104 廃棄領域到着
船旅は特に問題なかった。
イリーナは思う存分動けないせいでストレスが溜まって、同じようにマプルイたちもずっと馬房にいてストレスが溜まっているようだった。
それくらいが問題になる程度で、巨大な魔物が襲いかかってきたり、砂嵐に直撃したりといったことはなく、そろそろ目的地である廃棄領域に到着すると船員たちが廊下を歩きながら客に知らせていた。
昨日の夕方から荷物をまとめて馬車に運んであり、今更下船準備に慌てなくてもいい。
ちなみにサブタンクに水を入れたことで余裕があると判断されて、何度か水使用のときに呼ばれることがあった。サブタンクとそれらの報酬はこれから行く町の宿で使える割引券として渡された。十日間宿泊料が半額になると聞いた。
船が港に着くまでのんびりしていると、到着の鐘が鳴る。
それじゃ馬車に移動しようと部屋を出て、客たちに混ざって移動する。
船員の許可をもらい、マプルイを馬車に繋ぐ。外に出られるとそわそわとしているマプルイを宥めている間に、船員たちが車輪につけた鎖を外していく。
そうして砂を滑る音と振動が消えて、壁がゆっくりと開かれていった。
波止場が見えて、その向こうに街並みがあり、そのさらに向こうに廃棄領域があるんだろう。今は見えないけど。
「誘導にしたがって降りてください」
名前を呼ばれた人から出口へと向かっていく。
俺たちは出口に近かったから、すぐに名前が呼ばれてゆっくりと移動する。
向こうの港町と同じくお香などの香りが漂っている波止場に降りて、そのまま馬車用の道を通って、牧場に馬車を預ける。この牧場は地の魔法が得意な者たちが頑張って作った場所だそうだ。砂を掘って、砂利を敷き詰めて、土をばらまいて牧場として整えた。この調子で畑もとこの町の人間は考えたそうだけど、土づくりまでは不可能でそれ以上土の土地を作ることは一時的に諦めた。完全に諦めないのは、研究所が有効策を思いついてくれることを期待したらしい。
町を歩き、見物しながら宿を探す。ヤラハンに入ったときの嫌な感じが続いていて判断がつきにくいので、ひどく嫌な予感がするところは避ける方向で宿を決める。
「八人で四人部屋を二つですね」
確認してくる従業員に、ダイオンが割引券を渡す。
「これを使いたい」
「はい、承知いたしました。これは砂船でもらったものでしょうか?」
「そうだ」
「これを持っているということは、水の魔法が使えるのですよね? うちに水を提供していただけるのなら量によって割引いたしますが」
どうするとダイオンが俺とフロスを見る。
フロスは戦闘に力を温存しておきたいからと断る。俺はどうしようか。
「提供する量って最低どれくらいなんです?」
「宿の横に樽が置かれてるのは見ましたか?」
「見たよ」
地球のテレビで見たワインを入れる樽の二倍近い大きな樽がいくつか置かれていた。
「あれを一つ満タンにすると一人一日半額になると考えてください。最低限半分は入れるようにしてもらいたいです」
「そのくらいか。じゃあ毎日一つ入れるようにしようか」
「ありがとうございます」
部屋の鍵を渡されたあと、シャーレたちは先に部屋に行ってもらう。俺は従業員に連れられて地下室の水置き場に案内される。そこで従業員が空の小型タンクを開けた。
どんどん水嵩を増していくタンクを見て、従業員が嬉しそうにしていた。満タンになり、水を止める。
「これでいいね?」
「はい。まだ余裕があるのでしたら、ほかのタンクにも入れてもらいたいんですが」
「力を温存したいから」
そうですかと少し残念そうに従業員はタンクの蓋を閉める。
地下室から出ると、レンシアが玄関に向かっていた。
「出かけるの?」
「ええ、先に来ている人たちに会ってくるわ」
外交官がこちらに来て取る宿はいつも同じにしてあるそうで、その宿を探すだけで会えるそうだ。
俺たちも荷物を置いて宿を出る。町の見物がてら廃棄領域がどういったところなのか見てみようということになったのだ。
進む先に大きな壁がある。その向こうに廃棄領域があるらしい。
「コードルたちは入ったことあるんだろ? どういったところなんだ?」
「空間が歪んだ場所だな。外から見れば砂の砂漠の中に広範囲の礫砂漠ができている。その範囲は今滞在している町が三つくらい入るものだけど、実際に礫砂漠に足を踏み入れると、なかったはずの岩山や枯れた森や雪原などが遠くに見える」
(礫砂漠を境に空間が切り替わるのね)
ローズリットは入ったことがないのかと声に出さず聞いてみると、外から見たことがあるだけと返事があった。
「枯れてるけど森があって、雪もあるのか。雪を運んで水にしてそうだな」
「依頼にそういうのがあったはずだ。ここにはオアシスはないし、井戸もほぼない。だから水の魔法を使える奴の出す水とその雪が、この町の水の大部分を賄っている、雪原の雪はいくらとってもなくなることはないそうだから、毎日大勢が運送しているみたいだ」
以前のことを思い出しながらコードルが言う。
