の一人は行かなかったんですよ」
嫌な予感がしたから行かなかったというより、この言い訳の方がましだろう。
「それは運が良かったというかなんというか」
「なにが問題があったんですか、最後の一人には」
「腕はこの町で一番良いのですけど、お金にうるさくてですね。なんだかんだけちをつけて値切ってこようとするらしいです。そのせいでトラブルになることも」
「よく紹介しましたね、そんな人」
「腕はいいので、良い材料を紹介するよう指示されてまして。ですが売る売らないは紹介を受けた人の自由なので、行かなくてもなにも問題ありません」
「めんどそうなので行かないでよかった」
あれこれ文句つけられたら売る気すらなくなりそうだ。能力が警告してくれたことに感謝だな。
職員がとある部屋で足を止めて、ノックしてから中に入る。部屋の床には魔法陣が描かれていて、部屋の端でリアー種の職員が作業をしていた。
「契約希望者を連れてきました。詳しくはこちらに」
「はいよ」
リアー種の職員が書類を受け取って、それに目を通す。頷くとこちらを見てくる。
「その嬢ちゃんが魔法をかけられる側だな」
「ええ、そうです」
すぐに準備するから待ってなと魔法陣に近づき、なんらかの魔法を使う。リアー種の職員の手から光の粒が零れ落ちて、陣に落ちて消えていく。陣がほのかに白い光を放っていき、蛍光灯よりは暗いといったところで魔法が止まる。
「嬢ちゃんは魔法陣の中心に立って、主となるそっちは魔法陣の近くに」
指示通り動くと、リアー種の職員はなんらかの液体が入った小瓶の蓋を開けて、魔法陣へと中身を落とす。
液体が魔法陣に吸収されたように消えると、魔法陣の輝きが白から赤へと変化して、シャーレに集まっていき、シャーレ自身が赤い光に包まれる。
「嬢ちゃん。奴隷の印はどこに入れたい? 額と首と手の甲の三ヶ所だ」
「……自分で見やすい手の甲で」
シャーレが答えると赤い光が手に集まっていく。すぐに光は消えて、かわりにシャーレの右手の甲にデフォルメされた赤黒い炎のような印が現れた。
「あとは主と奴隷が握手して、契約完了だ」
近づいてきて右手を差し出すシャーレに、俺も手を出して握る。すると炎の印が明るい色合いになった。
契約完了か。ほんとに奴隷をもっちまったんだなぁ。
シャーレは奴隷の印を嬉しそうに眺めている。
「奴隷の印をそんな表情で見る奴は初めて見たぞ」
でしょうね。俺だったら勘弁なんだけど、シャーレは本当に喜んでいるんだよなぁ。
リアー種の職員がシャーレから俺へと顔を向ける。
「奴隷を扱う注意点は聞いているな? お前自身が奴隷にならないよう気をつけるんだな」
「はい。俺は奴隷にはなりたくないですからね」
奴隷契約も終えて、役所から出る。
道を歩いていると、シャーレの恰好を見て、そして手の甲を見て、最後に俺を軽蔑したような目で見てくる人が何人かいるんだけど。もしかしなくても俺が無理矢理子供の奴隷にメイド姿をさせてるって思われてるよな。今後他者からの第一印象がおかしくなるかもしれないなぁ。
あとシャーレを見て、よくわかってるなと頷いてくる奴もいた。お前と同類じゃないからな俺は。
小さく溜息を吐くと、どうしたのかとシャーレがこっちを見てくる。それに何でもないと答えて、宿に戻る。
その後、予定通り何個か仕事を受けて、北へと向かう準備を整えていった。