106 町長
「皆でシャワー浴びてたんですね。武具があるから、外に出かけたのかと思ってたわ」
レンシアと少年がこちらを見てくる。
「さっさと砂を落としたかったからね。んでそちらさんはどなた」
「町長です」
「ちょうちょう……この町のトップって意味であってる?」
「その町長ですね」
冗談かと思ったけど、レンシアの表情は真面目だし、突然そんな冗談を言う理由がない。ずいぶんと若くその座を受け継いだんだな。
「その町長さんをどうしてここに連れてきたんだ」
「話を聞きたいということで」
「役所に呼びつけそうなものだけど」
「城だと体調が悪くなるでしょ? あそこも無理かもしれないって言ったら、誰か役人に話を聞きに行かせようってことになって、なぜか町長が来たのよ」
ここの役所は見た目城っぽかったから、体調崩すかもって考えたのか。
黙っていた町長が俺たちをまっすぐ見て口を開く。
「一度は顔合わせてしておきたいと思ったから、ちょうどよいと思って同行したのだ。初めまして、この町ダスプラクの町長を任せられているユースト・プターだ」
こちらも自己紹介を返す。シャーレを見て、一瞬見惚れたような反応を見せてすぐに顔を顰めて次を促していたけど、なんだったんだ。なかなか見ない反応だ。奴隷が嫌いとかなのだろうか。
あとフロスのユーストを見る目に熱が籠っているような?
このまま廊下で話すのもあれだと、町長権限で空いている大部屋が会議室として貸切られた。
全員が椅子に座って話し合いが始まる。
「ここに来た目的は大精霊様から聞いたことを、話を受けた本人から聞きたいからだ。誰が魔物があふれるということを聞いたのだ?」
「俺ですね」
あのときに聞いたことを話せる部分だけ、ユーストに話していく。
「いずれ世界に魔物が広がると断言したのか。聞き間違いや大げさに言っている可能性はあるだろうか?」
「ないと思いますよ」
「どうして断言できる」
「俺と共にある精霊も一緒に聞いていて、あのときのことを確認したことがあるからですかね」
「精霊が人と一緒に行動することがあるのは聞いたことがある。今もいるのだろう? その精霊から直接話を聞きたい」
ローズリットにどうするかと尋ねたが、興味なしとの答えだった。ただし実在を疑われるのも面倒なので、少しだけ姿を見せて姿を消した。
話し合いはしないのかとユーストが不思議そうにしている。
「えっと、なんですぐに消えたんだ?」
「話し合いに興味はないと言ってますね」
「……そうか。精霊は本当にいたし、聞き間違いではなかったということにしよう」
ユーストは少しだけしょんぼりして「次だ」と続ける。
「君たちはここに来た。ということは獣胎母と呼ばれる魔物をどうにかするつもりはあるんだろう。どうやって倒すつもりだったんだ」
「特別なことは考えてなかった。戦って倒すつもりでした」
「じゃあ、どうやって見つけるつもりだった?」
「廃棄領域を歩き回って。獣胎母の近くに行けば気配がわかります」
「なにか道具とか術を大精霊はくれなかったのか」
「なくてもどうにかなるって思ったんじゃないでしょうか。俺たちなら倒せるだろうとは聞いてます。俺も最初は無茶だろうとは言ったんですけどね」
「……大精霊のお墨付きなのか。そういった後ろ盾というのか、認めてもらえているのは羨ましいな」
弱音らしきものを漏らしたユーストは首を小さく振って、表情を真面目なものに戻す。
若くして町長になったことでその力量を認められていないってところだろうか。指摘したところで、出会ったばかりの俺たちにどうにかできることでもないし、ユーストも思わず漏れ出たくらいで解決してほしいなどと思っていない様子だ。
「こちらから質問いいですか?」
フロスが小さく挙手して聞く。頷きが返ってきたことでフロスは続ける。
「門の外に置かれている兵器ですが、あれはすぐにでも稼働できるのですか?」
「稼働実験はすませていると聞いている。ん? 稼働と言ったな? 武器とは人々に知られているが、どのようにして使うかは知られていないはず。見た目は破城槌に近いこともあって、あれをぶつけると考えている者も多いと聞くが。もしやあれについて知っているのか?」
「リョウジと一緒にいる精霊が昔あれに近い設計図を見たことがあると言っていましたね」
「なんと」
驚いた表情で俺の方を見てくる。視線は肩に向いていてローズリットを見ているつもりなんだろうけど、今俺の頭部に移動した。
「研究所の者たちの話では数十年前によその国の遺跡から発見されたものだそうだ。それを作ってみようとはしたけれど、材料が準備できずに代用品を用いて、改良できるところは改良し、今の形になったと言っていた。精霊殿も遺跡で見たのだろうな」
「設計図が描かれているところを直接見たそうですよ」
「そうなのか。興味深いことだ。一度直接話してみたいが」
ローズリットにはその気はないということだった。
姿を見せないローズリットに小さく溜息を吐いたユースト。
「あの武器について話を戻しますね? 威力はどういったものか聞いて大丈夫ですか」
「フルパワーでの稼働はまだだ。だが確認できる範囲で大岩を粉々にしたと聞いた」
「どうしてフルパワーで試さなかったのでしょう」
「……あれがどうやって動くか知っているか?」
探るような目をフロスに向ける。フロスはというとあっさりと答える。
「複数人の力を籠めると聞いてます」
「念のためかまをかけたが、本当に知っているのだな。そのとおり複数人の力を一つにして放つ代物なのだ。実験で少人数ならば上手くいったが、十人以上となると力に耐え切れず部品が壊れてしまうこともわかっている。だからフルパワーでの実験はやれていないのだ」