雪はそのまま溶かしたものを使用せずに、ろ過装置に通されるのだそうだ。雪用のろ過装置は研究所が設立初期に開発し、その後も改良を続けているらしい。
「雪がむしろ邪魔な地域に住んでいた俺たちには、雪を大事に運ぶことに違和感があるよ」
シバニアが言い、コードルとフロスがうんうんと頷いた。
「水の魔法を使える人がここに住居を決めると、仕事は魔法を使うことだけになるわね。給料はいいから、生活に困ることはないわ」
私もスカウトされたとフロスが言う。俺も一回くらいはスカウトされるんかねぇ。
大通りを進んで、分厚く高い壁についている頑丈そうな門を通って、先の景色を見る。
すぐ近くに廃棄領域があるわけではなかった。歩きで十五分足らずのところに礫砂漠が広がっている。礫砂漠しか見えず、山や森は見えない。
「すぐ近くにはないか」
「廃棄領域から魔物が出てくることもあると本に書いていた。すぐ近くにはさすがに町を作らないだろうさ」
読んだ本を思い出しダイオンが言う。
魔物も出入り自由なんだ? ああ、そうじゃないと獣胎母が生み出した魔物が広がっていかないか。
んで、気になるものがある。門から三十メートルくらい離れたところに人だかりがあり、そこに大きななにかがあった。全長七メートルくらいありそうな、ゲームとか特撮に出てくるビーム砲台っぽいものだ。見た目は台座に大きなランスが載せられている感じ。
「あれはなんだろうね?」
全員が首を傾げた。コードルたちが以前来たときにはなかったそうだ。
「警備もいるし、大事なものなのでしょうけど、用途はさっぱりです」
(あれに近いものの設計図なら昔見たことあるわ。当時の技術では作れないと、構想だけあった対魔獣用兵器。研究所の人間が設計図を手に入れて作り上げたのでしょうね)
「ローズリットが言うには、昔構想された対魔獣用兵器に近いものだってさ」
コードルたちの表情が興味深いものになった。獣胎母のあとは魔獣との戦いがあるんだから、それに役立つかもと期待したんだろう。でも研究所の重要なものだろうし、話を聞くのも難しいだろうね。
ひとまず兵器のことはおいておくとして、今は廃棄領域だ。
人が行き来したり、馬車が移動してできた砂の道を傭兵たちに混ざって歩いて、廃棄領域のそばまで行く。
「出入り自由なんだよね?」
確認するとコードルたちが頷いた。
じゃあ早速。一歩足を踏み入れると、聞いていたように遠目に山が見えた。つい数秒前までなかったものだ。
コードルが言うには礫砂漠や岩石砂漠が十キロくらい続いて、山や森に入り、そこを抜けた先が深部。荒れた丘陵だそうだ。
上空から見ると、丘陵を囲んで山などがあり、その山などを囲んで礫砂漠という三重円なんだろう。
中央に行くほどにレアものがあって、それを食べる魔物も強くなる。
あと礫砂漠には小さな水溜まりがいくつかあって、そこに魔物が集まる。人間にとっては飲めたものではないし、町全体を潤すには量も少なく、魔物との戦闘も必ず起こるので、雪を回収する方が安全だそうだ。
「いやな感じが強くなったなぁ」
「獣胎母がいる方角とかはわかるかい?」
ダイオンに聞かれて首を横に振る。
獣胎母の気配がわかるというのではなく、ヤラハンにうっすらと漂っていた気配が濃くなった感じだ。ただしある程度近くにいけばさすがにわかるだろう。
今日の目的は果たしたからここから出ようと思ったけど、少しだけ鍛錬していきたいとイリーナが言うので、それぞれ体を動かす。
鍛錬が終わり、相変わらず人が集まっている兵器を横目に町に戻り、売られているものや依頼を確認してから宿に帰る。
◇
派遣された外交官がいる宿を見つけて、従業員に呼んでもらったレンシアは彼らの泊る部屋に案内されていた。
椅子を勧められて座り、旅の労いなど挨拶を交わして報告が始まる。
「魔獣教団や残党が廃棄領域に入り込んだと知らせた反応はどうだった?」
「最初はあまり良い反応は得られませんでした。なにしろ廃棄領域から離れたところからの情報ですから、なにを言っているんだという反応でしたね」
無理もないとレンシアは頷いた。魔獣教団や残党がここに向かうという記録が残っていて、それを提供できていたらまた別の反応を得られたかもしれないが、大精霊からの情報のみでは信じにくいだろう。この土地の精霊が言うならまだわかるが、遠く離れた土地の大精霊からの情報では信憑性に欠くと判断するのもわかってしまう。
「それでも予想される被害を考えると、放置もできないと思うのだけど」
「生じる被害は伝えました。一応覚えておくという感じでした。ですがその反応が変わったのは二十日くらい前でしょうか」
「どう変わったのかしら」
「しばらく買い付けで動いていたら、町長からの使いが宿にやってきまして、また話を聞きたいと」
「大精霊様の情報だとそろそろ廃棄領域にいる魔物の様子が変わってくるらしいけど、それが原因かしらね」
外交官は頷く。
「まさにその変化を感じ取ったようで、そのヒントになるだろうと私どもに再び話を聞きたいと言っていましたね」
変化を敏感に察知したことは良いことだとレンシアは内心頷く。
