114 四つ腕
イリーナと半人半馬の戦いを避けるように迂回して、俺たちは獣胎母に向かう。
「四つ腕を倒してもまた回復されるだろうし、獣胎母から狙う?」
「そうさせてくれるといいんだが」
試しに巨岩を飛ばす魔法を使ってくれとダイオンに頼まれる。
飛ばした岩を四つ腕は受け止めて投げ返してくる。それは予想の範囲だ。もう一度巨岩を飛ばしてぶつけて砕く。
ばらばらと落ちていく破片で視界が悪くなった隙こそが狙いだ。三メートル近い岩の槍を獣胎母へと飛ばす。
まっすぐに突き進む槍の進路上に、四つ腕が立つ。その身に刺さった槍を抜き、投げ捨てた。体液がだらだらと流れ出るが、獣胎母がまた触手を伸ばし回復させる。
「見た目とろそうなのに、四つ腕が思った以上に素早い」
「あの速さは俺たちよりも上じゃないか? 四つ腕と獣胎母を同時に攻撃するような魔法の方がよさそうだ」
シバニアの意見を受けて皆がシャーレを見る。もう一度あの魔法が使えるかといった確認に、シャーレは首を横に振った。
別の方法を探さないと駄目だな。
「このままぶつかっても徒労に終わるのは目に見えてる。どうすれば勝てるか考えてみよう。四つ腕を獣胎母から離せば触手は届かないよね」
離れそうにないとコードルがすぐに返してきた。まあ、そうだよね。守護が役割みたいだし。
「いっそのこと延々とやってみるのはどう? 回復させるために獣胎母だって力は減らしているはず。いずれ回復できないほどに消費するんじゃないかしら」
「こっちの体力がもつだろうか。回復で消費はしているかもしれないけど、十回二十回と回復されると、こっちが先に倒れそうだ」
ダイオンから出た予想に、提案したフロスは納得しすぐに意見をひっこめる。
思いついたものを言ってみたという感じだったな。俺もそういった意見を出してみよう。
「回復が追い付かないほど瞬間火力を叩き込むのは?」
「シャーレができない時点で無理だな。さっき以上の威力を出そうとすると、俺たちも巻き込むんだろう?」
「これも駄目か。どうにかして深い穴に落とすってのは?」
「落ちてくれなさそうだし、落とそうとするのも難しいと思うぞ。あ、逆ならどうだ?」
ダイオンの言う逆というのがなにを示しているのかわからない。
「獣胎母の下の地面を掘って落とせば、四つ腕と距離ができる。獣胎母は周囲の確認ができないから、四つ腕が致命傷を負っても回復のために動けない」
なんとなくいけそうじゃないかと思えた。
皆を見てみる。皆の表情もいけるかもといったものになっていた。
そろそろ四つ腕とぶつかるし、戦いだしたら考えている暇がなくなるかもしれない。いけると思った策を試してみるかということになる。
「実行できるのはリョウジだ。俺とコードルたちで四つ腕の気を引くから、四つ腕との戦闘にはあまり手を出さず隙を見て獣胎母に接近して落としてくれ」
「わかった」
「シャーレはリョウジの補佐。獣胎母も攻撃手段を持っているかもしれないから、変化を見逃さないように」
「わかりました」
「よっし、コードル、シバニア、フロス。きついだろうけど頑張ろうか」
コードルたちは頷きを返して魔獣相手の前哨戦だと気合を入れる。
バフくらいはかけた方がいいかな?
