110 今後の対処
ショアリーが陣で何があったか話し出す。
「運び込んだ兵器ヴァンリーコッセを使って雪原を取り戻し、昨日巨体の魔物が襲いかかってきた。それをヴァンリーコッセの威力重視の攻撃を使ってまた撃退した。この時点でわしらは魔物側がヴァンリーコッセに対処するための魔物を生み出していると判断したわけだ。今度は威力重視の攻撃に対処できる魔物がやってくることを想定し、対策を練るため皆で考えていたのだ。その話し合いで出た案を今日実行しようとしていたら、これまで見なかった白の魔物が一体で現れた。見た目は上半身が人、下半身が馬というものでな。足から頭部まで四メートル以上はあったか。体格も良かった。だが昨日現れた巨体に比べるとはるかに小さい。それを見て、わしらはヴァンリーコッセの主砲を避けるという方向できたのかと考えた。じゃが、それは甘い考えだったのだ。半人半馬の魔物はかなりの速度で接近し、陣に突入してきた。狙いをつける暇もなかったよ。慌ててわしらはその魔物に攻撃をしかけたが、並みの攻撃では当たってもかすり傷にしかならん。向こうは好き勝手暴れて傭兵たちが次々に倒れていった。ヴァンリーコッセも破壊し、そのうちにほかの魔物も陣に侵入してきて、対抗しきれぬと考えたわしらは退くことを決めたのじゃ」
「もしかしたらその半人半馬は獣胎母の護衛かもしれないな」
俺がそう言うと、ショアリーはああと納得したように頷く。
「そういう存在がいると聞いておったな。あれだけ強ければ護衛として十分だろう。とするとあれを抜けなければ獣胎母には届かぬということか」
「具体的には半人半馬はどれくらい強いの?」
イリーナが聞く。俺たちが獣胎母に突撃したら戦うのはイリーナやダイオンたちだ。強さが気になるのだろう。
「頑丈さはさっきも言ったように並みの者ではかすり傷が精一杯だった。わしが隙を見て、最大威力の攻撃をしかけたが、それは警戒に値するものだったのか避けられた。その魔法は鋭く尖った岩を地面から生やすものでの、廃棄領域の中央にいる魔物にも致命傷を与えられる。隙が大きいので、慎重に狙う必要があるがの。力の強さは、蹴りで容易く鉄鎧をへこませておった。体当たりで、重装備の男どもを蹴散らしてもいたな。途中から傭兵の持っていたバルディッシュを振り回してもいた。そのひと振りで、三人が斬り捨てられたところも見た」
「攻撃を受けたらただじゃすまないのね。コードルは相性が悪いわ」
フロスの指摘にコードルは頷いた。コードルは、避けるのではなく受けることを重視した守りだからな。受け止めようとしたら力負けしそうだ。
「戦うとしたら私かシャーレかしらね。私は避けながら戦って、シャーレは接近前に一撃でどうにか」
シャーレのような少女が戦えるのかと疑いの視線が注がれたけど、シャーレはそれを気にせず口を開く。
「一撃で倒せなかった場合は苦戦するでしょうから、イリーナに戦ってもらうってことでいいと思いますよ」
半人半馬を実際に見たわけじゃないから、シャーレよりもイリーナにぶつかってもらう方が確実だろうね。念のために思考加速の魔法を使えばなおよい。
「一対一はどうかと思うが」
「イリーナは何年か前に戦帝大会で優勝している。そのときよりも強くなっているから、強い相手にぶつけるなら俺たちの中だとイリーナがいいのですよ。俺を含めて、ほかの者たちは本気のイリーナの戦いだと邪魔にしかなりません」
ダイオンの言葉に、ショアリーたちが驚く。
「噂でその名の女が優勝したと聞いたことはあるが、本人じゃったか。逆に言うとイリーナ殿が負けたら人は誰も勝てないということか」
「いや、四英雄と呼ばれる人たちなら大丈夫ではないでしょうか。この場にいないので、言っても意味はありませんが」
たしかに直接その強さを見たリンドーさんなら負けはなさそうだと思える。