「会議の場で再度情報を提供し、調査隊が組まれて廃棄領域に入っていきました」
「それで獣胎母が見つかったのならいいのだけど」
「廃棄領域は広いようで無理でした。実力のある占い師も呼ばれて、変化の原因を探ってみたようですが、廃棄領域から魔物が来るという情報と希望は町の外からやってくるという情報のみで、どこに魔獣教団たちがいるという情報はでなかったようです」
これは廃棄領域という特別な土地が占いに干渉したからだ。神が関連している土地でもあるので、内部を占っても人の力では詳細な情報は得られないのだ。亮二たちが対策に来るという占いが出なかったのも、亮二が神獣化しかけているせいだ。
「今でも調査隊は動いているかしら」
「はい、動いています。深部に原因がいる可能性も考えて、実力のある傭兵が雇われています」
この町でトップである傭兵集団はちょうど廃棄領域に滞在して、駆け出しの教育と資金稼ぎに集中していて留守で雇えなかった。
「ほかに対策はとっているの?」
「研究所に依頼して、強力な武器を準備しているとか。そちらはこの町の重要情報らしく教えてもらえませんでした。ただし武器そのものは廃棄領域側の門の近くに置かれているようで見ることはできました」
「置かれているって不用心ね」
バリスタくらいの武器を想像し、盗まれる心配をしたレンシアに、外交官は首を横に振る。
「見張りがついていますし、そもそも大きな代物なので持っていこうとしたら目立ちます。持っていってもどう使うかわかりそうにもありませんし」
「どういった形状なの?」
「そうですね……車輪のついた台座に巨大なランスが置かれているといった感じですね」
レンシアの脳内に聞いたままの図が浮かぶ。人間が押して槍をぶつけるのだろうかと使い方を推測した。
(でも研究所が作ったのなら、私の想像を超えていそうだから、そんな使い方ではないでしょうね)
その武器はあとで見に行ってみることにして、話を続ける。
「大精霊様の話では、そろそろ獣胎母が居住地を決める時期。調査隊が見つけるかもしれない。もしくは見つけたから研究所から武器を引っ張り出してきたのかもしれない」
「少なくとも住民には進展があったと知らせはでていません」
功名心にかられる者が出てこないように情報を制限しているのかもとレンシアは考えた。
「町の対策はここまでにして、廃棄領域の中の状態を知りたいわ。見たことのない魔物が出現しているかしら」
「はい、その通りです。既存の魔物が減り、見たことのない魔物が増えてきだして、素材の価格も変動しています」
「増えている魔物を作る材料に使われているのでしょうね。町のお偉いさん方は魔物についてなんて言ってる?」
「集団変異の可能性を疑っていたそうですけど、今は変異ではないと認め、こちらの話を参考にしているようです。変異というものは元の魔物の特徴が残り、見れば何から変わったのかわかるそうです。しかし増えつつある魔物の元の姿を推測しても該当する魔物がいないと聞きました」
獣胎母が生んでいるのは、廃棄領域にいる魔物と自身を作るときに使われた魔物を掛け合わせたものだ。新たに出現した魔物を見て、廃棄領域にいる魔物の影を探しても完全一致しないのは当然だった。
「その魔物をあなたは見たことはあるのかしら」
「何度か。共通点は白みがかった灰色ということですね。体中に角のついた猪、蹴爪の大きな鳥、異常に上半身が発達した人型のなにか。私が見たのはこの三つで、どれもが灰色でした」
ほかにも顎が異常発達した緑色の蟻、サソリの尾を持つ大きな蜂、尾の先に瞼と目のついた虎などが発見されて倒されている。
「その魔物たちの強さはわかる?」
「最初に発見されたのが角のついた猪で、礫砂漠を活動の場にした若い傭兵たちが少し怪我をしながら倒したと聞いています。それが一番弱いらしいという情報も得ました」
「最下級の魔物よりは確実に強いわね。そんなのがあふれるくらいに発生か。できるだけ数が少ないうちに獣胎母を倒してしまいたいわ」
若い傭兵が数人かがりで倒せたということは、小さな村だとそれ一体で相当な被害を受けかねないということだ。そのような魔物が闊歩すれば、人間などあっというまに食い散らかされてしまうだろう。
「こっちから聞きたいことは聞けたわ。そちらからなにか聞きたいことはある?」
「町のトップから頼まれごとはあります。大精霊から頼まれた人間が到着したら一度役所に知らせてほしいと。おそらく新情報を求めてだと思います」
「まだ到着を知らせないでくれる? あの人たちがその話を受けるか聞いてみようと思うから」
「行かないと協力を得られないと思いますが」
「私もそう思うけど、念のためね。明日の朝までには聞いて、ここに来るわ」
獣胎母の話はここまでにして、輸出入の話に変わっていく。交易に関してはレンシアには決定権はないので、外交官がどうしようとしているのか勉強の一環として聞くだけだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