「思考加速か障壁のどちらかをそれぞれに使う余裕はあるけど、どうする?」
ダイオンたちは思考加速を願う。相手の速度に反応したいということだった。
俺とシャーレにも思考加速の魔法を使って、四つ腕との戦闘が始まった。
俺とシャーレは後方に下がって戦闘の様子を窺う。
シャーレはいつでも矢を放てるように弓と矢を持ち、俺は障壁を張れように準備しておく。
ダイオンの剣が雷をまとい、シバニアの剣が輝いた。コードルの剣からもわずかに煙が出ている。フロスが冷気を付与したんだろう。
対する四つ腕は小細工など無用とばかり、腕を振り回す。ダイオンたちが避けて空ぶった拳が大地を穿つ。人が殴れられたら即死しそうな威力だ。ダイオンたちが回避を求めたのは間違った選択じゃなかったんだな。
「目潰し、いくわ!」
フロスが四つ腕の顔に目潰しで魔法を飛ばし、四つ腕が腕で飛んできた氷を払い、その動作を読んでダイオンたちが足の同じ部分に斬りつけて機動力を奪う。
「そんだけ傷が深けりゃ動きは鈍んだろ!」
「回復されたら意味ないけどな」
「ですよねー!」
そんなことを言いつつコードルとシバニアは再度攻撃をしかける。
余裕があるように感じられるけど、今だけだろうな。元気なうちにこっちも動かないと、とは思うんだけど四つ腕が俺たちから警戒を外さない。俺たちが迂回しようと動き始めると、そちらに移動してくるのだ。シャーレの一撃を警戒しているのかもしれない。
「誰を気にしている。今戦っているのは俺たちだぞ!」
ダイオンも四つ腕がシャーレを気にしていることに気づいたのか、わざと大声を上げて気をひき、攻撃をしかける。
伸ばされた左の二本の腕をかいくぐってダイオンは斬りつけ、すぐに振り下ろされた右の拳を避ける。
コードル、シバニアも続き、武器を振るってダメージを重ねるが、シャーレへの注意を完全には削ぐことはできなかった。
基本的に四つ腕の攻撃は当たらないが、空ぶって地面を殴ったときは石などが周囲に飛ぶ。それがダイオンたちの肌を傷つけて細かなダメージが重なっていく。
それでも戦っていくダイオンたちを見て、シャーレが一つの提案をしてくる。
「主様、私が一人で動いてみます」
「駄目」
危ないことをしてほしくないから思わず即答してしまった。いや戦場に連れ出している時点で危険なんだけど。それでもそばから離すのは抵抗がある。
「しかし四つ腕は私を気にしている様子。私が気をひけば、主様は自由に動けると思います」
「そうかもしれないけど」
「私は主様の役に立ちたいのです」
「囮なんて危ないことをしなくても十分役に立ってるよ」
俺の生活で欠かせない存在だ。信じて一緒にいてくれることがすごく嬉しい。
「日常では私もそうだと胸を張って言うことができます。しかし戦闘では足手まといとは言いませんが、主様たちに守られていることが多い」
「それはシャーレが子供だから」
「私だって成長しています。背も伸びたし、体重も増えてきて、胸も膨らんでます。やれることだって増えました。大人ではないけど、いつまでも子供でもありません」
「……ただの役割分担だ。シャーレは俺の補佐として動いてもらった方がありがたい」
「でしたら囮も補佐のうちです。私も無茶だと思ったら提案しません。無理をして倒れたら主様に心配をかけるだけですから。でも今回短時間ならやれると思ったから提案しました。どうか私を信じてください」
悩む。信じていないわけじゃないんだ。挙動や気配を察することは俺よりも上手いし、鍛錬を一緒にしているから動けることも知っている。でも心配する思いはどうしても消えない。
悩む俺をシャーレはまっすぐに見てくる。その瞳に宿るものは恐怖などなく、真摯な光。
もしここで駄目だって言っても、シャーレは従うだろう。でもそれは信頼されていないとシャーレを傷つけることでもある。俺だって傷つけたいわけじゃない。
「……わかった。ただし無茶はしないこと」
承諾するとシャーレは心底嬉しそうに頷いた。
「はい! ローズリット、主様の補佐お願いします」
「言われなくても」
姿を現したローズリットが俺の肩に座り、返す。
また精霊の姿をとったシャーレは俺から離れていく。
「シャーレ?」
隣に来たシャーレにフロスが少し驚いている。
「私があれの気を引きます。隙を見つけて攻撃してください!」
ダイオンたちに聞こえるように言い、シャーレは頭上に五十センチほどの火球を十個出現させた。そのうち二つをタイミングをずらして獣胎母に飛ばす。
四つ腕は腕でそれを払う。そこにシャーレが追撃し、四つ腕は焼けただれた腕でさらに火球を撃ち落として、腕が動かなくなった。
今がチャンスだとダイオンたちがそれぞれ技をぶちかましていった。
四つ腕は戦いが始まって一番のダメージを負っただろう。