「おらんから救助を頼むのは無理じゃの。いるのはわしらのみじゃ。ヴァンリーコッセも壊れた今、わしらでどうにかするしかない。特にお前さんたちに頼ることになるじゃろう。礼をいかようにもすると約束しよう。どうか頼まれてくれぬか」
「もとより獣胎母の相手はするつもりだった。放っておくと確実に生きにくい世の中になるから」
そう言う俺にダイオンが頷き、戦う気がないならここに来ていないと続けて、ショアリーが頭を下げて礼を言う。
その後は何度か魔物との戦闘が起きたものの、苦戦することなく蹴散らして廃棄領域を出ることができ、町に帰り着く。
町の雰囲気は良くはなかった。日暮れ直後の暗さに見合うような陰鬱な雰囲気が漂っている。大量の怪我人が戻ってきたのだろうし、普段通りの賑わいというわけにはいかないよな。
人々はショアリーを見つけると、この先どうなるのかと口々に不安を投げかけてくる。
それにショアリーがなにか言う前に、ダイオンが大声で制止した。
「怪我をしているのが見てわからんのか! 怪我人に不安不満をぶつけて精神の安定を図ろうなど、褒められたものではない! ショアリー殿を想う心があるなら、道を開けて早く休ませてやれ!」
ばつの悪そうな顔で人々は左右に分かれて道を開ける。
まずダイオンに礼を言ってから、人々にもショアリーは礼を言い、その後に続ける。
「不安に思うのはわかる。わしも不安がないといったら嘘だ。しかしどうにかしなければならないという気持ちは持っておる。諦めてしまっては、魔物の群れに町が飲み込まれるだけじゃ。皆も協力してほしい。戦えとまでは言わぬ。だが戦う意思を持つ者を助け、戦い心折れた者を支えてやってほしい。この町を守るため動いた者にほんのわずかでもいいから、なにかしてやってほしい。頼めるか?」
人々は頷く。その様子を見て、ショアリーは笑みを浮かべた。
「この状況で支え助けることを選んでくれたお主たちを、わしは誇りに思う。わしもお主たちに負けぬよう、できうるかぎりのことをやってみせる」
行こうかと俺たちに声をかけて、ショアリーは歩き出す。
ショアリーは小さく溜息を吐き、小声で言う。
「所詮は綺麗ごとじゃ。されどトップにいる者が真っ先に諦めては下々の者に示しがつかん。小さくとも希望を見せねば、皆に戸惑いが広まるだけだ」
「ええ、わかります。私もかつては組織に所属していましたからね。どんなときでも苦しさを飲み込んで先を示してくれるトップはありがたいものでした」
ダイオンの同意に、ショアリーは力なく微笑んだ。
組織に所属経験のあるコードルとシバニアは覚えがあるのか、うんうんと頷いている。
役所に到着し、中に入ると少し気分が悪くなる。ここもそれなりの古さがあり、人の念が渦巻いているんだろう。
忙しそうな役人たちが、ショアリーが帰ってきたことを驚いている。そんな役人たちに、ショアリーは怪我人たちを医者に見せるよう指示を出す。そして怪我人たちにベンチで休んでいるように言い、ショアリー自身は俺たちを誘ってユーストのところへと向かう。
廊下を歩く役人からユーストは会議室で今後について話しているとわかる。
ショアリーはノックもせずに、扉を開く。
「戻ったぞ」
「婆様!? よくぞご無事で! よかった」
安堵からかユーストの目が潤んでいる。会議室にいたほかの者たちも嬉しげに表情を緩めている。
「彼らに助けられてなんとか帰ってくることができた。助けがなければ今も陣で魔物と対峙していたか、もしくは……」
死んでいたと続けるつもりだったんだろうけど、止めた。
それでもユーストは察したようでほっと安堵の息を吐く。
「君たちには礼をしなければな。婆様はまだまだこの町に必要な方。陣に残ったと聞き、帰ってこないことで、多くの者たちが不安を抱えた」
「常々親離れしろと言っておろうに」
「まだ時期ではないということでしょう」