だとすると実戦でも力を抑えた状態で使うんだろうか。
俺が思ったことと同じことをフロスが聞く。
「その部品を上手く作れる者が国外にいる。声をかけて雇っている。スケジュール的にそろそろ到着のはずだ」
「完成したその兵器はどのように使うおつもりですか。雑魚を蹴散らすのか、それとも獣胎母へと向けて使うのか」
「研究者たちは両方のつもりだそうだ。傭兵たちに獣胎母を見つけてもらい、攻撃を拡散させて雑魚を蹴散らし進み、獣胎母に攻撃が届く位置まで来たら、拡散させずに放つ」
それが上手くいくなら楽ができそうだ。
「そなたたちは今後も獣胎母を探すのだろ? もし見つけたらそのまま突撃せずに、こちらに情報を流してくれまいか。この町の問題はこの町の者が解決すべきと思うのだ」
「リョウジ、この一件はお前が頼まれたことだ。どうするかはお前が決めてくれ」
ダイオンが判断を委ねてきた。
「俺としては任せていいと思うよ。俺がやらなくちゃいけないわけでもないし。やらなくて大精霊の機嫌を損ねることはない」
そもそも管理者も絶対やれとはいってないしな。
「うむ、ありがとう。なにかこちらで協力できることがあったら言ってくれ」
ダイオンたちになにかあるかなと尋ねる。コードルたちはこの件が終わったら魔獣戦に向けて協力を頼みたいだろう。俺たちはというと特にこれといったものを必要としていないと思う。
「リョウジの話では、そろそろ獣胎母が本拠地を決めた頃のはず。傭兵たちが最近どこを探したかの情報がもらえれば、手間が省けて助かりますね」
ダイオンの要求にユーストは頷いた。傭兵たちが欲しがれば無償で与えられる情報だそうだ。最新のものを準備しておくので、明日の夕方にでも役所に来てくれということだ。
話し合いはこれで終わり、フロスが送っていこうと声をかけていた。
そのままユーストとフロスが一緒に宿を出て行く。
「なんだかフロスさんの様子がちょっと気になります」
レンシアが言う。それにコードルとシバニアが苦笑を浮かべた。
「あいつの好みは少年とか少年から少し成長した子だからな」
「ユースト殿も好みに当てはまっているんだ」
「そ、そうでしたか。このまま一晩帰ってこないとかありませんよね?」
「明日も廃棄領域に行くから、さすがにそれはない」
明日休みならあり得たんだろうか? そんな考えが顔に表れたのを見たのか、コードルが「フロスはがっついていないよ」と付け加えた。
◇
少し距離が近いフロスに役所まで送ってもらい、ユーストは礼を言って入口で別れる。
去っていくフロスを見送ってから、少し離れた位置にいた護衛と一緒に役所に入る。廊下を歩く人々に挨拶されながら食堂に入って、そこで夕食を食べて執務室に戻る。
「おかえり」
執務室の椅子に座ってそう声をかけてきたのは、十二歳ほどの白の袖なしワンピースを着た少女だ。机に肘をついて、手のひらに顎を乗せ、もう片方の手をひらりと揺らしてにこやかにしている。
黒曜石のような目に、褐色の肌を持ち、腰まであるオレンジの茶髪は少しだけ癖がある。
一見すると見た目相応だが、目に宿る落ち着いた感情や放つ雰囲気が若さを感じさせない。
ユーストは顔を顰め、護衛は無言で背筋を伸ばす。
「婆様、勝手に入るのはおやめくださいと言っているでしょう」
婆様と呼ばれたことを否定せず、くくっと笑う。
「まだまだわしの助力を必要としているひよっこが偉ぶるでないわ。さっさとわしの手を離れるようになれ」
ユーストは言い返さず、小さく溜息を吐いて、空いている椅子に座る。
その反応に「年々可愛げがなくなる」とつまらなさそうに少女は零す。
「精霊たちに話を聞くと言って砂漠に出たと聞いています。帰ってきたということはなにかしらの情報を得たのでしょうか」
「これといって新しい情報はない。廃棄領域の雰囲気がおかしいと聞けただけよ。神獣様か大精霊様に会えればよかったが、小さい精霊たちにしか会えなんだ」
「廃棄領域にいるらしい魔物が動く可能性が高まったと考えてみてよさそうですね」
「じゃろうな。でだ、坊よ。なにと会ってきた? 気になる気配を三つほどまとわせておるな?」
三つの気になる気配とはなんぞやとユーストは不思議に思いつつ、亮二たちと会ってきたことを話す。
「ほう。来たのか。気配の一つはリョウジという男のものじゃろ。もう二つはなんであろうな」
「リョウジには精霊が同行しています。その気配では? もう一つは僕にはわかりません」
「精霊か、言われてみればそうではある」
しかし精霊というには少し歪んではないかと少女は内心首を傾げた。
「その者たちはどこにいる?」
「会うつもりですか」
「なんとも面白そうな者じゃからな。一度くらいは話してみたい。見た目相応の演技で話しかけて、最後にばらしてからかうのも面白そうじゃ」
協力者であるリョウジたちに迷惑をかけることになるかもとユーストは教えるのはよそうと思ったが、自分が駄目ならば護衛の男に聞いて居場所を知るのは簡単に予想ができた。なにしろこの少女は精霊と人の間に生まれた子で百五十年以上生きていて、この町の人間には敬われているのだから。
一応迷惑はかけないようにと注意して宿を教える。
「どんな話ができるのか、今から楽しみじゃ」
そう言って少女は鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
その翌日、ユーストが仕事を終わらせて夕食前に私室で趣味の小型彫刻を楽しんでいると、勢いよく扉が開いて険しい顔の少女が入ってきた。
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