動くなら今だ。四つ腕の動きは確実に鈍くなっている。獣胎母が回復するにしても、その間は動きが制限される。
急いでこの場から離れて、大きく迂回する。目指すは獣胎母の背後。
四つ腕はシャーレに気を取られているようで、俺を追う様子は見せなかった。となると回復されればシャーレを執拗に狙うかもしれない。
急げっ急げっ急げ! 獣胎母を沈めればそれだけ戦闘が早く終わる。シャーレたちが大怪我する確率も下がる。
「いつも使っている穴掘りの魔法だと足りないかもしれない。だからアレンジを加えるわ。できたらイメージを送るから、その通りに魔法を使って」
「頼んだ」
「すぐに終わらせる」
「見えた!」
俺の接近に気づいた獣胎母が触手を使って飛ばしてきた岩石を腰に下げていた棒で弾いて、走る速度は落とさない。棒を伝った衝撃で少しだけ手が痺れている。何度も撃ち落とすのは無理そうだ。
飛んでくる岩を砕き進んで獣胎母との距離が三十メートルもなくなったとき、使用する魔法のイメージが頭に浮かぶ。
「ローズリット、ありがとう! ラド。深き穴、暗き穴、求めるは巨大な穴! 大地はお前を掴み、引きずり込むだろう。逃れることなき底へと落ちろ!」
走りながら詠唱し、獣胎母の側まで行き、左の拳を地面に叩きつけて魔法を発動する。
獣胎母の立っている地面に亀裂が入り、がくんと獣胎母の巨体が沈む。そのまま地中へと沈んでいく。逃れるためか四本の触手が伸ばされた。それを治療され怪我のない四つ腕が掴み、獣胎母の下降が止まる。
しかしそれは大きな隙だ。
「ヴィント。風の刃を重ねて一つ。激しく回りてできるは円刃」
風のチャクラムとなった風の刃を四つ腕の手首めがけて飛ばす。外すことなく腕の一本に当たった風のチャクラムは一瞬止まったが、そのまま回転し続けて、手首から先を切り飛ばした。
獣胎母を支える力が減り、じょじょに四つ腕が地面を滑り、獣胎母が沈み出す。
さらにダイオンたちの攻撃が四つ腕にダメージを与えて、沈む速度が上がる。それでも四つ腕は手を離さなかった。
そこにシャーレとフロスが四つ腕の足に魔法を飛ばして、四つ腕はバランスを崩して倒れ、手を離した。そして獣胎母はいっきに穴の底へと落ちていった。
「オオオオオオオオッ!!!」
立ち上がった四つ腕が怒りと悔しさを感じさせる雄叫びを上げた。
これで回復はない。これまで与えたダメージもある。こっちに優勢だ。怒りでこれまでより激しい攻撃になるだろうから油断なんてできないけどな。
怪我をしているとは思えない動きで、四つ腕が俺に向かってくる。
「俺に来たか。今度は俺が囮の番かな」
「思考加速させて、避けるわよ」
頷き、再度思考加速の魔法を使う。
周囲の動きと自分の動きがゆっくりになる。
離れ過ぎたらダイオンたちが困るだろうし、下がるのはなし。ダイオンたちと合流するように動こう。
幸い四つ腕に投石以外の遠距離攻撃はない。腕や足の動きをよく見て避けて行こう。ローズリットが周りを見てくれるから、俺は四つ腕に集中できる。
二本の拳が迫る。それを横へと回避。ローズリットから足元にくぼみがあると教えられ、一瞬だけ下を確認し、くぼみを避ける。四つ腕は蹴りを放ってくる。それも横に回避。
弧を描くように横へ横へと回避して、立ち位置をダイオンたちがいる場所を背にする形にできた。あとは下がるだけ。ローズリットもこのまま下がっていいと言ってきて、それに従い、背後へと跳ねる。
交代というふうに、ダイオンたちが前に出て行った。
迫る四つ腕の足をダイオンたちは攻撃し、機動力を奪う。
「ああ、緊張した」
「主様! ご無事でよかったです」
「互いにね」
四つ腕の攻撃で土が飛んできたか、もしくは転びでもしたのかメイド服は土で汚れはしているが、怪我一つない人の姿のシャーレの様子にほっとして、頭を撫でる。ふにゃりとシャーレが笑みを受かべる。シャーレもやはり緊張していたんだろう。
「安心するのはあいつを倒してから」
フロスに言われて、もっともだとシャーレの頭から手を放す。
「大きな魔法はまだ使える? コードルたちは疲れが溜まり始めておそらく致命傷は与えられないわ。私もそろそろ魔法は打ち止め」
「大丈夫。シャーレ、一緒に火の魔法を使おう」
「はい」
協力魔法のように使えば、威力をだせるはずだ。
「私も協力してあげる。亮二とシャーレは空に思いっきり火を放ちなさい。私がそれを形にする」
頷くと肩にいたローズリットが空へと飛んでいく。ある程度上空まで行くとローズリットは止まる。それを見て、シャーレとタイミングを合わせて炎を空に放つ。
空に昇った炎はそのまま消えずに、ローズリットの前方に集まっていく。その炎の塊から竜が生まれた。東洋の竜だ。それが少し上空でうねると四つ腕めがけて急下降していく。
感想と誤字報告ありがとうございます