「そうかのう? まあ、ついつい口を出してしまうわしも悪いのだろうが」
言いながらユーストの近くに歩いていく。
俺たちは扉を閉めて、入口の近くで待機だ。
「それでなにを話し合っていた?」
「今後についてです。ヴァンリーコッセをどうにかして回収し、急ぎ修理しようという方向に決まりかけていました」
「回収は可能かもしれぬが、修理は魔物たちの進攻までには間に合わんよ。見事にぶっ壊されたからのう」
「そこまでですか」
「ぱっと見は真っ二つじゃが、陣に侵入してきた魔物たちが暴れて、あちこちとぶつかっておった。そのせいで破損は大きく、一から作り直すくらいの時間がかかると思うぞ。一日二日で完成なぞせんじゃろ。その完成までに魔物どもが待ってくれるかの?」
「たしかに研究所からは色よい返事はありませんでしたけど、対抗手段はあれくらいでは?」
「彼らだ。彼らならば、獣胎母に届く可能性がある」
ショアリーが俺たちを示し、ユーストをはじめとして役員たちの視線が集まる。
「わしが助けられたとき、彼らの戦闘を目にしている。強かったぞ、わしよりもな。もちろん彼らのみに任せるのは無茶だ。こちらからもきちんとフォローが必要だ。わしらで倒せる魔物は、わしらに引き寄せるといったことが必要だ」
「ショアリー様よりも強いといっても信じられません」
役員の一人が言い、同意だと頷く人もいる。それだけショアリーを信頼しているということなんだろう。
「なにを言うておる。わしよりも強い者など、この町にはすでにおるじゃろう。ほかに現れてもなにもおかしくはない」
「しかしどこの誰ともわからぬ者にこの町の命運を託すことは不安しかありません!」
「わしらでは無理だから託すのだ。通常の魔物ならばわしらで事足りる。しかし今日現れた半人半馬は無理だ。この町の強者たちでぶつかっても蹴散らされるのみよ」
「彼らならば勝てるというのですか?」
「いける」
力強く断言したな。少しでも皆の不安を晴らすためかな。実際のところはどう思ってるのか。ショアリーが見たイリーナの戦闘は本気じゃなかったけど、俺たちがぶつけるならイリーナと推したゆえの断言かもしれないね。
「でしたら実力を示してもらいましょう。この町一番の傭兵を呼んで、戦って勝てば信じられます」
「すまんが、やってくれぬか?」
ショアリーはこっちを見て言う。
俺たちはどうしようかと互いを見る。イリーナは乗り気だ。君は戦うのが好きだからね。
ダイオンの判断に任せようかということで、考えてもらう。ダイオンは戦うことを選んだ。獣胎母に向かうときに町からのサポートがあれば助かる。ここで勝つことでそれが得られるのならありだろうという判断だった。勝てるのかと聞いてみたら、そこは心配していないらしい。四英雄ほどの強者がいれば負ける心配もするけど、そのような人物がいるならショアリーは俺たちを頼らず、そちらを頼っていただろうと言われて納得した。
俺たちが了承すると、提案した役員はすぐにでもと立ち上がったが、それはショアリーが止めた。
「調査と戦闘から帰ってきたばかりの者たちにさらに戦えとか無理を言うではないわ」
「あら、私は今からでも問題ないのだけど」
イリーナが言う。俺も一回くらいは大丈夫だけど、ダイオンたちはどうだろうか。
「ああ、言っていることですし、今からでも大丈夫なのでは?」
役員がそう言うが、やはりショアリーは首を横に振る。
呼ぶつもりの者たちも廃棄領域から帰ってきたばかりだったり、まだ廃棄領域で調査を続けていたりするかもしれないと説明する。
「疲れているであろう者たちを、こちらの都合で呼びつけ、さらに戦えなど言えぬよ。今日は話を通すだけにしておけ」
たしなめられた役員は納得したようで頷いた。
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